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約束の地
リヴィエラ SS 胸の中、大切なもの 夜も更けたリヴィエラ。かつては恐ろしさに満ちていた夜の闇も、平和を取り戻し魔物の数を減らした今となってはただ静かで、優しい。 そんなリヴィエラの町の一つ、エレンディア。 そこには一軒の家がある。木々に囲まれた、と言うよりは木によって作られたその家の中は、木特有の暖かみに包まれているかのようだ。 その一室でランプの炎が揺れている。昼は賑やかな空気を生み出すであろう食卓のテーブルは、そのあえかな明かりに照らされ、今は落ち着いた暖かみに包まれていた。 そのテーブルに一人つくものがいた。 腰まで届く、深い緑のまっすぐな髪の少女。その顔は、伏せているためその緑の髪に隠れ見えない。 ただ俯き、微かに肩を震わす以外に動きはない。時折しゃくり上げるような声がする以外、音もない。 ただランプの明かりがまどろむように暖かで。 それらは一言で言うなら、やはり。静か、と言うべきだった。 「フィアちゃん、どうしたの〜……?」 静寂が破られる。突然の誰何の声に跳ね上がるように緑の髪の少女――フィアの視線の先にいたのは、 「ル、ルゥリ……!?」 フィアのねぼけまなこをこすりながら、階段を下りてくるのはルゥリだ。いつもは二つに分け結んでいる亜麻色の髪を、寝床にいたのか今はストレートにおろしている。 「眠れないの……?」 「え、ええ。ちょっと目が冴えてしまいまして居間まで来ただけで別に特別なことはなんでもないんですよっ、いやですね眠れないと肌が荒れてしまうと言いますし!」 ルゥリの問いかけにまくし立てるように答えながら、フィアは目をこする。その声はたどたどしく、滑舌も微妙に怪しい。妙な様子にルゥリはわずかに眉を寄せる。 こすられるフィアの目元は赤く腫れているし、瞳もまた潤んでいる。 ルゥリはそんなフィアを前に、寝惚け眼をはっきりさせるように目をこする。 二人して、言葉もなく目をこする。つかの間のどこか気まずい沈黙。 その静寂を破ったのは、やはりルゥリだった。 静かな暇に響く音は、昼と変わらぬルゥリの軽快な足音。それは驚くフィアまであっという間に達する。 「ル、ルゥリ……?」 目を丸くするフィアに答えるのは、ルゥリの満面の笑顔。 笑顔のままに、ルゥリはフィアの手を取り、強引に立ち上がらせる。 「よし、フィアちゃん! いっしょに寝よっ!」 疑問の声に応えるのもまた、突然と言えるほどに明るい声だった。 抗議の声を上げる間もなく、ルゥリは強く手を引き木の階段を登り、まるで投げ出すようにベッドへとフィアを寝かしつける。 白いベッドシーツの上に緑の髪が広がる。 「ちょっ……ちょっとルゥリ……!」 「ダーイブ」 文句を言い終える間もなく、言葉のままに身体を中へと投げ出すルゥリ。 それは真っ直ぐにベッドに横たわるフィアへと落下する。 「きゃあっ!?」 辛うじてかわすが、ルゥリのダイブにベッドが波打つ。その激しさにフィ アはつかの間翻弄される。 「いい加減にっ……!」 フィアの抗議はまたしても遮られる。今度はルゥリに抱きしめられたからだ。慎ましいとと言うよりは幼いと言った方が適切なルゥリの胸の、柔らかな感触。それにつぶされて口が開けず、今度は声自体が出せない。でも、なにより。 暖かい。 そう感じてしまったことが、なによりフィアの言葉を止めさせた。 でも、それもつかの間。 「……怒りますよっ!」 抱きしめる腕から強引に抜けルゥリに言葉をぶつける。それを迎えるのは、ルゥリの真っ直ぐすぎるほどひたむきな瞳だった。 あまりに真っ直ぐに見つめてくるルゥリの瞳に、何か気圧されるものを感じ フィアは思わず息を呑む。二人してベッドに横たわったまま、鼻がをつきあわせてにらみ合う。 「ル、ルゥリ! さ、さっきからいったいなんなんですかっ!?」 フィアの抗議に、しかしルゥリは怯まない。 「フィアちゃん……泣いてたでしょ?」 「な、何を言っているんですか……なんでそんなこと、なんでわかるんですか……?」 目を逸らしながら呟くフィアの言葉は言葉は弱い。そんなフィアに、ルゥリは言葉を続ける。 「わかるよ」 「どうして?」 「ルゥリだって……エクセルがいなくなってさびしいもん」 今度こそフィアは抗議の声も上げられなくなる。図星だった。 リヴィエラを救う冒険の旅を終え、エクセルは残る魔物の討伐のため旅立った。セレネもシエラも、それぞれの目的のために行ってしまった。 別れは寂しかったが、それから一月以上にもなる。フィアはそれについては気持ちの整理をつけたつもりだった。 しかし、今夜は夢に見てしまった。あの旅をした日々を。辛いこともあった。けれど、それでも楽しかった冒険の日々を、夢の中に思い出した。 夢から覚め、目に入ったのは居間のテーブルだった。何の気なしにランプに灯をともした。照らされたそこは、目覚めたエクセルと初めて話した場所だった。そのときのことを鮮明に思い出し、胸がいっぱいになった。気づけばフィアは泣いていたのだ。 そして今。震えがきた。 また泣き出してしまう。フィアはそう思った。 すると、ルゥリはフィアの手を取る。 「ルゥリ……?」 「大丈夫だよ、フィアちゃん」 言葉と共に、ルゥリはフィアの手を引き、自らの胸へとおしあてた。柔らかな胸と、小さな手に包まれる暖かさをフィアは得る。 「大切なものは、ここにあるから」 ルゥリはいつものように、無邪気とすら言える明るさでそう言った。 触れた手から伝わるのは、とくん、とくんと穏やかな鼓動とゆるやかなぬくもり。 フィアにはルゥリの言葉の意味がわからない。でも、なにか感じるものがあった。 だからルゥリの手をとると、フィアは同じように自らの胸に当ててみた。 とくん、とくんと。静かに、穏やかに。でも確かに伝わる鼓動を感じる。ぬくもりが伝わる。鼓動の穏やかさを、胸のぬくもりを、お互いの手を通して感じあう。 その暖かさの中、フィアはわかったような気がした。 エクセルたちとの冒険の旅は時にはつらいこともあった。魔物との戦いは、命の危険を感じることもあった。だからこそみんなで力を合わせて戦った。絆を強く感じた。今の平和な生活にそんな鮮烈な体験はない。だから、それは失ったこと。でも、あの旅で本当に大切だったのは、みんなでいたこと。このぬくもりだったのではないだろうか。 (ああ……忘れていました……) 確かにエクセルは旅立ち、セレネもシエラも行ってしまった。でも、みんなで旅した記憶は失われてはいない。そのぬくもりは、ルゥリの言う通りこの胸の中で暖かに息づいている。 ルゥリは子供のように純粋だから、みんなで旅をすると言う時間が失われることを早くから気づいていたのかもしれない。そして純粋だからこそ、「失われたもの」だけでなく「失われないもの」を、言葉に出来なくとも知ることができたのかもしれない。フィアは「失われたもの」ばかりを見て、その寂しさに泣いてしまった。 二人には、そんな違いがあった。違わないのは、二人ともあの冒険の旅を、エクセルたちとともにいたことをかけがえのない大切なことだと知っていたこと。 だから二人は、こうしてぬくもりを分かち合える。 気づけば、先ほどまでこみ上げてきた涙は、どこかへ行ってしまっていた。 「フィアちゃん……落ち着いた……?」 「ええ……」 「でも、わかるよ。ルゥリも急に悲しくなることがあるもん」 珍しく寂しげにルゥリはため息をつく。こんな顔をするルゥリを、フィアはほとんど見たことがない。見たことがあるとすれば、風邪で寝込んだときぐらいだろうか。 その顔を見て、フィアはピンとくるものがあった。そして、思いつく。それはとても良い考えで、ワクワクする素敵なことだった。 「わ、フィアちゃん? 急に心臓、どきどきしてきたよ?」 「ルゥリ。わたし、いいこと思いつきました」 「いいこと……?」 「前から考えていたんですが……旅に出ようと思うんです」 「え!?」 フィアの急な話に目を丸くする。そんな顔を見て、フィアは内心おもしろい、と思った。さっきからルゥリには驚かされてばかり。だから、ちょうどいいと思った。 「ええ、旅に出るんです。いろいろな薬草を探す旅です」 それはフィアが前から考えていたことだった。あの冒険の旅のように戦うことではなく、リヴィエラの為に役立てること。 「旅……」 「でも一番の目的は……寂しい気持ちをなくす、『いちばんのおくすり』を探すための旅です」 得意げに言うフィアに、ルゥリはわけがわからず目を白黒させる。寂しさをなくすもの。ルゥリにもすぐにわかった。 「ル、ルゥリも! 旅に出ようと思っていたんだ! リヴィエラのいろんな場所に行って、いろんな宝物を探す旅! それで、ルゥリも『いちばんのたからもの』を見つけるの!」 『いちばんのおくすり』『いちばんのたからもの』 二人の言うそれは、同じ。 今、二人の心にあるのは、最強のディヴァイン・エクセリオンを携えた翼のない告死天使の姿。ひたむきで真っ直ぐな少年の横顔。 ルゥリとフィアは、これ以上ないぐらい楽しそうな笑顔で見つめ合う。 「いっしょに旅に出ましょうか」 「うん! きっと楽しいよ!」 魔物が減ったとは言え、まだまだ危険な場所は多い。二人が行こうとするのはそうした場所だ。でも、二人でならば恐くない。つらいこととも楽しいことに出来るはずだ。 そして、いつか。再び会えるかも知れない。 「あのときと変わりませんね」 「うん、変わらないよね」 そう、きっと変わらない。エクセルと旅だったあの日。それと、きっと変わらない。 「……ほんと変わらないね……」 フィアの胸元にあるルゥリの手が大きく動く。視線もまたフィアの胸元。変に思い、フィアもまた視線をそこへと向ける。そこには、冒険の前も後もきっとこれからもずっと大きさの変わらない、清楚でつつましい胸がある。 「……ルゥリ〜」 「えへへ……じょ、冗談だよ。ごめんねっ」 「許しませーんっ!」 声と共に、フィアは猛然とルゥリをくすぐる。 「あは、あは、あはは! フィアちゃんやめて〜」 「そんなこという子は、こう、こう、こうです! 「あはは、やめてやめて、や〜め〜て〜」 逃げようとするルゥリ。それをおさえるフィア。子供のように無邪気に、猫のようにじゃれ合う。それはとても夜にふさわしくない賑やかさで……。 「うるさ〜い!」 声と共に、ルゥリとフィアはぺしんぺしんとたたかれる。驚き見上げると、ふよふよとたよりなく飛ぶフェアリーのココがいた。 たよりなくはばたき、そのままゆらゆらと自分の寝床へ着地。 「ちゃんと寝ないと明日起きれませんよ〜。起こすのは私なんですからちゃんと寝てくださぁい……」 取り戻された静寂。しかしその中に響くのは、すこし大きい、でもかわいいココのいびき。しんとした夜の中、なんだかその音のほうがよっぽどうるさく感じられた。 二人は顔を見合わせ、クスリと微笑む。 「……寝ましょうか」 「そうだね」 そう、眠らなくてはならない。明日からはきっと忙しい。旅を始めるにはいろいろな準備が必要になる。それは大変で、でも楽しいものだろう。 だからわくわくしながら、それでも眠りにつく。お互いのぬくもりで暖めあうように……優しく、優しく抱き合いながら。 エレンディアの夜は静かで、穏やかだった。 Fin | |
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