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Kanon
SS

待つための希望


第一章「彼女」

人気のない校舎。
無機質な、リノリウムの床。
凍った空気。
窓枠。
冷たいガラス。
月。

月の光。

冷たく全てを照らし出し
その足下に影を産み落とす、月の光。

その光に照らされるように。
あるいは、その光を跳ね返すように。
一振りの剣を携えて。

彼女は、立っていた。

来る保証のない
訪れないかも知れない
何かを待ち続けて。

彼女は強かった。
たった一つの想いで、待ち続けられるほどに。
彼女は弱かった。
待ち続けることを、あきらめられないほどに。

やがて彼女は待ち続けられることに
耐えられなくなる。
身体が、心が耐えられなくなる。
待つことに悲鳴を上げる。
無音の悲しい悲鳴を上げる。

だから私は爪を出す。
鋭く
冷たく
深く
暗い
しかし不可視の爪を

----産み落とす。

爪は向かう。
彼女の元に。
彼女の場所を犯すために。

彼女は闘う。
護るために。
約束の場所を
待ち続ける自分自身を

護るために。


私は爪を産み落とす。

私は彼女の”希望”なのだから。


第二章「彼」

ざわめく。

私が終わってしまう。
そんな予感。
違う。これは‥‥確信?

そして、彼女の前に一人現れる。
彼は‥‥誰だろう。
わからない。
ウサギの耳飾りが、揺れる。
どうしよう。
見つかってしまう。

‥‥見つかる?

ざわめく。

爪を出す。
出さずにはいられない。
闇雲に、ただ恐ろしくて爪を出す。
恐ろしい?
何が?

彼は強くはない。
私の爪を倒すどころか、逃げることしかできない。
彼は弱くはない。
彼は彼女の元に毎夜訪れる。
爪を出しても、来ることをやめようとしない。
やがて、武器を手に戦うことすら始める。

ざわめく。

闇雲に出した爪が傷つき
彼女に葬られる。

それでも爪を出さずにはいられない。

ざわめく。

終わるわけにはいかない。

私は彼女の”希望”なのだから。


第三章「少女」

冷たい床を蹴って
駆ける少女。

笑顔。
満面の、自らの喜びで周りを照らしだすような
そんな笑顔。

両手に抱えているのは
大きな大きなぬいぐるみ。
ふさふさした毛。
きっとそれは暖かい。
幸せな暖かみ。

それを抱いて、少女は駆ける。
彼女の元に。
その幸せを渡すために。

――いけない。
それを受け取ったら彼女は……

癒されてしまう。
待ち続けることが出来なくなってしまう。

爪を。
爪を振るおう。
そうしなくてはならない。
そうしなくてはダメだ。

駆ける少女に追いすがるように
爪が三日月の軌跡を描く。

三日月は、ほんのわずかに少女に触れる。

倒れる。
広がる。
紅い。
暖かい紅が、冷たい床の上に広がる。
暖かみが溶けだして
冷たさに変わる。
あっという間に
容赦なく
冷たく、冷たくなっていく。

無言で慟哭する彼女。
呆然とする彼。

大丈夫。
彼女は絶望するほどに弱くはない。
少なくとも待ち続けられなくなるほどに絶望はしない。

私は信じている。

私は彼女の”希望”なのだから。


第四章「そして、私」

彼女は強かった。
‥‥あるいは、弱かったのかも知れない。

彼女は待つことをやめた。
そして選んだのは‥‥

私を、終わらせることだった。

爪は全て失った。
全て彼女に斬り殺された。
私は彼女から生まれた。
私は彼女。
彼女は私。

私の痛みは、彼女の痛みでもある。
爪を失う度に、彼女は四肢の自由を
失っていった。

しかし、彼女は戦うことをやめなかった。

私は逃げる。
逃げるしかない。
もう私には何もできない。
彼女を待ち続けさせることは出来ないのだ。

逃げる。
逃げる。
そしてすれ違う。

彼と。

どうしよう。
みつかってしまう。
ウサギの耳の髪飾りで、見つかってしまう。

……何のこと?

そして。
教室に逃げ込んだ私を見つけたのは
彼女ではなく彼だった。

唐突に目の前に草原が広がる。
紅い夕日の照らす中、無色の風を受け金色に輝く草原。
そのなかで、私は、あたしは彼と出会っていた。

あたしは、彼女から生まれた。
母親を失い、それでも母親に生きて欲しいと
純粋に願った彼女の想い。

そこからあたしは生まれた。
生まれてしまった。

奇跡は一度で良かった。
大切な人が戻る、ただそれだけで良かった。
でもあたしは消えなかった。
彼女と居続けなければならなかった。

誰もあたしを受け入れてくれなかった。
一人を除いて。

それが、彼だった。

彼は、あたしを含めて彼女を受け入れてくれた。
彼女だけじゃない。
あたしも、彼を待っていたのだ。

そして、今。
彼女はあたしを否定した。
自らの命を絶ってまで否定した。

彼は私を受け入れてくれた。
全てを知った上で受け入れてくれた。

……だからまた、始めることができる。
あの日から。
10年前の、あの日から。

ただ一言、あたしを呼んでくれればいい。

希望、と。


私は彼女の……
”希望”なのだから。




あとがき
 ……というわけでいきなり掲載のKanonSS。
 日記とかで「二次創作はキャラをうまく書けないので書かない」とか言っている自分ですが、これはそういう変なこだわりを持つ前に書いたもの。
 うあ、言い訳かっこわるい(^^;
 Kanonの舞シナリオの幻想的な雰囲気に衝撃を受けて書いたもの。なんて言うか、昔の自分は何を考えていたんだろう。いまこんなの書けないよ(w。
 オフィシャルの設定は「魔物は舞に手を伸ばそうとしていたが、その武骨さ故に傷つけてしまっていた」という解釈だったと思ったのですが、これは「舞を待ち続けさせるために襲いかかる」という設定です。初めてクリアしたときにはそういう解釈だったのですよね。
 よかったら、感想下さい。メールメールフォーム掲示板などでどうぞお気軽にどうぞ。
 それにしても……今頃発表してやっぱりどこかでネタ被ってたりしますかね……? (^^;


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