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「なあ、涼夢?」

 俺の問いかけに、ん、と小さく首をかしげる。
 その動きに合わせゆらゆらと流れる髪が揺れる。
 至近距離で見るそれはたいそうかわいかったが、それを楽しむ余裕はなかった。

「なに?」

 ゆらゆらと揺れる涼夢の髪を見ながら思う。
 こんなに涼夢の髪が揺れてしまうのは……俺が震えているせいだな、と。

「寒いな」

 北風吹きすさぶ旧校舎の、教室のひとつ。
 古い建物だけにすきま風が通り抜けまくる。
 そんななかで……俺は口に出して言うまでもない事実をあえて言葉にするのだった。


涼夢らんち
そのに
「北風」


 涼夢と昼を共にするようになってから早一ヶ月。
 いつもふたりっきりでこの旧校舎屋上で弁当を食べていた。だが冬の足音が聞こえてきた最近、屋上にいるのは無理があり、こうして教室の中で食事をしている。
 さすがに本来は閉鎖中の旧校舎。
 人の気配はなく、こうしてぴったりくっついてハシでひとつひとつ食べさせるなんて言う恥ずかしいことこの上ない食事法も可能だ。
 だが最近は寒さも本格化してきてちょっと厳しい。特に今日は風が強くて寒かった。
 あまり風の影響のないところを選び、ちょっと壊れているせいか放置されていたイスを二つ並べ、並んで座る。
 そんなランチタイム。
 ちなみにこの一ヶ月というもの、涼夢が食べ物を用意して来たことはない。
 いつも俺が作ってきた弁当を涼夢が食べる……と言うか、俺が食べさせている。

「はむ」

 ハシでおかずを一つ与えるたびに、涼夢の笑みにほころぶ顔を見ることが出来る。
 そして涼夢はゆっくりあじわって食べて、

「こくん」

 と小さく音を立てて呑み込む。
 そして、牛乳を一口。コク、と小さく飲む。
 そんなことが至近距離で展開されるのだ。しかも俺のつくった料理で、俺のハシで食べて。
 いや、ほんともう。
 一ヶ月も経つって言うのに照れ臭いことこの上ないぞ、ちくしょう!

「どうしたの?」

 俺の動きが止まったためか、涼夢が不思議そうに覗き込んでくる。
 触れそうな近さ。
 涼夢に見とれてしまうのはいつものことで、そして俺はいつものように、

「い、いやおまえいつも牛乳だな」

 こんな感じで適当なことを慌てて言ってごまかすのだ。
 でも、ちょっとは気になっていたのだ。涼夢が飲むのはいつも牛乳だった。
 でも涼夢の答は、

「育つ」

 簡潔な一言だった。
 どこを育てるつもりなのかは謎だ。なにしろこいつは育つ余地のあるところが無数にある。
 背は低いし胸もぺったんこだ。まあそれが似合っているというかなんというか。
 ぶっちゃけ、かわいいのである。
 なんて和んでいると、

 ムニ

 涼夢の細い指が強烈に俺の頬をつまみ、そして左右に引っ張った。


「いててっ!? な、なにをする涼夢!?」
「目が……」

 一拍をおいて、

「エロ」

 きっぱりと言った。
 そして一際強く頬を引っ張った後、ぱちんと手を離す。

「いてて、そんなことはな……」

 その時。一筋のすきま風が入り込む。
 そのあまりの冷たさに言葉が続けられなくなる。

「どうしたの?」
「寒いな」
「……わたしは寒くない」

 なぜか涼夢に即座に否定される。どことなく不機嫌に見えるような気がする。
 それにしても、寒くない? そんなバカな。
 じっと見てみる。涼夢は確かに震えてない。不思議だ。
 さらによく見てみる。
 涼夢はなんて言うかフラットな体型だ。普通の女の子に比べて体表面積が少ない。つまり、熱が逃げにくい構造をしている。だからきっと寒くないのだ。
 おお! 論理的に説明が付いてしまった。かしこいぞ俺。
 と、またすきま風。
 ぶるりと体が震え、なんとなく正気に返る。
 寒さは人を愚かにしてしまうのかも知れないと思った一瞬だった。

「また目がエロ」
「違う……って言うか、女の子がエロエロ言うな。はしたない」

 なんて言うか、エロというのは男だけに許された言葉のように思えた。
 男同士で言うのがいいのだ。女の子が言うと聖域を侵されたような気がしてしまう。理屈ではなく、魂で。そもそもエロというのは女の子が与えてくれるものであって、女の子が口にすることじゃない。
 それにしても……なんとかすきま風の少ない教室を選んだものの、やっぱり寒いことに変わりはない。
 ガクランを寄せて寒さを凌ごうとする俺を、涼夢はじっと見つめる。

「そんなに、寒い……?」
「? ああ、寒いよ」

 涼夢は本当に寒くないのだろうか? スカートってすごく寒そうなイメージがあるのだが。
 と、突然涼夢が立ち上がる。

「涼夢?」
「もっと近づけば、寒くない」

 何を言っているんだろう、と問う間もなく。
 涼夢は座った。
 確かに近いと暖かかった。涼夢の言うとおりだ。
 でもこれは近すぎないだろうか。
 ……って、

「なんで俺の膝の上に座ってるんだ、涼夢っ!?」

 そうなのだ。涼夢はこともあろうに俺の膝の上に座ったのだ。
 小さな、でもやわらかな、なにより暖かい感触が俺のひざの上にある。
 俺の疑問の声に答えず、涼夢はそのほっそりとした手を俺の首に回す。

「す、涼夢っ!?」

 そして、俺の方を見つめる視線を閉じ、口を上に突きだす。
 これは、これは、これは……もしかしてそういうことなのかっ!?
 いままでふたりっきりで弁当、それも至近距離であ〜ん、なんていう幸せ状況にそれ以上の進展を忘れていたが、ついにその時が来たのかっ!?
 俺は迷い、でも意を決して涼夢に唇を向け、近づいていく。
 その目の前で、涼夢の口があ〜んと開いた。

「………」

 数秒の黙考。そして、理解。さらには苦笑。
 俺はおかずを一つハシでつまむと、涼夢の口の中に放り込んだ。

「……なんなんだよ、涼夢?」

 なんとなく騙されたような気分になって不満げな声になってしまう。
 そりゃくっつけば暖かい。そして涼夢はいつも通り弁当ねだっただけだ。
 でも……それにドギマギしたしまった俺はなんなんだろうか?
 涼夢はそんなつもりはないんだろうが、からかわれた気分だった。

「まだ、寒い……?」
「それは……」

 それどころじゃなかった。確かに今、寒さを忘れていた。

「わたしは、やっぱり寒くない」

 涼夢の頬は赤い。二人で教室に入ったときから赤かった。
 てっきりそれはこの寒さのせいだと思っていた。
 でも、ようやくわかった。
 涼夢は目を合わせようとしない。向き合わなければならなかったさっきには目を閉じていた。
 そしてさっきより頬の赤さは確実に増している。
 こいつ、照れてる。どきどきしているのは、俺だけじゃない。

「北風は、この暖かさを犯すことは出来ないの」

 そんなことを言いやがった。
 俺は本格的に恥ずかしくなってきた。
 そんな俺を、涼夢は伺うように、逸らしていた視線をゆっくりと戻し、見上げてくる。
 目が合った。恥ずかしさが最大限になった。

「熱そう」
「ああそうだよ! アツアツだよ!」

 そう言って、ぷいっと顔を背ける。いままでも逸らしていたから、これはもう限界だった。

「特に、身体の一部分が温度急上昇」

 涼夢の発言に俺は身体の一部分を意識、自覚する。
 そりゃ涼夢のやわらかい太股が触れて、しかもあんなことを言われればそうなる。
 しかもそれが涼夢の太股に触れているときた日には。
 って言うか、涼夢近づきすぎっ!

「達夫、やっぱりエロ」

 真っ向からそんなことを言われ、俺は恥ずかしさのあまり何も言い返せない。
 そんな俺を、楽しげな涼夢の声が追撃する。

「エロエロ〜」

 なにがおかしいのか、楽しそうに繰り返す涼夢。
 まったくこまったヤツである。
 そして、思う。
 確かに北風に俺達は分かたれない。
 きっと、こいつといる限り冬を冬と思うことなんてないのだろうから。





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