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ストレンジのーまるデイズ

第二十一話 デートじゃない



 目の前にはジョッキのような大きさのグラスに入ったトロピカルジュースがある。彩り豊かにフルーツが配置された豪華なジュース。それは既に食事を終えた俺達がたのんだものではなく、バイトの神無月の非礼を詫びた店長のサービスだったりする。
 問題は、一つのグラスに二本のストローがさしてあること。
 その向こうには困ったように微笑む名土先輩がいる。
 いや、その、なんだ。
 
 どうしよう。
 
 落ち着け。落ち着いて、まずは考えろ。
 俺のメイドになると申し出て断られた先輩は実家から出された問題に迷っていた。
 なにがなんでも俺のメイドになるか。
 あるいは俺を名土家に引き込むか。
 その二択に迷っていた。だから俺はデートに誘った。
 名土先輩にメイド以外のことも知ってもらおうと、それでそんなに悩むことはないと……俺を迷いから救ってくれた先輩の手助けになりたいと思ったのだ。デートを受けてくれた名土先輩は、それを受け入れてくれたのだと思っていた。少なくとも映画館を出たときは確信していた。
 でも、それじゃあさっきの一言は何だったのだろうか。
 
「デート中に……他の女の子をあまり見ないでくださいっ……!」
 
 名土先輩は俺と一緒に問題について考えようとしてくれている。そう考えていた。いや、違う。そう、思いこんでいたんだ。
 今さらながらに思う。本当にそうなのだろうか。
 そもそも俺は名土先輩のことをほとんど知らない。
 まだ、デートが始まってほんの3、4時間。それだけの時間で名土先輩の知らなかった面を一杯見ることができた。メイド服でなくても綺麗で、ただのアクション映画を子供みたいに純粋に楽しんで……でも根っこは変わらずやっぱりメイドで、どこか毅然として、でも優しくて……。
 全部知らないことばかりだった。
 それは仕方がない。出会ってからほんの4、5日。知らないことが多い方が当たり前だ。いろいろあったけど、それで全てを知ったつもりになるのは傲慢もいいところだ。それに今日までの日々はあまりにも特殊なことばかりだった。
 俺は先輩をデートに誘った。先輩はその申し出を受け止めてくれた。
 だから、事実はそれだけ。その解釈は俺が勝手にしたもの。ほんの少し前までそれを確信していて、しかしそれは揺らいでいる。
 デートに誘ったんだから先輩は普通にそれを受けてくれたんじゃないのか?
 だいたい一つのグラスに二本のストローを間に挟んだ男女というシチュエーション、他にどんな解釈のしようがあるって言うんだろう?
 あらためて意識して、心臓がどくん、と脈打つ。
 
「いただき……ましょうか?」

 ストローの一つをおそるおそるつまみながら、はにかみ問いかける名土先輩。
 その頬はわずかに紅く染まり、身近な言葉にもとろけるような熱っぽさがある。
 心臓がひどく高鳴る。
 目の前にいるのは、かわいくて綺麗な女の子。いつもとまるで違う名土先輩……。
 
「……出よう……!」
「え?」

 口をついて出た言葉は自分でも予想外だった。でも、その勢いに任せる。
 いまはまずい。きっとまずい。いや、このトロピカルジュースはきっと美味いんだろうけど、それでも今飲んでしまうのはとてつもなくまずい。だから、
 
「出る!」

 強引に名土先輩の手を取り、レジへと向かう。向かう先にはいかつい巨躯。
 
「本日は大変失礼いたしました。バイトにはよく言い聞かせています。今日はお代は結構ですので、今後ともご贔屓の程を……」

 礼儀正しく誠実に俺達を迎えるのは店長だった。だがその丁寧さに答える時間なんてない。今の俺は止まってなんかいられないからだ。千円札2枚を押しつけるように渡すと、そのまま店を出ようとする。が、

「お客様、これは受け取れません。それにこれは代金より多うございます……」
「また来るからそのときサービスしてくれ!」
「ですが……」

 それでも呼び止めようとする店長。本当に職務に忠実で真面目な人だ。でも、今はソレはうっとおしいだけ。

「デート中なんだからいいかっこさせろっ!」

 ヤケになって叫び、店長に背を向け今度こそ店の外へ。

「わかりました。次回のお越しをお待ちしております」

 そんな声が追うように背にぶつかる。
 その声はやけに澄んでいて、見えもしないのに店長はきっといい笑顔をしているんだろな、なんて確信した。
 そして、走るような速さで歩き出す。
 とにかくこの店はまずい。そもそもにおいて向かい合って座って仲むつまじくお食事なんて間違っている。
 それはデートとしてあまりにも正しすぎる。
 でもこれは、俺にとってデートであってデートではなかったはずだ。
 何かが違う。言葉にならない何か。それが確かにチガウはずなんだ。
 とにかく、落ち着くことが必要だ。
 頭の中で計画を無理矢理組み立てる。
 デートのコースはこのあと街の中を適当にまわってウィンドウショッピングへとしゃれ込むつもりだった。名土先輩にいろんなものを見せたいと思った。そして、慣れない街で初めて見る店の中で、俺もその感覚を共有したいと思っていた。そうすればなにか変えられるんじゃないか、そんなことを思っていた。
 そうだ。俺は名土先輩の悩みを解決するためにいまこうしている筈なんだ。
 でもこの胸の動悸がそんなことを許さない。この手のなかにある、すこしかさついているけど確かに柔らかな感触が、そんなことを許さない――
 
「あの……少し痛いです……」

 その声にはっとなり、ようやく足を止める。
 振り向けばそこにはわずかに形の良い眉を下げる名土先輩。その視線の向かう先は下、俺の手が握りしめた名土先輩の手がある。手には力が必要以上に強く、力を込めてしまっていた。
 
「ごっ……ごめんっ!」

 あわてて手を離そうとするけれど、名土先輩は優しく握り返してくる。
 強い力じゃない。でも、だからこそ俺は抵抗することができなかった。この柔らかさを、暖かさを、振り払う事なんてできない――そう思ってしまったから。

「出会った次の日、こんな風に屋上に連れて行ってくれましたね……」

 穏やかな瞳のまま、そんなことを名土先輩は語りだした。

「あの時は、とても強い手だと思いました。やっぱり男の方は力が強くて、がっしりしていて、女の子とは違うんだと思いました。すこし、恐かったです」

 くすり、と名土先輩は微笑む。それだけでなんだかとろけてしまいそうになる。

「でも、今は優しく握り返してくれます。少し痛かったですが、今はそんなことはありません。それがなんだか……うまく言えませんが、うれしいんです」

 そんな、ことを。
 曇りのない澄んだ笑顔で言うのだ。
 どうしろというのだ。
 心臓はどんどん高鳴るし頭に血が上ってろくに考えもまとまらない。
 でも。
 でも、と思う。
 なぜか自分の思考はそれに流されない。わずか、ほんのわずか、違和感があった。
 こう……だったか? 名土先輩は、手を引っ張って屋上に引っ張ってきたときこうだっただろうか? なんかもっとこう、爽やかな感じじゃなくて、もっとねっとりと熱っぽくって……ダメな感じじゃなかっただろうか?
 首を振る。
 頭にこもった熱と自分を取り巻く熱を振り払うようにブルブルと首を振る。
 そして気がついた。
 目に映る緑は風にざわめく木々。遠く聞こえる水音はきっとこの場所の中央にあるという噴水の音。頭の熱を緩やかに運び去ってくれる風はこの場所が町中とは違う穏やかさを持っているから。
 目的地である公園に、すでにたどり着いている。そのことにようやく気がついた。
 デート計画では最後に来る筈だったそこは、ゆっくり一回りすれば30分は軽く潰せるはずのけっこう大きな公園だ。
 さあ、とまた風が吹く。
 まだ夏の暑さがこもる中。それはひどく涼しく感じられた。木々のざわめきが残暑のなか、自然がつくりだすこの一時の涼しさを演出する。
 
「いい風ですね」

 間近で先輩の綺麗な黒髪が揺れる。
 かすかに鼻をくすぐる甘い香りは、先輩の髪の香り。
 俺はこんなに綺麗な人とデートをしている。
 でもこれは、デートであってデートではない。
 ようやく少しは落ち着いた頭で考える。
 あらためて、目の前の信じがたい現実を意識する。
 でも、言わなくてはならない。
 今無理矢理にでも言わないときっと言えなくなる。流されてしまう。
 それに、何故だか言わなくてはならないという、自分でも正体のわからない切迫感があった。
 
「……先輩、聞いてくれ」
「はい」

 素直に答える先輩の笑顔が、今は妙に痛い。緊張する。
 でも言わなくてはならない。今日、何のためにここに来たか。俺が何を思い、何をするために先輩を誘ったのかを。

「今日のこれは、デートであってデートじゃないんだ」
「え?」

 わずかに目を見開いた、驚いたような先輩の顔。
 もう止まれない。だって踏み出してしまった。だから、進む。進むしかない。

「今日、俺が先輩を誘ったのは……先輩の悩みを解決してやりたかったからだ」
「な、なにを言っているんですか?」

 信じられないといった顔で、否定を期待する視線で問いかけてくる先輩に胸が痛む。

「先輩の悩みを解決するためにデートだって言って誘った。だって学校内だと先輩は”メイド”だ。メイドになるか、そうじゃないか。その悩みについて、そこから離れて話せない。だから別の場所でそういうことを話して……」
「なにを言っているんですかっ!?」

 俺の言葉は先輩の言葉に遮られた。今までにない強い声だった。
 怒るのは当たり前だ。俺は今、とてもおかしなことを言っている。
 でもこうしてこの問題を口にして、あらためておかしな事に気がついた。

「おかしいですよ……だって……竜ヶ崎……くん……あなたはデートだと言って私を誘ってくれたじゃないですか? なんでそれがデートじゃないんですか……なんでそんなこと……おかしいですよ……」
「おかしいのは先輩の方だ。あの状況でデートに誘われて、なんで二つ返事で受けるんだ? 先輩はなんで何も聞いてこなかったんだ?」

 そうだ。おかしいんだ。何で先輩は聞いてこなかった。
 それに、なんで俺は自分自身そのことについて追求しなかった? 今まで聞く機会はいくらでもあった。名土先輩は俺のことを避けてはいたけれど、それでも日時の連絡はできた。
 いくらでも聞くことはできたはずだ。
 それなのに、何も聞いてこなかった。ただ受けて、そして今日が来た。それだけだった。
 たとえば名土先輩が俺のことを好きだったら、デートに誘われたことにうかれてそんなことを気にしないかも知れない。でも、それはいくらなんでも違うだろう。

「ど、どういうことなんですか? 私、ちっともわかりません……」

 だって先輩は震えている。顔を伏せ、手はそれぞれ拳を握り、ぶるぶると全身を震わせていた。
 先輩は動揺しているんだ。
 名土先輩は俺のことを嫌っていないだろう。
 でも、好きなんだろうか。それは男として好きなのか? いや、ちがう。先輩は違うはずだ。だって先輩は俺をご主人様として慕っていると言っていた。それは男女のそれとは違うはずだ。
 違う。なにか違和感を感じていたがはっきりした。今日の先輩はメイドじゃないと言うだけじゃなく何かが致命的に違う。
 なんで先輩はデートを受けたんだ?

「先輩は俺のことが好きなのか?」
「好き……です……」

 うつむき、それでもはっきりと答える。前髪に隠れてその表情は見えない。
 わからない。だから俺は問いを続ける。
 
「それは、俺のことをご主人様として好きってことなのか? それとも俺のことを、その……恋愛の対象として好きってことなのか?」
「それは……」

 先輩は言葉に詰まる。それが妙にいらだつ。そうだ、そもそも先輩は悩んでいたはずだ。それはどうなったんだ。

「先輩はあの選択……何が何でも俺のメイドになるか、それとも俺を名土家に引き入れるか……そのどっちを選んだんだ?」
「それは……」
「どっちに決めたんだ?」

 その問いに、跳ね上がるように先輩は顔を上げた。
 
 先輩は……泣いていた。
 
 涙をこぼしていたわけじゃない。でも瞳を潤ませ俺のことを見つめているその表情は、涙を流していなくても、確かに泣いていた。
 いつもメイドとしての笑みを浮かべていた名土先輩。今日はいろんな表情を見せてくれた名土先輩の、一番辛く悲しい表情。
 罪悪感を感じる。どうしようもなく間違えてしまったという確信。動けなくなる。

 そして。
 頬に音が弾けた。
 
 その衝撃に初めは何が起きたかわからなかった。
 いつの間にか右を向いていた顔を正面にもどせば、視界の中には駆けていく先輩の姿があった。
 何か言おうとして、左頬の痛みに口が止まる。
 ようやく理解した。
 先輩にぶたれたのだ。平手で思いっきり、頬をはたかれたのだ。
 じんじんと痛む。手で押さえると、ひどく熱い。口の中に広がるのは鉄の味。切ったらしい。
 
 なにをやってるんだ、俺は。
 
 自分の勝手な理屈で先輩をデートに誘って、それでいっしょに遊んで、楽しんで……のせるだけのせて、「これはデートじゃない」なんて言った。
 しかも最後に「俺が好きか」なんて問い正したんだ。
 俺は何をやってるんだ。
 なんてひどいことをしているんだ。
 先輩のために頑張っているつもりだった。
 それなのに……なんてことだ。俺は助けようとした人の気持ちをまるで考えていなかった。それどころか傷つけてしまった。
 なんだ、これは。
 なにをしているんだ、俺は。
 追わなきゃ。
 でも追ってどうする? 何を言えばいい? 謝るのか? そんな資格なんてあるのか?
 わからない。
 わからないから動きようがない。
 
「あ、竜ヶ崎?」
「竜ヶ崎くんなの〜」

 声に振り向けば、そこにはいたのは聖とひなただった。見慣れた制服ではなく、私服だ。聖はパーカーにキュロットと、いつもの紅いポニーテールに似合った軽快で活動的な格好。ひなたはピンクハウスとか言っただろうか、やたらふりふりとしたサマードレス。
 学校で見慣れた制服ではない二人。でも、もう馴染みつつある日常の空気を纏う二人。 日常。
 その言葉が何故か恐く感じられる。
 当たり前のことが、当たり前でないものとして感じられる矛盾。
 
「どうしたの? なにしてるの?」

 いつものように、どこかのんびりした声で問いかけてくるひなた。恐怖が最大限に高まる。
 そして唐突に理解した。
 そうか。
 今の俺が。
 この日常の空気を壊してしまうからだ。
 聖の問い。それに答えると言うことは、名土先輩との今の一件を話すと言うこと。
 そうしたら、きっと壊してしまう。聖とひなたの俺を見る目が変わる。
 それが、なんだか恐い。まるで爆弾でも抱えているよう。得体の知れない恐怖がある。 

「竜ヶ崎くん?」

 いつものように遠慮なく近づいてくるひなた。
 俺はその接近にいっぽ後退る。
 ひなたがぐっと俺の手をつかむ。
 強い力。でも、どこまでも柔らかいひなたの指。
 
「ひなたの目を見て欲しいの」

 ぐっと顔を近づけてくるひなた。物怖じしないその態度。
 チラリ、と見る。
 びっくりするぐらい純粋な目。暖かみのある目が、今は辛い。
 見つめてなんていられない。
 すぐに逸らしてしまう。
 
「目を逸らすと自動的に聖ちゃんのハリセンが飛んでくるの」

 スパァァァン!

 視界が一瞬白く染まった。それはハリセンの白だったかも知れないがたぶん意識が白く飛んだから。
 いつものようにどこからともなくハリセンを取り出した聖に、
 
「なにいきなり人のこと叩いてるんだ、聖っ!」
「なにあなたらしくもなくどんよりとした目をしているのよ、竜ヶ崎っ!」

 いつものように真っ向から言ってくる聖。
 その物怖じしない真っ直ぐさがなぜだか今は勘にさわる。聖の言葉が、なぜだかひどくいらつく!
 
「俺だって悩むときだってある! そういうときはそっとしてろよっ!」
「悩んでる!? 嘘でしょ! 竜ヶ崎は迷ってる!」
「なんでそんなことわかるんだよっ!?」
「見ればわかるわよ! いつものあなたと全然違うわよっ!」

 その言葉にカチンときた。むかつく理由がわかった。
 
「いつもの俺ってなんだよ……!?」
「え?」
「お前と会ってまだ一週間も経ってないだろっ!? それでいつもの俺なんてのがわかるのかよっ!?」

 たった今、俺は名土先輩を傷つけてしまった。それは俺の考えが浅くて……なにより勝手に名土先輩が俺の申し出を納得して受け入れてくれたと思いこんでいたからだ。そうだ、だから俺は間違えた。名土先輩のことをわかっていなかったから、俺は大切なことを間違えてしまった。
 それなのに、こいつは知った風な口をきく。それが今の俺にはたまらない。むかついてしかたない。
 俺はこんなに怒っている。それなのに聖は、
 
「確かにそうね。……でも、そんなに薄い一週間じゃなかったでしょ?」

 軽く、そんなことを言った。

「え?」
「そりゃ、出会ってからまだ数日しか経ってない。だから竜ヶ崎のこと全部”知ってる”なんて言えない。でも、”わかってる”つもり。その上でいうのよ、いつもの竜ヶ崎らしくないって」

 薄い胸を張り、どこか誇らしげに聖は言う。
 その姿がなんだか眩しく思えた。
 
「竜ヶ崎くんと会った日からのこと、ひなたはずっと覚えてるの。もし忘れても、積み上げてきた日々はなくならないの。たとえまだそれは少なくても、積み重なったものはなくならないの。だからひなたにもわかるの。……いつもと違う竜ヶ崎くんのことが心配なの」

 ひなたがずいっ、と顔を近づけてくる。
 物怖じししないひなた――これも、出会ってから知ったひなたの特徴、個性。
 ああ、そうだ。ひなたは何にも考えてないようで、いつもこっちのことを気にしてくれている。優しい声をかけてもらったこともある。
 ひなたはいつも傍観者ポジションにいる。そう、いるんだ。いなくならない。それはそばで見守ってくれていると言うことではないだろうか?
 ひなたと出会ったのもわずかな時間。でも、こんな風に理解することができる。
 
 スパアアアアンッ!
 
 頭の中がまっしろになる。
 また、叩かれた。
 
「シャンとしなさい竜ヶ崎! 迷ってるのなんてあなたらしくないわよ!」
 
 そうだ、聖はこうだ。
 いつだって真っ直ぐに感情を表して、容赦なくハリセンを炸裂させる。
 でもちゃんと加減したり、けっこう気が回ったりする。一緒にいると安心できるし、からかうと楽しい。そんなやつだ。
 ああ、なんだ。
 聖もひなたもは俺のことをわかっていると言った。でも俺だって聖のことをわかっている。ひなたのことをわかっている。確かに全部知っているわけじゃない。でも、わかっている。
 だって俺はこの6日間、迷っていたけれど本気で真っ向から進んできた。立ち止まったときもあったけど、でも進もうとしてきた。
 だから、わかった。わかってもらえた。
 
 じゃあ、名土先輩はどうだろうか。
 
 俺は先輩のことをわかっている。
 メイドチャンピオンと呼ばれるほどに優秀なメイド。そして、メイドであることに対して真摯で誠実で、なにより一生懸命だ。だから己を高めようと叱られることを望み、その気持ちが強すぎるのか叱られるとおかしくなる。
 そうだったはずだ。
 でも、今日の先輩はわからなかった。先輩はいくつも俺の知らない面を見せてきた。
 すごくかわいかった。すごくどきどきした。でも、最後には違和感を感じた。それで最悪な形で名土先輩を傷つけてしまった。
 でも、どうして違和感を感じた?
 どうしていつもと違うと思った?
 メイド服じゃないから? 
 まるで絵に描いたように完璧なデートの相手だったから?
 違う。違うだろう。
 まだその違和感がなんであるかわからない。わからないならどうする?
 
「どう? 少しはシャンとした?」
「ああ、シャンとした。だから、行く」

 答える声には思った以上に力があった。やるべき事は見えた。だから言葉はすんなりと出た。
 その言葉に聖は眉をひそめる。

「悩んでるんでしょ? 事情くらい話してよ。相談に乗るわよ」
「そうなの〜」

 聖とひなたの言葉。ありがたい申し出だったけれど、だめだ。
 俺は進む。甘えて止まるわけにはいかない。

「ああ……でもこれは俺が答を出さなくちゃいけないことなんだ。だから、全部終わってから、必ず話す」
「相変わらず好き勝手に進むのね。でも……それが一番、竜ヶ崎らしいわ」
「かっこいいの」

 不敵に微笑む聖に、いつものようにひなたが無責任に褒める。
 でも今日は、今だけは。二人の言葉は素直に嬉しい。だから、
 
「ありがとう」

 感謝の言葉も自然に出た。
 二人が息を呑む。なぜか聖もひなたも微妙に頬を染める。
 
「ま、まあいいのよ。わたしは叩いただけだし。だからそんなに素直に感謝されても」
「聖ちゃん照れてるの〜」
「な、なによ! ひなただって!」

 苦笑する。
 この二人は本当にいつもどおりだ。だから俺はいつもの俺に戻れた。だから俺は救われた。
 
「じゃあ、行く」

 そして今度こそ俺は駆け出した。
 ああ、いつもどおり。俺はなにかと叫んでばかり。そして走ってばかりだ。
 だったら俺はいつもどおり、好き勝手に納得いくまで思ったことを言おう。そのためには相手が必要だ。だから、名土先輩を探しに行こう。
 そうだ、これが俺だ。何を迷っていた。
 名土先輩は言ってくれた。俺は、進みながら道を探していけると。だったら迷ってどうする。止まってどうする。名土先輩の悩みを解決しようと言うのに、名土先輩の信じてくれた俺でなくてどうする……!
 だから、動け。
 動きながら考えろ。
 でも先輩のいきそうなところなんてわからない。でも先輩もこの町には不慣れなようだった。だったらきっと今日のデートコース上のどこかにいるはず。
 だからデートコースを逆に辿る。
 どこだ。どこだ。どこだ。
 走れ、止まるな、動け。
 ファミレスにはいなくて、映画館の前のざっと見た限りではいない。今さら映画を観ることもないだろう。
 やがてスタート地点、駅まで着いてしまう。
 もしここにいなかったらもう一周だ。もしいなかったら、なんとかメイド学科の女子寮に連絡を入れよう。
 
「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 走りっぱなしで息が切れる。
 膝に手を当て、それでも
 まったく今日は心臓を酷使しすぎだ。名土先輩にドキドキさせられて、そして今は走って。このままでは破裂してしまうかも知れない。
 荒い息の中見回し、そしてすぐに気がついた。
 薄い青のワンピース。驚くほどに整ったプロポーション。
 名土先輩が、そこにいた。


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