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ストレンジのーまるデイズ

第十話 愛奈



 キーンコーンカーンコーン

 一時間目終了のチャイムが響く。
 鐘の音と屋上への入り口を背に、その少女は両手を腰に当て仁王立ち。
 なびくのは金。陽の光に溶けてしまいそうな、白に近い金の髪。
 背丈はだいたい聖と同じぐらい。胸の大きさ……というか小ささも聖と同じぐらいで、どちらかというと華奢な印象の細い身体。
 その視線の先には俺達がいる。
 すぐ左横には聖。背後のテーブルにはまだひなたが席に着いているだろうし、名土先輩も控えていることだろう。でも、二人がどうしているか注意を払う余裕なんてなかった。
 目の前の金髪の少女。
 その顔が、俺の太陽とも言える同級生――どこかへと去って行ってしまった「神無月 愛奈」(かんなづき あいな)。その娘と同じ顔と、同じ名を持っている……その事実に俺は他のことを考える余裕を奪われていた。
 落ち着け。
 まず、この事態を把握するんだ。
 屋上特有の風に、少女の金の髪がなびいた。そうだ、俺の知っている神無月は黒髪だった。目の前にいる女の子は鮮やかな金髪だ。線の細い身体も細さだけなら似てはいるが、やっぱり胸は記憶と比して極端に薄い。小さい。悲しい。
 ……別人だ。
 そうだ、こんなところで過去の話をした途端、本人が都合良く現れるなんてこと現実にあるわけないじゃないか。

「え……ま、まさか……!?」

 金髪の少女が驚きの声を上げる。
 その声はよく似ていた。明るく利発な声。声そのものは俺の知る神無月に本当にそっくりだ。顔の造りだって似ている。大きな瞳。すっきりとした鼻梁にふっくらした頬。整って綺麗だけど、でも全体としてはかわいいという印象が強い顔。彼女はかつて、そこにまじめで、でも少し微笑んだどこか不敵な表情を刻んでいた。今は驚きの表情だが、それでも本当によく似ていると思う。
 本当に……別人とは思えないくらい似ている。

「この学校にいるはずがないわ……だって口止めもバッチリしたし、痕跡も可能な限り消したし……!」

 瞳も似ている。もっとも惹かれた彼女の個性。何者もその純粋さを奪えないような、そしてその純粋さでどこまでも見通すような瞳。
 でも、別人なんだ。
 
「でも……本当に、竜ヶ崎勇人……なの……?」

 別人であるはずなのに……!

「なんで俺の名前を知ってるっ!?」
「竜ヶ崎……知り合いなの?」

 袖を引っ張られ振り向けば、そこにはポニーテールを揺らして小首を傾げる聖。

「さっき……俺の昔話をしたよな?」
「え、ええ……」

 急な質問にびっくり顔の聖。俺はなにか言いづらいものを感じつつ、言葉を続ける。

「俺が話した娘の名前は……神無月 愛奈(かんなづき あいな)と言うんだ」
「!」

 俺の周りので三つ、息を呑む音が聞こえた。聖とひなたと先輩の、驚きの声。
 俺の知っている神無月は明るく活発的だったがあくまで優等生。さっきの話にしてもそれを前提に話した。
 だが目の前に立つ女生徒は金髪でなんだかちょっと優等生という雰囲気じゃない。
 確かに俺の語った神無月とはまったく別の種類の人間に見える。驚くのもムリはない。
 聖は表情を驚きから不快に染め、詰め寄るように俺を見る。

「ねえ竜ヶ崎……目の前にいる、あの神無月はいろいろなことにクビ突っ込んではしっちゃかめっちゃかにしちゃう問題児なのよっ!」
「そうなのか……」

 その言葉に、俺は安堵した。それは俺の知る神無月とは別人であることの証明だったからだ。彼女は優等生だった。

「どういうことなのよっ!? さっきの話と全然違うじゃないっ! アレははっきり言って優等生なんかじゃないわよっ! まったくもって違うのよっ!?」

 激昂した聖が俺の襟首を掴んでがっくんがっくんと揺する。が、俺は足を踏ん張ってこらえる。力の差よりも体重差に、聖の動きが止まった。
 そして俺は、確信を持って力強く言い放つ。

「他人のそら似だ」
「だってっ! 出身校が同じで名前も同じっ! それで別人なんてありうるのっ!?」
「ありえるっ! あれは別人っ! それ以外はないっ!」

 叩きつけるように言うと、聖はようやく手を放してくれた。……そうだ。それしかない。そんな偶然俺だってバカバカしいと思う。でもそれ以外に説明がつかないのだから仕方ない。
 俺の知っている神無月は綺麗でおしとやかな感じで、でも明るくていつも気が回ってなにごとにも物怖じしなくて……。
 けっして目の前にいる金髪娘とは違う。違うはずだ。
 名前が同じで顔が似てるのも、たとえば血縁者だったら説明がつくかもしれない。双子とか、親戚とか。さもなきゃ神無月の名前を騙った偽物だ。……さすがにそれは考えすぎにも思えるが。
 本当に俺の知る神無月だという可能性は……いや、ありえない。今俺の前に現れるはずがない。まだ自分で歩むことを始めたばかりの、彼女と向き合う資格のない俺の前に、現れるはずがないんだ。
 そんな俺の葛藤をよそに、目の前の少女は表情を驚きから懐疑へと変える。そして、

「竜ヶ崎……あんたあたしのこと忘れたのっ!? ひどいやつねっ! それにっ……!」

 そして一点を指さし叫ぶ。

「断ったって聞いたのにいきなり使ってるしっ!」

 指の指し示す方に目を向ければそこにはテーブルの脇で佇む名土先輩。集まる視線に首を傾げる。風に髪がなびき、フリルが揺れる。タイトル「夏のメイド」とか表題をつけたら絵になりそうな光景だった。
 確かに名土先輩をメイドとして従事させているようにしか見えないだろう。……っていうか実際そんな感じだったし。

「なんだか女の子に囲まれてるしっ!」

 ビシッ、ビシと指さすのは俺の左に立つ聖と、いつの間にか右側につくひなた。そしてその無遠慮な指先は最後に俺を指し示す。
 突きつけられるのは指先と鋭い視線。

「あのまじめな竜ヶ崎はどこにいったのよっ!?」

 そんなことを、目の前のこいつは言った。
 俺の知る神無月の声で、でもその声で一度も聞いたことのない粗野な言葉遣いで。
 俺の知る神無月の顔で、でもその顔で見たことのないやけに芝居がかった嘆きの表情で。
 ……そんなことを言ったのだ。
 カチン、ときた。
 なにか自分の中の大事なものが汚されたと思った。

「知った風な口を聞くな偽物っ!」
「に、偽物!?」
「そうだよ偽物っ! 双子の姉妹か親戚かよく似た他人なのか知らないっ! 俺のことをどういう風に本物の”神無月 愛奈”から聞いたかも知ったことじゃない! だが、俺のことをよく知りもしないで知った風な口をきくなっ!」

 俺の中でのこいつの呼称が決まった。『神無月(偽)』だ。うん、ぴったりっ!
 俺の魂からの叫びに圧倒されたように、神無月(偽)は一瞬たじろぐ。一歩下がり……でも踏みとどまり、両手を腰に当てる。
 薄い胸を精一杯に張って、真っ向から俺に抗議の視線を向ける。

「言ってくれるわね、竜ヶ崎! あんたがそういう態度をとるんなら……思い知らせてあげるわっ!」

 そう言うと神無月(偽)はいきなり、

「エヘン、オホン!」

 咳払いを始めた。そのあとは「あー」とか「うー」とか声を出す。
 ……なんのつもりだ?
 ひとしきりそうしていたかと思うと、ニヤリ、と笑いこちらに歩み寄る。
 何のつもりかと見ていると、神無月(偽)は俺の目の前で停止。
 そして、

「えー、オホン!」

 俯き、咳払い一つ。そして再び上げた顔を占めるのは、余裕のある微笑み。その自信に満ちた姿には見覚えがあった。
 記憶の中の彼女は、いつもそんな風に何事にも真っ向から接していた。

「竜ヶ崎くん。わたしのことを忘れてしまったの?」
「!?」

 その口調は。その声は。俺の知る神無月のものだった。間違いない。だが……。

「あ、声マネ似てるなー」

 バカにしたように言ってやる。大丈夫、俺は冷静だ。惑わされることはない。それにしてもこいつ、やっぱり神無月(真)の事を知っているのか……。しかも声が似ていることを活用して声マネまでしてくるとは侮れない。演技もバッチリだった。
 その反応が気に入らないのか、神無月(偽)は眉を寄せ不満な表情。「いい気味だ」なんて思ってしまう。俺もこのことばっかりは善人ではいられない。
 と、突然神無月(偽)は、意味ありげに俺のことを見つめると、胸のスカーフに手をかけた。

「な、なにを……?」

 なぜか声がうわずる。そんな俺を面白そうに眺めながら、スカーフにかけた手を引く。
 衣擦れの音をたて、スカーフが抜けた。
 セーラー服はスカーフを外すと、胸元が緩んで見えやすくなってしまう。つまり、胸の谷間とかそのへんとか見えてしまうかも知れない。神無月(偽)はこっちに流し目を送りつつ、スカーフをひらひらする。それはなんだか妙に色気を感じさせるものがあって、ドキドキしてしまう。
 でも、冷静に考えたらこいつに胸の谷間なんて存在しないんだからドギマギする必要なんて無い。
 神無月(偽)は俺の反応が冷めたと知ると、スカーフをひらひらさせるのをやめ今度は両手でいじり始める。ほどなくしてスカーフに作られたのはゆるく結ばれた大きな結び目。それが二つ。
 神無月は何のつもりかそのスカーフを腹の方からセーラー服の中におさめる。
 静かな屋上の中、ただごそごそという衣擦れの音だけが響いた。
 そして、出来上がったのは……胸。セーラー服の中におさまったスカーフの二つの結び目が、神無月(偽)に偽りの膨らみを与えた。それは偽りの巨乳。ゆるく結ばれたスカーフでできた胸は、きっと触ればすぐに潰れてしまうだろう。儚い、虚ろな胸。いわば虚乳。
 そして再び、神無月(偽+虚乳)は神無月(真)の表情を作る。

「わたしのことが分からないの? 竜ヶ崎くんひどい……」
「あっ……す、すまない神無月、そんなつもりはなかったんだっ」

 意識するより早く俺は謝罪の言葉を出していた。
 それで、理性が認識した。心が理解した。信じられないことだが、こいつは俺の知っている……!

「神無月……愛奈……」

 呆然と呟く俺に、神無月(偽改め真)はにっこりと頷く。
 まさか、本物だなんて。いろいろなことが頭の中をぐるぐると回る。何を言えばいいのかわからない。何をすればいいのか思いつかない。どうしよう、どうしよう……。

「あなたは胸で女の子を区別してるのっ!?」

 スパアアアンッ!

 後頭部に弾ける衝撃。聖のハリセンだ。
 快音にあたまのなかでもやもやしたものが吹っ飛ぶ。
 そして、思う。
 いったい、これはどういうことなんだろうと。





「お代わりもアイスティーでよろしいでしょうか?」

 名土先輩が聖達に確認を取るのを聞きながら、ぼんやりと考える。
 なんでこんなことになってるんだろうな……。
 今、テーブルを囲むのは4人。
 俺。俺ともうひとりを交互に睨むのに忙しそうな聖、それを面白そうに眺めるひなた。そして……。

「あたしはビールっ!」

 とんでもない事を言うのは、神無月愛奈。俺が惹かれた人。そして、転校のきっかけにもなった人。そのはずだ。
 神無月の言葉に、先輩は困り顔で俺の方を見る。

「法律に触れない範囲で対応してくれ」

 なんだか面倒くさくなって投げやりにそんなことを言ってみた。先輩は頷くと、パタパタと屋上出入り口脇へと向かう。神無月の分のイスも向こうから持ってきていた。今まで飲み食いしたアイスティーやクッキーも向こうから持ってきていた。あそこにはどんな設備が備えられているのだろうか。
 と、疑問に思案を巡らす暇もなく先輩が戻ってくる。手に持つ盆の上にはアイスティーが三つと、神無月用の大ジョッキ。それらがテーブルに並べられる。

「ちょ、ちょっとっ!?」

 聖が驚きの声を上げる。ムリもない。
 神無月の目の前に置かれたそれは、見た感じ完璧にビールだった。いくつもの泡を内包する琥珀色も、ジョッキからこぼれそうに溢れる白い泡も紛れもなく本物に見えた。
 疑問をよそに、神無月はジョッキを手に取る。そして間を置かず口をつける。
 ごくごくとのどを鳴らして一気飲み。ある意味男らしい、見事な飲みっぷりだった。
 程なくしてジョッキは空になった。

「ぷはーっ、キックーッ! これよこれっ! 夏はこれなのよっ!!」

 なんかそのあんまりうまそうな様子を見て不安になる。ほ、本物?

「先輩……あれは……?」
「オルォナミン・シータを大ジョッキに注ぎました」

 落ち着いて静かにメイドらしく、先輩は答えた。だからその言葉の意味を知るのにひと呼吸必要だった。

「えと、あの……オルォナミン・シータ?」
「はい。なみなみと注ぎました」
「なみなみ……で、でもあの泡は? オルォナミン・シータじゃあんなに泡が出るわけが……」
「生クリームを泡立て添えてみました」
「生クリーム……」
「お砂糖たっぷりです」

 どんな味か想像してみた。
 5秒でやめた。やばい。危険すぎる。なんて言ったらいいか……だめだ! そんなんだめだーっ!

「お酒を飲もうとする生徒には、後悔を与えるようにとメイド学科では教わっています」

 にこやかに答える先輩。俺はその先輩の笑顔が……今までとは別な意味で、一番恐かった。
 名土先輩のあんまり知りたくない一面をまたひとつ知ってしまった瞬間だった。

「そんなもの飲めるかーっ!」

 神無月は突然叫ぶと、ジョッキをガツーンと乱暴にテーブルに叩きつける。グラスの中のアイスティーが揺れ、クッキーの山が少し崩れる。

「これファイト何発分なのよーっ!?」

 もう一叫び。いや、その、なんて言うか……知るか。
 お前あんなにうまそうに全部飲んだじゃないか。実はビール飲んだことないんじゃないのか?
 それにしてもジョッキになみなみと注がれたオルォナミン・シータを飲み干すとは。しかもあまぁい生クリームのおまけつきだ。もしそんなのを飲んだら……いかん。想像してはダメだ。デンジャーすぎる。
 それよりいま気にすべきはそう言う事じゃない。

「そんなことはどうでもいい。神無月……どういうことなのか教えてくれ」

 呼びかけると神無月はやれやれという感じで俺を見る。

「ずいぶん気安く呼んでくれるわね。前の学校では”神無月さん”ってまるでお姫様に話しかけるみたいに丁寧に話しかけてくれたのに」

 うわ、なに言ってるんだこいつはっ!?

「へぇ〜、やっぱりそうなんだ」
「やっぱりラブラブだったの?」

 聖のジト目に、ひなたの興味深そうな目。
 すげえ気まずい。

「へんなこと言うなよっ! それよりお前……本当に”神無月 愛奈”なのか?」
「竜ヶ崎も疑り深いわね。あたしは正真正銘”神無月 愛奈”。私立快世の優等生だった、か・ん・な・づ・き、愛奈よっ!」

 胸を張って堂々と言った。
 ちなみに胸はさっきの「虚乳」ではなく自前の貧乳だ。平たい。
 しかし、本当に本物なのか……。でもまだ釈然としないことがある。確かにさっきは本物だと確信した。似ているところはたくさんあるけど、でも態度や言葉遣いは全然似てない。それに……。

「髪、染めたのか……?」

 今の神無月の髪は、正直言えばかなり綺麗だった。陽光に溶けるようなプラチナ・ブロンド。ずいぶん気合いを入れて染めたものだ。ここまでの色は脱色して染め直しても難しく思えた。本当に綺麗だ。
 それでも、残念に思えた。あの黒髪もとても綺麗で……好きだったんだ。

「あ、これ? 地毛よ地毛」
「え?」
「わたしハーフなのよ」

 あっけらかんとそんなことを言った。

「じゃ、じゃあ快世の頃、黒く染めてたのか?」
「ああ、あれはカツラ」
「カツラ……?」
「黒髪のカツラ。あの頃は髪短くしてたから被れたのよね。いまはちょっときついけど。あれ、けっこう気に入ってたなあ……」

 懐かしそうに言う。
 ええと……え? こ、これはどういうことなんだ? それじゃあ……

「じゃ、じゃあ胸は?」

 かつての神無月の胸は大きかった。細い身体からすれば、巨乳と言っていいほどに。
 しかし今は小さい。ぶっちゃけペッタンコだ。これは男として大変に悲しい変化だ。

「うわ失礼な質問ねー。……竜ヶ崎ってば胸ばっかり見てるんだ。ムッツリなのね。知らなかったわっ」
「ちゃ、茶化すなよ」
「ふふ、すぐ慌てるのは相変わらずね。……いいわ、話したげる。パットよパット。あの頃はパット入れてたの」

 ちょっと恥ずかしげに答える神無月。
 俺は、何も言えなくなった。
 今言われたことを咀嚼し、理解しようとして……でもうまくいかなくて、疑問をそのまま加工せず口に出す。

「じゃあお前は快世にいた頃、カツラで黒髪にして胸にパット詰めて巨乳に見せかけてたの……か?」
「そういうことになるかしらね」
「……なんのために?」
「優等生になるためにっ!!」

 握り拳をつくりつつそんなことを言った。
 沈黙が降りた。
 聖、ひなた、名土先輩は固唾を呑んで見守っている。
 俺は言うべき言葉がない。
 そんな空気の中、ただ一人神無月が動く。

「そうね……遂にあたしの過去を話すときが来たようね……余計なギャラリーがいるのがなんだけど……まあいいわ! 話してあげるっ! 聞かせてあげるっ! あたしの決断をっ!」

 そんな前口上の後、神無月は語り始めた。





 アレは受験期にさしかかった頃からかしら?
 志望校はどうしようかって考えてたときよ。学校の勉強なんか難しい事なんてひとつもなくって、行こうと思えばどこにでも行けそうな感じだったけどね。

「バカ言いなさい。あなたみたいな素行の悪い生徒、どこも引き取ろうとしないわよ」

 万年二位のメガネガリ勉がそんなこと言うのよ。そりゃそのころのあたしもいろいろと楽しいこと探してたから……それで、いろいろ問題起こしちゃったこともあるんだけど。

「いくら勉強できたって、素行がめちゃくちゃなあなたは優等生になんてなれない。面接のない学校で、せいぜいいい点とって『入れてもらう』といいわ」

 あたしあったまに来ちゃってさ。それで、あたしは決意したのよ。





「ちょっと待てーっ!?」

 話の途中、たまらなくなって俺は叫んでいた。

「なによ竜ヶ崎。ひとの話を途中で無理に止めるのはマナー違反……」

 神無月が文句を言うが、そんなことで止まれない。だって、だって……!

「じゃあなにかっ!? お前はそんな売り言葉に買い言葉みたいな理由で快世に入ったのかっ!?」
「そうよ」

 あっさりと。迷うこともなく神無月は答えた。
 
「カツラかぶってたってのは……」
「金髪で優等生ってのもちょっと厳しいものがあるでしょ? なんだかんだ言って世間は見た目で判断するものよ」
「パット入れてたのは……」
「優等生の女の子と言えばおとなしいくせに胸が大きいっていうのが相場じゃない」

 呆然と問いかける俺に、当たり前のことを語るように神無月は答える。
 そんな。そんな。あの神無月は、そんな存在だったのか。いなかった? フィクション? 実在の人物ではありません?
 じゃあ俺が追い求めていたのは、何だったんだ? 俺は何を目指していた? 俺は何に憧れていたんだ?

「お前は……なんなんだ?」
「あたしが何か、ですって?」

 抜け殻のように問いかける俺とは対照的に、神無月は楽しむように微笑む。

「それは面白い質問ね。あたしが何か……あたしは、愛奈。神無月愛奈。あたしはあたしをそう定義する。誰にも否定させないわ」

 自信に満ちてそう答えた。
 そうだ。そういうところは俺の知っている神無月と同じ。自分で道を定め、自分で突き進む。確かに神無月愛奈だ。
 瞳。何者もその純粋さを奪えないような、そしてその純粋さでどこまでも見通すような瞳。
 俺の惹かれたところはそのままだった。
 でも……。
 金髪。貧乳。妙に高いテンション。そのテンションにささえられた勢いありまくりの言葉遣い。
 ……俺の惹かれたところ以外が違う。ことごとく違う。
 これは……なんなんだ? なんなんだ、いったい?

「で、あたしがこの学校に来たことの話はおしまい。今度はこっちが聞かせてもらうわ。なんで竜ヶ崎はこの学校に来たの?」
「なんでって……」

 なんのため……なんのためにだって? なんだよ、悩む事なんてない。さっき聖達に話したじゃないか。

「俺は……俺がなんなのか、俺自身で決めるために。自分で自分の道を決めるために、転校した」
「へ……え」

 感嘆のため息を吐く神無月。こいつにとっては当たり前のことを言ったつもりなんだけど……なんでこんなに感心してるんだ?

「それで、あたしの事を追ってきてくれたの?」
「なっ……」

 何を言ってるんだ、こいつ。ここを選んだのは偶然で、神無月がいたことだって本当に予想もしなかったことなのに……。

「自分の道を決めた……それであたしを追ってきたってことは……なによなによ、人が悪いわね竜ヶ崎っ! やっぱりまたあたしといっしょに行きたいって事なの?」
「ちょっ……」
「うわうわうわ、な、なんか照れるわね。あーもうあたしについてこれるのはやっぱりあんただけよねっ。どいつもこいつもつまらないヤツばっかりで、でも竜ヶ崎だけは違ったわ……。今だから話すとね。あたし、ちょっと恐かったんだよ。いつか追いつかれるんじゃないかって」
「いやあの……」

 なんだかよく分からないが、神無月は口を挟む間もなく言葉を続ける。しかもなにかとんでもない勘違いをしているような気がする。

「あたしが転校すること事前に話したの、あんただけだったのよ。なんか引き留めてくれなかったからやっぱりだめなのかなーとか思ってたけど、そうか。そうだったのかそうなったのかー。ふふ、なんか嬉しいなあ」
「あのな、神無月……」
「これからも、いっしょにがんばりましょっ。あたしにしっかりついてきてね」

 『ついてきてね』
 
 なにを、言って、いるんだ、こいつは?
 俺は、自分の足で歩むために。自分で自分を決めていくために。
 そのために。そのために。そのために……!
 なにをいってるんだ! こいつはなにをっ!?

「そんなんじゃないっ!」

 スパアアアアンッ!

 俺の叫びと同時に聖のハリセンが炸裂する。
 しかし、それが打ったのはテーブルだ。衝撃にテーブルが傾ぎ、グラスが次々に倒れる。
 だが、それを知るのは音でだけ。そんなものを見る余裕なんてない。
 俺は神無月を見ていた。
 一瞬前までテーブルについていた神無月は今は宙にいた。
 聖のハリセンをかわして跳び、着地したのは5メートルも後方。

「なっ!?」

 俺が驚きの声を上げる間にも神無月は動き続ける。
 着地と同時にバックステップで距離を取る。……速い。
 立ち止まり、髪をばさりとなびかせ、神無月は鋭く聖を睨む。

「いきなりね、柳瀬。……なに? やるの?」
「あんたがバカなことばっかり言うからちょっと叩いて矯正してあげようと思ったのよ。神無月っ……!」

 二人の周囲で空気が硬化する。
 ピリピリとした空気に、肌が粟立つ。

「あんた……あたしに勝てると思ってるの?」

 不敵な笑みを浮かべる神無月。

「そうね。勝てないかもね。でも……」

 ハリセンを向ける。

「あなたは踏みにじった! それがゆるせないのよっ!!」

 言うなり、聖は駆け出した。
 そのとき俺は初めて理解した。
 目の前にいながら聖を何度も見失ったその理由を。
 聖の疾走は地を這うような低い姿勢だった。すさまじく速い。いきなり目の前でそんなことをやられては見失ったっておかしくない。陽光をはねる赤いポニーテールを引き疾走する姿は、まるで閃光のようだった。
 その疾走の最中、聖の左手が屋上のコンクリを撫でる。薙ぐように振る。
 その手の中に現れたのは二本目のハリセン。
 二つのハリセンを構え、聖が駆ける。

「いくわよーっ!」

 聖は一瞬にして神無月に肉薄。左右のハリセンを、霞むほどの速さで叩き込む。
 初めて見た。叩かれるばかりでちゃんと見たことはなかった。理解していなかった。聖はあんなにも速い……!

 スパパアアアンッ!

 二連続の炸裂音。その音と共に……聖のハリセンが砕け散った。

「!?」

 神無月は拳を構えていた。
 速すぎてよく分からなかったが……まさか。まさか。神無月が拳で、聖のハリセンを砕いたというのか?
 信じられない。聖の強さは身をもって知っている。それを神無月はまるで子供の相手をするようにあしらってしまった。

「柳瀬……なめないでよね。あんたごときが、それも”第一限界”どまりであたしをどうにかできると思ってるの?」

 余裕を持った神無月の言葉に、しかし聖は怯まない。

「思うわよ。だってあなた……マヌケだもの」

 スパアアアアン!

 それは、神無月の頭から鮮やかな音を立てた。
 空から降ってきたハリセンが、神無月の頭に当たったのだ。
 続いて、パサリという乾いた音を立て、ハリセンはコンクリの上に落ちる。

「これは……?」
「二本目を出すときにあらかじめ投げておいたのよ。人間、頭上が死角になるものなのよね。……わたしは今朝、そのことを思い知ったわ」

 今朝、聖の顔にジャムトーストがのっかったのを思い出した。
 そして聖の二本目を取り出したときの動作。薙ぐように振った手。あの時、神無月の頭上にハリセンを投げていたというのか。
 神無月は俯き、ぶるぶると震えている。こけにされて悔しいのだろう。すぐに怒りが爆発しそうな雰囲気だった。……だったら、その前に言っておこう。

「神無月」
「!」

 俺の声に弾かれたように神無月が顔を上げる。
 睨むような視線にさらされ、でも怯むことなく俺は語り始める。

「俺がこの学校に来たのはまったくの偶然だ。おまえがいるなんて知らなかった。それに……俺は自分で自分の道を進むために来たんだ。勘違いするな」

 神無月から表情が消えた。
 そして俺は最後の一言を放つ。

「俺は、おまえについていくつもりなんてない」

 言った。
 神無月は先ほどより強く震え……でも、それが唐突に止まる。

「竜ヶ崎……」

 ぽつり、と呟く。神無月のその声は、どこか寂しく、悲しく響いた。しかしすぐに元の明るく力強い声になる。

「そうなの、そうなの、そうなの……! 分かったわっ! あたしについてこないっていうんなら竜ヶ崎っ! あんたは敵っ! 敵よっ!」

 言うと、ぎっと名土先輩の方を睨む。

「あんたが名土メイを自分のメイドにするなら、あたしもそれに負けないメイドを自分のものにしてみせるわっ! 憶えてなさいよっ!」

 なんだかよく分からないことを一方的に宣言すると、神無月はすたすたとそのまま屋上出入り口をくぐり、

 ガアアアアンッ!

 扉が壊れそうな勢いで扉を閉めた。
 屋上は再び静けさに囚われる。みんな無言。その静寂を破ったのは、

 キーンコーンカーンコーン

 二時間目開始を告げるチャイムが鳴った。
 これは、本当に……なんなんだろうな。
 二時間目の授業が始まるというのに、俺は動き出すことが出来ずに、ただ佇んでいた。
 日射しが、やけに熱かった。

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