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ストレンジのーまるデイズ

第四話 学食



 始業式、ホームルームと二学期第一日目の授業(?)を終え、ほとんどの学生は帰ったのか閑散としている。時間は午後二時を回った頃だろうか。
 そんな人気のない廊下を俺はとろとろと歩いていた。
 右手には聖。
 俺に付き添うように歩いている。
 左手にはひなた。
 俺に巻き付くように歩いている。
 普通だったら「腕を組んで歩いている」と言うべきなのだろうか、身体のやわらかいひなたの場合はちょっと違う……ようだ。「ようだ」、と言うのも、具体的にどう違うか分からないからだ。あきらかに感触が違うのだが、見てしまうとまたひとつ俺の大切な”常識”が崩壊してしまいそうな恐さがあるのと……。
 ふと、ひなたの方に顔を向ける。

「竜ヶ崎くんどうしたの〜?」

 やわらかでおだやかで、なによりのんびりした笑みが触れそうなほど近くで俺を迎えてくれる。
 見ていると和やかな気持ちになって、なにより気恥ずかしさもあり、ついつい顔を逸らしてしまう。

 だから、自分の左腕がどうなっているのかよく分からない。

 そもそもこれはもっとドキドキしていいシチュエーションだ。だって女の子と腕を組んで歩いているのだ。おそらく胸だって当たっている。その感触にときめくのが当たり前というものだろう。
 しかし今は気にならない。それは、やはりひなたの身体のやわらかさゆえだった。
 なにしろひなたはどこもかしこも胸と同じぐらいにやわらかい。だからこんな風に腕を組んで(?)ひっついてきたとしても胸が当たってるのかどうかわからないのだ。例えて言うなら左腕全部が胸で包まれているようで、まったくもってありがたみがなく……。

「わ、竜ヶ崎くんの鼻からまた鼻血が出てるの〜?」

 ごめんなさい。身体は正直でした。むちゃくちゃ気持ちいいです。

「ちょっと大丈夫!?」

 慌てて、でも冷静に素早く聖はティッシュを取り出すと、俺の鼻から漏れる鼻血をふき取ってくれる。あのハリセンの苛烈さがウソのように優しく丁寧に拭いてくれる。幸い出血はたいしたことなくすぐに止まりそうだった。

「ああ、もう大丈夫だ」
「ほんと? もうちょっと寝てた方が良かったんじゃないの?」
「そうも言ってられないんだ……」

 グウ

 言葉を遮るように響く、俺の腹の音。
 保健室での一件。ひなたを抱きしめたことをえっちなことと誤解されてハリセンでしこたま殴られた俺は、盛大に鼻血を再出血した。人間の身体の約70%は水分だと話には聞いたことがあったが、「ああ、そいうものなんだ」と思わず納得してしまう量だった。
 だから血が足りない。補充しないとヤバイ。そのためには食わないとダメだ。考えてみたら朝飯だってまともに喰えなかったんだ。
 そうした事情から、俺達は学食へと向かっていた。
 それ以前に輸血とか点滴とか必要な気もしたが、まあまだ自分の足で歩けるのだから大丈夫だろう。……大丈夫なのか? っていうか保健の先生はどこ行った?

「……ごめんね……」

 鼻血をふき取りながら、聖が囁く。今までになくしおらしい声だ。つり目の上の眉も今は八の字に下がっている。あんまり暗そうにしているから、その瞳はすこしだけ……潤んでいるように思えた。
 それが、なんだかイヤに思えた。こいつはもっと勝ち気で勢いのあるヤツだ。出会ってからほんの数時間だが、今の今まで全力でそれを主張してきたヤツだ。それが豹変している。気分が悪い。むかつく。
 だから、俺は口を開く。

「……謝るぐらいなら最初っからやるな」
「な、なによ! あれは竜ヶ崎がっ……!」
「そうだな。俺はお前のことをトーストで殴り倒したし、お前が白いパンツはいているのをクラスのみんなにばらした。保健室ではお前に誤解されるような事をしたな?」
「!……」

 その時の怒りが甦ったのか、聖は睨み付けてくる。でもその視線は弱い。俺にケガをさせたという後ろめたさがあるのだろう。
 あんなふうに言ったから、責められてると思ってるんだろうな、きっと。やれやれだ。

「それが、どうした」
「え?」

 きょとん、とする。出会って一日目だというのに、今日はこいつのいろんな表情を見ることができた。そうした表情のひとつひとつが……けっこう、かわいいと思った。

「俺がむかつくことを言った。お前はむかついたからハリセンで叩いた。それだけだろ?」
「でも……」
「そうだな。今回はちょっとやり過ぎだ。俺も保健室に運ばれるとは思わなかったよ。でも仕方ないよな。自己紹介だってまだちゃんとできない。加減なんてわからないよな」
「あ……」
「今回はそーゆーことにしといてやる。だから、次回からは突っ込むときは少しは加減すること。だいたいな、俺はこういうヤツなんだぞ。言いたいことは言う。とことん言う。だからお前も変な遠慮してると胃に穴が空くぞ?」

 いったん言葉を切る。
 なんか緊張してきた。聖もひなたも俺のことをじっと見ている。それがどうにも居心地が悪いような、むずがゆいような……でも、悪くないような。そんな変な感じがする。でも俺は今たいしたことを言ってるわけじゃない。あたりまえのこと。そう、あたりまえのことだ。

「変に気をつかわれるのはイヤなんだよ。だって俺達……クラスメイトだろ?」
「竜ヶ崎……」
「竜ヶ崎くん……」

 なんか二人ともそろってはぁっ、と息を吐く。感嘆のため息に聞こえるのは俺が意識しすぎているせいだろうか? なんだかガンガン恥ずかしくなってくる。

「つーことで、自己紹介。俺は、竜ヶ崎 勇人(りゅうがさき はやと)。まあ、こういうやつだ」

 照れ隠しにぶっきらぼうに言う。その言葉を受け……聖がにっこりと笑った。今日初めてみる、純粋に明るい笑顔。一番の表情だと思った。ほんと、こいつは飽きさせない。

「改めて自己紹介するわ。わたしは柳瀬 聖(やなせ ひじり)。学級委員をしているわ。クラスのみんなに平等につっこめるよう教室のまんなかの席に座ってるわ。今回ので加減はわかったから、これからあなたが公序良俗に反するおかしな言動をしたらビシバシハリセンが飛ぶから覚悟することね」

 どこからともなく取り出したハリセンを俺に真っ向から向け、ポニーテールを揺らしながら。笑顔のままで、聖は宣言した。
 不意に、左手にやわらかな感触。みれば両手で俺の手を握るひなた。相変わらず骨があるのか疑問に思えて、でもすぐその疑問が気にならなくなるぐらい気持ちいい感触だった。

「わたしは、花春 ひなた(はなはる ひなた)なの。特技はからだがやわらかさなの。得意科目は国語と保健体育。保健委員だから、身体の調子が悪かったりしたら気軽に相談して欲しいの」

 こちらはまたしても春を思わせる穏やかで暖かな笑み。でも今までと違ってちょっと頬に赤みが差していて妙にかわいかった。
 こういう空気は悪くないけどどうにも照れ臭い。
 と、

 グウ

 また腹が鳴った。三人で苦笑する。

「……行こうか」
「そうね。学食まであと少しの辛抱よ」
「でもさ、今日って始業式の日だろ? よくよく考えたら学食なんて開いてるのか?」
「開いてるわよ。うちの学食は他とはひと味もふた味も違うんだから」

 ニヤリと笑いながら聖が言う。

「あなた知ってて転校してきたんでしょ?」
「なんのことだ?」
「だって……うちの学校、偏差値の割にけっこう編入試験厳しかったでしょ?」
「まあたしかにかなり難しかったけど……」

 言われてみると……ガイドブックで見た学校のランクにしては難しかったような気がする。もっとも「編入試験は難しいもの」と聞いていたから、そんなもんだと思っていた。
 疑問符をうかべていると聖が不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「そうか……そういう理由で転校してきたんじゃないのね……」
「? さっきから何を言ってるんだ、聖?」
「べっつに〜。でもそっか、びっくりするよ、きっと」
「びっくりするの〜♪」

 楽しげに笑う二人に引きずられるように廊下を進む。どっちにしろ、疲弊した俺に他に選択肢はないのだった。





 ビックリした。

「うああ……」

 意識せずに声が漏れた。ため息のような感嘆の声。
 学食だと言われて連れてこられたところはとても学食に見えなかった。
 学食のイメージというと……
 粗末と言うか簡素と言うか、そんな感じのテーブルにおなじような感じのイスが無機質に並んでいる。食券機で食券を買った後、厨房がのぞける受付で食券をおばちゃんに渡して料理を受け取って、混み合った中なんとか席を奪う……そういう感じだ。

 全然違った。

 まずテーブルが違う。なんかしっかりしている。おまけに真っ白なテーブルクロスがかけられている。イスにしてもすごい高価そうというわけではないが一応クッションがあるちゃんとしたものだ。しかも床がむき出しではなく絨毯なんて敷いてある。それが計算された適度な間隔で配置してある。それでありながら学食としては充分な広さと席数が確保されている。
 学食の「ただおいてある」という感じではなく「食事を快適にして貰う」という、飲食店なら本来あたりまえに追求されるべき、でも学食ではコストの問題で切り捨てられるサービスがここにはあった。
 でも、なにより驚きなのはその中で歩き回っている人たち。
 黒のフルスカート。白のフリル付きのエプロンドレスにフリルのカチューシャ。俺の知識に間違いがなければ……。

「メイドさん……なのか?」
「そう、メイドさん」

 呆然とする俺に、さも当たり前といった感じで答える聖。
 そう。何人ものメイドさん達が忙しく動き回っていた。でも決して靴音は立てずかといってゆっくり歩いているわけでもない。ムダのない洗練された動きは、素人目にもバイトで衣装を着ているだけのコスプレメイドには見えない。まるでプロだ。……って、本物なんて見たことはないが。

「ひ、聖! これはいったい……!?」
「……とにかく席に着きましょ。はやく食べないとまずいんでしょ?」

 そうだ。意識するとまだふらつく。ここは体力補充が第一。でもこの状況は……。

「聖ちゃん、ここ〜、ここにするの〜」

 いち早く席に着くひなたに促され、窓際の席に着く。実際急ぐまでもなく、始業式の日でしかも昼時からはかなりはずれた時間だ。人はまばらにしかいない。
 でも、ひなたの選んだ席は外の様子が一望できる特等席、という感じだった。三人で囲むには都合の良い丸テーブルというのもちょうど良かった。
 夏場は普通窓際を避けたいものだが、この食堂は採光が考えられているのか夏の強い日射しもどこか柔らかく感じられた。ちゃんとクーラーも効いていて快適だ。
 座るとすぐさまメイドさんがやってくる。いや、やってくるというのは適切じゃない。まるで俺達がここに座るのが分かっていて、それを待ちかまえていたという感じのタイミングの良さだった。
 手に持つトレイの上には水とメニュー。優雅な動きでコップとメニューをテーブルに置く。コップもちょっとした透かし彫りが入ったしゃれたもの。メニューもきちんとした装丁の立派なものだった。
 とにかく気を落ち着かせようと水をひとくち。うわ、水道水特有のカルキ臭がしない。ミネラルウォーターなのか? ここは本当にいったい……。

「で……説明してくれるか?」
「そうね。でも、注文してからにしない?」

 焦らされるが仕方ない。促され、メニューを開く。
 そこで……固まってしまった。

「……って言ってもまだどれがおいしいとかまだわからないわよね……勝手に注文しちゃうわよ。まあ量とバランスを考えるとAランチがいいかしら? ひなたもそれでいい?」
「いいの〜」

 俺が固まる前でメニューが決まる……と、またしてもまるでそのタイミングが分かっていたようにメイドさんの一人が立っていた。聖から注文を聞くとすぐにメニューを回収(当然、固まってしまっている俺の手からも)、優美かつ素早く奥へ――たぶん厨房の方へ――と歩いていった。
 俺はようやく動きを取り戻す。そんな俺を面白そうに眺めながら、聖は頬杖をついて問いかける。

「さて、どこから説明しようかしら?」
「まず、メニューについて聞きたい……なんで高級レストランみたいな立派なメニューなのに中は学食なんだ?」

 我ながら変な聞き方だと思う。でも、メニューの方が変だった。立派な装丁の中に書かれたのは

 ・素うどん/そば   200円
 ・きつねうどん/そば 230円
 ・かつ丼       330円
 ・Aランチ      450円
 ・Bランチ      420円
 ・Cランチ      400円

 といった感じに学食としてはごくごく普通のメニュー、普通の値段だったのだ。あまりのギャップに俺は固まってしまったのだった。

「だって、ここは学食だもの」
「おかしいだろ、いろいろとっ!? だいたいあのメイドさんはなんだなんだ? あんなの雇えるほど学費高くないだろ、ここ?」
「もちろん、あの人達は学生よ。……メイド学科の」
「め、メイド学科!?」
「そう。メイド学科。うちの学校の特徴の一つね。ホントに知らなかったの? 有名よ」

 学校を選ぶとき、”あそこ”から別の所に行ければそれでいいと適当に選んだんだが……そうか、そんな特殊な学校だったのか。特殊と言えば目の前の二人もかなりのもののような気がするが、学校自体もそんなに特殊だったとは。
 愕然とする俺をよそに、聖は語り続ける。

「まあメイド学科はかなり扱いが特殊で普通科とは別扱いだから……たまに知らないで受験する人もいるけどね」
「メイド学科はメイドになりたい人が普通の学校教育とメイドの専門教育を受ける特別学科なの〜」
「うん。就職率は常に100%を誇るってことよ……まあ途中で脱落者はやっぱりいて、適性がないと三年に上がる前に普通科に組み込まれるのよ。でも三年生に上がる人は確実にメイドとして就職するって話よ」
「でも、学科のことを知ってても実際に見ると驚く人が多いの〜」
「そうね。特にこの学食は、ね。もともとは普通の学食だったんだけど、メイド学科の人の就職先……ようは、お金持ちね。その何人かが出資して大幅に改造して、学校はメイド教育の一環としてここでの給仕を学校のカリキュラムに組み込んだわけなのよ。そのあとも出資してくれる人が多くてそれで今の状況があるわけ」
「お料理は学食だからって普通のまま〜、設備費は上の人からでて〜、それで細かいところはメイド学科のメイドさんたちが面倒見るからお金はそんなにかからないの〜」
「ちょっと待ってくれ。そもそもメイド学科なんてものがどうして普通の学校にあるんだ?」

 テンポよく会話を続ける二人に待ったをかける。この学校が普通の学校かだんだん激しく疑問に思えてきた。
 すると、聖は口ごもってしまう。ひなたはいつもの笑顔のまま、

「校長先生は現実と妄想の境界がどうでもいい人なの〜」

 なんだかとんでもないことをさらりと言った。
 聖が取り繕うように笑いながら、

「まあ、そんなわけで。学食はけっこう豪華なわけなのよ。ありがたいことよね」

 と言って締めた。……けっこうどころではないような気もするが、まあ一応理由はわかった。納得はすることにしよう。目の前の現実を認めないのは愚かだ。……この目の前のさまざまなことを現実として認識すること自体問題な気もしたが、気にしない方が幸せになれそうだ。

「……ほんとに全然知らなかったのね」
「ああ。ホントに驚いたよ」
「うちの学校に入学してくる男子って、メイド狙いの人が多いのよね。だから編入試験も男子に限っては難しいってウワサがあるのよね。ちなみに入学時は男子だけ倍率が異様に高かったりするのよ」
「なんだそりゃ……でもそうすると俺の転校生としての第一印象って……」

 ・わざわざ途中入学するほどの無類のメイド好き
 ・そして白いパンツに興味とこだわりを持つ
 ・さらにハリセンで殴り倒されるほど虚弱

「……こんな感じか?」
「そうね。そんなところかしら?」
「そうかぁ〜〜〜〜」

 聖の無慈悲な一言に落ち込む。

「聖ちゃんひどいの! 竜ヶ崎くんはとっても素敵な男の子なの! そんな第一印象はすぐに吹き飛ばせるから関係ないの!」

 ひなたがフォローしてくれる……が、第一印象については否定してくれない。

「冗談よ。別にわたしのハリセンで殴り倒されても弱いってことにはならないし……それに、まあ竜ヶ崎は悪いヤツじゃないし、心配しなくてもひなたが言うとおりすぐにクラスになじめるわよ」

 二人ともニコニコと笑いながらそんなことを言ってくれる。う〜ん、さっきの一件ですっかり好印象らしい。それはいいことなんだろうけど、なんだかむずがゆい。とか思っていると

 グウ

 また腹が鳴った。空腹であることを意識するとクラッときた。

「ちょ、ちょっと大丈夫?」
「大丈夫なの〜?」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ……」

 元気であることを示そうと、左手をぐいと上げてなけなしの力こぶをグッとだそうとすると……握った左拳が、ぽふ、と柔らかく包まれた。
 ひなたとも違う弾力のある感触だ。
 ふと、左を見た。
 メイドさんだ。
 しかも、はっとするほど綺麗なメイドさんだ。
 濡れ羽色の黒髪をショートにまとめ、その上で白のカチューシャが映えている。白磁のような白い肌、整った顔立ちは精緻な彫刻のように美しい。その黒瞳はいまは驚きに見開かれ、視線は胸元に向かい……。
 胸元?
 俺もそっちを見た。豊かな胸の谷間。その間に埋まる俺の手。

「う、うわあああっ!?」
「きゃ、きゃああああああっ!?」

 悲鳴を上げて手を下げた。
 メイドさんも悲鳴を上げて両手を上げる。
くそ、普通ならすぐに気づくことなのに、ひなたの感触に慣れて感覚が鈍っていたのかっ!?
 そして、お互いに見つめ合う。どうしていいか分からない数瞬の沈黙。
 でも、それはあっけなく破られた。俺の悲鳴で。

「ぎゃああああああああっ!?」

 全身を覆う灼熱の感触に悲鳴を上げる。
 熱さのあまり俺は身体を床に投げ出して転げ回った。

「りゅ、竜ヶ崎っ!?」
「竜ヶ崎くん〜!?」

 二人の声もどこか遠い。
 転がるうちに熱さもようやくおさまり、そして立ち直ると辺りに広がるのはキャベツの千切りとコロッケとご飯粒。ぽたぽた髪から垂れる熱い汁はたぶんみそ味。俺が座っていた席の近くには呆然と立ちすくむメイドさん。その足下にはトレイとお茶碗と……もういいわかった。さっきの騒動でメイドさんが持ってきたAランチを放り投げて俺に灼熱のみそ汁と飯粒をブチ当てたわけだ。
 血が足りなくて飢えてふらつく俺の上に、生命の源、明日へと生きるための活力である貴重な食べ物をぶちまけてくれたわけだ、目の前のこのメイドさんはっ……!

「おまえなにするんだちくしょう殺す気かって言うか死にそうなんだぞ俺はっ!? その俺の目の前で食べ物粗末にしやがって! それでもおまえメイドのつもりかっ!? お前なんかメイド失格っ! このダメメイドッ! 略してダメイドッ!!」

 激情に任せて叫んだ。指さして容赦なく言い切った。
 そして、息を呑んだ。
 目の前にいるメイドさんの美しさをあらためて目の当たりにして、息をするのも忘れてしまう。
 濡れ羽色のショートカット。綺麗にまとめられたそれは美しさ以上にメイドとしての清潔さを感じさせた。吸い込まれそうなほど深い色をたたえた黒瞳。いまはどこか潤んで、魅惑的な光沢を放っていた。上品な形の薄い唇は固く結ばれ、かすかに震えている。
 メイド服をしてなお隠しきれない豊かな胸、引き締まった腰、そしてなだらかなラインでふくらむヒップと、もはやこれは文句のつけようもない見事なプロポーションだった。
 なにより纏っているものがちがう。雰囲気が違う。なんだろう、優雅と言えばいいのか、これは……あまり感じたことはないが、気品、とでも言えばいいのだろうか?
 そのあまりに完璧な容姿に、冷水をかけられたように気分が引き締まる。落ち着く。すると自分の行為の理不尽さに気づいた。かっとなってしまったけど、この目の前のメイドさんは別に悪くないじゃないか。かわいそうに、震えているじゃないか。
 いたたまれなくなり声をかけようとすると、

「も、もうしわけありませんっ!」

 いきなり向こうの方から謝られてしまった。しかも下の絨毯に頭をつけんばかりの勢いの最敬礼。待ってくれ、謝るのは俺の方だ……と、口を開く間もなく。

「!」

 どこからか現れたメイド達に囲まれていた。
 右を見てもメイド。左を見てもメイド。上を見てもメイド……なわけはないが、そう思えてしまうぐらいに360度メイド。
 それが一斉に手を伸ばしてきた。

「な! な!? なにをするやめ……!?」

 脱がされたタオルで拭かれた着せられた。
 気がつくと俺は……普通に立っていた。ただし、みそ汁に濡れたはずの髪は綺麗にふき取られシャツも着替えた状態で。ほんの数秒だったはずなのに、完璧に後かたづけは済んでいた。
 俺を取り囲んでいたメイドさん達は今は目の前で綺麗に並んでいる。
 その中央に立つ背の高いメイドが一人一歩だけ前に出て、

「もうしわけありませんでした。正式な謝罪は後ほどさせていただきます。お召し物は後日完璧な状態でお返ししますので、いまはそれでご容赦下さい」

 言うと、全員で一斉に去っていった。あのすごく綺麗なショートカットのメイドさんも消え、残ったのは丸テーブルを囲む聖とひなた。二人ともビックリした顔だ。
 見れば散らばっていたAランチもすっかり片づけられ、しかもテーブルの上には全員分のAランチもちゃんと並んでいた。
 とりあえず、席に着く。

「いや、びっくりしたな……」
「噂には聞いていたけど……すごかったわよ。一瞬で散らばったごはんが片づけられちゃったわ」
「あっという間だったの〜」

 みんなしていまの一瞬の早業に感嘆する。

「それにしても、カッとなって言い過ぎてしまった。あのメイドさんには悪いことしたな……」
「そうね。事故みたいなものだったし、ちょっと言い過ぎだったかもね。でも、『正式な謝罪は後ほど』とか言ってたから、そのときこっちもちゃんと謝ればいいんじゃない?」
「それより、早く食べるの〜」

 そうだ。まずは食事。なにより体力回復が第一だ。俺は猛然と食べはじめた。
 味は値段の割にかなりおいしかったように思う。たぶん。





 食事を終え、そろそろ食堂を出ようとしたとき。あのメイドさんに声をかけようと食堂を見渡していると、突然一人のメイド――さっきメイド集団の真ん中にいた、背の高いメイドだ――が手紙を手渡してきた。
 早速開いて見てみる。

『本日はまことにもうしわけありませんでした。このたびの不手際、謝罪させていただきたく思います。つきましては、本日午後4時、屋上に来ていただけないでしょうか? 謝罪する身でお呼び立てして申し訳ないと思いますが、かならずやご満足いただけることと確信しています 名土メイ』

「なんだこれ? 『めいど めい』って読むのか、この名前?」
「それは『なづち』って読むの〜」

 俺の疑問の声にひなたが答える。

「どこかで見た人だと思ったら、やっぱりそうだったの〜」
「知ってるのか、ひなた?」
「うん。三年の名土 メイ(なづち めい)さん。メイド学科のメイドチャンピオンなの」
「メイドチャンピオン!?」

 耳慣れない単語に、俺は驚きの声を上げてしまうのだった。
 って言うか、なんなんだそれは?



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