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ストレンジのーまるデイズ

第三話 なんたい



 スイッチが入った。
 そんな感覚があった。とにかく何かが切れていて、たったいま繋がったような感じ。でもまだいくつも点いていないものがあるような気がする。
 まずは、見よう。
 いつの間にか閉じてしまっていた瞳を開いてみる。はじめに視界に入ったの笑顔。満面の笑顔だった。
 
「あ、起きたの〜?」

 妙に間延びしたノンビリとした声。その声が妙に心地よく感じる。
 見ることができる。感じることができる。でもまだ。まだ足りない感じがする。いまいちハッキリしない。
 ゆっくりと首を巡らす。頬に触れるシーツの感触。身体を覆う薄い毛布。そんなものを被ってるのに汗はほとんどかいていない。今日は暑いはずだ。ってことは、今いるここは空調が効いてるらしい。だんだんと、目が覚めてくる。覚めてくる? 寝てたのか、俺は……?

「大丈夫なの〜?」

 再び間延びした声。穏やかな女の子の声。せっかく目が覚めてきたのにまた眠りの中に引きずり込まれそうなノンビリとした声だ。視界の大半を埋めるのは、その声に相応しいゆるやかに力の抜けた、でもあったかい感じのする笑顔。ウエーブのたっぷりとかかったショートカットの女の子。くりくりとした大きな瞳がかわいい。着てるのはセーラー服。だからたぶん同級生だろう。ベッドに横たわる俺のとなりに付き添うように、椅子に座って同級生がいる。
 同級生?
 その言葉に連想が始まる。ようやく頭がハッキリとしてくる。
 初めての転校。妙な雰囲気の教室。突然の再会。白のパンツ。衝撃のハリセン。
 ハリセン!
 そうだ。俺は白いパンツの聖にハリセンで……!
 あわてて身を起こす。
 
「あ、まだ動いちゃだめなの〜」
「つっ!?」

 鼻がすげえ痛い。おそるおそる触れるとなんかガーゼみたいなものが張り付けられている。そうだ。最後には聖の投げたハリセンの、それも固くした柄の部分が当たったんだ。
 それで気を失ったわけか……。
 ようやく状況を理解する。辺りをみまわすと、白い壁に白いベッドに白いカーテンのしきり。間違いない。保健室だ。
 そして、笑顔。笑顔がある。人を安心させる、暖かで穏やかな、でもうっかりじっくり見ていたら眠ってしまいそうな、そんな笑顔。

「……君は?」
「よろしくなの。同じクラスの花春 ひなた(はなはる ひなた)なの〜」

 首を傾げ顔をほころばせ、女の子はそう名乗った。
 
「ああ、よろしく……」
 
 そこで、はたと思い出す。俺、自己紹介ちゃんとできていない。だったらちゃんと言わないと。
 
「俺は竜ヶ崎 勇人だ」
「うん〜、よろしくね竜ヶ崎くん」
「よろしく、花春」
「ダメなの〜、”ひなた”ってよんで欲しいの」

 言うと手を差し出してきた。ちょっと考えると、どうやら握手を求めているらしいということがわかった。そうか、スキンシップは大切だ。特に女の子とのスキンシップの機会を逃すのは男らしくない。生物学的に。
 俺も笑顔を作って手を握り返した。表情を変えると鼻が痛むがここでは無視。

「お?」

 でも苦労してつくった笑顔もすぐに驚きの表情に塗り替えられてしまった。
 花春の手はおどろくほどやわらかかった。女の子は男の子と身体の作りが違ってデリケートなものだ、と話には聞いていたけれど、それにしてもこんなにあったかくて柔らかいとは思わなかった。
 俺の驚きを知ってか知らずか、花春は再び問いかけてくる。
 
「”ひなた”って呼んで欲しいの」
「わ、わかったよ。”ひなた”」

 呼ぶと、ひなたはニッコリと微笑んだ。そして手を上下にぶらぶらさせる。いわゆるシェイクハンド。なんだか気持ちよかった。
 ひとしきりシェイクハンドすると、どちらともなく手を離す。なんだか惜しいような気がした。あの感触はなんというか男の子が女の子に求めるなにかとひどく一致する。なんだろう?
 いや、そんなことより。自己紹介までして落ち着くと俺が気を失っている間にどうなったのかが気になってきたぞ。自己紹介は途中で終わってしまっけど、ホームルームはどうなってしまったのだろう?

「今、何時ぐらいだ?」
「お昼過ぎなの〜」

 カーテンで遮られているがあたりの影は短い。日が高くなっている証拠だ。
 
「ホームルームは?」
「終わったの〜。始業式も帰りのホームルームも滞りなく終わったの〜」

 そうか。
 なんだかとても損したような気分だった。っていうか俺の第一印象は「ハリセンで殴り倒された男」か。転校早々不名誉なことだ。今後の学校生活どうなるんだろうか?
 でも、そのわりにはあまりイヤな気分にはならなかった。それは……目の前にいる女の子――花春のあたたかな雰囲気だろうか。別にあったかいと言える陽気でもないし空調だって効いていて涼しいのに、なんだか春めいた感じがした。
 なんとなく、花の香りがするような気がした。どこから香るのだろう。
 
「竜ヶ崎くんてば、鼻ひくひくさせてなんだか変なの〜」

 くすくすと笑う。
 その動きにひなたの胸元が揺れる。重量級の大きな膨らみ。超高校生級の質量を主張するのは……胸。俗に言うおっぱい。生物学的に言うと乳房。なんか乳房っていった方が妙にえっちに思えるのは俺だけなのだろうか。
 ってなにを考えてる自分?
 やばい。揺れる動きが視線も思考も固定してしまう。ほかのことがぜんぜん考えられません。っていうか大きすぎるよ。なんかメロンとかかぼちゃとか別のものでも入ってそうな大きさだ。
 
「竜ヶ崎くんてなんか目つきイヤらしいの〜」

 くすくすと笑いながら、ひなたは抱きしめるように胸をかくす。大きな胸が潰されてやわらかく形を変える。胸を隠すという仕草なのにそういうビジュアルなのでかえってエッチな感じだった。
 
「でもびっくりしたの。聖ちゃんのパンチラに真っ向から立ち向かったのは竜ヶ崎くんが初めてなの〜」
「お、おお?」

 問いかけられて意識の一部が別の方向にいく。そっちに強引に軌道修正。視線をあげるとそこにはのんびりとしたひなたの顔。
 なんだか毒気を抜かれたような気がした。
 
「えと……聖?」
「聖ちゃん〜」
「ああ、白パンの」

 そう言うと、ひなたはクスクスと笑う。
 
「竜ヶ崎くんてばおかしいの〜」
「そうか?」
「聖ちゃんとは幼なじみなの。でも、今まで聖ちゃんにあんなこと言ったのは竜ヶ崎くんしかいなかったの」
「あんなに激しいヤツならいつでもどこでもパンチラしてそうだけどなあ」

 ひなた今度は身体を折って笑い出した。おかしくてたまらないって感じだった。そんな面白いことを言っているつもりはないのだが。

「ふふふふ、だからってあんなにハッキリ正面から言う人はいないの。聖ちゃんはツッコミ激しいもの」
「そうだな……」

 激しかった。ハリセンがハリセンとは思えない破壊力を持っていたように思う。いくら柄の部分を投げつけられたからと言ってこんなにあっさりと気絶してしまうとは思わなかった。

「でも、きっと竜ヶ崎くんは聖ちゃんに気に入られたの」
「……あんなに叩かれたのにか?」
「叩かれたからなの。聖ちゃんは恥ずかしがり屋の意地っ張りだから、気になる男の子はひたすらに叩くの。それで耐え抜いた男の子が聖ちゃんの彼氏になる資格を持つの。焼肉強食の弱肉定食なの」
「よく分からないが、ハードだな」
「そうなの。竜ヶ崎くんは頑張って欲しいの。ひなたは応援するの」
「ははは、それはちょっと頑張りたくない気が……」

 スパァン!

 唐突に景気のいい音が響いた。
 そして……ひなたの首から上が、消えた。
 
「!?」

 何が起きたのか理解できない。
 本当にひなたの首から上が消えたしまったのだ。あわてて目をこする。そして、再び見ると……。
 
「ゆいんゆい〜ん」

 声に合わせてふらふらと頭を揺らすひなたがいた。先ほどと同じくなんだか気の抜けた笑顔。
 いま、確かに……ひなたの首から上が無くなったように思えたんだが……?

「なに惚けた顔してるのよ?」

 鋭い声に見ると、椅子に座るひなたの後ろには話題の人――白パンの聖が立っていた。
 
「よお、聖。元気か?」

 とりあえず手をニギニギさせ挨拶してみた。聖はポケットに慣れた動きでスカートの折り目の隙間にハリセンをしまい……ってそこにポケットがあるとしても明らかにスカートより長いハリセンがおさまるようには見えないんだが……

「”元気か”って、それはこっちのセリフよ」

 ぐっ、とひなたを押しのけポニーテールを揺らしながら顔を近づけてきた。
 
「まあ、顔色悪くないし大丈夫そうね」
「おかげさまで」

 ちょっと皮肉を言うと聖はぷいっと顔を背ける。
 そして聞こえるか聞こえないかの声で、
 
「わ、悪かったわよ」

 と、呟いた。それに対して何か言う前に聖はひなたへと向き直る。
 
「それよりひなた! あなたなに変なこと言ってるのよ!? 
「え〜、そうじゃないの〜」
「そんなわけないでしょっ!」

 がっくんがっくんとひなたを揺する。ひなたの首は激しく揺れ……視界から消えた。今度は見えた。ひなたの首は後ろに倒れたのだ。90度以上のありえない角度で……!
 
「うわああっ!?」
「ど、どうしたのよいきなり大声出して?」
「どうしたの〜?」

 不思議そうに見つめてくる聖。首をゆらゆらさせながらこっちを見てくるひなたも俺のことを不思議そうに見ている。まるで異常の中心が俺のような雰囲気だ。いや違うそうじゃなくって!
 
「今ひなたの首がたいへんな角度に曲がらなかったかっ!?」
「え〜?」
「ああ、そうね……初めて見たらびっくりするかも知れないけど、ひなたはちょっと身体がやわらかいのよ」

 言うと聖はひなたの頭をがしっと左右から押さえると、後ろにがっくんと倒した。そのままひなたの座る椅子を半回転。すると、後ろに倒れ、逆さまになったひなたの顔とご対面することになった。
 逆さまになったひなたの顔はやっぱり笑顔。
 
「えへへ、やわらかいの〜」

 いや……さすがにちょっと怖いんですが。
 なんの説明もなくこの光景を見たらホラー映画のワンシーンだと思うかも知れない。これは身体がやわらかいとかそーゆーことで説明できるレベルなんだろうか? SFXかCGというなら納得できるかも知れない。そんな柔らかさだった。
 ……さっき首が消えたように見えたのは、ハリセンの直撃で「俺から見えない位置」まで首が曲がったせいだったのか。理由は分かった。でも、納得はできなかったというかしたくないというか何というか……。

「すごいな……」

 とりあえずその一言だけ返す。ひなたはエヘヘ、と笑顔を返した。
 聖が手を離すとゆい〜んとひなたの首はもどった。そして自力で椅子を半回転。こんどは上下ちゃんとした状態でご対面。
 
「……どうしてそんなにやわらかいんだ?」

 ”やわらかい”という表現でこの事態を言い表していいものかちょっと悩みつつ聞いてみる。
 
「お風呂あがりに柔軟体操するの。そうするとやわらかくなるの」
「そ、そうなのか」
「ひなたは全身やわらかいの」

 そういえば、さっき握手した手もやわらかかったな……そんなこと思いつつ見ると……また胸に目がいってしまった。ここもやわらかいのか。やわらかそうだ。やわらかいに違いない。本人がそういうんだから間違いない。
 って再び視線も思考も囚われてしまう……!
 
「な、なによ竜ヶ崎! 目つきやらしいわね!」
「べ、べつにそんなつもりはっ……」

 聖の叱責に見るものを変える。すなわち聖の方を向く。
 聖の胸にはなにもなかった。大きな塊はない。柔らかそうな感じはない。きわめてフラット。安心の平坦。
 一瞬で落ち着いた。あぶないところだった。
 
「な、なによ今の表情の変化はっ!?」
「聖ちゃん、なに怒ってるの〜?」
「うるさいわねっ! ひなたにはわからないのよっ!」

 それは理解できないだろうな。あまりにも世界が違いすぎる。
 
「きゃ〜、聖ちゃんこわいの〜」

 そんなことを言いながら、ひなたはふざけて俺の方にしなだれかかってきた。
 この状況でこんなことされたら聖の怒りに油を注いでやばいことになるっ……そんな思考が浮かんだのも一瞬だった。
 なんて言ったらいいんだろう……すげえ、やわらかい。
 女の子の身体は男と全然違って柔らかいとは聞いていたが、それにしてもひなたの身体はもの凄く柔らかかった。柔らかすぎる。固いところが全然ない。いやちょっとまて骨ぐらいあるはずだ。
 肩を抱いてみた。
 やわらかかった。骨はどこだ。
 背中に手を回してみた。
 やわらかかった。脊髄はどこだ。肋骨があるはずだろっ!?
 でも表面をなでるだけではわからない。さわったところ全部がやわらかい。
 
「あ、あの、あの〜」

 さらに背中をまさぐる。やっぱりどこもかしこもやわらかな感触しか返してこない。
 もっと力を込めてみるか? 骨に行き着くまで力を込めて触ってみればどうなるだろう。なんだかどこまでも指がめり込んでいきそうな気がしてちょっと怖い。
 
「あ、あ、あの、竜ヶ崎くんっ?」

 首筋に熱い息がかかった。

「わあ!?」
「こ、こんな風にさわられると、わたし……わたし困るの〜」

 首を巡らせると至近距離にひなたの顔があった。上気した顔は無邪気なかわいさだけではなくなんだかとろけそうな色気みたいなものがあった。
 心臓がドキドキした。異常なぐらい心臓が高鳴る。
 でも、すぐに気がついた。それが女の子と密着していることのドキドキだけじゃないってことに。
 ビリビリとした感覚がある。恐怖を伴うなにかがある。
 すごく身近にあるはずなのに、普通に生活していると感じることなんてほとんどないもの。でも、誰もが知っていること。
 死。
 それをどうしようもなく感じた。
 
「!」

 ひなたの後ろには聖がいた。
 ベッド脇のカーテンに手をかける聖がいた。
 そこから(どこから?)ハリセンを取り出す聖がいた。
 それをゆっくりと構える。でも、構えるだけだ。構えるだけで止まった。
 そして理解した。
 ひなたがいる。だから、聖は攻撃してこない。ひなたを離した瞬間……状況は変わる。運命が決まる。と言うか、命運が尽きる。きっと身体の柔らかいひなたですら耐えきれないような、とてつもない一撃が来る……!
 
「あの、あの……ごめんなさいなの。ふざけただけなの。だからこんなに情熱的にされると……でも、でも、竜ヶ崎くんなら……」

 なんかよく分からないことをひなたが言ってる。
 ぶわり、と重苦しいプレッシャーと共に死の予感が高まる。やばい、やばい、やばい! やばいよ!
 
「でも、やっぱり恥ずかしいのっ!」

 そんなことをいいながらひなたが離れようとする。
 まさかこんなタイミングでそんなっ!? 死ねと言うんですかあっ!?
 俺は慌ててひなたを抱きしめる。それはもう全身全霊を込めて抱きしめる。
 それでもひなたの身体はやわらかい弾力しか返してこなかった。

「りゅ、竜ヶ崎くん……?」
「死んでも君を離さないっ!」

 魂の言葉を吐く。だって、離した瞬間死んでしまいそうだから。生きるための全力。気持ちを込めた一言。
 ぐっと強く抱きしめる。
 
「竜ヶ崎くん……」

 ひなたが抵抗をやめてくれた。なんだか声も熱っぽい。どうやら俺の窮状を理解してくれたらしい。
 うれしくなって、ぎゅっとひなたを抱く力を少し強くした。
 
 ニュルン
 
「へ?」

 一瞬、感覚が喪失した。いままであった柔らかい感触が全て消え、気づくと俺は自分で自分を抱きしめていた。
 
「ふにゃ!」

 妙な声が下からしたので見てみると、ひなたが床に突っ伏していた。
 なにが起きたんだろう。
 頭の中に唐突に浮かんだのは、ウナギ。ウナギは力任せに握りしめると、すべって手から逃げてしまう。それと同じ現象が起きたのかも知れない。
 そんなバカな。
 ゆっくりと顔を上げた。
 聖と目があった。
 つり目が怖かった。
 
「なに保健室でハレンチなことしてるのよーっ!?」
「知るかーっ!?」

 逆ギレして吠えてみたが迫り来る破壊の一撃は避けようがなかった。
 今日はこんなのばっかりだ……。



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