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ストレンジのーまるデイズ
第二話 いたいのいたいの | 「で、ハリセンではたかれて遅れたわけですよ……」 誰もいない朝の廊下。 朝日が反射する廊下は「さわやか」というイメージもあるが、まだ残暑の残る新学期、陽の光は避けたいように思えた。 そんな中を担任の先生といっしょに歩く。歩調は早足。結局俺は遅刻してしまい、こうして先生とセカセカ歩きながら言い訳をしているのだった。 「どうしてハリセンではたかれると遅れることになるのーっ?」 くるりと、前を歩く先生が振り向く。 軽快な旋回に合わせて肩まで届くゆるくウエーブのかかった髪が舞う。 俺の担任の先生、「二宮 春香」(にのみや はるか) そう、先生は女の人だった。しかも若い。20代前半は間違いない。素直に嬉しい。というか『やったぜ』という感じだ。 顔立ちは整っている。でも美人と言うよりはかわいいといった感じ。屈託のない笑みがかわいいだけじゃなくて親しみを感じさせて好印象。 だから俺は正直に答えることにする。 「痛かったからです」 「痛かったのーっ?」 「ええ、とても」 マジに。悶絶するほど痛かった。ようやく痛みが去ったかと思えば朝の貴重な5分が失われていて、しかもあのポニーテールの女の子もいなくなっていた。 後に残ったアスファルトの上に転がるトーストがなんだか痛々しかった。バターもたっぷりついてたのに。もったいない。 「それじゃあねーっ」 先生が急接近する。 驚く間もなく先生のほっそりした手がゆるやかに伸びる。そのまま俺のハリセンで赤くなった頬に触れる。予想された痛みに身体がびくりと震えるが、手からは不思議とやさしい感触しか伝わってこない。 「いたいのいたいのとんでけーっ」 言葉と共に、ばっと手を頬から廊下の奥へと向ける。 その大げさなぐらいの動きに痛みが吸い込まれるように思えた。やな感覚は、廊下の奥に飛んでいってしまう。 おまじないの言葉は、手の暖かみと先生の笑顔で痛みを消してしまった。嘘みたいだけど、少なくとも今はそのことを信じることが出来る――素直にそう思えた。 「ほら、とんでっちゃいましたよーっ」 「ありがとう先生……」 「あ、もどってきたーっ!」 「なにぃっ!」 「あたると痛みが2の8乗倍になるよーっ」 「えええー!? それは何倍っ!?」 「ほら避けて避けてーっ」 「え、どこどこどっちに避ければいいんですかっ!?」 「ひだりひだりーっ」 慌てて左に身体を寄せる。意外とダイナミックに動いてしまってからバカなことをしていると自覚する。 あんまり本当に痛みが消えたように思えたから、だからついのってしまった。 なにも考えずに大きく左に投げ出した身体は壁にぶつかりそうに思えたが、 ガラリ という音をくぐり抜け、思った以上に進む。 よくよく見れば一瞬前まで壁だと思っていたのは教室の戸で、それは素早く回り込んだ先生によって開かれていた。 踏み込んだ先は当然教室の中。 整然と並べられた机。さすがに遅刻したせいで時間が遅れ全員きちんと席についており、静か。その静寂の中一身に注目を浴びる俺は右に重心を傾けてたたらを踏むなんか珍妙なポーズ。 ホームルームを前に静かだった教室が重い沈黙に包まれる。 みんなどうリアクションしていいか分からないと言う、微妙に奇妙に重い空気。 それがのしかかってきくる。動けない。変なポーズで固まったままになる。なおさら空気が重くなるような気がした。止まらない悪循環。 「はい、みなさん。転校生をご紹介しまーすっ。拍手拍手ーっ」 どうしようもないその空気を無遠慮に貫き、俺の右手側――すなわち廊下にいる先生からそんな声。 まばらに拍手が起きる。 なんだかいたたまれなくなって俺は先生に詰め寄る。 「先生これはどう言うことですかっ!?」 「転校生は第一印象が大切なんですよーっ」 なるほどそれでこうして演出してくれたというわけか。 そうかそうかそうなのかってそれはどうなのかっ!? 「この第一印象にどんな意味があるんですかっ!?」 抗議の叫びに先生はピンと立て、俺を真っ向から見つめてくる。その表情は息を呑むほどに真剣。勢いが止まる。その表情に吸い込まれるように集中する。 「”意味があるか”ではだめーっ。”意味を与える”のですよーっ。世界をどうにでも決めることが出来るのが君達若者の特権のなのですからーっ」 そんなことを言われて、考え込む。 えーと、この行為にどんな意味があるんだろう? なんか強制的に「おもしろキャラ」として印象づけようと言うのだろうか。それはクラスに早くとけ込めるかも知れない。いやでも初回からすげえ外しているような気がする。それでは「自分だけおもしろいと思いこんでいる痛いキャラ」だ。 そんなのはいやだ。自分で意味を与えることができるのならなるべく前向きに行きたいところだ。 数秒の思考。 なんかこのしらけっぷりでは無理な気がした。ぶっちゃけどうしようもないように思えた。 悩める俺に先生が再び人さし指をピンと立てて語る。 「先生はそのことを教えたくてこうして意味のないことをしましたーっ」 「意味があるのかないのかどっちだーっ!?」 俺の叫びに先生は笑顔で応えた。つまりは無言。 俺の叫びに教室のみんなはため息で応えた。つまりは呆れてる。 その結果、こんなふうなやりとりが日常化していると理解した。 だから俺もため息でお返事。 みんなでため息大合唱。 クラスとの一体感を感じた瞬間だった。 そんな空気を断ち切るように颯爽と先生は教壇へ向かう。 黒板の前に立ち、白墨をとるや軽快な音を立て板書する。 書かれたのは リュウガサキ ハヤト 竜ヶ崎 勇人 俺の名前だった。 「それでは、自己紹介どうぞーっ!」 両手を広げさあカモーン、と言う感じで先生が俺を促してくる。しかたない。なんとかさっきのよく分からない状況を払拭するようなエキセントリックでアヴァンギャルドな自己紹介を炸裂させるとしよう。 ……どんなだ、それは? まあ何事も挑戦。戦う前に敗北を認めるのは男として恥。全力を尽くそう。 教壇の前の段差を上がると、教室に向き直る。先ほどの変な空気もややゆるみ、視線が集中する。転校するのは初めてだが、この独特の期待感はきっと転校生が感じる独特のものだろう。そんなことを考えながら、その期待に応えようと息を大きく吸い、そして言葉を紡ぎ出す。 まずは自分の名前をしっかりはっきりと……。 「あー、あなたは朝の変態っ!」 いきなり中断されてしまいましたよ? 見れば教室のちょうど真ん中。女生徒の一人が立ち上がってこっちを指さしてくる。 立ち上がる動作の速さに揺れるポニーテールも、その勝ち気そうな目も見覚えがある。朝衝突して俺のパンを食べた女の子だ。まさか同じクラスだったとは。 真っ直ぐに突きつけられた指先に切迫としたものを感じる。 なにか言い返さなくては。それもすぐに。ここまでお約束ならば俺もお約束で応えなければならない。みんなきっと期待しているはずだ。転校早々それを裏切っては転校生失格だ。でも失格したらどうなってしまうのか? 思考が次々に走る。しかし迷う時間はなく、言葉はすぐに口から滑り出た。 「あーっ、お前は朝の白っ!」 こちらも人差し指を突きつけながら言った。 ただし向こうが指さしているのが俺の顔に対して、俺が指さしたのはもっと下。具体的には朝確認した白い部位。 ……どうも考える時間が短かった分、印象深かったことが率先されたらしい。 女の子はバッ、とスカートを押さえた。 教室を再びどうしようもない沈黙が支配した。 それも一瞬。教室はすぐにざわめきに包まれる。 「なんだあの二人知り合い?」 「白ってなんだ?」 「ポニーテールのリボンのこと?」 「いやでもあのリアクションからすると……」 「二人をつなぐのは運命の白い糸?」 「いや白って言うぐらいだから白いんだろ?」 「だからアレだよアレ白いアレ」 「シロシロ言うなーっ!」 ポニテの少女が天井に向かって叫ぶ。きっと周り中シロシロ言っているから方向を定められなかったに違いない。 教室中が白に染まる中、はやくそこに馴染まねばならない俺もその流れに乗ることにした。 「よろしく、白い人」 親しみを込めてポニテの少女に話しかける。 われながら実にフレンドリーに話しかけることが出来たと満足する。 が、白い人はご不満なようだった。 「変な呼び方しないでよっ! あたしには柳瀬 聖(やなせ ひじり)ってちゃんとした名前があるんだからっ!」 「じゃあ『白い柳瀬聖』と呼ぼう」 「変な形容詞前につけるなっ! しかもなんでフルネームなのよっ!?」 「それなら『柳瀬・ザ・ホワイト』?」 「あんたふざけてるのっ……!?」 「じゃあこれで決まりだ……『白パン聖』」 「!」 瞬間。 俺は、白パン聖の姿を見失った。少し距離があったとは言え見失いようもない位置にいた彼女の姿はかき消えたようにない。 得体の知れない恐怖を感じ、視線を下に。 白いリボン見えた。それで結われたポニーテールが見えた。 柳瀬”白パン”聖がいた。 しゃがみこんだ聖はたとえるならば縮み切ったバネのよう。一瞬の後に伸びることが確定したバネ。 一瞬、その姿が目に焼きつく。ハリセンがそれより確実に丈の短いスカートから居合のように抜かれるのが見えたような気がした。そんなバカなと思う余裕もない。 目が合ってしまった。「鋭い眼光」なんてものを初めて見た。すげえ怖い。 次の一瞬はなんだかわからなかった。 ただ、 スパァンッ! というやたら景気が良くて爽快な音が自分のアゴからしたことと、そのあとにつづくじんわりと広がる痛みから、叩かれたと言うことを認識した。 「……聖って呼びなさい……!」 俺にだけ届く声がしたから聞こえる。 のけぞる視界の隅、ハリセンを手に伸びきった聖の細いからだがくるりと反転。スカートがふわりと舞い上がる。 聖はみんなの方に向き直ると、 「……白って言うのはこのハリセンのことでしたっ!」 教室のみんなにそう宣言した。 ものすごく強引なその言葉に誰も突っ込まなかった。 というか強烈なツッコミな前にさらなるツッコミをできる人間はいないと言うことだろうか。 続いて、 ゴン! ハリセンで叩き飛ばされ黒板に激突した俺の音が続く。痛いなあ。 「ふん!」 と言いながら 聖は満足げに席へと戻っていった。 俺は黒板をこすりながらずり落ちる身体を支える。ここで負けてはダメだ。転校生は第一印象が大事。単なる敗北など見せられるわけがない。なにより悔しい。それになにより……伝えたい真実があった。 「というわけで……」 ピタリ、と聖の歩みが止まる。 じわり、とイヤな感覚がわき起こる。それは負けてはならないもの。おそらく、恐怖と呼ばれる感情……! 「みんな確認したように……」 勇気を振り絞る俺の前。くるり、と聖が振り向く。だが、もう遅い。いくら聖が速くとももう間に合わないはずだ。ある意味でもうとっくに終わっているのだから。 「”パンツが白”が正解でした」 ぼっ、と。火が点いたように聖の顔が朱に染まる。そして周りを見る。みんなわざとらしく視線をそらした。 あれだけ派手な立ち回りをした上に、伸びきって落下でスカートが舞い上がったところにくるりと振り向くものだから、みんな見えていたんだと思う。白いパンツが。 聖の顔は本当に真っ赤だった。すごい真っ赤。怒って赤くなってるのか恥ずかしくて赤くなってるのかわからないくらい赤い。 つり目に眉を下げ恥ずかしがっている様は、けっこうかわいいな、と思った。怒っているとしてもそれはそれでかわいいと思う。 それがあんまり可愛いく思えて。 「この後は君のことを聖・ザ・白パンとして称えたいと思う」 追い打ちをかけてみた。 聖は消えなかった。 ただ、霞んだ。 今度は聖はこっちまで来なかった。 ハリセンだけ飛んできた。 身体が霞むほどの速さと力で投げられたハリセンは柄の方が当たってたいそう痛かった。 どのぐらい痛かったと言えば……それは説明できない。なにしろそのまま気を失ってしまったからだった。 結局転校初日のホームルーム。俺は自分の名前も言えませんでしたとさ。なんか今日は朝から痛いことばっかりだ……。 |
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