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ストレンジのーまるデイズ
第一話 トースト | 多くの人が「春は始まりの季節」と言う。 では、夏休みの終わった始業式の今日。これはなんだろうか。 学生である自分からすると、これはまさに「終わりの季節」というように思える。夏休みの終わり。ひどく憂鬱な日。 まして転校初日の今日、夏休みの間会えなかった友人との再会、といったこともない。 あるのは慣れない環境への不安。しかし不安と同じぐらいの期待がある。新しい環境への未知の希望がある。 まあ、でも。今気にしなくてはならないことはそんなことではなく。 「ちこくちこく〜」 そんな情けない声を出しながらひたすらに走る。 俺――竜ヶ崎 勇人(りゅうがざき はやと)は慣れない学校への道をあわてて走っていた。 口にトーストをくわえているので言いにくい。今時朝飯を抜くのは珍しくないし、緊急事態なのだからがまんすべきなのかもしれない。でも新しい学校に初めて登校する今日、やるべきことをきちんとやりたいと思った。 現在進行形で遅刻しそうな状況のどこが「きちんとやっている」のか自分でもやや疑問だが、そーゆーことは気にしたら負けだ。 それに、走る先には曲がり角。曲がり角があるのだ。 遅刻。トースト。そして曲がり角。 なにかが始まりそうじゃないか。これで本当に何かが始まったらアレだが、それでも何かが起きたときのために備えは必要だ。「ちこくちこく〜」と情けなく叫ぶこともその一つだ。間違いない。 ……よくわからない現実逃避はこの辺にしておこう。 と、思考を切り替える間に曲がり角にさしかかり、 「うお!?」 本当に誰かが視界に飛び込んできた。 そのあまりの都合の良さ、タイミングの絶妙さに、反応が遅れる。さっきまで期待していたはずの出来事なのに、予想外の事態だった。なんか矛盾しているが、とにかく。この突発的な事態に身体は考える間もなく反射的に動いた。 「ふんっ!」 「ぶべっ!?」 全力で首を振ると、そんな間の抜けた悲鳴が聞こえた。 とにかく立ち止まる。 振りかえると、そこには一人の女の子がしりもちをついていた。 なかなか可愛い子だ。 着衣はセーラー服。夏服だ。 やや赤みがかった長い髪を、白いリボンでポニーテールにまとめ上げている。 どこか子供っぽい造作の顔に、つり目がちな目を今は混乱にぐるぐるとまわしている。ふっくらした頬がきらきらと輝いている。なんで輝いているのかよくよく見ればなぜかバターがべったり。 ようやく状況を認識した。 そして、思う。 口にくわえたトースト(それもバターのついた面)で一人の人間をうち倒すとは、我ながら大したものだ、と。 などと感心している間にようやく女の子は我に返り、きょろきょろと頭を巡らすとすぐに俺に気がついた。 「あ、あなた誰よっ!?」 こっちを指さしながら問いかけてきた。 微妙な質問だ。普通こういう場合は「なにすんのよ!」とか聞いてくるものだろう。状況が重要であって、俺が誰であるかはこの場合必ずしも重要な問題ではない。 まあトースト(バターつき)で殴り倒されるという状況は普通経験できるものではないので、混乱しているのだろう。かわいそうだ。ここは懇切丁寧に対応しよう。 俺は口にくわえたトーストを手に移すと、りりしく答える。 「俺は……転校生だ」 「て、転校生っ!?」 驚愕の声。随分と驚いている様子だった。転校生が珍しいのだろうか。まあ、普通はそれなりに珍しいか。 「こんなお約束な出来事が現実にあるのっ!?」 「今目の前にこうしてある」 「これからわたしあなたと恋に落ちるのっ!?」 「そういうことになるようだ」 冷静に答えながら、俺は内心感服していた。 すごい。『お約束』というものを分かっている。 まあ人間本気で驚くとまともな対応はできなくなるもので、目の前の女の子はいままさにそういう状況にあるだけなのかも知れないが。 「そんな、急にそんなことになっても……わたし困るっ!」 「困ると言ってももはや逃れられない運命の中だ」 「そんなあっ!?」 絶望したように視線をさまよわせる。 なんかこの人大丈夫なのかという気がすこしずつしてきた。ちょっとかわいそうになってきた。 「あ! でもよくよく考えたら立場が逆でしょっ!?」 「逆?」 「普通トーストくわえてぶつかるのがわたしの方っ! 転校生がぶつかられる方っ! だからセーフっ!」 「ふむ、なるほど。そういうことなら……」 手持ちぶさたになっちたトーストを持ち直すと、 「はむっ!?」 倒れる女の子の口にセットした。 「これでおっけー。めくるめくラブコメの始まりだ」 「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 これでどう見えても黄金シチュエーション。パーフェクトだ。 俺は満足して頷く。 頷くと、女の子と目があった。 綺麗な瞳だ。澄んだ、茶色の瞳。ネコのようなつり目。 白い肌。それを内側から桜色に染めている。 目が合い、目がそらせなくなり、時間が止まったと思った。 それは静かな時。それは神聖な瞬間。 女の子の頬についたバターの輝きと口にくわえたトーストがちょっとアレだが。 それでも見つめ合う視線は確かに熱を帯びていて、胸をときめかすものがあり、なにかの始まりを予感させるものだった。 しかし、それはきっと短い時間だったのだろう。 女の子の方から顔を逸らしてしまった。ポニーテールが揺れる。 「な、なにバカなこと言ってるのよ……」 「うん。本当にバカなこと言ってるよなあ、俺達」 「”達”って……わたしまで巻き込むなっ!」 「俺はむしろ巻き込まれているという認識なんだが……どうでもいいけど君はトーストをくわえたまま器用にしゃべるなあ」 「あ、あんまり女の子の顔をジロジロと見ないものよっ」 トーストをくわえたまま流暢にしゃべる愉快な横顔に名残惜しいものを感じながら、言われたとおり視線を逸らす。下の方へ。 スカートの裾から伸びる白い足が視界に入る。スラリとしなやかに伸びる足が、今はしりもちをついたのでM字型にすこしはしたなく開いている。どのくらいはしたないかと言うと、かなりスカートがはだけて普段見えないところが見えてしまうぐらい、といった感じだ。 そこが、視界に入る。 まる見えだ。 そして、素晴らしく白い。 「そ、それより……そろそろ起こしてくれようとか思わないの?」 顔を逸らしたまま手を差し出して、そんなことを言う。 だが……。 「綺麗だ」 「へ!?」 俺の言葉に女の子の頬が桜色からバラ色に変わる。耳まで真っ赤になった。 「君は綺麗だ」 「な、なにをいきなり……!」 「白が」 「……白?」 思い当たることがあったのか、女の子は下を向いた。 そこにははだけたスカート。その先にある白いパンツ。 「きゃああっ!?」 さすがに今度はトーストが落ちた。 女の子は慌てて両手でパンツを隠そうとする。 あんまりあわてて隠そうとするのが可愛く思えて。 パシッ その手を掴んで止めてみた。 「ななななにするのよっ!?」 「いや、なんとなく」 「ちょっと離してっ! はーなーしーてーっ!」 じたばたと暴れるが、俺はがっしりと腕の動きを封じた。 スカートはひっかかってしまいパンツは微妙に見えたまま。見えそうで見えないのが絶妙に絶景だった。 もじもじと太股をすりあわせて隠そうとする動きがなんだかえっちだった。たぶん冷静になって動けばちゃんと隠すことは出来るのだろうが、こちらの予想外の行動で混乱した女の子はそれが出来ないでいるようだった。 「はっはっはっ。君は面白いなあ」 「なに言ってるのよあなたはーっ!」 怒りと共に、つかむ俺の手を支えに立ち上がろうとする。 そうか、その手もあった。自力で立ち上がる分には問題ない状況だ。当然スカートに”白”は隠れてしまう。 だから、手を離した。 「きゃっ!?」 中途半端に立ち上がりかけたところに支えを失い、女の子は再び転びそうになる。 ……確か女の子は腰を打つのは良くなかったな。 素早く女の子の腰に手を当てると、力強く引いた。 「!?」 胸の中に飛び込んでくる女の子。ちょうど抱きしめるような格好になる。 身長差はそれほどではない。顔と顔が触れそうなほど近くなる。互いの息が触れ合い、視角だけではなく距離が近いことをより実感する。 そして、再び。見つめ合う。 「え、あの……」 先ほどまで怒りに燃えていた女の子の瞳が、突然の状況に戸惑うように揺れる。 華奢な細い身体だった。 「あの、その……」 「いや、礼を言われるまでもない」 「そーじゃなくてその……」 「それにしても君は……」 「?」 「なんか、バター臭いな」 一瞬、女の子の身体が硬直した。 そして、ぶるぶると震える。あ、この感触はわりと気持ちいいかもしれない。 「あなたは……」 「ん?」 「なんなんだーっ!?」 スパァンッ! どこからか出したのかいつの間に手にしたのか。ハリセンが、俺の頭に炸裂した。 感じたことは二つ。 一つは、自分の頭は意外といい音がするな、という新たな発見に対する感慨。 もう一つは、ちゃんと『転校生』と名乗ったのにまた同じ質問をされて、なんだか理不尽な気分だった。 |
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