| HPトップへ | |||
| 前のページへ | |||
|
|
――君は君が本当に言いたいことを……”答”を、避けているね 脳裏に橘の言葉が甦る。 ああ、そうだ。俺は避けていた。無理矢理目を背け、答から逃げていた。 ――わかるさ。第三者の立場からすれば、なんで当人が理解できないのか不思議なくらいだね 俺が光音をどう思っているか。 理解できないわけがない。 知っていた。分かっていた。 だから。 だからこそ。 無理矢理目を逸らしていたんだ。 そして……今もまた逃げている。 「……くんっ!」 森の中を駆ける中、 木々から漏れる光と。木の作る影と。 その二つが交互に身体の上を行き過ぎる。 蒸し暑い木々の狭間。汗にまみれ、まだ残る身体の痛みに耐えながら、駆け続ける 「高坂くんってばぁっ! 聞こえないのっ!?」 「え?」 「あ、聞こえてるの? もう走らなくていいってば!」 通信機からの声。守屋だ。 俺は足ををゆるめる。だが、走るのをやめただけで進むこと自体は止めない。 息が弾む。ダメージもあり、苦しい。それでも止まりはしない。 「はあっ……はあっ……」 「もぉ、また通信機切っちゃったのかと思ったよ」 「ああ、すまん」 「うん……お疲れさま、高坂くん」 守屋の落ち着いた声。 おもわずよりたかかうなるような、安堵を覚える響き。 でも、それにすがるわけにはいかない。 俺は、逃げているのだから……。 乱れた思考と疲れと痛みと整わない息……そんな煩わしいものを振り払うように、苦しい息の中無理矢理に声を絞り出す。 「はぁっ……状況はどんな感じだ」 「票の回収は八割まで終了、集計も順調……高坂くんのおかげだよ」 明るく弾んだ声。 守屋はきっと、いつものように満面の笑顔をうかべているのだろう。 「そんなことない」 「ないことないよっ! 誰も止められなかった旨美ちゃんを倒しちゃって、そのうえ清水先輩まで……! もぉはっきり言って大金星だよっ!」 俺はそんな大したことはしていない。 やったことと言えば幼なじみと先輩をぶん投げただけなのだ。 守屋のようにこの祭りをやり遂げたいという純粋な想いはない。 ただ、俺は逃げていただけなんだ。分かり切った答から無理矢理に顔を背けて。 だから、今は。守屋の明るい声が、つらい。 「これからどうすればいい?」 「えっ……えと、高坂くんはそのまま本部まで戻って」 「それにしてもさっきの煙幕、ものすごかったな……」 「あ、あれはね。えとね……」 言葉を続け、話題を逸らす。でも、実際さっきの煙幕は少し気になっていた。 ものすごい効き目だった。本当にちょっとした前も見えないぐらいの完全な”白い闇”。あれと守屋のナビゲートがなかったら俺は逃げることができなかったに違いない。 「あれはね、”特製”なんだよ」 「”特製”? ……いったいなんでできてるんだ? ヤバい材料じゃないだろうな」 「材料は安全安心、無農薬の無添加物っ!」 「へ?」 「小麦粉とグラニュー糖と卵でつくりましたっ」 「……その材料で出来上がるのはホットケーキぐらいしか思いつかないんだが……」 「コツがあるんだよっ!」 俺の疑問を振り払うように響く守屋の元気な声。こんな状況でもいつも通りだ。 「はははっ」 思わず吹き出してしまう。 「こ、高坂くん?」 「はははっ、さすがだな守屋は」 「えっ? ……へへ〜。そんなことないよ」 脳裏にいつものように後ろ頭をかいて照れている守屋の様子が浮かんだ。 きっと、実際にそうしているんだろう。なんだかおかしくなってくる。 こんな状況でも、変わらなくある守屋。 ひどく落ち着くものを感じる。 すると、さっきの清水先輩の言葉が気にかかる。 「なあ、守屋……」 「なぁに?」 「サイレント・フェスティバルに優勝しても……女の子は幸せになれないのか?」 「え?」 いきなりの質問に守屋も言葉に詰まる。困惑させてしまった。それは分かっている。しかし……止まらない。 「なあ、教えてくれよ? このサイレント・フェスティバルに優勝してもいいことなんてないのか?」 「ど、どうしたの高坂くん? 突然……いったいなんのこと?」 「清水先輩って一昨年優勝したんだってな。……言ってたよ。このサイレント・フェスティバルに優勝したって、女の子は幸せになれないって」 「高坂くん……」 通信機の向こうで、息をのむのが聞こえた。 「なあ守屋……俺の、俺達のやっていることはなんなんだ? こんなケンカみたいなことまでして、それで一体何になるんだ?」 「高坂くん……ボクたちがなにをやってるかって? 決まってるよ」 そこで、一旦言葉を切る。 とても短い、でも待つと長く感じられる沈黙。 「ボクたちがやってるのは、”お祭り”だよ」 迷いなくきっぱりと言い放たれる守屋の言葉に、足を止める。 「お祭り……?」 立ちすくみ、ただ守屋の言葉を繰り返す。 「そう、お祭り。これだけは絶対に誰にも”違う”って言わせない。これはお祭りなんだよ」 「……食券賭けるのもそうなのか?」 俺がこの、守屋の言う”祭り”に参加しようと思った最初の理由は食券を稼ぐためだ。清水先輩が「幸せになれなかった」のもそれが原因。 お祭りなら、別にこんなものは必要ないはずだ。 「そうだよ」 しかし、守屋の答は肯定。はっきりとした、迷いのない肯定の言葉だった。 「高坂くん、知ってる? お祭りって楽しいことで出来てるんだよ。準備は大変だし、後かたづけも憂鬱。でも、それでも、お祭りが楽しいから。ホントにホントに楽しいから、みんなガンバるんだよ」 守屋の説明口調。きっと通信機に向かってだろうとなんだろうと、いつものように人差し指をピッと立てて語っているのだろう。目に浮かぶようだった。 「もちろん食券を賭けることもそう。その方が楽しいからできたんだよ。でも……今は、秘密を守るためにもなってるんだよ。儲けようと思っている人は秘密をもらさないし、そこまで思ってなくても共犯者みたいな気持ちになるから、やっぱり秘密をバラそうとしない。それに胴元はサイレント・フェスティバル実行委員だから、活動資金の一部にもなってるんだけどね。今はいろいろエスカレートしちゃってこんな風になっちゃってるけど……それでも本当は楽しむためのものなんだよ」 そして、一つため息。重いため息。 守屋は今回の防衛作戦で司令官なんて役職に就いている。さっきもいろんなところに指示を出していた。けっこう大変なんだと思う。 その上で守屋はこの祭りを楽しいと言っている。 「清水先輩のこと、ボクも少し知ってる。本当に圧倒的な大差で勝ったんだって。それだと……ほら、いろいろ大変でしょう? 有名税って言うのかな? ヘンに注目集めて、いろいろ大変だったみたい。それによくわかんないけど優勝してからの清水先輩元気なかったみたいで……余計に嫌な思い出になってたのかも知れない。それで、ある日風紀委員に入ってメキメキと力をつけて、翌年には次のサイレント・フェスティバルをつぶしてしまったんだって」 「それであんなに……」 ドリルまで持ち出して闘う清水先輩。……いや、あれはそれともちょっと違うような気もするが、とにかく本気で、そして必死だった。 「何があったか分からないから何とも言えないよ。でも、どんなことだって受け取る人によるよ。このサイレント・フェスティバルだって、普通にお祭りとして楽しむ人もいればただ賭けの結果ばかり追いかける人もいる。なにがなんでもやりたいひともいれば、どんな手を使ってでもやめさせたいって人もいる」 「それでも……そんな祭りでも楽しいものだって言うのか?」 「楽しいよ。だって、みんな本気なんだもん」 「本気だと、楽しい……?」 「最初に言ったでしょ? ”お祭りって一生懸命にがんばった人が、いちばん楽しい”って。こんなバカなこと、本気でがんばれるチャンスなんて他にないよ。清水先輩も他の風紀委員の人たちもあんなに一生懸命なんだもん。きっとあとになって、”あの頃は楽しかった”って言えると思う。そんな楽しいお祭りだから……だから、ボクはガンバってるんだよっ」 晴れ晴れとした、迷いのない声だった。 守屋は本気でこのサイレント・フェスティバルを楽しんでいる。それとはちょっと違うが、たぶん橘もそうなのだろう。 清水先輩は清水先輩で本気でこの祭りを潰そうとしていた。 旨美のやつは俺のことを……どうも、本気で心配していたらしい。 みんな本気だ。本気でこのサイレント・フェスティバルに関わっている。 じゃあ俺は? 俺はどうなんだろう。悩んでいた。迷っていた。答を見つけたかった。 しかしその答はひどく当たり前のことで、自分から目を逸らしていただけだったんだ。 そんな俺が、この場所にいていいんだろうか? 「高坂くん……」 つかの間の思考を中断させたのは、通信機越しの守屋の声。本気な中にもどこか楽しげな響きが感じられたさっきまでと違い、どこか寂しいその声。 「高坂くんは誰かを優勝させたいんだよね?」 「え?」 この大会に参加している男子は、まず誰かを優勝させたいと考えている。 当たり前の質問。でも、なぜか俺はすぐに応えることが出来なかった。 「幸せにしたい人がいるの?」 「な、なんでそんなこと……」 「だからボクに聞いたんでしょ? 優勝した女の子は、幸せになれるのかって……」 はあっ、と守屋がため息を吐く。 それが通信機越しではなく、まるですぐ近くから聞こえるように妙に生々しく感じられてドキリとする。 「ずるいなあ……」 守屋の言葉は意味が繋がらず、よくわからなかった。しばしの沈黙。それは破ったのはやはり守屋の言葉だった。 「高坂くん。ひとつ教えてあげるよ。女の子が幸せになるのは簡単……とっても簡単なんだよ。たった一人の、たった一つの言葉があればいいんだよ。でもね……同じぐらい簡単に、女の子は不幸になっちゃうんだよ……」 「守屋、いったい……」 「前にも言ったことあったよね……ボク、ドジなんだよ。コツでちょっとしたことをうまくこなせるけど、本当に望んでいることはちっとも叶えられない……」 「守屋、何のことを言ってるんだ?」 しかし、守屋は俺の声など聞こえないように、それでも俺に聞かせるように語り続ける。 「いろいろガンバったんだよ。確かにボクがガンバったのはサイレント・フェスティバルを楽しむためだけど、それはボクひとりでってことじゃなくて……それでようやくって思ってたのに……」 「守屋指令っ!」 通信機越しの緊迫した声が、守屋の言葉を止めさせる。 しばらく向こう側で言葉のやりとりが続く。 「どうしたんだ?」 「はは、は……」 「守屋……?」 「……ごめん、高坂くん……」 「え?」 「ボク……やっぱり、ミスっちゃった」 「一体何のことだ?」 「やっぱり、ダメなのかな……? ボク、やっぱりうまくいかないのかな……」 「守屋……?」 そのとき。 突然、俺は横倒しになった。 「!?」 横からの衝撃。腰のあたりに、何かがしがみつくようにぶつかってきたのだ。 地面に倒れ込む。その上に、ぶつかってきたものがのっかっている。 まるで計ったかのように綺麗に肩の上にかする長さで切りそろえられた黒髪。 大きな瞳。ふっくらした頬。そのわりにやや感情にかける、人形のように綺麗に整った顔立ち。 「やっと……追いついた」 「光音……?」 そこにいたのは……俺が目を背けていた答、そのものだった。 | ||
| HPトップへ | |||