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「ほんとうに、大丈夫?」 このセリフを聞くのはもう何回目だろう……そんなことを思ってしまう。 昼休みに入り、待ち合わせの約束をしていたはずの光音は教室にやってきた。それも、珍しく走って。 どうも、俺が階段から落ちたことが大げさに伝わったらしい。 こうして中庭に来て弁当を食い始めても、光音はまだ不安なようだった。 「本当に、もう大丈夫だって」 いいかげん毎回同じ回答をするのにもうんざりしてきた。心配してくれるのはありがたいのだが、自分のせいで光音を不安にさせているのかと思うとなんだか嫌な感じがしてしまう。 だから、俺は脇で弁当をパクつく旨美へと話題を変えることにした。 「階段から落ちたことより、このバカのせいでえらい目に遭った」 「なんだよ、俺が悪いって言うのかよ……」 俺の言葉に旨美は不満気にうなる。だが、不満なのは俺の方である。 「おまえのせいで守屋にへんな誤解されたかも知れないじゃないか」 「誤解?」 光音が反応する。 「旨美の胸ぐらを掴んだら守屋に誤解されたらしい」 「……誤解……」 光音はなんだか強い視線を向けているような気がした。なんだか、睨んできているように。なんだか気まずいものを感じる。俺は視線を逸らし、元凶たる旨美に矛先を向け直す。 「お前みたいな男女に変なことしたなんて誤解を受けるのはたまらないんだ」 「俺のどこが男女だって言うんだよ?」 自覚のない言葉遣いで反論してくる旨美。 このバカには言葉よりも目で分かるもので示してやった方がいいだろう。 俺は無言でゆっくりと指さした。 「?」 旨美は不思議そうに指さされた先――自分の胸元を見る。首を傾げる旨美。どうやらこのバカは理解していないらしい。仕方がない。俺はため息混じりに最後の一押しを吐き出す。 「ゼロ」 「どーゆーいみだっ!?」 あっさりと激昂する旨美。バカの割に反応は早い。いや、バカだからこそ理解した瞬間に反応するのか。その構造の単純さ故に。 「いいか旨美。女の子を主張するならもう少し誰にでもよく分かる特徴を身につけろ」 「ひ、ひどいこと言うなよっ! まだ育つかも知れないだろうっ!?」 食い下がる旨美に、俺はやれやれと肩をすくめる。 「無理だ。いいかげん夢を見ないで現実を認識しろ」 「なっ……」 「理解してあきらめろ。自覚して嘆け。高校生にもなってそんな平らな胸じゃあ一生そのままだ。このひ……」 「旨美ちゃん」 静かな静かな、光音の声が俺の言葉を止める。別に大きな声でもなく、強い口調でもなかった。ただ、その声があまりに静かで――なぜか、氷に閉じこめられた池を見るような感覚を覚えたので、俺は言葉を止めてしまったのだった。 不可思議な印象に首を傾げ、光音の方を見る。 そこにはやはり、光音の静かな顔。表情のない、人形のように整った顔。 だが、その視線は何故かとてつもない強さを感じさせた。 光音はすっ、と手を挙げると、俺の弁当を指さした。 「たいらげて」 やはり静かな光音の声に、なにか絶対的な響きを感じた。 なんだろう。言葉の意味を理解できない。その意味を理解しようと思考を巡らすと……。 ズガガガガガガガガッ! 「なっ!?」 いきなり手に土砂降りの雨が直撃するような連続した衝撃が加わる。 手の中には弁当箱。衝撃の元は……旨美のハシっ!? 「うお……ああああっ!?」 次々と弁当が減っていく。なくなっていくっ! 消えていくっ! タコさんウインナーが消失するっ! 緑野菜のサラダが蹂躙されるっ! ハンバーグが見る見るうちに解体され消滅するっ! 暴力的な速さで旨美が喰ってるのだった。 「こら旨美っ!?」 慌てて旨美の手を取る。 が、すぐに振りほどかれ弁当箱への攻撃は続く。 喰われていく。俺の食費があいつの腹の中におさまっていく。なんてこった。こんなひどいことが許されて良いのか? 許されるはずがない。こんな理不尽なこと、あっていいはずがないっ!! 「やめろーっ!」 叫ぶ。俺はその勢いでもって力任せに旨美の箸を持つ手を掴む。 旨美はすぐに反応、その身体の小ささに見合わぬ圧倒的なパワーで振りほどこうとする。俺の腕力ではその動きを押さえつけることが出来ない。 だが、動きが乱れればそれでいい。利用できる力がそこに生まれる。 そして俺は旨美の平らな胸の中心に手を当てる。 その勢い、全てを。 その力、全てを。 地面に落とす。 ドン、という衝撃と共に旨美は地面に叩きつけられた。 「かはっ……」 衝撃に息を吐く旨美。だが人並み外れた頑丈さを持つ旨美だ。すぐに俺にくってかかろうとする。 「な、なにしやがるっ!?」 「それはこっちのセリフだっ……!」 地獄から音が漏れるとしたらこんな感じだろう……そんな声で、旨美に語りかける。 旨美は起きあがろうとするが、しかしそれはかなわない。 俺の手は、このバカの胸の中心に置かれている。一昨日と同じ状態。俺が圧倒的に有利な状況だ。 「昨日と言い今日といい、なんで俺の貴重な食費を別のヤツに喰われなくちゃならないんだっ!」 「へっ! 自業自得だぜっ!」 「なんだとっ……」 思わず、旨美を抑える手に力がこもる。 俺が怒りの言葉を吐こうとすると、 ガラガラドッシャーンッ! 轟音が響く。背後から……聞き違いでなければ落雷の音がした。 しかもそれは、ものすごく近かった。 「なっ!?」 振り向くと、そこには見慣れた顔があった。 そこにいたのはちょこんとした小さな二本の三つ編みを揺らすクラスメイト、守屋がいた。 ただ、見慣れないことがひとつ。……その顔が明らかな驚きの表情を刻んでいることだった。 「守屋、いまカミナリが……」 「お、驚いたときの古典的表現だよ」 わけの分からないことを言った。 守屋は震える手で人差し指を立てると、 「驚くのにも、コツがあるんだよ……」 いつもながらよくわかない守屋だった。呆然とする俺をその驚きの目で見ながら、守屋は震える声で言葉を続ける。 「高坂くんが、白昼堂々女の子を押し倒すなんてビックリ……」 「なに言ってんだ守屋ーっ!?」 信じられないといった感じで首を振る守屋。 まずい! またしてもとんでもない誤解をされている。しかもかなり言い訳の通用しないレベルでっ! 「こんなひとだったなんて思わなかったっ……!」 「待ってくれ守屋っ! これはっ……!」 「や、やっぱり胸なの?」 「へ?」 予想外の言葉に思わず反論が止まってしまう。 守屋は旨美に視線を向け、次にゆっくり光音に視線を向ける。そして、俺の方に再び視線を戻す。 呆然として言葉も出ない俺を、何故か悲しい目で見ながら守屋は呟く。 「高坂くんは小さい胸の女の子が好きなんだね……知らなかったよ……」 「おいっ!?」 なんか全然違う方向に誤解されていた。 守屋は信じられないようなものを見るような視線とどこか哀れみを感じさせる表情で俺のことを見ていた。 ……なんなんだろう、この状況は。 守屋は決して小さくはない、でも大きくもない胸元を両手で押さえながら独白する。 「はは……ボク、どうしよう……どうすればいいんだろうね……?」 「守屋、あのなあ……」 声をかけようとする俺に、守屋は背を向ける。そして、 「高坂くんの特殊趣味ーっ!」 とんでもない事を叫びながら走り去っていった。 しかもよく通る大きな声だった。 校舎の狭間にある、それなりに人通りのある中庭。そこを、誰にでも聞こえそうな大声で叫びながら走り去ったのだ。しかも、名指しで。 うあああああああああああああっ!? どうするっ!? このどうしようもない状況をどうやって収めるっ!? まずは守屋を追いかけて誤解を解くべきだろうか? ・ ・ ・ 「待ってくれ守屋っ!」 「高坂くん……追ってきてくれたんだ……」 「君は誤解している。俺は本当は巨乳が好きなんだっ! 貧乳なんて認めない。俺に言わせれば胸の小さいヤツなんて女じゃないさ」 「えっ?」 「さっきのは誤解なんだ……」 「高坂くん……」 「守屋、わかってくれたか?」 「高坂くん、ひどいよ……」 「へ?」 「ボクだって胸、そんなに大きいほうじゃないんだよ……。それじゃあ僕も女の子失格なのっ!?」 「いやその……」 「高坂くんは……女の子の敵だよ」 「なっ!?」 「あんなひどいこと言うなんて、女の子の敵だよっ! もう決定っ!」 「ちょっと待て守屋っ……!」 「女の子の敵をこらしめるコツ、見せてあげるよっ!!」 「お、落ち着いてくれ守屋……」 「三つ編みのドリルとしての使い方って知ってる〜? ドリルにもコツがあるんだよ……!」 「ま、待て、待ってくれ! ……うっ、うああああああっ!?」 ・ ・ ・ 「はっ!?」 混乱のあまりとんでもない想像をしてしまった。しかし守屋だけに絶対にあり得ないとも言えないのがなんだか変な感じだった。 変な想像から目を覚ましても状況は全く変わらない。旨美は相変わらず俺の手の下だし、光音はなんだかひどく静かな表情でこっちを睨んでいる。 と、旨美が突然口を開いた。 「俺知ってる。こーゆーの”修羅場”って言うんだぜ」 「このやろう、旨美っ!? バカのくせに難しい言葉を間違った使い方してるんじゃないっ!」 「バカはどっちよ……?」 首筋に当てられた冷たい感触。目を向けると、そこには陽の光にきらめく美しい鋼の芸術品。 日本刀だった。 恐怖に肌が粟立った。 こんなものが突然出てくる理由を、俺は一つしか知らない。 「し、清水先輩……?」 「5年前に酔って振り回していた剣術研究同好会から募集した業物。名刀『閃牙』。……まさかこんなところで役に立つとは思わなかったわ」 「そんなあぶないもの5秒間でも出さないでください」 刀を手のひらで押しのけ、俺はすっと立ち上がる。 恐怖より、理不尽に対する怒りが勝っていた。 そして背後の清水先輩に真っ直ぐに向き直る。 「先輩っ! この間も言いましたが、俺はこんな男女に劣情を催したりしません」 男らしく言い切った。 すると清水先輩は、日本刀を風紀袋にしまうと腕組みをして考えこむ。 俺は清水先輩が理解してくれるのをじっと待った。 やがて、清水先輩は静かに語り始めた。 「男女だとわかっていながら押し倒したって事は……」 清水先輩は、優美に白魚のような指を俺に向けると、静かに言葉を続けた。 「つまりあなたは自分が女の子より男の子の方が好きだとカミングアウトしたいわけね」 「なんでだーっ!?」 あまりの理不尽さに、俺は絶叫する。……するしかなかった。 「どっちにしろ風紀を乱しているわねぇ……」 なんだか落ち着いた清水先輩の声に、俺は絶望を深めるのだった。 結局この日は弁当をほとんど食べることが出来ず、守屋の誤解を解くのにも苦労してろくでもない一日だった……。 | ||
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