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九日目
(1)
桜の木の下の出来事




「どうしようか」

 今日はみんなこなかった。いつもくるしんやくんもしげひろくんも、みんな用があっていなかった。
 公園にいるのはぼくとむねみだけ。今日は鬼ごっこかかくれんぼをしようと思ってた。どっちもふたりではつまらない。
 むねみも困ったように、う〜んとうなっている。
 
「だれか、いないかな?」

 そのとき、目の前をピンク色が通り過ぎた。
 桜のはなびら。
 公園の隅には大きな桜の木がある。そっちからとんできたんだ。
 桜の木の方をみる。
 そうしたら、その下に。
 その子は、いた。
 じっと見る。全然動かない。まるで固めたように切りそろえられたまっくろな髪。なんだか人形みたいな女の子が立っていた。
 
「おーい」

 声をかける。でも、ぜんぜん動かない。本当に人形みたいだった。
 なんだか不思議になって、ぼくは桜の木の下までいってみた。
 近くでみる女の子は、やっぱり人形じゃなかった。でも動かなくて、やっぱり人形みたいだった。
 すこし冷たい風が、女の子の髪を揺らして桜の花びらを散らせるだけだった。
 
「ねえ」

 おんなのこは答えない。

「ねえ?」

 女の子はやっぱり答えない。聞こえないのかな?
 今度は大きな声で言ってみよう。

「おにごっこしないっ!? ふたりしかいなくて、どうしようかと思ってたんだっ!!」

 ようやく、女の子が動いた。
 僕の大声にビックリしたように目を見開いて。
 でも、こたえてくれない。
 ただ、顔をうつむかせてもじもじとしている。
 しばらく待ってみた。
 でも、なにもいわない。
 しゃべれないのかな?
 でも、こたえるにはしゃべらなくてもいい。
 ぼくは女の子に手を差し出した。

「行こう?」

 女の子はおずおずと手を出して……でも、迷うように手を取らない。
 なんだかいらいらしてきた。こないなら来ない、行くなら行くとさっさと決めればいいのに。
 だからぼくは迷う女の子の手を自分から取った。
 
「あ……」
「行こ?」

 女の子は少し迷って……。小さく、でもはっきりとうなずいた。

「むねみーっ、三人でおにごっこするぞーっ!」

 離れて待っていたむねみに声をかける。
 むねみは拳を振り上げ、
 
「おーっ!」

 やる気マンマンで叫んだ。
 ぼくはむねみに向かって手のひらをかざす。
 
「ぼくパーッ、グーのお前が負けーっ! むねみがおにーっ!」

 言うと、そのまま女の子の手をとって、むねみとは反対の方向に駆け出した。
 
「ああ! こら待てまさひろーっ!」
「へへーん、バーカバーカバカむねみーっ!」

 女の子をひきずるように走り出す。
 こんなに速くて大丈夫かな、と女の子の方を見る。
 なんだか、どきりとした。
 切りそろえられたきれいな髪。大きな瞳。色白の顔。
 でも、さっきと違って人形みたいじゃなかった。
 だってその女の子は、楽しそうに笑っていたから。

 
 ・
 ・
 ・
 
「あ……?」

 まず、まぶしいと思った。
 頭の下にある枕とからだの下にある布団の感触から、寝ていたことをぼんやりと思い出す。
 明るいと言うことは朝なんだろう。そんな当たり前のことを、いまいち働かない頭でなんとなく理解する。
 右手の中に、何かの感触がある。小さくて、細くて、柔らかな感触。
 夢の中で女の子の手を握っていたことを思い出す。
 目をやると、そこには料理に使うおたまがある。おかしい。おたまがやわらかいなんてことはないはずだ。
 視線を巡らすと、腕が見える。どうやらおたまを持っている手を、その上から俺の手が包んでいるらしい。
 今度は視線を上げてみる。
 そこには計ったように切りそろえられたさらさらの髪。人形のように整った顔。
 光音が、いた。
 いつも表情に乏しいその顔は、わずかに目を見開き今は驚きの表情を浮かべている。ふっくらした頬も、少し赤く染まっているように思えた。
 
「おはよう」
「……おはよう」

 とまどうように光音は答える。
 そして、ようやく理解する。
 どうやら俺は、いつものように起こしに来た光音がフライパンを打ち鳴らすのを寝惚けて事前に止めたらしい。
 我ながら大したものである。
 それにしても……すぐ目の前にあるおたまとフライパンを見て思う。こいつ、いつもこんな至近距離からフライパンを打ち鳴らしていたのか。どうりで大音量なわけである。……もっとも、あの『音』はそれだけで説明のつくものではなかったが。

「どうしていつも寝ぼけてるの?」
 
 光音は、ほんのちょっとだけ眉をひそめ、ほんの少しだけ口の端を上げて不満の声を上げる。
 知らない人間が見たらわからないだろう、微妙な表情の変化。
 光音の苦笑。
 
「朝寝惚けないでいつ寝惚ける?」

 俺の返答に、光音はため息で応える。眉が下がり、苦笑が微笑へと変わる。
 
「はやく起きて」

 光音は振り返り、歩き出す。その動きに、俺は自然に手を解いていた。
 そのまま、光音は部屋を出ていった。
 俺はと言うと、何となく自分の手を見つめていた。
 今手の中にあった感触は柔らかく、そして小さかった。
 
「あいつ……変わらないよな……」

 初めて光音と会ったのは、春の公園だった。きっかけは、足りない鬼ごっこの人数を満たすため、強引に連れ込んだこと。ただそれだけだった。それから光音は俺が旨美とつるむときついてくるようになった。
 子犬のように、いつも後をついてきて。
 でも、猫のように距離を保って。
 いつもなんとなくいた。
 
「でも、なんにも変わってない訳じゃないか……」

 いつも後ろにいたはずのあいつは、気づけばいつも前にいる。
 とりあえず一緒に歩くときは前を行こうとするし、今も下で朝食を用意して待っているはずだ。昔は「いるのが当たり前」だと思っていた。でも今は、「いてくれてありがたい」なんて思ってしまっている。食費を握られているのはあいかわらず困ったものだが、それでも助かってる部分も大きい。
 そしてなにより、今はサイレント・フェスティバルで俺の目標となっている。
 それだけ変わっている。変わっていないはずがないのだ。だいたい、あれからもう何年も経っている。
 じゃあ俺はなんで変わらないと思っているのだろう。

「どうも目が覚めてない時ってへんなこと考えちまうな……」

 なんとなくけだるさを感じ、それを振り払うように俺は勢いをつけ立ち上がるのだった。
 

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