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五日目
(3)
休日の店



「へええ……」

 思わず感嘆の声が漏れる。
 守屋に案内されてやってきたのは、商店街の外れ、店の少ない路地。
 古びた看板に「アクセサリーショップ」と記されているものの、木造の古びたその店はさながらアンティークでも扱っていそうな雰囲気のあるたたずまいだった。

「守屋、よくこんな店知ってたな」
「うん。コツがあるから」
「うむ。早速入ってみよう」

 言いつつ、橘は木製の扉を開け中へと入っていく。その行動には物怖じや遠慮というものがない。
 ちりんちりんと、扉の上に着いた小さな鐘が鳴る。
 守屋は俺に微笑みながら、その後に続く。
 俺も続いて中へと足を踏み入れると、
 
「はああ……」

 またしても、感嘆の声が出た。
 光量の押さえられた明かりが、木造の机やその上にのるアクセサリ達を照らしている。
 暗いと言うほどではないその和えかな明かりは、店内の品々の輪郭をどこかぼやけたものにし、幻想的な光景を生みだしていた。全体的に古びてはいるが、ただ古いのではなく時間を積み重ねた重みがあった。
 店内はそれほど広くはない。うちの学校の教室半分ほどの大きさで、その各所にアクセサリをのせた机があるためさらに小さく見える。ざっとまわるだけなら5分とかからないだろう。
 高級な宝石店のようなガラス製のショーウインドウはない。アクセサリはどれも机の上のテーブルクロスの上に直に置かれていたり、あるいは飾り台の上にのせられているのみだった。手に触れても問題ないらしい。
 商売でやっていると言うよりは、趣味でやっているような雰囲気だった。
 でも、そこにあるアクセサリは素人目にもずいぶん年代物に見え、とても安物には思えなかった。

「なあ、守屋?」
「なぁに?」
「ここ……ひょっとして高いんじゃないのか?」
「そんなことないよっ」

 そう言って守屋が手に取ったのは、複雑な模様が彫り込まれた小石を数珠のように繋いだブレスレット。なかなかに高級そうに見えるが、ついた値札は2000円だった。
 
「ホントだ」
「でしょでしょ?」

 嬉しそうに言う守屋。
 
「とっておきのお店なんだ」
「本当に、よくこんな店を見つけたもんだな」
「へへ、それはねっ……」

 守屋はピッと人差し指を立てる。

「コツがあるんだよっ!」

 いつものように、そう言いきった。

「守屋はなんでも”コツ”でこなしちまうんだな。出来ないことはないんじゃないか?」

 俺の感心する声に、
 
「え?」

 と、守屋は驚いたような一言を返した。
 
「どうしてそう思うの?」
「え? だってこの間はコツで先生が遅れてくるのを知っていたし、掃除も一瞬で終わらせた。それにこの店を知ったのも”コツ”なんだろ? ホント、出来ないことはないって感じだな」
「……そんなこと、ないよ」

 守屋なら、いつものように明るく「コツがあるんだよっ!」と返してくると思っていた。回答は予想したものと違っていた。そんなに暗い口調で答が返ってくるとは思わなかった。

「”コツ”って、なにかをちょっとうまくできるってだけなんだよ」

 そう語り始めた守屋は、どこか寂しげだった。

「ボク……ホントはドジなんだ。いつも失敗ばっかりするから、それをどうにかしようとしているうちに、なんとかうまく行く方法を見つけて……。気がつくと、いろいろできるようになったんだ。それが、ボクの”コツ”なんだよ」
「守屋の”コツ”は、失敗を埋めるための方法だって言うのか?」
「そうなんだ。だから……ホントにね。ホントに大事なことは、コツなんかじゃうまくいかないんだ。ちょっとうまくできるってだけじゃダメなんだよ」
「……うまくいかないことがあるのか?」
「うん。……ボク、ドジだから」

 そう言ってペロ、と舌を出す守屋。その様は、泣いていところを見つかってそれをごまかそうとしている子供のように見えた。
 
「ね?」
「ん?」
「……どんな娘に、プレゼントするの?」

 一転していつもの笑顔にその顔を変えた守屋は、そんなことを聞いてきた。

「え?」
「その親戚の女の子って、どんな子なの?」
「あ、ああ……」

 そこで、少し悩む。
 プレゼントの相手は光音だが、それをそのまま言ってしまったらわざわざ親戚の子だと嘘をついた意味がなくなってしまう。かといって光音とかけ離れた特徴を言ったら、それはそれで光音に似合うアクセサリを探すという本題から外れてしまう。
 
「……好きなの?」

 唐突に聞こえたその声が、いつもの明るさがなく真剣な響きを伴っていたから、すぐに守屋の声だとはわからなかった。
 
「え?」
「その子のこと……好きなの?」

 驚いて疑問の声を上げる俺に、守屋は問いを繰り返した。
 好き……? あいつを? 光音を?
 
「そ、そんなわけないだろ! あんなヤツ、好きなわけないっ!」

 思わず大声が出てしまう。
 店の奥にいた橘も、ギョッとしたようにこちらを向く。
 
「え、えとその……」

 守屋も驚いたようだった。
 
「い、いや。そういうんじゃないんだ。プレゼントってのは日ごろの感謝とかそんな感じで、別に全然そんなのじゃない」

 橘の方に何でもないと手を振りながら、あわてて、言いつくろう。
 守屋はそんな俺を見て、ぷっと吹き出す。
 
「わかったよ。そんなにムキにならなくていいから」
「べ、別にムキになんかなってない」
「はいはい。高坂くんて、面白いんだぁ」

 クスクスと笑う。
 俺は憮然とそっぽを向く。
 
「たしか、親戚の子を見返すためにアクセサリを買うんだったよね? じゃあ、センスのいいの選ばないとね」
 そう言って、守屋はアクセサリを手に取って、調べ始めた。

「でも、さ。その子のこと、大事なんだね」
「へ? だからさっきも言ったように……」
「あ、そういう意味じゃなくて。好きとかそういうのじゃなくて……なんて言うかな。口げんかになったからって、嫌いだったら別にアクセサリをプレゼントしようとか思わないでしょ? だから、そうなんじゃないのかなって……」
「大事、か……」

 考えてみる。
 確かに光音には、今飯を作ってもらっている上に朝も起こしてもらった。いろいろとあるものの、世話にはなっている。これで「大事じゃない」と言ったら、俺はとんだ恩知らずと言うことになる。
 ……って違う。今は光音の話じゃなくて架空の親戚の話だ。

「そうだな、大事かもしれない」

 とりあえず、俺はあいまいに応えておいた。
 
「ふうん……じゃあいいの探さないとね。その子、髪の色は?」
「え?」
「やっぱりそういうのわからないと、似合うかどうかわからないでしょ? やっぱりアクセサリはそういうのがわからないと、ね」」
「そうだな。髪の色は黒。真っ黒だ」
「ふうん。それで、色白? それとも色黒?」
「色白。なんて言うか、日本人形みたいなヤツなんだ」
「そう」

 守屋は静かに頷く。アゴに手を当て、ちょっと考え込むポーズ。
 
「大事、なんだ」
「……守屋?」

 変な様子の守屋に、ちょっと危惧を抱く。ヒントを出しすぎたかもしれない。光音だとばれてしまってはしようがない。
 
「ボクはこっちを探すから、高坂くんは向こうを探してね」

 言うと、店内の一角を指さす。
 あまり広くない店内で、わざわざ手分けする必要があるには思えなかったが、それでもそのほうが効率がいいだろう。それに、特に追求されなかったことだし守屋は光音のことに気づかなかったようだ。そのことに安心し、俺は店内をまわりはじめるのだった。





 それから、しばらくアクセサリショップの中を探した。しかしなかなかいいものは見つからない。値段が手頃でできのいいアクセサリはいくつもあったが、今回は条件が特殊すぎた。
 そもそも光音を目立たせるためのアクセサリだが、あまり目立ちすぎてはまずく、しかも校則違反にならないようなものでなくてはならないのだ。……条件が厳しすぎる。
 本当にそんな都合のいいものがあるのだろうか……そう思いつつも店内を見回す。
 すると、守屋が変なことをしているのが目に入った。
 守屋はなぜか天井に手をかざしていた。
 近づいてよく見てみると、その手の中には一つの指輪があった。
 黒い――おそらく鉄製の薄い輪の上に被さるように、蒼い半透明のガラスか宝石のようなものが取り巻いている。守屋がいまやっているように天井の明かりに透かすと、半透明の部分が光を受けて輝きとても綺麗だった。

「守屋、それは……?」
「こ、高坂くんっ!?」

 驚いて振り返る守屋。

「へえ、いいもの見つけたな」
「うん。ガラス製みたいだけど、とっても綺麗なんだよ」

 確かに綺麗だった。でも、それは光音にはあまり似合いそうに見えなかった。なんだか、あいつは白や黒とは相性が良さそうだが蒼はなにか違うような気がする。それに指輪はさすがに学校につけていくのに問題がある。

「ふむ……」
「いいよねぇ……綺麗だよねぇ……」
 
 守屋はその指輪をにはめて、手をひらひらと天井の明かりにかざしていた。
 ちらちらと蒼い光が舞う。
 そのさまを、守屋は本当に楽しそうに眺めていた。
 無垢な笑顔を彩る、蒼い光。淡い光のみの店の中、守屋だけが浮き上がるように輝いて見えた。
 つかの間、そのさまに目を奪われてしまう。 

「雅弘くん」
「おおっ!?」

 背後からの突然の声に振り向くと、触れそうなほど近いところに橘の姿があった。その表情はなぜか得意げだ。
 
「な、なんだよ橘」
「いいものを見つけた。これにしよう」

 そう言って取り出したのは、小さな時計だった。親指の爪ほどの、小さな金色の文字盤。それに繋がる細いバンドは紅。ブレスレットのような外観の女性向けの時計だった。
 簡単な造りだったが、よく見ると時計本体には細かく装飾が彫り込んである。それにカチコチと聞こえてくる音からすると、ちゃんとゼンマイ式であるようだ。
 確かに、時計なら学校につけて行くのも問題ないだろう。
 
「それは……いい感じだけど、かなり高いんじゃないのか?」
「表示には五千円とあった」

 この造りの時計がその値段ならかなり安い。と言うか、安すぎる。この店、本当に店主が道楽で開いているのではないだろうか?
 しかし、それでも今の自分の状況を考えるとこの価格は高い。だが……。

「必要経費として見れば悪くない値だ」

 俺の考えを読むように橘が言ってくる。確かに、仮にも優勝を狙うのであればそのくらいはかかる覚悟が必要だ。第一この先もっといいものが見つかる保証なんてない。
 
「……そうだな、それにするか」
「うん。僕はこの時計は期待以上の効果を上げると確信しているんだ」
「……ねえ、”効果”ってなあに?」
「うおっ!?」

 守屋が顔をズイッと近づけて、文字通り話しに首を突っ込んでくる。
 いきなりのその行動にとっさにリアクションがとれない。橘も珍しくたじろいでいる。

「さっきから親戚の娘にプレゼンとするにしては”必要経費”とか、ちょぉっと変だよ」
「そ、それは……」
「ねぇ、なになにな〜に?」

 至近距離で問いかけてくる守屋に、適当な言い訳が思いつかない。橘もフォローしてくれない、と言うかヤツの発言のミスが原因の大部分のような気が。
 思わず逸らした視線の先には、台座があった。おそらく、守屋の見ていた指輪が置かれていた場所。表示価格2000円。
 
「そ、そうだ守屋、今日のお礼にそれを買ってやろうか?」
「え?」

 とっさにそんなことを言ってしまった。
 言ってから、悪くないと思った。値段も手頃だし今日この店を紹介してくれたお礼としては適当だ。橘には8割ぐらい負担させよう。
 
「い、いいの?」

 さっきまでの勢いはどこへやら。おずおずと、守屋は聞いてきた。
 話題を逸らすのには成功したが、その豹変ぶりは少しばかり意外だった。
 
「ああ。まあ、そんなに高いものでもないし」
「だって親戚の子に……」
「あいつには橘の持って来た時計の方が良さそうだ。それに、その指輪は守屋の方が似合うよ」
「そ、そうかな?」

 後ろ手に頭をかきながら、はにかむように笑む守屋。
 暗い店の明かりでよくわからないが、なんだか頬が赤く染まっているように思えた。ちょっと誉めただけなのに赤くなるとは……まあ、リアクションの派手な守屋ならあまり珍しいことではないが。
 
「で、でも本当にいいの?」
「だからいいってば。橘もかまわないだろう?」
「あ、ああ。妥当だと思う」
「ほら橘も賛成してる」
「だって……」
「ん?」
「だってこれ薬指にぴったり合うサイズなんだよっ!?」
「……だからなんなんだ?」

 問うと、守屋は黙ってしまった。
 何を言っているんだろう? サイズが合わないならともかく、ピッタリなら問題ないはずだ。
 そしてふと気づく。
 
「あ、ひょっとして他にもっと欲しいアクセサリがあるのか?
 そっちの方がいいんだったら……」
「ううんっ! これがいいよっ! これじゃなきゃだめだよっ!
 これ決定っ!」

 今までの控えめな態度とは一変し、守屋は強く言ってきた。
 
「ああ、それなら、そうしよう」

 ややたじろぎながら、俺は言った。
 
「さてじゃあ会計するか……ってここレジはどこだ?」

 店を探す中、アクセサリに目がいっていたせいかもしれないがどこで金を払えばいいのかわからなかった。そう言えば店に入ってから未だ店員に出会っていない。
 キョロキョロと店内を見回す。
 
「まいどあり」
「うわぁっ!?」

 いきなり視界に入ったおばあさんに声をかけられ、思わず声を上げてしまう。守屋も橘もおばあさんの突然の出現に固まっていた。
 それは、その外見のせいかもしれない。
 鷲鼻に、しわくちゃの顔の上には顔と同じ大きさでとぐろを巻いた真っ白な髪。身につけているのはなんだか黒っぽいローブみたいな服。これでどんな木から作ったか知れないねじ曲がった杖を持っているからまるで童話に出てくる魔法使いのようだった。どっちかと言えば悪い方の魔女っぽい。
 
「7000円」

 しわくちゃの手を出しながら、こちらの驚きなど気にせずそのおばあさんは代金を要求してくるのだった。
 




 会計を済ませ店を出ると、既に待ちは赤く染まっていた。いつの間にかけっこう時間が経っていたらしい。
 
「やれやれ……今日は結局一日つかっちまったな」
「その価値はあった。守屋さん。本当にありがとう」

 礼を言う橘に、守屋は微笑んで応えた。
 
「ううん! こっちこそありがとう。大事にするよ!」

 そして、くるりと向きを変えると、
 
「じゃ、また月曜に。ね!」

 そう言って、パタパタと駆けていった。
 あいかわらず慌ただしいクラスメイトだった。
 と、守屋は急に足を止め振り返る。
 
「高坂くん……」
「ん?」
「大事に……するからね……」
「あ? ああ」

 俺が応えると、守屋は再び向きを変え駆けていった。



 

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