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四日目
(2)
灼熱の屋上で

 

 屋上。
 直射日光に容赦なく照らされる灼熱地獄。夏を間近に控え、もはやすっかり強くなった日射しの中、屋上は陽炎でもたちそうなほどに暑かった。
 それでも屋上で昼食をとる物好きもいるが、今日ばかりはいなかった。
 出入り口によって出来た唯一の日陰は俺と橘が占領している。
 昼休みの初めには時折屋上を訪れるものがいたが、その暑さを体感し、そして唯一の日陰が俺達によって陣取られているのを見ると、諦めて去っていった。
 
 橘は、購買のパンを食べている。
 メニューは、カツサンドと焼きそばパン。どちらも競争率が高く、簡単に手に入るものではない。そしてなぜかいつも数が余るカレーパンもメニューに含まれていた。なにかしらこだわりがあるのかもしれない。
 俺は光音の弁当を食べている。彩りも栄養バランスもいつもどおりバッチリだ。味もよろしい。
 今日も一緒に食べられないと言ったとき、光音は少し残念そうにしていたが、まあ仕方ない。
 それに……今日光音と二人っきりで昼休みをすごすのはなんだか気まずい気がした。仲直りはしたわけだし、何も問題はないはずなのだが。
 
 二人して、それぞれの昼食を黙々と食べる。
 
 屋上は、暑いと言っても風もある。
 何より澄み切った空の元、開放感のある景観はそれだけでさわやかで、日本特有のべったりした暑さを感じさせない。下にいるよりずっと暑さの不快感を感じないで済むぶん、過ごしやすかった。
 
「さて、どうする?」

 ひとしきり食べ終わったところで、雅弘は口を開いた。
 その質問の意図は……当然、サイレント・フェスティバルについてだ。
 俺はハシを箸箱に収め、弁当箱の蓋を閉じ(ちゃんとやっておかないと光音がうるさい)、橘に向き直る。
 
「光音を優勝させる」

 そう、はっきりと言った。
 それに対し橘は驚いたような、それでもどこか楽しむような表情を浮かべた。
 
「そうか、決断したか」
「まあな……」
「昨日は随分と迷っていたようだが」
「どうも、俺は俺のために光音を優勝させなくてはならないらしい」
 
 橘は、お、と口を開きこちらの説明を待っている。
 が、しかし。俺はそこで言葉に詰まってしまう。
 自分の中でもうはっきりと決断はできている。それでもいざ説明しようとすると……とても難しい。なぜかはわからない。
 とにかく自分の中にあることを外に出そうと考えた。
 
「光音のことを、かわいいと思った」

 いきなりそんな言葉が出た。
 橘がニヤリと笑う。俺はその表情に妙に居心地の悪いものを感じた。
 
「い、いや別に変な意味じゃない。だいたいあいつがブスって訳でもないから優勝候補に選んだわけで、それは最初からわかっていたことだ」

 慌てるような俺の言葉に、橘は無言で頷く。
 だから俺は、そのまま言葉を続けた。
 
「ただ、なんて言うかあいつは地味だから……そう思ってるのは俺だけのような気がしていた。それで本当に優勝できるか不安だった。それでも例のメイド服で、かわいいと評価するやつが出てきた。俺だけがそう思ってるわけじゃないってわかった」

 一気に喋り、一息つく。
 しかし別に一息つくタイミングでもない。だから、俺はそのまますぐに話し始める。

「でもそれが本当に一般的なことなのか確かめたくなった。今まで俺はあいつのことを何とも思ってなかった。それなのに、急に特別に思えた。でもあいつのことをそんな風に見てしまうのはなんだか変だ。変なのは困る。でもみんながそう思うならおかしくないはずだ。だから、俺はっ……」

 だんだん自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
 言いたいことはひどくシンプルなはずなのに、どうしてもそれに触れることが出来ない。そんな感じだ。
 でも、言葉は止まらない。止めてしまうと、本当に何も言えなくなってしまう……そんな漠とした切迫感があった。
 
「あいつが優勝できるか、確かめたい。もしあいつが優勝できるほどの力を持ってるんなら、俺があいつのことを意識してもおかしくないはずだ」

 変なことを言っている。その自覚はある。でも他にどう言っていいかわからない。
 そんな俺の言葉に、橘はただじっと静かに耳を傾けている。

「……第一、あれだけの事をしておいて今さら途中でやめるなんてダメだと思う。最後までやりとげなくちゃ、男じゃない」

 俺は、違和感を覚えながらもそう結んだ。
 はあっ、と息を吐く。
 そこで、話しながら緊張していたことに気づく。なぜ、そうなったのかは……いや、何に対してそうなってしまったのか。それは自分でもよくわからなかった。
 
「なるほど。君はそう結論づけるわけだ。でも……」
 
 橘は、ただまっすぐと俺の瞳を見据える。

「君は君が本当に言いたいことを……”答”を、避けているね」

 ドキリとした。
 橘の言うとおりだった。言葉を重ねれば重ねるほど、本当に言いたいことから離れてしまっていく――そんな感覚が強くなっていったのだ。
 うまく言葉にならない。適当な言葉が見つからない。
 でも、それは俺の知ってる語彙が少ないせいだとか、”答え”が難しいことだからだとか、そんな理由じゃない。まるで、俺が言おうとしている事を自分で避けてしまっているような……。
 
「まあ、それは別にいい」

 橘の言葉に、思考を寸断される。
 漠然と漂っていたいつくかの考えの断片は散ってしまい、見えかけていた答えもなくなってしまったように思えた。
 橘は、言葉を続ける。
 
「僕は君の意志に関わらず始めた以上は協力してもらうつもりだったし、自分の意志で協力してくれるというのなら何よりだ」
「……結局お前は俺を利用できればいいってことか」
「利用というのは違うね。互いに目的があり、そのための行動が一致するんだからこれは協力と言った方が適切だ」
「俺の目的、か……」

 目的は、光音に食費を握られているというこの情けない状況を抜け出すことだ。
 しかし今、光音を優勝させると言うこと自体に目的は移りつつあった。
 考えいていると、ふと橘の悟ったような発言に違和感を覚える。
 
「お前、俺がうまく言えない”答え”をわかってるような口振りだな」

 いぶかしげな俺の問いに、橘は肩をすくめる。

「わかるさ。第三者の立場からすれば、なんで当人が理解できないのか不思議なくらいだね」
「……そうなのか?」
「そうさ。だから僕から答えを言ってあげることも出来るけど……でも今の君ではきっと受け入れることは出来ないよ。言ったところで否定するだけ。だから、今は言わないでおくよ」
「結局言えない、か。本当はなにもわかってないんじゃないのか?」
「そう思うのも無理はないね。でも、きっと君にもいずれわかると思うよ。それに……」

 橘は、芝居がかった動きで目の前を振り払い、空を見上げた。
 どこまでも広がる、夏の青空。
 
「人から与えられた答より、自分でつかみ取った答の方が何倍も価値があるものだよ。そして、君が答を得るためにはサイレント・フェスティバルをやり遂げるんだ。君は自分の中にある真実を掴むために、ただ進めばいい」

 どこか遠いところを指さしながら、橘はそう言い切った。
 結構さまになっていた。
 
「なんか変な話になっちまったな」
「まあ、ままならないものだよ、だから悩むんだよ」

 二人して、息を吐く。
 
「それで、これから具体的にどうするんだ?」
「しばらく動かない」
「え?」
「インパクトは与えた。今は、それを浸透させるべき時だ」
「……さっきは”ただ進めばいい”とか人のこと煽っておいて、最後にそれかよ」
「仕方ないさ。どちらにせよ明日は土曜日で休みだ。あまり効果的な活動は出来ない」
「へ?」

 橘の不意の言葉に、俺はしばし固まった。
 
「なにをそんなに不思議そうな顔をしているんだ?」
「今日って……いつだったっけ?」
「今日は6月28日金曜だ」
「……いつそうなった?」
「とぼけたところで来週試験だという事実からは逃れられないよ、雅弘君」

 そうだった。来週の金曜から試験なのだ。
 最近はいろいろ妙なことが続いて曜日感覚が麻痺していた。教科書は大半を机の中に突っ込んでるからあんまり曜日を気にする必要もないのも一因かもしれない。
 しかし、そうなると気になることが出てくる。
 
「なんでそんな時期にサイレント・フェスティバルなんて開催されるんだよ」
「試験期間中は風紀委員が精神的に動きづらいからね。そういう意図もあるんだろう。だから、サイレント・フェスティバルの開票も試験期間中に行われる可能性が高いと思うよ」

 今回の期末試験は、どうやらあまり勉強できないらしい。
 せめて補習にならないようにしないとな……。ちょっとだけ気を引き締める。
 
「じゃあ、土日は試験の準備でもするか?」
「それもいいが、ちょっと仕掛けの準備をしよう」
「仕掛け?」
「そう。仕掛け。最初の印象付けは済んだ。次は継続して注目を浴びるための準備をする」

 橘は、アゴに手を当てニヤリと笑む。
 悪巧みのポーズだ。
 
「明日、昼からつき合ってもらうよ」

 俺の頭の中の絶望ゲージは、もう後戻りが出来ないと言うことを触媒にぐんぐんと加速上昇していった。
 だが俺は、橘の言葉にはっきりと頷くのだった。
 


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