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「……きて」 ゆさゆさと、ゆさぶられる。 心地よいまどろみの中、緩やかな揺れは心地よかった。 「ね……起…て……」 だが、だんだん煩わしくなってきた。 だいたいこんなぬるい動きで俺をどうにか出来ているんだろうか? まどろむ意識の中、だんだんといらだちが募ってくる。 「……てよ……」 必要なのはタイミング。そして、力を逃さず導き操ること。 タイミングを合わせて、俺を揺するものを引く。ただ引くのではなく、寝返りをうちつつ引き込む流れへと誘導する。 単純な動作。 だが、これだけで大抵のヤツを投げる自信はある。 ガキの頃からの旨美とのやりとりで身につけた、ちょっとしたコツである。 「きゃっ……!」 短い声に、このまま投げるのはまずいような気がした。なんとなく。 俺はそのカンに従って動きをおさえる。本来壁にぶつかるはずだったそれを俺の脇、ベッドの上へと落とすよう修正。 ボフッ。 予想していたより大きな衝撃に、ベッドが揺れる。 「きゃ……んっ!」 また、声。 まどろむ頭の中、それはなんだか煩わしく感じられた。 音。煩わしい。朝。 目覚まし……だろうか? なんだかその推測は正しいように思えた。 目覚まし時計なら、とりあえず布団の中に押し込んで音を押さえるのが吉。 布団――といっても夏場なのでタオルケットなのだが、それをかぶせ、抱き込む。 「やっ……」 目覚ましはまだ鳴っている。 ……「鳴っている」というより、「鳴いている」という表現の方が適切な気がした。微妙に。 その目覚ましは妙に柔らかくて華奢で、そしてなんだか暖かい。 暖かい……? ずっと抱いていると暑くなりそうだ。実際、なんだか俺の動悸は激しくなっているような気がしてきた。目覚ましの心拍数が高めなのも理由の一つだろうか。 「や、やだっ……」 もぞもぞと動く目覚まし。だんだん暑くなってくる。 なんだか香る、甘い匂い。 だんだん目覚ましは目覚ましでも何か違うもののような気がしてくる。 いや、目覚ましに違いはないはずだ。 最近フライパンとおたまを装備して起こしに来てくれる目覚まし……。 「ってちょっと待てっ!?」 跳ね起き、タオルケットをはね除ける。 そこには、丸く縮こまった幼なじみの姿があった。 いつも通りセーラー服の上に白い飾り気のないエプロン。 きれいに整っていたであろう髪を今は乱し、その隙間から見える顔は赤く染まっている。 「夜這いっ!?」 見回す。明るい。紛れもなく朝。 「朝這いっ!?」 愕然とする俺を、気持ち恨みがましげな目で見上げてくる光音。 「……違う」 言うと、もぞもぞと動き、そして光音はゆっくりと身を起こした。 「やっぱりフライパンとおたま……」 よくわからないことを呟く光音を前に、俺は困って頭をかく。 どうも寝惚けていたらしい。 おぼろな記憶をたどる。 どうやら俺は光音を投げて押さえ込んで一本をとったらしい。 寝乱れた(というべきなのか?)光音をみると、なにかひどくまずいことをしてしまったような気分になってくる。 だから俺は、 「すまなかった……」 素直に、頭を下げていた。 「もう、いい」 ゆっくりとした動きで、光音はベッドを降りた。 「なんで今日はいつものじゃないんだ?」 「だって昨日……」 視線を逸らし、下を向く光音。 気まずげな声に、昨日のことが思い出される。 泣き出した光音をはね除けてしまったこと。 怒った光音。 おかずの四つ切りキャベツ。青臭かったこと。 HPのランキング。 光音が夕食を用意してくれていたこと。 ……メイド服。 …メイド服。 メイド服っ! ちょっと待てなんか考えが変な方向にっ……! 「?」 黙りこくる俺を不審に思ったのか、光音が見上げてくる。 その視線に、心臓が大きな鼓動を打つ。 ひどく、気まずい。 「……まだ、怒ってるか?」 絞り出すように、俺はようやく言葉を発した。 「そっちこそ」 光音のいつものように短い一言。 でも、言葉は俺の予想していたものではなかった。 「何言ってんだよ? 悪かったのは俺の方だろう」 「でも……」 困った様子の光音に、苦笑する。 こいつは、俺が怒っていると思って今までと違う起こし方をしようとしたらしい。 俺は、光音の頭の上に手を置く。くしゃ、と髪を軽く掴む。その柔らかな感触に、安堵感を覚える。 「二人とも怒ってない……じゃあ、仲直りってことだよな」 その言葉に、光音はわずかに微笑む。 朝の光の中、あるかないかわからないわずかな微笑み。 俺だけが知ることの出来る光音のひそやかな笑顔。 俺はその表情に、ひどく心落ち着くものを感じるのだった。 短い、静かなひととき。 そして、光音は視線を上に向けた。自分の頭上にある俺の手を見る。 「髪、乱れる……」 文句を一言。 「もうバサバサだ」 ベッドに引き込まれた光音の髪は、とっくに乱れていた。 俺が手を除けると、光音は慌てて自分の頭を手で確かめる。 しかし、鏡もなしに簡単に直せるような乱れようではなかった。 「ゆっくり来て」 いつもと逆のひとことを残し、光音を部屋を出て行ってしまった。 やれやれと息を吐く。 フライパンとおたまがなくても、結局いつもと変わらず騒がしい朝だった。 いつも……まだ四日目の、俺の新しい日常。 それを俺はいつの間にか当たり前のこと考えている。 ずっと続きそうな気がしている。 そんな自分が笑えるほどおかしく思えた。 「まあ、いいか……」 俺は下に向かうため、まずは着替えを始めるのだった。 |
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