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「はい、注目ーっ!」」 上はTシャツ下はジャージ、実用本位のいでたちが妙に似合う三年生の声が響く。さっぱりしたショートカットが特徴の演劇部部長、岡名先輩だ。 放課後の、演劇部の部室。その中央で、その部屋の主たる岡名先輩は周りを囲む生徒達に呼びかけていた。演劇部だけあって張りのある声。その声に、ざわついていた俺と光音を含む20余名は口をつぐみ岡名先輩に注目する。 「みんな集まってくれてありがとう。今日やることを簡単に説明すると、衣装の整理です」 言いつつ、部室の窓から見える方へと目を向ける。 さすが演劇部の部長と言うべきか。一見普通に見えるその動作に、みんな自然に窓の方へと目を向けていた。 窓から見えるのは青空。そしてそれを突き上げるように雄々しくそびえる山。 「先日、裏山の”穴”のひとつから、演劇部が所有していたと思われる隠し倉庫が”発掘”されました。そこに収められていたのは演劇用の衣装です。今日の作業はまずそれを運び出すこと。そして、その状態を確認して実際に使えるものかどうかを確認することです」 うちの学校には裏山と言われる山がある。 そう大きいものではないが、それでも山と呼ばれるだけあって校舎よりずっとでかい。 その山には戦争中に掘られた防空壕がいくつもある。当然今は閉鎖されているのだが、自由な校風がウリのうちの生徒のこと。そんなおいしいものを見逃すはずもなく、山に掘られたいくつもの穴を利用したり拡張したり。むろん風紀委員によって規制されてはいるものの、すでに誰にも把握できないほどに穴は掘り進められており、完全な閉鎖は難しいらしい。 そして、過去の遺物がこうして”発掘”されることがたびたびあったりするのだ。 「終わったらジュースぐらいはおごるから、みなさん頑張ってくださいっ!」 そして、作業に入る。 有志を募っての作業は、男女別に別れた。 男子は”穴”からの衣装の運搬。女子は衣装の状態確認及び整理だ。 ・ ・ ・ 「それにしても……」 汗を拭いつつ呟く。 木々の葉の隙間を抜けて突き刺さる真夏の日射し。踏みならされてはいるものの、歩きやすいとは言えない山道。 そして何より、肩にずっしりと、鞄に詰めた衣装の重み。 重労働である。 「これにどんな意味があるんだ?」 「すぐにわかるさ」 隣を行く橘もまた汗だくだ。 そう、これはサイレント・フェスティバルのための作業の一環なのだ……と、橘は言っていた。細かい説明はなかった。 「なんで理由を話してくれないんだ?」 「まあ、驚かせたくてね」 そう言って、橘はニヤリと笑う。自信に満ちた笑みだった。 「話せないんなら、手伝うのやめるぞ」 「それは困る。これはサイレント・フェスティバルの優勝を狙う上で絶対に必要なことなんだ」 その言葉もまた、絶対の自信に満ちていた。 どちらにせよ、俺には光音を優勝させる方策なんて見当もつかない。こいつに頼るしかないのだが……。 「俺はひょっとしてとんでもなく間違ってるんじゃないだろうか?」 漠然と、そんな疑問がわき上がるのだった。 ・ ・ ・ 「はい、男子ご苦労様ーっ」 衣装の量は思ったほどではなく、幸い二往復しただけで運搬は終わった。 もとい、二往復もした。 俺は岡名先輩のねぎらいの言葉を聞きながら、息を切らせて部室の壁を背にへたり込んでいた。 「はあっ、はあっ、だらしないぞ雅弘君……」 「お前に言われたくない」 俺は床に寝ころぶ橘を見下ろしながら言った。 だらしないことこの上なかった。まあ、俺の方も傍から見れば五十歩百歩なのかもしれないが。 「お疲れさま」 声に顔を上げると、缶ジュースを差し出す光音がいた。 受け取った缶ジュースはよく冷えていた。 「サンキュ。……整理の方はどうだ?」 「うん、順調」 参加者は、もともと女子の方が人数が多かった。そのうえ運ばれた衣装は片っ端から女子が調べていたので、運搬より整理の方が作業が早かったようだ。最後に運ばれた荷物も、もう整理が終わりそうだった。 周りを見ると、女子の中にも作業を終え休憩を取っている者が見られた。 みんな手に持っているのは、一様に同じ缶ジュース。光音の手にあるものも俺と同じものだった。どうやらまとめ買いして安くあげたらしい。なかなかしっかりしている。 「部長、整理終わりましたーっ」 最後まで作業していた女子の言葉が響く。 その言葉に……岡名部長は腕組み。 「確かに整理は終わったわ……状態のいい衣装と悪い衣装の区別もついた。でもそれだけで良いのかしら……?」 「あの……部長?」 「本当に舞台で使えるかどうか……それは、衣装の状態だけで決まるものかしら? そんなことだけで本当に舞台でどう使えばいいのかが見えるものかしら……?」 「どうしたんですか部長?」 「やっぱり実際に着てみないと本当の”衣装の状態”というものは見えてこないんじゃないかしらっ!? ねえ、みんなもそう思わないっ!?」 そう言いながら、芝居がかった動きで部室中を見回す岡名部長。 岡名部長の声は大きいので会話は全部聞こえていたが、突然話題の中へ引っ張り込まれて動揺する一同。 「とゆーわけでみんな着てみてくれないっ!? ジュースぐらいおごるからっ!」 ドカッ! 岡名部長は、片手で缶ジュースの詰まっているはずの段ボールを持ち上げ、目の前においた。 その重く響く音に、誰もなにも言えなくなった。 「お願いっ!」 みんな疲れているはずだったが、のろのろと立ち上がった。座ったままのものは一人もいない。岡名部長の大きなよく通る声と演出たっぷりの身振り、そしてなにより段ボールの重量感が誰にも逆らう気を起こさせなかったのだ。 みなが動き出すさなか、かすかに「うわまた始まったよ部長」という声が聞こえたような気がした。どうも、いつものことらしい。なんだか、なあ……。 ・ ・ ・ 「何でこんな衣装があるんだ……?」 俺が身につけたのは西洋の鎧。籠手に脚絆まである全身鎧だ。材質は布やら発泡スチロールを加工したものやらと少々安っぽいものの、なかなかにしっかりした造りだった。よくこんなものが何年も残っていたものである。大した重さではないが、暑いことこの上なかった。 「おお、ちゃんと剣まである」 腰から引き抜いた長剣は、幅広の刀身を持つバスタードソード。木製だが造りはしっかりしており、ちょっと構えてみてもバランスは悪くない。かなりの業物だ。偽物だが。 「ゲコゲコ、雅弘君っ!」 ズバッ! 俺は突然現れた緑の塊に容赦も躊躇もない全力の一撃をたたき込んでいた。 「おお、この木刀折れてない。丈夫だ。よくできてる」 「いきなりなにをするんだい雅弘君……」 よろよろと起きあがるのは、カエルの着ぐるみを着込んだ橘だった。 何で作られているのか、表面にヌラリと質感を持ったその着ぐるみは不必要にリアルだった。 「そんなもんがあったのか……」 「ゲコゲコ、よくできてるよ」 言うと、橘は頭の上に着いているカエルの瞳をぎょろぎょろと動かした。そんなギミックまであるのか。本当にムダに凝っている。 「そんな着ぐるみなんの劇に使うって言うんだよ?」 「ゲコゲコ、おやゆび姫じゃないかな」 「……いきなりそんなまともな答えを返されても……。って言うかそんなリアルな着ぐるみはちっともメルヘンじゃない」 「ゲコゲコ。そんなことないさ。メルヘンでファンタジーさ」 言いつつ橘は、まるで本物のような文字通りのカエル跳びで立ち去っていった。そのさまには夢も希望も感じられなかった。あのまま車にひかれてペッタンコなったほうが自然な気さえする。 「本当にこれがサイレント・フェスティバルに関係あるのかよ」 ため息混じりに呟く。 部室の中はみな衣装を着込み、一種異様な光景になっていた。 着流しを着込んだ素浪人。リベットを大量に打ち込んだ革ジャンを着込んだパンク。うちの学校のものじゃないセーラー服を着た少女。民族衣装っぽい服に身を包んだインド人。袈裟に数珠を装備したお坊さん。やたら筋肉を強調した派手派手なデザインのアメコミ調ヒーロー。 何でもアリというか。こんな衣装をため込んでどうするつもりだったのかじっくり話を聞きたくなるような有様だった。 そんな中に一人。異彩を放つ存在がいた。 周り全てがキワものの衣装に身を包んだ「偽物」ばかりのなか、唯一人本物の空気を纏っていたのだ。 黒のワンピース。スカートは足首まで届きそうなフル・スカートだ。華美な光沢はない、地味な黒。しかし本来、純粋な黒というものはそれだけで輝きに似たインパクトを持つものだ。 その前面を覆うのは、白のエプロンドレス。縁はフリルで飾られているものの、それが過度にならず控えめな華やかさを演出している。 頭にはやはりフリルのカチューシャ。肩まで計ったように切りそろえられた黒髪の上につけられたカチューシャは、黒髪の上浮き上がるように輝いている。 ワンピースからのぞく手も、そして、黒髪に飾られた顔も雪のように白い。 黒と白。それだけの色彩は、しかしどちらも否定せず、どちらもを引き立て合っている。どちらも、輝くかのように鮮烈な印象だ。しかしそれは決して派手なものではなく、押さえられた上品さがあった。 精巧に作られたような完璧さ。清楚で可憐、純粋で無垢。そんな表現が似合う白と黒のコントラストは……。 「メイドさんか……」 それも、まるで絵に描いたような完璧なメイドだった。前に橘に写真で見せられたコスプレメイドと違い、妙なアレンジでもかけてられていないどちらかと言えば地味な服だった。しかしそれがかえって本物の凄みみたいなものを感じさせる。 「お屋敷で働いているメイドさんですよ」と紹介されれば「本物のメイドさんって初めて見ました」と、素直に返してしまいそうなくらい完璧なメイドだった。 そのメイドはゆっくりとした余裕のある動きで左右を見回していた。 ふと、目があった。すると、メイドはスカートを軽く持ち上げて走りはじめた。そんなに速くはない。しかし、真っ直ぐと俺の方に向かって来るのに少々ドキリとするものを感じる。 当然だが、メイドに知り合いはいない。 当たり前だが、メイドに向かって来られるこれと言った理由もない。 なんだろうなと思っていると、そのメイドが思ったより背が低いことに気がついた。その計ったように切りそろえられた黒髪も、なんだか泣きそうな瞳も見覚えがあるような気がした。見覚えと言うか、よく知っている。 「雅弘っ……」 泣きそうな声は、間違いない。光音だった。 「光音、なのか……?」 わかっていても思わず訪ねてしまう俺に、光音はいつものようにコクンと頷いた。 別人に見えるというわけでもない。 ただ、光音はメイド服がよく似合っていた。と言うより、はまりすぎている。 普段は低すぎるように思える背は、メイド服におさまってかわいい印象にしか捉えられない。 いつもは小さすぎるとしか言えない胸も、慎ましさを増しているように思える。 何を考えているかわかりにくい表情に乏しい顔も、まるでフランス人形のような整った美しさを助長させているように感じられた。 なんと言えばいいのだろうか。例えば、強すぎる光は「光」ではなく「眩しい」と表現する。あまりに強調されて特徴は、そのもの自体の名称すらどうでも良くしてしまうのだ。それと同じように、今の光音は「光音」ではなく「メイドさん」なのである。 ……考えていて、自分でもよくわからなくなってきた。 「よ、よく似合ってるじゃないか……」 「そ、そんな」 俺のとりあえず口にした言葉に、光音は頬を赤らめ俯いてしまう。 いつもと同じ動作だ。しかし、俺の鼓動はなぜかは早まった。 心地よいような、でもどこか息苦しいような空気。 光音は顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。 その瞳の真剣さに、俺は何も言えなくなる。 微かに濡れた唇が動き、言葉を紡ごうとして……。 「はい、それじゃあ写真撮影に入りまーすっ!」 部室中に届く岡名部長の声に、光音の言葉は遮られてしまった。 二人して、その音の源、岡名部長の方に向く。 「ぶ、部長っ。写真なんか撮るんですか?」 突然の岡名部長の宣言に、部員の一人とおぼしきナース服の女の子が抗議の声を上げる。……ってアレも衣装なのか? 「全部覚えられるわけじゃないんだから資料として写真とっとかなきゃ駄目でしょ? それにこれは後輩に受け継がれるのよ。記録を残さないでどうするの?」 光音はそのやりとりに圧されるように後ずさり、俺にすがりついてきた。 「どうした、光音?」 「や、やだ。写真なんて……」 「ま、まあ別に良いだろう? さっきも言ったがよく似合ってるぞ」 「で、でも」 「ん?」 「は……」 「は?」 「恥ずかしいのっ……!」 そこで、ようやく俺は光音が泣きそうな顔をしている理由がわかった。 こいつ、メイド服という格好が恥ずかしいのだ。こんなに似合っているというのに。 初めに見たときの「ゆっくりとした余裕のある動きで左右を見回していた」のも何のことはない。とても恥ずかしくてだから不安で、知ってる人間を捜して見回していただけなのだ。 「助けて……」 遂に光音は助けを求めてきた。 そこまでイヤなのか? 仕方ない、どうにかしてやるか。このままほっておくと、またおかずがピンチになりかねない。こっそり抜けだしでもするか。鎧姿の騎士がメイドをエスコートするというのも変な状況ではあるが。 「だいじょ……」 「ゲコゲコ」 俺の言葉をカエルの着ぐるみが遮る。 抗議しようとする俺より早く、橘の言葉が続く。 「雅弘は”ご主人様”と言ってお願いしないと助けてくれないぞ、ゲコゲコ」 「こら橘! 横から何わけのわからないこと言ってやがるっ……」 と、腕をくいっと引かれる。 目を向けた先には光音が。メイド服に身を包み、目を潤ませて俺を見上げる光音がいた。震えている。それに合わせてカチューシャとエプロンドレスのフリルがフルフル震えているのがなんとも悩ましい。 言おうと思っていたいくつかの言葉が消えて、残った言葉は繋げても意味を為さず、それで俺は何も言えなくなってしまった。 「ご……」 「ご?」 「ご……主人様」 言った。言いやがった。光音のやつ本当に言ってしまった。いくら何でも橘の言う事なんて信じるか、普通?こいつは自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。それともそこまで追いつめられているのだろうか。 なんにしても、よほど混乱しているらしい。 しかし……。 今度は俺の方が混乱してきた。 光音Withメイド服がご主人様。ご主人様っ!? 「ご主人様……お……お願い……」 「!!」 「お願い……ご主人様……もう、許して……」 一瞬、意識が真っ白になった。 「はっ!?」 見下ろすと、目を潤ませたメイド服の光音。 やばい。いろいろとやばいっ……!! 何がヤバイって黒のワンピースと白のエプロンドレスとカチューシャのフリルがヤバイっ! 潤んだ瞳と唇と黒髪も致命的にヤバイっ! やばいときは、とにかくあがく。あがくしかない。 俺はっ……! 「お前なにご主人様とか言ってるんだよバーカッ!!」 気づくと、光音の事を指さしてバカ呼ばわりしていた。 ざわめいていた周囲に沈黙が降りる。 俺は、それで状況が自分のものになったと確信した。なんだかどこかおかしいような気配が濃厚だったが、この状況を打破できる蜘蛛の糸にすがることに決めた。 そのまま、さらに言い募る。 「誰が助けるかバーカッ! お前なんて一生メイド服着てろっ!! バーカバーカッ!!」 ひとしきり言い切って、荒く息を吐く。 静寂。なんかどうしようもない静寂に包まれる。 しかし、それはほどなくして破られた。 「あんた小学生か……」 呆れたようなギャラリーの声、ひとつ。 それで、ようやく我に返る。 俺はいったい何をやってるんだ……。 指さされてバカと言われた光音は驚いたように大きく目を見開いていた。 それは珍しく、俺にしかわからない微妙な表情ではなく、誰にでもはっきりとわかる驚きの表情だった。 沈黙。 そして、ややあって、 「ふえ……」 その一声を残し、光音は俯いてしまった。 しゃくりあげるように震えている。 ぽたぽたと落ちる雫から、泣いていることがわかる。 「……ちょ、ちょっと待て光音っ……!」 な、泣くほどのことなのか? 俺は慌てて光音の方に駆け寄ろうとし、 「あーっ、泣かせたあっ!」 「光音ちゃんかわいそう」 「ゲコゲコ、ひどいご主人様だーっ!」 「そうだよ、ご主人様あんまりですぅっ!」 非難の声に、思わず足を止める。 って言うか……。 「ご主人様とか言うのやめろーっ!!」 「ああ、ご主人様が怒ったーっ!」 「ゲコゲコ、ご主人様ご乱心〜」 「ああ、ご主人様かんにんしてーっ!」 「だからやめんかーっ!」 キレて追いかけ回す俺に、逃げ回る王女様にパンクに修行僧にカエル。 異常な状況の中で異様な盛り上がりの追いかけっこになった。 ひとしきり追いかけて、ふと、我に返ると……光音はその場から消えていた。 |
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