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「……ったく朝から大変だったよ」 昼休み。 俺は橘に朝の出来事について愚痴っていた。 今日も光音は一緒に昼食を取るつもりだったようだが、辞退した。 けして「光音と一緒にいると清水先輩の追撃を受ける可能性が高くなる」という理由からではない。人通りの少ない校舎裏でこうして男二人で昼食を取っているのも、別にそんな理由ではないのである。 「まあ、見させてもらったよ」 「……どこで見てやがった?」 こいつは朝の教室にはいなかった。ようやくハトやら猫やらを追い出して落ち着いたところで、後ろの席を見ると橘は座っていた。 確かにその場にはいなかった。しかし、確かにそれは見ていなかった理由にはならない。 橘は俺の問いの答えず、ニヤリと笑った。 その頬にはなぜか止血テープが貼られていたりする。 「そーいやお前、そのほっぺたの傷どうしたんだ?」 「ああ……開催通知が来てね」 「へ? なんでそれで怪我するんだ?」 開催通知。言うまでもなく、サイレント・フェスティバルのものだろう。 だが、ドアに挟まれたラブレター風の手紙で怪我などはあり得ない。あるとすれば……。 「ひょっとして痴話喧嘩か?」 「何を言ってるんだ、君は……?」 呆れたように言う橘。 こいつが言うと、妙にむかつく。 「僕の所には矢文で来てね」 「矢文?」 「矢に手紙をくくりつけて、弓で射るあの矢文だ」 「なんでそんなもんで……」 「わかってないな」 チッチッ、と人差し指を左右に振る橘。 「これは”祭り”だぞ? これぐらいの演出は当然というものだ」 「なにが当然だっ!?」 そんなつまらないことで傷ついた者がいるのだ。 いや、俺は別に傷ついてはいないが。傷ついてなんかっ……! 「それで、雅弘君」 「ん?」 「誰にする?」 橘の真剣な目。 誰にするという問いは考えるまでもない。 ――サイレント・フェスティバルで誰を優勝させるべく行動するか? その問いだ。 「開催までおそらくそれほど時間はない。僕の見立てでは二週間以内……そろそろ活動を始めなければ間に合わなくなる」 「そう言われてもな……」 最も優勝に近い清水先輩。 最も意外性のあるコツの守屋。 最も女性票を得られそうな旨美。 最も利益は高いが難易度も高い光音。 迷うところである。 「……だがな。実のところ、誰を選んでも優勝はねらえると思うんだよ。……君がいれば、ね」 「どういうことだ?」 「君は自分の才能に気づいていないようだね……」 「だからなんのことだ?」 「よし。じゃあ順を追って話そう。君は昨日サイレント・フェスティバルHPは見たかい?」 「……ああ、見た」 サイレント・フェスティバルHP。 開催通知に記されていた、暫定ランキングまで用意された凝りまくりのホームページだ。 「投票できるのは知ってるね?」 「ああ。ああいうシステムがあるんなら別に本投票なんか必要ないんじゃないか?」 「何を言ってるんだ。あんなのは全然駄目だよ」 「なにがだ?」 「いいかい? あの投票は一回ログインするたびに三票しか投票できない。逆に言えば……ログインする手間を厭わなければ何回でも投票が可能なのだよ」 「!」 「だからあのホームページの順位は本当に参考程度にしかならない。……まあ、もともとそのためにつくられているのだから当然だけどね。アカウントが学生番号だから制限をかけようとすればいくらでも出来るんだろうけど、それはサイレント・フェスティバルのやり方じゃない」 「サイレント・フェスティバルのやり方?」 「去年は失敗の終わったからわからないけど……投票の集計と発表だけは派手にやるそうだよ。その辺がこの”祭り”の”華”らしい」 妙な進行のミスコンではあるが、やはり名前の通り”祭り”ではあるらしい。 なにか違うような気がするが、それでも”祭り”としてのこだわり――譲れないところはあるらしい。 しかし……。 「去年は失敗に終わったのか?」 「まあ、あの清水先輩の台頭した年だからね。やむを得ないさ」 そこで、橘は一息つく。 清水先輩を頭としてから風紀委員は”強くなった”と聞いていた。やはり、すごかったようだ。 「……話を戻そう。Web上でのランキングは今言ったように、あくまでも傾向を見るだけのものだ。だが、やりようによってはそれ以上の意味を持たせることも出来る」 「意味?」 「例えば……ある女の子が急に票を伸ばしたら君はどうする?」 「まあどんな子かって顔ぐらいは見たくなるかもな」 「そうだろう」 橘はうんうんと頷いた。 「世の中のどんなものでもそうだが……良いものは評価される。しかし、人の目に触れないものはどんなに優れていても評価されることはない。まず見てもらわなければなにも始まらないのだ」 「………」 「あのランキングではそうした傾向を見ることが出来るし、今言ったようにやりようによっては自分から流れを作ることも出来る」 「ほお……」 俺は感心して声を上げる。 いつもはなにも考えていないような橘だが、こうして本気になるとなかなかに頭が回るようになる。……おかげで暴走すると非常にやっかいなことになったりするのだが。 「だが、ネットでの効果というのはたかが知れている。この”祭り”はあくまで学生が行うものだ。僕たちがネットを見る時間は限られている。やはり一番長い時間を過ごす学校で、実物に注目を集めさせる方が重要だ」 「まあ、道理だな」 「そこで、君の才能が重要になる」 「へ? 俺?」 「そう、君だ。君は……わかりやすく一言で言うなら、トラブルメーカーだ」 橘は俺を真っ直ぐに指さして言い切った。 「……お、お前っ! よりにもよってなんでお前にそんなこと言われなくちゃならないんだっ!?」 「川波光音はつい一昨日までクラスの人間以外にはほとんど知られていない地味な生徒だった」 「!」 「だが、昨日から少しずつ注目を浴びるようになった。まあついこの間までまで誰かとつき合ってる気配など皆無の女の子が、幼なじみとは言え男と一緒に登下校。昼食までいっしょとあってはウワサの端にのぼっても不思議ではあるまい」 「ううっ……」 「そして今朝の一件……人の集まる時間に起きた、極めて印象の強い出来事だった。まして清水沙織という有名人を巻き込んでの大活劇だ。掲示板でも盛り上がっているぞ」 そう言いつつ橘の取り出したのは携帯電話。その液晶画面には文字がびっしりと……おそらく、サイレント・フェスティバルHPの携帯電話用掲示板なのだろう。 ちらりと見た中には光音の名前がいくつかあった。 「川波光音は地味だが元々のポテンシャルは高い。早くもランキングは上り調子だ」 「でもそれだけで……」 「面旨美も、一番生徒が集中する登校時間に派手なアクションを見せて注目度が高まっている。守屋なつみも昨日の廊下での一件にクレープ屋でのヤケになったかのような大食いが目撃されてやはり注目株だ。今朝の教室での騒ぎも大きく影響を与えている」 橘の言葉に、俺はなにも言えなくなる。だってそれは全て……。 「全て、雅弘君……君が関わっていることだろう?」 そうなのだ。全て俺が関わっていることだった。 愕然とする俺に、橘の言葉は続く。 「だから僕は君をパートナーと選び、あの四人を候補者としてあげた。全て優勝者となりうるからだ。……君さえいれば」 「そ、そんな……俺は今まで普通に平和に学園生活を送って来ただけで……」 「君にとっての普通が他の人にとっても普通であるとは限らないよ」 「ぐ、ぐう……」 「その上で……君は、誰を選ぶ?」 「………」 「清水沙織、守屋なつみ、面旨美、川波光音……誰を選んでも優勝はねらえると思う。だが、それにはやはり君の意志が伴わなくてはならない。だから、君に決断して欲しい」 橘は、真っ直ぐに俺を見つめ、再び問いかけた。 「君は、誰を選ぶ?」 そして、俺は……。 「光音……」 「ほう?」 「川波光音……光音を優勝させる」 俺は、なぜか自分の幼なじみの名前を挙げていたのだった。 |
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