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一日目
(10)
帰り道



「あ」

 守屋と一緒に校門まできたとき。
 一声あげて俺達を見上げたのは、
 
「光音……」

 俺はどこか微妙に驚いた顔をしている幼なじみの名を呼んだ。
 表情の変化が少な目な光音が驚いているかどうか知るポイントは、目だ。
 微妙に大きくなる。

「どうした、誰かと待ちあわせか?」

 俺が聞くと、光音は顔を伏せ、そして上目遣いに俺のことを見た。
 なんだか俺のことを睨んでいるように見える。と言うより、そうとしか見えなかった。
 
「あ、え〜と川波さんだっけ? こんにちは」

 守屋が、いつもの笑顔で光音に話しかける。

「あ、あの……」
「今日は高坂くんとクレープ屋に行くんだよ。川波さんも、どう?」

 対して、光音はゆっくりと首を左右に振り、

「わたしは、いい」

 と、短く答え、そのまま歩き出してしまった。校内ではなく、校外へ。帰り道の方だ。
 
「誰か待ってたんじゃないのか……?」
「きっと、いろいろあるんだよっ。それより高坂くん、はやくいこっ」
「さっきから何を慌ててるんだ? クレープ屋は逃げないだろ」
「逃げないけど、人気があるところだから混むよ。結構待たされちゃうかも。でもでもそうしたら、一緒に話す時間が増えるかな? それはそれでいいかも……」

 一人で何か喋っている守屋。
 俺は、光音の立ち去って行く方を見ていた。
 ただでさえ小さい後ろ姿は、なぜかいつもより小さく見えた。

「悪い、守屋」
「え?」
「俺にはどうも、先約があったらしい。すまんが今日は行けない」
「ええ〜?」

 不満げな声を上げる守屋。
 まあ、当然だろう。
 
「すまないな」
「どうしてもダメなの?」
「ん、まあ」
「クレープより大事?」
「そりゃまあ、な」
「ボクより大事?」
「なんだそれは」

 へんなことを聞いてくる守屋だった。
 守屋は、ため息を吐くと肩をすくめた。

「まあ、別にいいよ。今日はひとりでゆっくり味わってくることにするよ」
「ほんと、すまないな。また機会があったら誘ってくれ」
「イヤ」

 そう言って、守屋はチロッと舌を出した。

「え? 怒ってるのか?」
「冗談だよっ」

 と、いつもの笑顔に戻る。
 そして、守屋はクルリと背を向けた。
 
「今度いっしょに行くときは、クレープのおいしい食べ方のコツを教えるよっ」
「そうか。それは楽しみだ」
「うん。それじゃ、また……ね」

 手をひらひらと振ると、守屋はそのまま商店街の方角へ駆けていった。
 
「さて、と……」
 
 ため息一つ。
 俺は家への帰り道……光音の方へと向かった。
 小走りで行くと、すぐに追いつく。光音は歩幅が狭いし、そもそもゆっくりと歩くのでそんなに距離は開いていなかった。
 俺は光音の横まで来ると、ポン、と光音の頭の上に手を置いた。
 
「あ」

 短く声を上げ、俺の方を見上げる光音。
 
「よう」

 声をかけながら、光音の頭をくしゃくしゃとなでる。
 
「や、やめてよ」

 歩を早め、俺の手を逃れる光音。
 
「乱れる」

 そう言って、乱れた髪を手でなでつける。
 光音のサラサラな髪は、それだけで元の整然とした流れへと戻った。
 
「相変わらず触り心地良いな、お前のあたま」

 光音の頭は手におさまるサイズだし、高さも手を置くのにちょうど良い。
 何より、光音のサラサラの髪は上等な絹のように手触りが良かった。
 久しぶりの感触だった。
 昔はよくやったものだが、中学に入った頃から髪が乱れるのがいやなのかあまり触らせてくれなくなった。それでもたまにはやっていたのだが、高校になってからは全然だった。
 
「クレープ」
「ん?」
「食べに行ったんじゃなかったの?」

 俺のことを見上げ、どこか拗ねるように光音は問いかけてきた。
 
「……先約があることを思い出した」
「先約?」
「これから買い出しに行くんだろう?」

 俺がそう言うと、光音はまた驚いた顔をした。……といっても目をちょっと見開いただけなのだが。
 
「どうしてわかったの?」
「まあ、少し考えれば、な」

 父さんの単身赴任が急に決まったせいか、母さんも整理するところまで手が回らず冷蔵庫には雑多に在庫があった。
 しかし、今日のきっちりした朝食にバラエティ豊かなお弁当。別に全てうちの冷蔵庫の品からつくったわけでもないのだろうが、どちらにせよもう備蓄は尽きているはずだった。
 思えばこいつは朝から食費の紙袋をわざわざ持っていた。わざわざ俺に見せるためでもないだろう。そんな演出に凝るやつでもない。「今日使うため」と考えるのが一番自然だ。
 ……もっとも、そんなことに気がついたのは光音があからさまに俺を校門で待っていたからで、そこまで考えが及んだのはやはり俺が光音に食費を握られていることを気にしているせいだろう。
 だが、なにより。

「まあ、お前とはつきあい長いしな。なんとなくわかるもんだ」
「そう」

 光音は、また顔を伏せてしまう。
 本当に顔を伏せるのが多いヤツだ。
 こいつが顔を伏せてしまうと、黒髪に顔のほとんどが隠れてしまう。

「でも……」
「ん?」
「なんで買い出しに一緒に行ってくれるの?」

 行くのが当たり前……俺はなんの疑問もなくそう考えていた。
 考えてみればなんでだろう? 橘おごり確定の、守屋とのクレープを蹴ってまでなんでこいつの買い出しにつき合おうと思ったのだろうか?
 ……って、別に深く考える事じゃない。
 俺の食費で買う物を見届けるのは当たり前だ。それに嫌いなものを食べ物を大量に買われても困るので、その意味でもついて行かなくてはならない。他には……。
 
「お前みたいに小さい女の子にあんまり重たい物を持たせるのは道徳的に問題があるだろう」

 ピタリ。
 顔を伏せたままの光音の歩みが止まった。
 
「ほら、なんか児童虐待とか近所で噂が立つとなにかと大変じゃないか。なんだかんだで世間体は大事だろう?」

 光音はようやく顔を上げ……というか、真っ向から俺の方を見て口を開いた。
 
「おかず五割減」
「なに?」
「そしておみそ汁はなめこ汁」
「お前、俺がなめこあんまり好きじゃないのを知った上で言っているのか?」
「好き嫌いはよくない」

 言いつつ、光音はすたすたと歩き出す。いつもより速い。
 俺はあわてて追いかける。
 
「それにしてもおかず五割減は多すぎだろう」
「じゃあ七割減」
「増やしてどうする?」
「なら85パーセントカット」
「単位変えても同じだろうっ! って言うか増やすのはいい加減やめてくれっ」
「面倒くさいからいっそおかず抜きに」
「するなあっ!!」

 そんな馬鹿な話をしながら、俺達は家路につくのだった。

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