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一日目
(9)
放課後・教室



「では、今日の授業はこれで終わり」
 
 終了の声と共に、待ちに待った授業終了のチャイムが鳴る。
 けだるい午後。しかしどこか妙な熱気があった午後の授業。クラスの男子の大半が「サイレント・フェスティバル」の開催に興奮し、クラスの女子の大半がそれをいぶかしく思う。
 午後は、そんな微妙な空気だった。
 
「では雅弘君。また明日」

 声に振り返ると、すっかり帰り支度を整えた橘がいた。
 
「おい、いいのか? このあと”打ち合わせ”とかしなくていいのか?」

 こいつのことだから、きっと今日あたりは作戦会議かなにかをするつもりだと思っていたのだが。
 
「ふむ。とにかく”ターゲット”を定めないことには動きようがない。本格的に動くのは明日以降になるだろう。それに……」

 橘は俺を意味ありげに見つめ、
 
「僕はそんなに野暮じゃないよ」

 そんなよくわからないセリフを残し、橘は立ち去った。
 首を傾げつつ鞄を手に立ち上がると
 
「高坂くんっ!」
「おおっ!?」

 いきなり横手から来た声に振り向くと、小さな二本の三つ編みを揺らす元気な笑顔があった。
 至近距離だった。
 近くから聞こえた声と予想より近くにあった笑顔に二重に驚かされた。
 
「も、守屋?」
「えへ、驚いたみたいだね」
「そりゃまあな……」

 俺の肯定の言葉に、守屋はふふーんと得意げに笑うと人差し指をぴっと立て、
 
「声をかけるにもコツがあるんだよっ!」

 と晴れ晴れと言った。なんだか、多用されると困る迷惑なコツに思えた。
 
「ところで高坂くん」
「ん?」
「お昼……どうしてたの? いつもは学食なのに」

 学食の席争いは熾烈だ。
 でも守屋はいつも数人分の席を確保していた。席の確保の仕方にも”コツ”があるらしい。
 友達の多い守屋は確保した席でわいわいやっていて、俺もその恩恵にあずかることが多かった。
 ここのところほとんど毎日世話になっていたりする。

「席とって待ってたんだよ?」

 責める口調ではないが、やや不満げな顔で守屋が聞いてくる。

「ああ、今日は中庭で……」
「中庭?」

 答えようとして、言葉に詰まる。
 今の俺は幼なじみに食料を握られているという非常に情けない状況である。それをクラスメイトの守屋に話すのは若干の抵抗があった。
 
「……気分を変えて、中庭でランチ」
「天気良かったもんね」

 うんうんと、腕を組んで守屋は頷いた。

「じゃ、パン買うの大変だったでしょ?」

 パンを買うのは学食の席取り以上に熾烈だ。
 
「いや、弁当だったから大丈夫」
「お弁当?」

 いぶかしげな守屋の声。
 なんだか今日は突っ込みが厳しい。このままいくと、せっかく話すのを避けていた俺の情けない現状まで話が行き着いてしまう。
 
「まあ、天気が良かったからな」
「まあ、天気良かったもんね」

 うんうんと、腕を組んで守屋は頷いた。
 どうやらごまかせたらしい。
 と、安心していると守屋はじっと俺の顔を覗き込んでいた。
 
「ん? どうした守屋」
「……ううん。なんでもない」

 いつもの笑顔ではなく、どこか真剣な表情が一瞬守屋の顔をかすめる。
 
「じゃ、さ。高坂君」
「え?」

 一転して明るい笑顔で問いかけてくる守屋に、俺はすこし戸惑う。

「今日……暇?」
「え、ああ」
 
 先ほどまで考えていた橘との作戦会議がなくなったせいで、確かに暇といえば暇だった。
 帰宅部である俺は、これから家に帰る以外にこれといってやることはなかった。
 
「おいしいクレープ屋さん見つけたんだけど、いっしょに行ってみない?」
「クレープ屋か……」
「お昼いっしょにできなかったから、どうかなー、とか」

 クスリ、と微笑む守屋。どこか、いたずらっぽい笑みだった。
 
 甘いものは嫌いではない。というよりむしろ好きな部類に入る。
 そしてクレープ。
 うまいクレープ屋というのは大抵女子高生向けな派手な店舗だ。そしてそんなところに男一人でで並ぶのは少々気恥ずかしいものがある。男二人だろうと三人だろうと同様だ。女の子の行列の中、野郎だけで並ぶのはかなりむなしい……というか自分の生き方に疑問を感じてしまう。
 なんか気にしすぎな気もするがそれはそれ。高校生は多感なお年頃なのである。
 とにかく、女の子とクレープ屋に行くという機会は貴重だった。……むしろ、その現状を気にすべきなのかもしれないが。
 
 しかし、光音に食を握られている今は、いつもこういうことに使っている小遣いが妙に大事なものに思えてくる。実際ムダづかいは自分の首を絞めることになりかねない。
 だが。だがしかし。
 ここで行かないと言うのは光音に敗北していることにならないか?
 現状が不利であることに代わりはないが、だからといってそれに負けてしまって良いのだろうか?
 
「あ、あの……高坂くん?」
 
 それに思えば、守屋も橘があげた候補の一人だ。候補を絞る意味でも守屋のことを知っておくのはいいかもしれない。
 いや、むしろ……知る必要がある。
 もともと橘が立ち上げた話である。ヤツには協力する義務と責任がある。
 いわば守屋と一緒にクレープを食いに行くのは大切な仕事っ! となればクレープ代は必要経費っ! ヤツにおごらせてやるっ! 最低でも割り勘っ!!

「ご、ごめんね。冗談冗談。困らせるつもりは……」
「守屋っ……!」
「はっ……はいっ?」
「行こうかっ!」

 俺は力強く自信を持って言った。
 対する守屋は、
 
「え」

 と行ってまず驚き、
 
「ええ、本当にいいの!?」

 両手を頬に当て、飛び上がって言う。
 相変わらずのオーバーリアクションだ。

「なんだよ、自分から誘っておいて」
「ご、ごめんごめん」

 とりつくろうような笑顔で言う守屋。
 そして、くるりと背を向け、
 
「わ、わあ。言ってみるもんだなあ……」

 なぜか両拳をぐっと握り、小声でそんなことを言っている。
 ……守屋はいったいどうしてしまったのだろうか。
 とにかく声でもかけてみようかと考えていると、守屋はクルリと振り向いて、

「じゃ、さっそく行こ……」 
「守屋さん、今日は廊下掃除の当番だよ」

 通りすがりの生徒の無遠慮な声に、守屋の動きがピタリと止まる。

「あ、あは……今日はそうだったんだ……」
「じゃあ仕方ないな。しばらく待つから……」

 俺の言葉が終わるより早く。
 守屋は動き出した。
 一瞬にして教室隅のロッカーに到達、その半分ぐらいの時間でモップとホウキを抱えて廊下に飛び出していた。
 一瞬の停滞もない動き。そして、すごい速さだった。そのスピードに目が追いつかなかった者達は、乱暴かつ高速に閉められたロッカーの音に不思議そうに目を向けていた。
 近くにいた女子は、守屋の巻き起こした風に乱れた髪を整えていた。いぶかしげにキョロキョロと見回していることからして、やはり守屋が通り過ぎたことには気づいてないらしい。
 あの速度なら、無理もないように思えた。
 
「えーと……」

 リアクションに困る。とにかく、待つことに変わりはないようだ。まずは自分の席に腰を下ろしてみる。
 暇つぶしになにをあっただろうかと、机の中を見る。しかし、教科書が雑多に詰め込まれているだけだった。

「……橘の机でもあさってみるか」

 あいつは時折「だれも予想だにしないもの」を自分の机の中においていたりする。
 暇つぶしにはいいかもしれない。後ろの席を探るべく腰を上げたところで
 
「お待たせっ!」
「おああっ!?」

 背後からの声に驚き、俺は思わず声を上げていた。
 振り返ると、荒く息を吐く守屋が立っていた。
 よほど急いでいるのか、汗までかいている。なんだかその汗が輝いて見えた。
 
「も、守屋? なんだ、忘れ物か?」
「おまたせだよ、高坂くん」

 会話がかみ合わず、首を傾げる。
 
「さあ、行こうよ」

 そういって守屋に手を引かれる。
 その勢いに負け、いっしょに教室の外へと出た。
 
 廊下に出ると、まずまぶしさに目をやられた。
 廊下の床は、鏡のように磨き込まれていた。
 少なくとも昼休みまでは普通の廊下だったはずなのに、まるで今日おろし立てのようにぴかぴかだった。しかもぴかぴかになってるのはうちの教室の前だけだったので、なかなかにシュールな光景だった。
 
「……守屋」
「なぁに、高坂くんっ?」
「あの短い時間にいったいなにが起きたんだ……?」
「えっとね……」

 守屋は人差し指をピッと立てると、
 
「お掃除にもコツがあるんだよっ」

 そう、いつものようにためらいなく言い切るのだった。
 ……これは、コツの一言で片づけてしまっていい現象なのだろうか? すこぶる疑問だった。

「さ、早く行こう高坂君」
「ちょっと待て鞄が教室に置きっぱなし……」
「はい」

 そう言って差し出す守屋の手の中には、俺の鞄があった。
 逆の手には自分の鞄をしっかり持っている。
 
「いつの間に……」
「コツだよっ!」

 そう言って、俺の手を引っ張りぐいぐいと進む
 もはや理屈は通用しないようだったので、俺は素直に手を引かれるままについていくのだった。

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