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一日目
(5)
教室



 
「やれやれやっと着いたな……」
 
 教室に着くなり俺は思わずため息をついた。
 いつも遅刻ぎりぎりで教室に入ってくるのはいつもと同じだったが、今日はなにかとあわただしかった。
 旨美とは1年生の教室のある2階でわかれ、クラスの違う光音とは先程廊下で別れた。思えば、あの二人と走り回るのも久しぶりだ。小学校のころはよくつるんで遊んだものだが。
 そんなことを思いながら、席に着く。本鈴まであと一分もない。うちの担任はいつも律儀に時間どおりに来る。もう座っていないとまずい。
 席に着き、教室を見まわすと、橘はいないようだった。やはり清水先輩につかまったのだろうか?
 視線をめぐらせていると、一人の女の子と目が合った。その女の子はこちらに気づくと席から立ち上がり、
 
「あれ? 高坂君! おはよーっ!」

 そう言って俺の席まで駆けてきた。
 クラスメイトの守屋 なつみ(もりや なつみ)。
 ショートヘアーに、左右からチョコン、と伸びる二本の細い三つ編み。そして、明るい笑顔が特徴のクラスメイトだ。
 
「おはよう、守屋」
「なんか朝からすごかったねっ。旨美ちゃん大丈夫だった?」
「あいつは頑丈だから大丈夫だ。それよか、あんなことやって遅刻したらつまらないよなあ」

 旨美とああしたやり取りをするのは珍しくないが、朝からというのはめったにない。
 俺はいつもは遅刻ぎりぎりで来るので、余裕を持って登校してくる旨美と会うことがないのだ。
 せっかく早く来てもあんなことで遅刻させられるのではたまったものではない。
 俺が憮然としていると、守屋は困ったように笑みを浮かべる。
 
「それより守屋。早く席に着かないとホームルームはじまっちまうぞ?」
「大丈夫だよ」

 守屋は自信たっぷりに言った。
 
「なんでだ?」
「だって今日は岩崎先生、遅れてくるんだよ」
「へ? どうしてそんなこと知ってるんだ?」
「それはねぇ……」

 守屋は、人差し指をピッと立てると、
 
「コツがあるんだよっ!」

 ウインクしながら得意げに言った。
 同時に、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴り響く。
 
 ”コツ”。
 
 守屋お得意の決めゼリフだ。
 守屋はなにかとこの”コツ”という言葉を使いたがる。そして、たいていはその”コツ"でもってうまく問題をこなしてしまうのだ。
 いつも本鈴が鳴ると同時に開く教室の扉は、鐘が鳴り終えても動く気配はない。先生が遅れてくるというのは本当らしい。
 
 それにしても今回の”コツ”って何なんだろう。
 
 「先生が遅れてくることを知るコツ」だろうか?
 それとも「先生を遅らせるコツ」でもあるのだろうか?
 どちらにしても利用価値が高い。特に後者。それがあれば朝ゆっくりできるかもしれない。朝の惰眠を自由に貪れるのだ。すばらしい。

「なに考え込んでるの?」
「おおっ!?」

 気がつくと、守屋の顔がそれこそ触れるくらい近くにあった。
 至近距離から大きな瞳に見つめられ、動悸が高まる。
 守屋は人に対して物怖じしないところがある。人なつっこいと言うかなんというか。
 それはどちらかといえば長所なのだろうが、こんな風に驚かされることもしばしばだ。 

「ねえねえ、何考えてたの?」
「なんでもないよ」

 考えていたことが考えていたことだけに、少し後ろめたい。
 俺は興味なさげに手を振りながら応えた。

「ウソウソ。え〜と、ちょっと待ってね」

 人差し指を額に当て、う〜んと考え始めた。
 考えること数秒。
 ぱっと先ほどまで額に当てていた指を俺に向けると、
 
「わかったよ!」
「ほう」
「実は……」

 もったいぶって、意味ありげに人差し指を揺らしながら
 
「ボクのこと考えてたでしょっ?」

 そう、はにかみながら言った。

「へえ、よくわかったな」

 ”コツ”イコール”守屋”なので、その指摘は正しかった。
 俺は素直に感嘆の声を上げた。
 すると、守屋はバタバタと手を振りながら後ずさり、
 
「え? え? ほんとなの?」
「なんだよ、言い当ててたのは守屋じゃないか」
「う、うん。そうなんだけどぉ……」

 なんだかよくわからないが、守屋はバタバタと手を上下に振っている。
 オーバーリアクションな守屋が慌てたときなんかにする仕草だ。以前弁当箱を落としたときにやって被害を拡大させたこともある。……そのときも”コツ”でなんとかしたが。

「なんだよ? あてずっぽうだったのか?」

 放っておくとアッパーor打ち下ろしが近くの誰かに炸裂しかねないので声をかける。
 すると守屋は手をバタバタさせるのを止め、今度は口元に指をあて、

「ち、違うよ。そうじゃなくてねっ。そういうことじゃなくてねっ。えーとね……」

 しばしう〜んと考える。
 そして、人差し指をぴっと立てると、

「コツがあるんだよっ!」

 まるで宣言するように言いきった。
 あまりに気持ち良く言いきったので「どーゆーコツだ?」と突っ込むことタイミングを失ってしまう。
 守屋は、照れ隠しのようにぺロッと舌を出し、そのまま自分の席へと戻ってしまった。
 その仕草にわけもなくドキッとしてしまう。

「青春だな」
「なにがだ」

 後ろから話し掛けてきた橘に突っ込む。こんな要注意人物が自分の後ろの座席に座っているという現実にうんざりとする。
 だいたいいつの間にこいつは教室に入っていたのだろうか? 俺が入ってきたときにはいなかったはずだが。

「青春というのは青い春のことだ」
「青い春ってなんだよ?」
「青春のことさ……」

 さわやかにつぶやく。橘は顔だけはいいので、こう言う風に語ると非常にはまって見える。なにか含蓄がありそうな感じだ。実は意味なんてまるでないことを思わず忘れてしまいそうになるほどに。
 とりあえずつっこうもうとすると、岩崎先生がようやく教室に入ってきて、口をつぐまざるをえなかった。
 ちなみに、先生が遅れたのは交通事故でバスが遅れたせいだとのことだった。

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