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一日目
(4)
校庭



「みつね先輩ーっ! おはよーっ!!」

 校舎へと進む俺と光音に、無駄に元気のいい声がかかる。
 振り向くと、こちらへと全力で駆けてくる少女の姿があった。

「おはよう旨美ちゃん……」

 光音の挨拶を圧するような勢いで、小柄な少女が迫る。

「そして雅弘ーっ!!」

 少女は俺の方にまっすぐに向かいながら俺の名前(敬称略)を呼ぶ。

「とりあえず砕け散れーっ!!」

 叫びと共に、少女は走る勢いすべてを拳にのせて突っ込んでくる。
 速い。
 が、声をかけた上に予備動作バリバリの大振りな一撃である。軌道もタイミングもまるわかりのそれを、俺はわずかに身を引いてかわす。その際、右足を残すことは忘れない。
 旨美はものすごい勢いのまま通り過ぎた。そして俺の右足に引っかかり、もの凄く転んでもの凄く派手に転がった。校舎の脇の木にものすごい音を立てぶつかり、もの凄く止まった。
 俺はすっころんでひっくり返った少女にかけより、言葉をかけてやる。

「よお、旨美。相変わらずバカだなあ」
「お前は朝からこんなことしといて言うことはそれかっ!?」
「朝から殴りかかってくるお前がそういうこと言うかなあ……」

 このやたらと勢いのいいのは、面 旨美(おもて むねみ)。
 ガキの頃からのケンカ友達で、いつも俺に挑みかかっては簡単にいなされて終わる進歩のないヤツだ。ノリが小学生の頃と変わらない。光音同様胸の進歩も止まっている、全体的に将来性に欠けたヤツだ。

「俺のことはちゃんと『高坂先輩』と呼べ」
「やなこった」

 答えると、ふっとたちあがる。その動作には僅かな停滞もない。あれだけ派手に転んでまるでダメージが見られなかった。
 こういう頑丈なヤツだから、俺も安心してああいうことが出来るのだ。
 こんなことは日常茶飯時だから、周りをあるく生徒もこれといって足を止めることはない。たまに、「お、やってるなあ」と言う感じで見ていくぐらいである。
 旨美の頑丈さは公認のものなので、俺がこういうことするのも公認なのだ。

「なんかお前ひどいこと考えてなかったか」
「……別に」

 旨美は、つり目がちな瞳で俺の事を睨む。
 こいつはまあわりと顔がいい部類に入る。ややつり上がった、猫のような大きな瞳。すっきりした鼻梁、引き締まった薄い唇。全体的にやや子供っぽい造作ながらも、美形と呼んで差し支えない整った顔立ちだ。ただそれは「きれい、かわいい」の類ではなく「かっこいい、凛々しい」と言った感じだ。
 そのためか、こいつは男子より女子に人気があったりする。男勝り、というよりは小学生のがきんちょのような言葉遣いも、その傾向に拍車をかけていた。
 ちなみに、そのことについて本人に自覚はまったくない。いいことなのか悪いことなのか。微妙なところである。
 まあ、見てる分には楽しいのでそんなことはどうでもいいのだが。

「なんかさらにねじ曲がったひどいことを考えてなかったか?」
「……別に」

 制服をはたいて土埃を落としながら、旨美は呟く。
 なんであんな大味な攻撃ばかりして俺に軽くいなされるようなヤツが、こんな役に立たないところで妙に勘が鋭いのだろうか?
 とりとめのない疑問に頭を悩ませていると、袖をクイクイと引かれ中断される。

「遅刻する」

 光音だった。

「あ、そうか。こんなバカに構って遅刻していては仕方ないな」
「さっきから黙って聞いてりゃひとのことバカバカ言いやがって……!
 バカって言う方がバカなんだぞっ!」
 
 旨美がくってかかってくる。
 
「そんな理屈を持ち出す方がよほどバカっぽいと思う」
 
 俺が呆れて肩をすくめると、

「なんだとっ!?」

 と、旨美は予想通りのリアクションを返してくる。
 俺はそのままもうちょっとからかってみることにする。
 
「いま俺の中でお前のバカランクがまたひとつ上がった。おめでとう」
「!?」
「これでお前はバカ御前だ」

 俺の言葉に、旨美の勢いが一時止まる。
 
「……なんだそりゃ?」
「バカプリンス、バカキング、バカゴッド……お前のバカの進行が著しいからそろそろネタ切れ気味でな」
「………」
「すまない。お前のバカさ加減に俺の発想がついていかないんだ……許してくれ」
「………」

 静かに、ゆっくりと、旨美の右手が拳を形作る。
 そして、

「殴ーる!」

 と拳を振り上げ力強く宣言した。
 あ、怒った。怒ったなあ、さすがに。
 まあいい。また転ばそう。こんどはうまく校門のほうに誘導して校外へと放り出してやろう……。
 と、考える俺の袖がまたクイクイと引かれる。
 
「予鈴」

 光音の声と同時に、ホームルーム開始5分前を告げる鐘の音が響く。
 
「うわやっぱりバカの相手はあんまりするもんじゃないなあ」
「畜生、覚えてろよっ!」
「早く来たのに……」

 三人は、あわてて校舎へと駆け込むのだった。


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