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一日目
(3)
校門前


「おはようございまーすっ!!」

 校門に近づくと、張りのある元気のいい声が聞こえた。
 制服の上にたすきを掛けた女の子が校門の前で登校する生徒に声をかけている。

「あれは……風紀委員のチェックか。今朝も頑張ってるな」
「では僕は退散するよ」
「へ?」

 声に振り向くと、誰もいない。
 足音がまるでしなかったのでついてきてるかどうかすらよくわからなかったが……。
 いたのか、橘。
 そして消えたのか、橘。
 あいかわらず謎の多いヤツだった。

「おはよー、みっちゃん〜!」

 前に向き直ると、光音が風紀委員の女の子に抱きしめられていた。
 しかも頭を盛んになでられている。

「相変わらず綺麗な髪ね、みっちゃんは〜」

 困ったように俺の方を見上げる光音。その視線に、風紀委員の女の子も気づいたようにこちらに目を向ける。

「あら、今日は男の子と同伴? 風紀委員としてはみっちゃんの不純異性交遊は見逃せないな〜」
「そんなんじゃないですよ」

 俺は素っ気なく答えた。
 遅ればせながら気がついたのだ。
 目の前の女の子が、風紀委員長の清水先輩であることに。

 清水 沙織(しみず さおり)

 この高校の風紀委員長だ。学園の華――今時こんな言葉を使う人間はいないが、もしこの言葉に当てはまる人間がいるとするなら清水先輩をおいて他にはいないだろう。
 朝日を受けて宝石のように輝くのは腰まで伸びる長い黒髪。すっきりした鼻梁に大きな黒瞳に形のいい唇。均整のとれたプロポーションはまさに超高校生級だ。逆な意味で超高校生級な光音と並ぶとその差は劇的と言って良い。
 容姿の完璧さと風紀委員という立場から近づきがたいものがあり、そのためか彼氏はいないらしい。
 しかし人気があることには代わりはなく、ファンクラブなんてものも存在するとのことだ。
 まあそのファンクラブにしても風紀委員である清水先輩に見つかるとまずいということで、どんどん根深く根強くなっており深刻化している……とは橘の弁。まあ、あいつのいうことだからどこまで本当かはわからない。あいつの言うことはたまに全部本当な場合もあるから、余計に質が悪い。

「俺はただの幼なじみなんですよ」

 落ち着いて答える。
 うちの学校は自由な校風が特徴である。

 しかし自由であるといこうとは、規制する自由も有しているということだ。

 屁理屈のようだが、なんでも10年近く前、こんなことを唱えた学生がいたそうだ、そこから生徒により自主的な風紀の取り締まりが始まる。あくまで自由な校風の元ラフな服装で行こうとする「自由派」と、自由だからこそ自ら規律を守るべきと主張する風紀委員。そのせめぎ合いがずっと続いている。
 特に清水先輩の代の風紀委員はとても「強い」。清水先輩は理不尽に難癖を付けるような人ではないと言うが、それでも変なことで疑われるのは嫌だった。

「へえ〜、みっちゃんの幼なじみねぇ……」

 俺の言葉に、清水先輩はじろじろと俺のことを見る。その目は悪意のあるものではなく、純粋な好奇心――それも、「面白そうなおもちゃを見る子供」のような目だった。

「う〜ん……髪型、服装、靴。どれも学生の規範から外れてないわね。難癖つけられないわ……」

 光音のあたまをなでながらなんだか恐いことを呟く清水先輩。
 なんだか困ったような顔の光音。
 どうしたものかと思っていると、つい、と清水先輩の視線が動く。それにつられ左を向く。
 
「こらそこー! 学生がピアスなんてつけてくるんじゃなーいっ!」

 俺の脇を通り過ぎようとした学生が呼び止められる。
 ちょっとすかした男子だ。
 確かにそいつは耳にピアスらしきものを付けている。と言ってもワンポイントの地味なものだ。清水先輩も光音をなでながらよく気づくものである。
 ちなみに、声をかけても未だ光音をなでる右手は止まっていないし、光音の体を押さえる左手の力もゆるんではいないようで、光音はやっぱり困った顔をしている。

 声をかけられた男子は、「え? おれ?」という感じで自分を指さしている。

「そう。あなた。校門に入る前にそれ外さないと……」

 清水先輩は、にっこりと笑った。
 見ている方がとろけてしまいそうな、魅力的な笑みだ。男なら誰でも目を離せないような、蠱惑的な笑み。
 清水先輩は、その笑顔のままで
 
「ちぎるわよ」

 とても、物騒なことを言った。
 目の奥にくらい炎が揺れている。脇から見ている俺はまだいいが、見つめられた男子生徒はまともに正面から見てしまっただろう。あの笑顔を前にしては、目をそらすことなどできなかったはずだ。
 その迫力に、男子生徒は慌ててピアスを外すと清水先輩に手渡す。
 清水先輩は、よし、とうなずきつつピアスを受け取り、そのまま腰の袋――なんか”風紀袋”とか書いてある――に入れた。男子生徒はそのままそそくさと校門をくぐる。

「さて、みっちゃんへの尋問開始〜」
 
 再び、清水先輩は光音へと興味を向けた。
 
「みっちゃんとこの男の子との関係は〜」
「……幼なじみ」

 なぜか俺の方を恨みがましく見上げつつ、素っ気なく答える光音。

「それは聞いたわ。それで、この男の子のことどう思ってるの?」
「……薄情」

 なぜか俺の方を恨みがましく見上げつつ、素っ気なく答える光音。

 ……これはひょっとしてそろそろ清水先輩から解放してくれ、とか思ってるのだろうか。
 俺が疑問符をうかべていると、光音の口が声を発さずに動く。
 俺にはそれが、こう読めた。
 
「お・か・ず」

 ……助けないと晩飯に致命的な影響が出てしまうらしい。
 妙な様子の光音を見つめる清水先輩に、俺は声をかける。
 
「それで、清水先輩」
「?」

 ふ、と顔を上げ俺の方を見る清水先輩。
 そのタイミングに合わせ、光音の手を引く。
 
「あ……」
「あら?」

 意外なほど簡単に、光音は清水先輩の手から離れた。
 人間、なにか次の行動に移ろうとするとき、それまでしていた事がおろそかになる瞬間がある。
 タイミングさえ合わせれば、このぐらいのことは簡単だ。

「俺達、そろそろ行きますんで」

 そのまま、清水先輩に追求の間を与えず光音の手を引いて校舎へと歩き出す。
 しばらく歩くとすぐに、
 
「もう、はなして……」

 と、光音の声。
 
「ああ」

 軽く答え、手を離す。
 
「お前清水先輩とけっこう仲良いんだな」
「そんなんじゃない……わたしは風紀的に正しい外見だからって……」

 確かに、光音の日本人形のような外見は模範的な学生に見える。
 校則違反もなにも、しそうにはみえない。事実、こいつはそんなことをするやつではない。
 
「好かれるのは嬉しいけど、ああいうのはちょっとこまる……だから、ありがと」

 俯き加減に、消え入りそうな声で光音はそう言った。
 俺は軽く手を振り応えた。
 
「おかず……ランクアップしてもいいかな……?」

 先を歩く俺の背に、そんな光音の呟きが聞こえたような気がした。
 

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