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| 「いてて……」 「ほら、早く行く」 痛む頭を押さえつつ、もう玄関の外で待つ光音の後を追う。 「お前いくらなんでもフライパンで殴るってのはやり過ぎだぞ」 「おたまの方が良かった?」 「それはそれでいやだ……」 さわやかな朝の空気。 天気予報の予測より梅雨は早くあがり、6月の末なのにからっとした気持ちのいい朝だった。 光音がだいぶ早く起こしてくれたこともあり、まだ登校には余裕のある時間だというのもすばらしい。 「こんなにゆっくりと登校できるなんて久しぶりだなあ……」 「高校に入ってから、いつももっと遅かったの?」 「まあな……」 高校に入学し、光音とは別のクラスになった。そのため何となく疎遠になり、一緒に登校しなくなってから早1年あまり。 思えば、こうして朝並んで歩くのもけっこう久しぶりだ。だが、違和感は感じない。 「変わらないなあ……」 俺は、感慨深く呟いた。 「変なとこ見ながら言わないで」 ムッとしたような光音の声。 なにやら自分の胸元を抑えている。別にこんな平らな胸に注目していたわけではないのだが、フォローしておかないとまずそうである。 「なんてーか、その」 「………」 光音のことをじっと見る。あまり成長の跡は見られない。 その綺麗に切りそろえられた髪も、低い身長も、抑えた胸元のなかのあるんだかないんだかよくわからない膨らみも変わりないように思えた。中学の頃からあんまり。それはもう全然。 「変わらない、なあ……」 俺はさらに感慨深く呟くのだった。 「二回繰り返さない」 言いつつ、歩みを早める光音。が、基本的に歩幅が狭いので大した速度は出ない。 こちらも少し歩調を上げれば、すぐに追いつく。 そもそも本気で怒ってるわけでもないようだった。と言うより、その足取りの軽さはなんとなく楽しげにさえ思えた。 「それにしても、よくこんな面倒なこと引き受けたな、お前」 「なにが?」 「俺の飯の管理。普通、こんなこと引き受けないだろう」 「泣いて頼まれたら断れない」 「な、泣いてっ……!? でもそんなに心配なら、父さん一人行かせれば良かったのに」 「おじさんの方がさらに心配だったんだって」 光音ははあっと、ため息を吐いた。うちの男はダメ人間ばかりなのか? 「とにかく、わたしが雅弘の食事はなんとかしてあげるから」 言うと、光音はポンと薄い胸を叩いた。 なんだか自分より年下に見える幼なじみにこんなことを言われると、どんどん惨めな気分になってくる。 「な、なに? わたしが作るんじゃそんなに不満なの?」 がっくりと肩を落とす俺に、光音が憮然として文句を言ってきた。 「そんなことはない。朝飯、うまかったよ」 「そ、そう?」 「そうだな。考えてみりゃ外食じゃ飽きちまいそうだし、俺じゃ途中で金が尽きそうだ。お前ならそんなことはないだろうし、毎日うまい手料理が食えるとなれば、文句なんて言えないよな」 「そ、そう?」 「ああ。これからもよろしく頼むな」 俺はニッコリ笑って光音の手を握った。 感謝の意は言葉だけではなく行動でも表す――コミュニケーションの基本である。 光音は握られる自分の手を不思議そうに見つめている。 と、いきなり振りほどいて先へと歩いて言ってしまった。 「おい?」 「べ、別に雅弘に頼まれなくたってつくるわよ。約束したんだもの」 「あ、ああ」 「だから、逆らわないことっ」 「へ?」 「最初はおかずの種類に影響が出ます」 「なに?」 「次に質。次に量。そして、最後には……」 「ちょ、ちょっと待てそれは……」 「やあ、おはよう」 俺の追求を遮る男の声。 振り向くと、そこに立っていたのは……。 「橘……」 「その通りだよ、雅弘君」 うんざりとつぶやく俺に、無駄にさわやかに答える橘。 橘 裕史(たちばな ひろし)。 長髪で長身、甘いマスクと外見的にまともかつレベルが高い。しかしその見た目とは裏腹、というか外見と引き替えというか。なんていうか色んな意味で人格と性格と行動が常識から外れたヤツだ。 「おや、今日は幼なじみ同伴で登校か」 「なんだよ? なんかめずらしいことかよ」 「いやねぇ……。主役の風格みたいなものを感じてね」 「なんだそれは」 「幸せそうだな、と思ったわけだ」 「おまえなんか変なこと考えてないか?」 「今度お祝いをしよう。赤飯とケーキ、どっちがいい?」 「……勘違いをそのまま進行させるつもりなら拳で沈黙させるぞ」 こいつはたまに叩かないと無限に暴走する。 ある日、街角でちょっと転んだ少女がいた。 べつにそれ自体はなんでもないことだったのだが、問題はこの橘がその場に居合わせたことだ。橘はこともあろうに「何もないところで転んでおめでとう! 天然ボケ祭り」などというよくわからないものを開催したのだ。どうやったのか、町内会を動かして町全体で。 なにがどーやって祭りになったのか、誰の記憶にも残っていない謎の祭りだ。参加者は詳細は思い出せず、ただ一様に「なんか……なんかすごかったよ……!」と感想を漏らす。失われた町の記憶というヤツだ。 とにかく、こいつを野放しにするとろくな事にはならない。 俺が悲劇(いや、喜劇か?)を繰り返さないために拳に力を込めていると、 「早く……遅刻する」 既に前に歩き始めた光音の声。振り返るその顔は、わずかに赤く染まっている。 ……なにも真っ赤になるほど怒ることもないと思うのだが。 「今のでメインディッシュの品目が変わりました」 「うわまてこらなんでだーっ!」 俺は慌てて先を行く幼なじみを追いかけるのだった。 |
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