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当たり前にあること

日常にあるつまらないこと

それは、いつまでもあるように思えて、
なくなるなんて想像もつかない


かけがえのないものだなんて思わない


だから、それがなくなってしまっても

それが当たり前であったことにも気づかないまま
ただ、なくなったと思うだけ
それがかけがえのないものであるとさえ
気がつかない

前に進むときは、そんなものに目を向ける暇なんてない


でも、それは大切なもの


だから、気づくのだ


立ち止まり、振り返ったとき


懐かしいものとして

その、当たり前のことを

それがもう、手に入らないことを




サイレント・フェスティバル


一日目
(1)


川波 光音



 
 ピピピピピピ

 やかましい目覚ましを、寝惚けながら止める。
 朝。けだるく心地よい眠気をもうすこし楽しもうと、枕に顔を押しつける。
 一日で一番幸せな時間……。

 どがががががんっ!

「どあああああっ!?」

 やかましい音にあわてて飛び起きる。
 見慣れた勉強机。床のカーペットの上に散らばった雑誌や着替え。
 そこに、一人の女の子が立っていた。
 まるで計ったかのように綺麗に肩の上にかする長さで切りそろえられた黒髪。
 大きな瞳。ふっくらした頬。そのわりにやや感情にかける、人形のように綺麗に整った顔立ち。
 小学生と見間違えそうな幼児体型、低身長。
 学校指定のセーラー服に、白いエプロンを身につけたその少女は……。

「光音?」

 俺は幼なじみ―川波 光音(かわなみ みつね)の名を呟いた。

「おはよう」

 表情を変えず、やや冷めた目で光音は答える。

「な、なんでお前がここにいるんだよっ!?」
「おばさんに頼まれた」

 その言葉に、俺は記憶を掘り起こす。
 つい二週間前。親父の急な転勤が決まった。
 俺がもう高校生で学校を移るのが面倒だったこと、親父の転勤が短期になりそうだったこと……そして、新築間もない念願のマイホームを手放すわけには行かないとの理由から、俺一人が家に残されたのだった。
 昨夜は、ようやく自由になったと夜更かしして一人暮らしを満喫したのだが……。

「雅弘ひとりだと、夜更かしして起きれないだろうからって、頼まれた」

 うあ、読まれてますよ。
 って言うかあっさり一人暮らしを許されたのはこういうことだったのか?

「早く起きて」
「待て。その前に二つ聞きたいことがある」
「何?」
「まず今の音……”それ”で出したのか?」

 言いつつ、光音の手に持つフライパンとおたまに目をやった。
 問われると、光音は不思議そうにその二つに目をやり、

「そうだけど」

 そう、アッサリと言った。

「うそだろ? あんな音がそんなもんで出せるかよ」

 今の音はフライパンなんかで出せる音量ではなかった。
 第一あんな連続した音は一人の人間の手で出せるものかどうかも疑問だった。

「料理、得意だから」

 スチャ。
 光音は、お玉を上段に、フライパンを下段に構えた。
 なかなかさまになっている。が、料理の腕とは全く関係なさそうだった。
 俺が呆れて見ていると、恥ずかしくなったのかやや頬を赤らめる。

「早くして」

 言いつつ、こちらの答えも待たずに背を向ける。
 
「冷めるから」

 その一言を残し、部屋を出ていった。

「やれやれ」

 もう一つ確かめようと思っていたことは、聞けなかった。
 だが、別に確かめるまでもないことだった。

『なんでエプロンなんかつけてるのか』

 どうやら、あいつは俺を起こすだけではなく、朝飯まで作ってくれたらしい。





「はい」

 光音の差し出すお茶碗を受け取る。
 湯気を立てるごはんの香りに食欲がそそられる。

 川波 光音。

 こいつとは、もう幼稚園にはいる前からのつきあいだった。
 家が近所という理由でなにかと一緒にいることが多かった。腐れ縁というか何というか、幼稚園も小学校も中学も一緒。なにかと一緒になることが多かった。
 
 でも、そんなに長くいるのに、なんだかよくわからないヤツだった。

 どちらかと言えば無口で、しかも無表情。なにを考えているのかよくわからない。だが、一緒にいると何となく落ち着く……そんなヤツだった。
 だが、高校に上がってからはクラスが別になったこともあり徐々に距離が開いていった。
 それがいきなり差し向かいで朝食。すこし戸惑うものがある。

「食べないの?」

 考え事にぼんやりとしていると、光音が小首を傾げ聞いてきた。

「実は体質的な理由から朝から米を食することを禁じられているんだ」
「えっ!?」

 驚き、わずかに目を見開く。
 あまり表情を変えない光音だが、よく見ると意外に表情が豊かだ。もっとも、こいつをよく知ってる人間じゃないと気づかない微妙なものではあるが。

「冗談だ」

 軽く言うと、むっとした目で見上げてくる。こういう目線は何となく久しぶりに感じる。光音は単純だから、昔はよくからかったものである。だが、無表情なせいでどこまで怒っているかわからず、早めにフォローしないと根に持ったりすることもあるのでさじ加減は気をつけねばならかったりもする。

「……信じるほうがどうかしてると思うが」

 俺の指摘に光音は『はあ』とため息を吐く。

「はやく、食べる」
「はいはい」

 メニューはごはんにみそ汁、焼き魚に漬け物、ほうれん草のお浸し。見た感じ、缶詰やコンビニの惣菜ではなく、全て手作りのようだ。
 とりあえず、みそ汁を一口。

「どう?」

 不安そうな光音の声。

「まあ、うまいが」

 ちゃんとカツオからだしをとった、うまいみそ汁だった。

「そう、良かった」

 光音はホッと息を吐いた。
 そこで、根本的な問題を思い出す。

「ところで」
「なに?」
「なんでお前は朝飯なんか作ってるんだ?」
「さっき言った」
「さっき?」

 記憶を探る。
 とりあえずあのやかましいフライパンの音(?)を思い出す。と言うかあの印象しかない。それほど強烈な音だった。
 こいつは本当にこんなちっちゃな手であんなでっかい音を出したのだろうか?
 じっと見つめてみる。
 
「な、なに?」
「いやちっちゃい手だな、と。本当に高校生なのか、お前?」
「……そんなこと言ってるとごはんつくってあげない」
「いやすまん……ってそうだ。なんでお前はわざわざ朝飯作ってくれてるんだ?」
「おばさんに頼まれた」
「へ? あれは朝起こせって事だけじゃ…」

 言うと、光音は俺の目の前に飾り気のない茶封筒を突きだした。

「なんだそれ?」
「食費」
「食費……あっ! そーいや生活費が妙に少な目だった。後から振り込まれるものとばっかりおもってたが……!」
「雅弘にまかせとくておくと、絶対に栄養の偏った食事になるからって……。
 わたしが食の全権を任されたの」

 なにぃっ!?
 ガス・光熱費や水道代は母さんの方で払うと言っていた。食費は後からと思っていたが、まさかそんなことになっているとはっ……!

「じゃあ買い食いはっ!?」
「わたしは認めないから…どうしてもって言うなら自腹で」
「夜食が食いたくなったらっ!?」
「わたしは夕食作ったら帰るから…どうしてもって言うなら自腹で」
「俺の……俺の自由はっ!?」
「……自腹?」

 なんだかよくわからない光音のひとこと。
 しかし、俺はそれに打ちのめされてしまった。
 俺ってそんなに親から信頼されてなかったのか。ショックだ……。

「さあ、早く食べないと遅刻するわ」

 冷たい言葉を放つ光音。恨みがましく見上げると、光音の持つ封筒が目に入る。
 自由は……目の前にあるっ!!

「よこせっ!」

 俺が手を伸ばすと、光音は胸元に封筒をしまってしまった。

「くっ……」
「とれるものならとってみなさい」

 俺は慌てず床にはいつくばる。
 光音はそんな俺を不思議そうに見下ろした。

「? 何やってるの?」
「お前みたいに胸の平らなヤツの胸に入れたものなら、重力に引かれて落ちるのが必定っ! 落ちたところをかっさらうっ!」

 その一言に、光音はブルブルと震えた。よし、ナイスだ。これでより早く落ちてくるはずだ。
 しかし、落ちてきたのはフライパンで、しかも落下地点は俺の頭だった。


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