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らんにんぐ もーにんぐ


 朝。
 通学路。
 目の前を、見慣れた電柱が。見慣れたブロック塀が。見慣れたポストが。
 みんなみんな、あっという間に通り過ぎていく。
 わたしは駆けていた。とても速く走っていた。
 でも、まだ足りない。もっともっと急がないと、遅刻だ。
 高校入学以来、「高校では皆勤賞を取る」という一大目標を立てていて、二年となった今もそれは続いている。今さらそれをやめるわけにはいかない。
 ……昨日の夜、きりが悪くて夜更かししたのがいけなかった。でも、過ぎたことを気にしても仕方ない。急ごう。

 風に、スカートがはためく。
 なびくセーラー服のスカーフが、少しうっとおしい。
 でも、そんなことは気にしていられない。
 とにかく、走る。

 そんなとき、ふと気づく。
 少し、前。
 見通しの悪い十字路。
 その左手から、何とも言えない気配がした。
 よくわからないけど、わたしに何かしようとしている。
 漠然と、そんな気がした。
 だからわたしは注意する。

 そして、十字路にさしかかると案の定、左から人が出てきた。
 突然飛び出し、わたしのいた場所になにかを突きだした。

 だが、わたしはもうそこにいない。

 多分、相手からはわたしの姿はほとんど見えなかっただろう。
 相手が見るのは、多分わたしの靴の裏だけ。
 それも、一瞬。


 わたしのジャンピングドロップキックは、ほぼ水平に相手の顔面に炸裂していた。


 ゴムマリのように吹っ飛ぶ襲撃者。
 自分でもその威力にビックリ。皆勤賞の情熱に燃えるダッシュの力って、けっこうすごい。
 そのまま、襲撃者は十字路の片隅のゴミ捨て場に突入。そのまま埋まった。
 どんなやつか確かめたかったけど、時間がなかったし、何よりか弱い女の子であるわたしは心細かった。だからそのままほっといて、走り抜けた。
 目指すは、皆勤賞っ!



 学校が近づくと、わたしはスピードを緩めた。歩幅を小さく急いて、テンポも緩やかに、しずしずと歩く。乱れた呼吸も、歩調に会わせるように少しずつ整える。
 わたしはおとなしい女の子だ。だから、学校ではみんなにそのことをすこし気遣われている。
 みんなに心配をかけたくない。
 だから、なんとしても皆勤賞は逃したくなかったのだ。



「赤沢君、どうしたの?」

 一時間目の後の休み時間、わたしは赤沢君に声をかけた。
 赤沢君。
 きさくな男の子で、内気なわたしにもよく話しかけてくれる。
 少し頼りない感じの、でも一緒にいるとホッとする。
 そんな、人。
 いつも授業が始まるよりずっと早く学校に来ている彼が、今日は珍しく遅刻していた。
 それが、気になって声をかけてのだ。

「いや、それは……」

 そして、わたしの顔をじっと見る。
 じっと。
 彼の顔は、赤くなっていた。
 そのことに気づくと、なんだか恥ずかしくなってきた。
 
 心臓が、跳ねる。
 
 胸の中でそんな動きがあるわけがないのだけど、そうとしか思えないくらいドキドキしていた。
 きっと、今わたしの顔は真っ赤だ。
 走ってきて髪が乱れてないかだとか、リップクリームを塗った唇が地味な感じが好きそうに派手に見えてないかだとか、余計なことばかり頭の中をぐるぐるとまわる。

「……朝、さ」
「え、何?」

 わたしは、笑顔で答える。彼と話していると、自然と浮かんでしまう笑顔。たぶん、わたしの一番の表情。

「………いや、なんでもない」

 そう言うと、彼はそのまま教室を出ていってしまった。
 どうしたのかな。
 そう言えば、朝教室に入ってきたとき、鼻にティッシュを詰めてような……。
 Yシャツも少し汚れていた。
 大丈夫かな。ちょっと、心配。



 次の朝。
 わたしはやっぱり走っていた。
 速く、速く。
 本当はこんなギリギリに来たくはない。早く行けば、まだ誰も来ない教室で、いつも早く登校している赤沢君と話せるかも知れないのに。
 夜更かししてしまった自分が、少し腹立たしい。
 でも、まだ完成しないのだから仕方ない。
 とにかく、今は。

 走る。

 そしてまた、昨日の十字路。
 やっぱり嫌な気配がした。
 十字路にさしかかると、思った通り誰かが現れた。
 うちの学校の制服だ。男子生徒らしい。
 ”らしい”、というのは、顔が見えなかったからだ。
 目の前の襲撃者は、顔を両手でブロックして、腰を落とした姿勢だった。
 ドロップキック対策らしい。

『敵前で視界を確保できない愚か者は逝ってよし』

 小学生の頃よく遊んでくれた、近所のゲンさんの言葉が不意に思い起こされる。
 だから、わたしは。
 走るのではなく、踏み込んだ。
 重く、深く。
 踏み出す足は、精一杯強く。
 身体すべての動きを、身体すべての重さを、ただ一点。
 拳に、のせて。
 踏み込む。

 体重を乗せた一撃は、あっけないほど襲撃者の体を吹き飛ばしていた。
 襲撃者はそのままブロック塀に激突。そのまますぐ下に積み上げてあったゴミ袋の群の中に埋まった。
 わたしはそれを後目にすぐに走りだ……さなかった。
 腕を通して伝わった打撃の実感と、耳を通して聴いた衝撃の音が……それらがあまりにも強くて、わたしは戦慄していたのだ。

 ………死んじゃったらどうしよう………?

 それはそれとして遅刻したら困るので、わたしはやっぱり走りはじめた。



「赤沢君、どうしたの?」

 お昼休み。
 今朝も遅刻した赤沢君にわたしは声をかけた。
 でも、遅刻のことを聞きたかったのではない。
 お弁当を前にして、なんだか難しい顔をしているのが気になったのだ。

「いや、なんだか食欲がなくって……」

 そういう赤沢君の顔は、なんだか苦しそうだった。

「大丈夫? 保険の先生に言って、お薬もらってこようか?」
「いや、いいよ……大丈夫……」

 そう言って、微笑む。
 でも、やっぱり苦しそうだ。
 わたしに心配をかけまいとしているんだ。
 そんな赤沢君のことを、わたしはやっぱり………



 そして翌日の朝。
 また走っているわたし。
 でも、今日で最後だ。
 夜更かしする理由がもうなくなったのだから。
 そのことを思うと、自然と足が軽くなる。
 もっと、速く走れそうな気になる。
 だから、あの十字路につくのもあっという間だった。
 でも。
 その十字路では今日も、あの気配があった。
 とても切実な、わたしに向けられる気配。
 そして、十字路にさしかかる。

『先手で必滅』

 ゲンさんの言葉が記憶の縁から呼び起こされる。
 わたしは、襲撃者が来るより速く行動に移っていた。
 襲撃者には、わたしの姿が見えなかっただろう。
 しゃがみ込み、足払いを放つわたしの姿は。

 左手の道から出てくる襲撃者に会わせるように、右の足払いをはなつ。
 反時計回りに弧を描く右足は、襲撃者の足でその最大速を迎える。
 そしてそのまま通り過ぎた。

「!」

 襲撃者は、跳んでかわしたのだ。
 心の中で、わたしは激しく動揺する。
 かよわくておとなしいわたしが、最初の一撃をかわされては負けてしまう。

『諦観なくして敗北なし』

 昔聞いたゲンさんの言葉がわたしを鼓舞する。
 わたしは、そのまま回り続ける。
 反時計回りの回転の中、左手を外に向けて突きだす。
 狙うは腹部。左の裏拳をたたき込むっ……!

 しかし、それすらもかわされる。
 襲撃者はただ跳んだだけではない。
 わたしの裏拳をぎりぎりでかわせるように、バックステップしていたのだ。
 でも、まだだ。
 右半身が前に出たところで、回転を止める。
 そして立ち上がりつつ、踏み込む。
 右の肩を前に突きだしながら、強く踏み出す。
 超至近距離での、全体重をかけたショルダータックルっ!
 着地直後の襲撃者にこれはかわせなかった。
 重い衝撃。
 確かにわたしの攻撃は命中した。
 しかし襲撃者は……それに耐えていた。
 わたしは、ショルダータックルをしたそのままに抱き留められていた。
 瞬間、いくつもの「手段」が頭をよぎる。
 ゲンさんから教わった、この距離で相手を仕留める方法は50を下らない。
 最適の技の組み合わせが頭の中で完成する。そしてっ……。

「好きだっ!」

 その一言が、わたしの頭の中をまっさらにしてしまった。
 本当に真っ白。
 なにも考えられない。
 だって、だってその声は、聞き間違えようもない……。

「赤沢……くん……?」

 自分が蹴って殴ってぶつかった相手が、クラスメイトで、それも………好きな人だったと言う事実。
 そして、その言葉の意味。
 わたしは、なにも考えられない。
 まっしろになった頭の中を、ただ心臓の鼓動がこだまする。
 その鼓動は、早鐘と言うよりドラムのような激しさでもって頭の中を反響した。

「二人っきりで会いたくて、でも学校ではなかなかそうもいかなくって………! だから朝会おう思って、ここで待っていて………」

 彼の言葉。
 耳に入らない。
 ただ、抱きしめられた腕が、少し痛くて。でも、だから力強く感じられて。
 抱きしめられていることが、暖かくて、嬉しくて。
 伝わってくる鼓動が、強くて。それがなんだかくすぐったくて。
 わたしは、だから、わけもわからず、ただ………。

 ただ、抱きしめ返していた。




「君って、強かったんだな」
「もう、違うわよっ」

 彼と一緒に、登校する。
 もう、完全に遅刻だ。
 でもその方がいいのかも知れない。
 わたしは手に持って花束の香りを、胸一杯に吸い込んだ。
 赤沢くんのくれた、花束。
 二日前の朝、わたしに向かって振ったのはこれだったのだ。
 学校に入る前に、これをどうにかしなくてはいけないなと、わたしは少し苦笑する。
 でも……嬉しい。

「でも、君はいつも走って来るのかい?」
「ううん。ちょっと夜更かししちゃったの」
「ふうん……?」

 そして、わたしは鞄の中から取り出す。
 夜更かしの原因。
 彼への想い編みこんだ、手編みのマフラーを………。




あとがき
 「食パンくわえて男の子と激突、そして恋に落ちる女の子」っていうのはありがちと言うかすでにそのままの形では見かけないパターンです。アレンジしてみたらどうなるかなーっ、と妄想をふくらませて書いてみたらこんな具合になりました。
 なんか暴力的な女の子ばっかり書いている気がします(^^;
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