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紅の隻眼

第九章



 老魔導師は脅えていた。
 昨日までの自信に満ちた、狂気にも似た喜びは影もなく、ただびっしりと汗をうかべ、目は落ち着かなく辺りを見回し、しかし一点に戻ってくる。
 その視線の先には、小さな机の上にのった水晶玉が一つ。
 その映し出すものは、ひとつの戦いだった。
 一方的な戦い。
 
 ”シェイカー”の暴走だった。

 あれから、”オリジナル”をその手で殺めた時から、”シェイカー”はラハムのコントロールを離れた。
 
 こんなことはありえない。
 自分の作ったものが、自分の手を離れるはずがない。

 老魔導師は、そんな言葉を繰り返した。
 しかし、”シェイカー”は老魔導師の指示をまるで受け付けない。
 そして この城に向かって歩みだしたのだ。
 自分の造り出した、おそらく最強の攻撃力を持つものが、自分の手を離れ自分に向かってくる……それは老魔導師に最大の恐怖を与えた。
 ラハムは、自分の”作品”を繰り出して迎撃した。
 恐怖に任せ無謀に投入した「魔導兵器」は、ことごとく”シェイカー”によって殲滅された。
 何より、”シェイカー”の能力が高い。
 強力な攻撃魔法を放つゴーレムは、その威力と引き替えに機動性を失う。
 しかし”シェイカー”は違った。”髪”を使い、森の木を利用した高速な移動は、ラハムの「魔導兵器」の攻撃をことごとくかわした。例えかわしきれなくても”震式”で防ぐ。
 ”震式”は、魔法陣の構成のみで完結している。つまり、その発動にはほとんど魔力を必要としない。そして発動してしまいさえすれば少量の魔力で強力な魔法を放つことができた。
 結果、無闇に数で押そうとも”シェイカー”を消耗させることすらできなかった。

 今、大半の遠距離専用魔導兵器を失ったラハムは、ただ”インフォーマー”の伝える”シェイカー”の進行に脅え、しかし目を離すことができずより恐怖を深めていった。
 ラハムは、逃げることはできない。
 自分の造り出した「魔導兵器」の暴走を停められなければ、身の破滅だ。
 そして俺もまだ逃げ出してはいない。なぜなら……。

「どうする、どうする、どうする?」
 ラハムの言葉。恐怖を紛らわすための、あえて口に出す意味のない言葉。しかし、それでごまかせるような恐怖ではない。
「ラハム」
「なんだっ!? 今、貴様の言葉を聞いている暇はないっ!」
「……俺がなんとかしてやろうか?」
 その言葉に、ラハムは目を見開き……そして次に、双眸を失望の色に染める。
 ラハムは、俺の力を知っている。故に、理解しているのだ。まともに戦っても俺ではどうしようもないことを。
「俺に考えがある」
「……貴様に、勝つ術があるというのか……?」
「ああ。ただし、いくつかあんたから借りるものがある。それに、いくつか条件もある……できるか?」
「もしアレを止めることができるのなら……」
 老魔導師の目にぎらつく。その瞳に宿るのは、希望か……あるいは、狂気か。
「何でもくれてやる」

 契約の、成立だ。



 森の中を歩む”シェイカー”。その歩みは、静かだが無駄がなく、速い。
 黒装束に漆黒の髪を引き連れ、陽光が陰り薄暗い森の中を歩む。
 その前に、3体のゴーレムが現れる。
 「高機動四式」。ラハムの作り上げた近接戦闘用試作ゴーレムの中で、もっとも完成度の高いものだ。
 三体は、それぞれ足下から爆音を響かせ圧縮空気を噴出、一斉に”シェイカー”へと突き進む。
 ”シェイカー”の髪が広がる。
 一体は髪に絡まれる。抵抗するまもなく一瞬にして髪の締め付けにその身を押しつぶされる。
 一体は突然目の前に現れた”震式”に激突した。”震式”は”高機動四式”の激突を起点に発動、生み出された雷撃は”四式”の身体の大半を消し炭に変えた。
 しかし、残る一体は仲間の犠牲により、前に出る。手から足から圧縮空気を噴出し軌道を変え、巧みに”シェイカー”に迫る。
 そして、その目前にまで至る。
 ”震式”を前に、拳を振りかぶった”シェイカー”の目前に。
 異音と共に現れた冷気は、”四式”を凍らせ、そして粉となるまで砕いていた。
 つかの間生まれた、氷の霧。
 木々から漏れる陽光を跳ね返しきらめく微細な氷の粒は、緩やかな風に乗り、そしてすぐに消えた。
 そして俺は、”シェイカー”と対峙していた。

「……よお」
 俺の呼びかけに、”シェイカー”は応えない。しかしすぐに攻撃に転じないところを見ると、少しは戸惑っているのかも知れない。「感覚糸」の包囲網を抜け、ここまで近づいてきたことに。
 俺の立てた作戦は、馬鹿馬鹿しいほど単純なものだった。
「ヤツを遠距離から仕留めるのは不可能だ。だから、近づいて近接戦闘を仕掛ける」
 ラハムの遠距離用ゴーレムですら歯の立たない相手だ。現状では他に手がないのも事実だ。しかし、近づいたからと言って有利になると言える相手でもない。こんな案にすがるとは、ラハムの恐怖は相当なものだったと伺える。
 だが、これしか手がなかった。
 魔法を使えず、剣に頼る俺にはこれしかない。
 なにより……。
「フィー……」
 呼びかける。目の前の少女は応えない。
 歌と踊りに憧れ、しかしその術を知らず、それでもそれを感じる心を持っていた少女。
 世界の果てに想いをはせた少女。
 名前すら与えられず、物語のお姫様の名前を選び、夢を見た少女……。
 俺は、この少女となら取り戻せるような気になっていた。かつて追いかけ、そしていつの間にか失ってしまった夢を、また見続けることができるのではないかと思っていた。
 しかしそれは失われてしまった。
 何の気構えもできず、別れすら言えないまま、突然に失われてしまった。
 自分の手の中にあった何かは、それが何であるか知る前に、それどころか手の中にあるかどうかすらわからないまま、唐突に失われてしまったのだ。

 取り戻したい。
 なくなってしまったものを、近くにあった時は気づかなかった、大切なものを、取り戻したい。

 金のためでも名誉のためでもなく、ただ俺はそのためだけに来たのだった。
 ひどく、愚かなことに。
 しかし、愚かでも何でも、諦めず求め続ける。それが、冒険者だったはずだ。俺はっ……!

「俺は、お前に会いたかったんだ……!」
 少女は応えない。ただ、緩やかにその髪を拡げる。
 それに応えるように、俺は剣を抜いた。ラハムから借り受けた、切断力と耐久力を魔力強化した諸刃の剣「セツ」だ。
 構える。
 そして俺は、ゆっくりと左目を閉じた。
 
 右目の視界が赤く染まる。
 「紅(くれない)」の発動だ。

 「紅」。老魔導師ラハムの開発した義眼。その能力は、空間内のあらゆる情報の取得と認識だ。
 赤く紅く染まる視界の中、すべての情報が視覚として俺の中に入ってくる。風のながれも、魔力の流れも。木の葉一つ、空気の流れ一つ、地面に巻きあがる土煙の粒一つ一つに至るまで、まるで手で触れるかのように確実に認識することができる。
 周りを取り巻く”シェイカー”の髪一本一本の動きもわかる。その中で「感覚糸」がどれでその探知範囲がどこまでかも、手に取るようにわかる。それが”シェイカー”の探知網をかわし、ここまでの接近を可能とした理由だ。
 しかし、その膨大な情報量は俺の認識力を越える。理解しきれないものはノイズとして視界を乱すため、必要な情報を得るべく意識を集中する必要があった。長時間使うことはできないだろう。
 ねらうは短期決戦。
 俺は一気に踏み込んだ。
 ラハムから借り受けた全身鎧「蒼身」は、金属鎧特有のやかましい音を立てない。魔力強化されたその鎧は、魔法に対する高い防御力を持ち、金属鎧にはありえないほどのスムーズな動作を可能とする。
 ”シェイカー”は、”震式”を編み上げ迎え撃つ。
 「紅」は、”震式”がいつ発動するかを明確に伝える。俺の攻撃の方が、速いっ!
 編みかけの”震式”を貫き、突きは”シェイカー”の頭頂部へと迫った。
 が、”髪”を使っての高速移動で”シェイカー”は後ろへと逃れる。
 同時に、「紅」の視界が、”髪”の動きの異変を伝えた。
 周囲に広がった”髪”が、いくつもの”震式”を生み出しているのだ。しかし、”シェイカー”本体は遠く離れている。震動を与えることはできないはずだった。
 しかし、”震式”は発動した。
 ”髪”で編み上げた”震式”の中心を、同じく”髪”の一房が打ったのだ。
 無数に現れる”火矢”。しかし俺はそのことごとくをかわしていた。
 見える。感じる。いつ魔法が放たれ、そしてどう飛来するか。どこまでが有効範囲で、どうかわすべきか……わずかながらノイズの走る視界の中、しかしすべてをはっきりと認識することができる。
 前へと駆け出す。
 左右には”シェイカー”の伸ばした髪。髪によって囲まれた道を進むように、”シェイカー”へと追いすがる。
 左右の髪から無数の魔法が放たれるが、そのことごとくをかわし、あるいは受ける。さすがに小型の”震式”であるだけに、並の魔法程度の威力だ。かわしきれずとも、「蒼身」の防御力でかろうじて受けることができる。
 ”シェイカー”本体は移動を重視し強力な呪文は発動しない。もしそんな隙を見せたら、追いついて今度こそ仕留めることができる。その確信がある。
 しかしこちらにも余裕があるわけではない。もし引き離されれ距離を置かれたら、もう勝ち目はないだろう。
 進む。
 しかし、無理な前進のため被弾が増える。
 無数に放たれる魔法により、徐々にダメージが蓄積していく。
 右肩の装甲は既に消滅した。
 左手の籠手は、先ほど氷の魔法を受けたときに砕け散った。
 他の装甲はまだ健在だが、だからといって無傷というわけではない。魔法の直撃を喰らえば、たとえ鎧の防御力が勝っていたとしてもその威力のすべてを止めることができるわけではない……衝撃は、肉体にダメージを残す。
 走り続ける中、身体のあちこちが悲鳴を上げる。限界は近い。
 籠手の砕け散った左手を”火矢”がかすめる。かすめた場所が炭化する。
 激痛。しかし、今止まるわけには行かない。駆け続ける。
 
 そしてついに、”シェイカー”の逃走も終わる。
 背後にはこの森一番の巨木がそびえている。回り込んで回避するしかない。そのタイムロスは致命的だ。
「いけるっ……!」
 ”シェイカー”に勝てるっ! なんとか止めることさえできれば、止めさえすればっ……!
 踏み込む。しかし、足下に妙な感触を感じた瞬間、体が重くなる。
「!?」
 足下を見やる。そこには”震式”が広がっていた。俺の足によって発動させられた”震式”が。
 体が重い。どうやら重力魔法を発動させたらしい。今までの牽制や、そもそも逃走したこと自体この為だったのか!?
 その性質上、”震式”による魔法の発動時間は短い。しかし、今はその短い時間すら致命的だった。
 ”シェイカー”は巨大な”震式”を編み上げ、両手で打つ。体重も勢いも、すべてを打撃力としたその一撃は、白い炎の鳥……”ハルバード”を蒸発させたあの不死鳥を生み出した。
 同時に、重力の呪縛が解ける。しかしもうかわせるタイミングではない。皮肉にも、「紅」の視界はその事実をひどく明確に俺に伝えてきた。
 圧倒的な速力で迫る白い不死鳥。
 ”ハルバード”を消し飛ばしたその威力は、「蒼身」ごときでは防ぐことなどできない。
 確実な、死だった。
 そして視界が白く染まった。



「あ?」
 一瞬、俺は何が起きたか理解できなかった。
 ただ、自分の今の態勢から剣を振り下ろしたと言うことだけわかった。
 あの白い炎の鳥は……。
 目の前にいた。
 しかしこれは二羽目だ。それがなぜかわかる。
 この態勢ではかわせない。
 冷静に理解する。
 そして、迫る不死鳥に対し……俺は、ただ剣を振り上げた。
 すくい上げるような斬撃は炎の不死鳥を真っ二つにする。
 左右を行き過ぎる不死鳥の残骸が、声を上げたような気がした。
 断末魔の声。
 そして、俺はようやく理解した。
 ノイズ一つなく、ただ紅いまますべてを伝える視界の中、俺は何があったかを知った。

 俺は、至ったのだ。


 魔法を斬ると言うことは、不可能に近い。
 だが、「不可能に近い」ということは「不可能ではない」という事に他ならない。
 魔法というのは不安定な存在だ。この世に本来存在しない現象を、魔力という力で現出させる。
 不安定故に、その依り代となっているもの、「魔力の核」というべきものを破壊すれば消滅する。
 しかし不安定だからこそ「魔力の核」なるものを見いだし、そして破壊することなどまずできない。
 だから普通は力で対抗する。
 勇者と呼ばれる存在なら、剣に込めた”気”で真っ向から魔法を立つことができるという。
 しかし、俺が今やったことは違った。
 
 「どんなに強固なものであろうとも、確実に破壊できる瞬間は存在する」

 師匠の言葉だ。
 そう。「紅」の視界は、ノイズ一つなくなった俺に魔力を断つことが可能な「瞬間」を見せたのだ。
 雑多な情報は、邪魔だったのではない。無理に理解しようとするからノイズとなったのだ。ただ、「存在する」ことだけ、知っていれば良かったのだ。それだけで、すべてを知ることができた。

「これは……」

 左右に広がった”髪”がいくつもの”震式”を生みだし、無数の魔法を放つ。
 それを、剣の一振りで吹き散らす。

「これが……この”視界”があれば……」

 ”シェイカー”は、自分の頭上に衝撃波の魔法を放つ。
 衝撃波は巨木の枝に炸裂し、無数の破片が地上へと降りそそいだ。
 不規則に落下する枝の破片。高見から落ちたそれはただそれだけで充分な威力を持つ。
 その中を、歩む。ただ、歩む。
 破片は当たらない。すべての動きを、「紅」の視界が教えてくれる。
 それらの破片を受け止め、”震式”が発動する。
 大威力の呪文が無数に発動する。
 そのすべてが俺に向けて殺到する。
 しかし俺の歩みは止まらない。

 正面から迫る氷の竜を、横なぎに斬る。

 目を向けるまでもなく、どこから来るかわかる。

 足下から遅い来る土の大蛇を袈裟斬りに切り伏せる。

 どう斬ればいいのか理解できる。 

 風の精霊を手首のみの振りで断つ。

 その魔力の強さにも形質にも関係なく、魔法は一種類しかない。

 ただ、斬れるものだけだ。

「勝てるっ!」
 叫びつつ、前へ。
 魔法が通用しないと悟った”シェイカー”は、”髪”による攻撃に切り替える。
 ”ハルバード”の火炎球を弾いた”髪”は、しかし俺の剣によって斬り飛ばされる。
 数にまかせた、無数の”髪”の鞭として攻撃もそのことごとくを断つ。
 伸縮自在の髪も、次々と切り飛ばされて徐々にその数が減る。伸ばすにも、限界が来たようだ。

 そして数ではなく、威力重視の攻撃となる。
 三本の髪の鞭が振り下ろされる。
 俺はそれを見たことがある、
 斬るのではなく、横殴りに打つ。剣の平で打ったそれらは、斬れずに吹き飛ばされる。
 髪の攻撃はしばし封じた。
 踏み込む。
 しかしそれを、”髪”の壁が阻む。
 こいつは、逃げない。初めて戦ったあの時のように、この目くらましを、逃走のためではなく攻撃のために使うはずだ。「紅」の視界で認識するまでもなく、俺はそう確信していた。
 そして繰り出した突きは、髪の壁を破り、その後ろで編み上げられた”震式”を突き抜け、拳を構えていた”シェイカー”に命中していた。


 
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