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紅の隻眼

第八章



 
 翌日の昼。
 老魔導師に招かれ、俺は城の地下、研究室の一室にいた。乱雑に積み重ねられた分厚い本や書類に囲まれた部屋の中央。丸い小さな机3つあり、その上にはそれぞれ水晶球が乗せられていた。
「さあ、見せてやるぞっ、我が最高傑作をっ!」
 ラハムは興奮して俺をその水晶球の前まで引っ張っていった。今までの無気力と言えるまでに淡々とした様子とは一転して、子供のように目を輝かせている。
 3つ水晶球の中には、それぞれ森の木々が映し出されていた。見覚えがある。俺が何度か野外テストを行った森の一角だ。どうやらこれが”インフォーマー”の見ている風景らしい。こうやって、ラハムは俺のテストを見ていたのだろうか。
 音は聞こえない。水晶球は、ただ映像のみを映しだしていた。
「見ろっ!」
 ラハムの指さす水晶球の中。フィーが……いや、”シェイカー”が佇んでいた。昨日と同じ黒装束に身を包んでいる。
 その髪は既に周囲を埋めるかのごとく広がっている。
 佇む姿はあくまで静かで……そして、隙がない。
 もう一つの水晶玉に写されるのは、遠距離支援用ゴーレム、「ハルバード」。矛の名を持つそのゴーレムは、既に製品化され各国に配備されているラハムのヒット作だ。8フィート(約2.4メートル)を越える巨大な体躯。胴も手も足も丸太のように太い。その外観に見合う鈍重さだが、強力な攻撃魔法を遠距離から連続して「放ち続ける」ことが可能だ。おもに砲台として運用される。
 それが、計三体。攻城戦も可能な数だ。
 三体の”ハルバード”は一斉に攻撃魔法を放ち始める。
 近距離では格闘戦にも用いられる手は、遠距離戦では攻撃魔法を放つための砲身として用いられる。がらんどうの腕の中には増幅魔法が幾重にも彫られており、その中で加速された小威力の魔力は放たれる段階には強力な攻撃魔法と化す。
 二体の”ハルバード”の放ったのは、炸裂型の火炎球だ。人の頭ほどの火炎球は、標的の頭上で拳大の無数の火炎球へと分裂し降りそそぐ。それが連射され、”シェイカー”の上にまさに雨のように降りそそいだ。
 対して、”シェイカー”は動かない。ただその髪のみが動く。
 五月雨のごとく降りそそぐ火炎球を、その無数の髪でもってはたき落とす。自分に当たる可能性のあるもののみを、的確に無駄なく防ぐ。
 以前の……フィーの髪は、剣で斬ることは難しくない耐久力だった。”ハルバード”の放つ火炎球を弾くなんてまねはできなかったはずだ。……考えてみれば当然なのかも知れない。”シェイカー”の髪は、あの”震式”の発動を担うのだ。強化されて当然だろう。
 ”シェイカー”は髪のみを動かし、その身体はまるで動かさなかった。頭上から降りそそぐ炎の雨に見向きすらしない。その表情は、恐怖も焦りもなにもない。ただ静かに、その瞳に炎の赤をうつすのみ。
 燃えさかる炎の中、漆黒の髪が、まるで影絵のように踊る。
「”シェイカー”は感覚糸によって周囲のあらゆるものの動きを把握する」
 老魔導師の声がどこか遠く響く。
「あの程度のことは楽にこなす」
 しかし、残る一体の”ハルバード”の攻撃は違った。それが放ったのは紫電。他の二体のように数に任せた攻撃ではなく、一発の威力のみにすべてを込めた攻撃だった。
 高出力の雷は、木々を燃やし吹き飛ばし、ただ一直線に”シェイカー”に迫る。
 これは、火炎球のように髪でははたきおとす事などできまい。
 その攻撃に対し”シェイカー”は初めて動く。
 右手を大きく振りかぶる。その拳の先に髪が編み上げるのは二重円の魔法陣。”震式”だ。
 雷は迫る。一瞬にして”シェイカー”の目の前まで。
 迫る紫電を殴りつけるように、拳がたたき込まれる。
 発動された”震式”の生み出したのは、盾。金色に輝く、巨大な魔力の盾だった。
 盾は”ハルバード”の放った雷を真っ向から受けきった。はじき飛ばされた雷が炎と混じり、赤と黒の世界に紫と蒼の彩りを加える。
 ”シェイカー”を映し出す水晶球は閃き、薄暗い部屋を雷のようにしばし照らし出した。
「”震式”の欠点は、その効果時間の短さだ。防御に使うとしたらあのようにタイミングを図る必要がある」
 老魔導師の言葉を証明するかのように、魔力の盾は一瞬にして消えた。
「その威力は、攻撃において最大に発揮される」
 再び”シェイカー”の前に編まれたのは、”シェイカー”の背丈を超える直径の、巨大な震式魔法陣だ。それに対し、”シェイカー”は両手の指と指を絡ませてつくった拳を大上段に振り上げる。
 全身のバネを使い、体重を込めて振り下ろした拳は”震式”に大きな空間の歪みを造り出した。
 そして、”震式”から現れたのは炎だった。巨大な炎の固まりは、赤ではなく白。辺りで燃えさかる炎を突き破り、三体の”ハルバード”に向かう白い炎は次第に何かの形を取っていく。
 まず見えたのは翼。巨大な翼だ。それがはためくと炎はより加速し、その先端部も形を取り始める。尖った先端はその鋭さを保ったまま、猛禽類の顔となる。
 白い炎は、炎の中で死から生へと輪廻する不死鳥のかたちを取った。
「一線を越えた魔力は、その性質に即した生物の形を取る」
 老魔導師の言葉。それは俺も知っていることだった。だが、その現象は上級の魔術師でも簡単に起こせるものではないと聞いていた。
 それを”シェイカー”は”震式”ひとつと両腕の一振りのみで実現してしまったのだ。
 白い不死鳥は”ハルバード”の一体に直撃した。並の魔法なら軽くはじき返す魔力装甲をあっさりと貫通する。
 破壊はそれに留まらない。
 白い炎はそのまま地面に着弾、爆発を巻き起こす。
 直撃を受けた”ハルバード”は一瞬にして蒸発、近くにいたもう一体も巻き込まれ、抵抗するまもなく消し飛んだ。残る一体もその余波から逃げ切れず、その右腕を失う。
 最後の”ハルバード”は、それでも残った腕で攻撃を再開しようとする。
 しかし、その正面には、二羽目の白い不死鳥がいた。
 ”ハルバード”は何もすることもできず消滅した。
 その様を映し出していた水晶球もまた、白い炎に染まる。そして、光を失った。付近を漂っていた”インフォーマー”も巻き込まれ、消滅したようだ。
 もともと音の少なかった老魔導師の研究室は、より重い静寂に包まれた。
「……あの威力の魔法を二発連続で……?」
 呆然と呟く。常識はずれだ。”震式”とは、”シェイカー”とはこれほどまでに……。
「どうだ! 見たかあの凄まじさをっ!?」
 静寂を突き破るように、老魔導師は叫ぶ。満面を喜色に染め上げている。
「さあ帰投しろ、”シェイカー”」
 満足げに老魔導師は”シェイカー”を映す水晶球に命令を告げた。
 水晶球の中、”シェイカー”はその言葉に応えるように向きを変える。おそらくは”インフォーマー”が老魔導師の指示を中継したのだろう。
 そして”シェイカー”は歩き始め、しかしすぐに立ち止まった。
「どうした? 止まれとは命令していない。帰投しろ、”シェイカー”」
 動かない。その場で立ち止まり、目を閉じている。あれはおそらく”感覚糸”を使って周囲を探っているのだろう。いつかイチゴを探したときもあんな感じだった。もっとも、あの時は……。
 しばし立ち止まった後、一転して駆け出す。それは老魔導師の言葉にしたがったときの向き−−おそらく城の方向だろう−−とはまるで別の方向だった。
「ど、どうした!? どこへ行くっ!? 戻ってこい”シェイカー”っ!!」
 老魔導師の言葉が届かないように、”シェイカー”は駆ける。速い。足で走るだけではない。周囲の木に髪を絡ませ、それを引くことで加速し、矢のような速さで森の中を駆ける。
 水晶球の映像は、かろうじてその姿を追った。
 そして。
 唐突に止まる。
 急速に止まった身体に反し、髪は慣性に従い前へと進む。
 いや。”髪”は止まろうとしていない。自ら加速し、伸び、”シェイカー”の正面の茂みの中へと吸い込まれた。
「なにか……いるのか?」
 そんなところにラハムの命令を無視するほどの”シェイカー”の関心を引いたものがあるというのだろうか?
 やがて、”シェイカー”の髪が引かれる。そして茂みの中から引きずり出されたのは……。
 女だった。
 全身を”シェイカー”の髪で貫かれた女は、おそらく……もう、命はないだろう。
 黒を基調とした身体にピッタリとした服は、間者のようだ。
 短く切りそろえた髪。その表情は苦悶に固まり、口の端からは血を流している。しかし、しかしその顔は……。
「……フィー……?」
 髪型の違いから印象は異なるし、ずっと大人びていたが、顔の造りは似ている。
 フィーは、優秀な女戦士の髪の毛から造り出されたという。ならば、この女は……フィーのオリジナルなのか……? 
「……どこの国のものだ……?」
 ラハムの声。どこの……国? つまり、どこかの国の手の者なのか。考えてみれば当たり前のことだ。「どこの国にも属さない魔導兵器造りの天才」の動向を、各国が気にするのは当たり前で、そのために何らかの探りを入れているのは当然だ。……このところ、妙な気配を感じることがあったがこれが原因だったようだ。
 ”シェイカー”は首を傾げ、不思議そうにその女を見た。そしてその顔を髪で、おそらくは感覚糸であるだろう髪で丹念に触れる。それでも足りないのか、手元まで引き寄せ、直に手で触れた。
 何度も何度も。何かを、確かめるように。
 そして、その動きが唐突に止まる。
 髪も、手も。すべての動きを止める。
 何を感じ取ったのか。自分の元となった”人間”から、”兵器”である”シェイカー”は、何を感じ取ったというのだろうか。

 そして、動きが現れた。

 口が開く。小さく、ただ「あ」の形に。
 それはどんどんと大きくなり、限界まで開かれた。
 声が届かないから、何を言っているのかわからない。
 だが、おそらく。

 絶叫しているのだ。

 自分のオリジナルを自分の手で殺めたこと。”兵器”である自分と同じはずの存在が、”兵器”ではないものとして目の前に存在する矛盾。それが、”シェイカー”を絶叫させているのだ。

 髪が動き出す。
 髪が広がり出す。
 髪が形を為す。

 現れたのは、震式紋章。

 ”シェイカー”の足下に、巨大な紋章が描かれる。
 女の死体は髪により高々と持ち上げられ、そして……。

 ”震式”の中央に叩きつけられた。


 すべてが、光に包まれた。


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