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紅の隻眼 | ||
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第七章 | 翌日。 やはり暇だった俺は、城の庭で剣の素振りをしていた。 この城の庭は広い。 かつては中央に巨大な噴水を配置し、その広さに見合う豪奢さをもっていたそうだが、ゴーレムのテスト用に潰したとのことだった。今はただ広いだけの空き地になっている。 ひとしきり訓練を終え、一休みしようとしたときだった。 城の入り口から、誰か歩いてくる。 長い髪をずるずると引きずる小さな人影は、フィーだった。 いつもの簡素な白いワンピースではなく、全身を包む黒い服をまとっていた。たっぷりとしたボリュームの、しかし要所を皮や鉄で強化しているその服は、まるで暗殺者の着る身体の動かし易さと防御力を併せ持つ戦闘服のようだった。 いつもの明るい笑顔ではない、ただ黒いその姿は、昼の陽の下だというのにひどく冷たく感じられた。 「よお、フィー」 戸惑いつつ、声をかけてみる。聞こえているはずだが、その歩みに変化はなかった。ただしずしずと、庭の隅に向かっている。その一角には、いくつかの巨石が置かれている。ゴーレムの破壊力を計るために使われるものだ。 フィーは何をするつもりか、その巨石の前に立った。その一角で、もっとも大きい岩だ。まさか運ぶつもりではないだろう。高さだけでフィーの三倍以上ある巨石は、あの『髪』を持ってしても運ぶことなどできはしまい。 巨石を前に拳を握る。そして大げさに振りかぶって、今にもぶん殴ろうという構えをとった。何の冗談だろうか。そもそも巨岩からは離れすぎていて、フィーの拳を届かせるには踏み込むことを計算に入れてもあと10フィート(約3メートル)は前に行かなければならないだろう。 フィーの構えをとる動きに合わせるかのように、フィーの『髪』がざわめきだした。それも一瞬のこと、動き出した髪はフィーの正面に広がる。そして、瞬く間に形を為した。 『髪』の描き出した形は、円を基調とした図形。二重の円。その間に細かい模様が入っている。これは……この魔法陣は……。 風の唸りが思考を中断させる。その音は、フィーの拳が生み出したものだ。 拳は魔法陣の中心にたたき込まれる。何も存在しないはずのそこに。そして、魔法陣の中心で止まる。まるで何かにぶつかったように、震動だけをその見えない何かに伝えて、その勢いを止める。 異音。 かつて老魔導師の研究室で聞いた、この世ならざる音。あの時より、ずっと強く響く。 魔法陣は震え、わずかに光を放ち、その役目を果たす。 歪む。 魔法陣を構成するフィーの『髪』ごと、まるで湖面に沈む水草のごとく、ゆらゆらと空間が歪む。そのゆがみを満たすのは、紅と蒼と紫と……そのどれでもなく、しかしどれでもあるような、色。 しかし、変化はそこで終わらない。ゆがみの中で、『髪』は動き出していた。歪みのなかで、何か収束するような動き……。 そして、生まれたものは……。 「魔法陣……?」 思わず声が漏れる。形などまともに為さないほど湾曲しているその中に、俺はどこかそんな規則性を見いだしていた。 そして、ゆがみから飛び出したのは炎。 歪みからあふれ出した青白い炎は、圧倒的な速度で巨岩に突き刺さる。 胸に響く爆音。あまりに大きなその音量は、音と言うより衝撃に近い。舞い上がる土煙が一瞬フィーの姿を隠す。 程なくしておさまった土煙の向こう。あれほどの爆発の後であるのに、変わらずフィーは立っていた。 その先。巨石のあった場所。そこには、もはや何もなかった。巨石は、跡形もなく消えた。 「今の魔法は……?」 うめくように呟く。 「”炎矢”だ」 後ろからの答えに振り向くと、そこにはラハムがいた。 「”炎矢”っ!? 嘘だろっ!?」 ”炎矢”とは、初級の攻撃魔法だ。その名の通り炎の矢を生み出す。打撃力は普通の弓矢程度、炎による燃焼がその要だ。決して今のような”爆発力”を持つ魔法ではない。 「異界の魔法法則によって増幅された魔力は、この世界ではあり得ない強大な魔法を生み出す」 老魔導師の顔が笑みを浮かべる。初めて見るその表情は、狂気すら感じさせるほどに歪んでいた。 「これが”震式”だ。ついに完成した。ついに実現したっ……!」 フィーがこちらを振り向く。 気のせいか、精気のない表情だった。いや、何かがないのではない。何もないのだ。人形のように、何も感じさせない表情だ。 そして、こちらに歩んでくる。いつものように、バタバタとした動きではなく、ただしずしずと、無駄なく歩む。 「よくやった」 「ありがとうございます、マスター」 ラハムのねぎらいの言葉に答えるフィー。その声にもやはり感情がない。 「フィー?」 俺の呼びかけに、フィーはまるで反応しない。 「おいラハム、フィーはどうしたんだ?」 「フィー? それは何のことだ?」 「なんのことって……こいつのことだろう!? わからないのか!?」 俺はフィーを指さしていった。 「ああ……アレが勝手に名乗っていた名のことか」 「勝手に名乗った……?」 「アレは試作品だ。他のゴーレムと異なり、まだ型番を与える前の、な。勝手に名前を名乗っていたようだが……そうか、そんな名だったな」 あいつは、名前すら与えられなかったというのか……? あんな嬉しそうに自分の名を名乗っていたフィーが? 「何故だ……?」 「ん?」 「こいつに名があったかどうかなんて関係ない。だが、確かにこいつはフィーと名乗っていた。なぜ今はフィーと呼んでも答えない?」 「兵器として再調整する際、自然発生した余分な人格は消し去った」 「!?」 「”震式”の発動はデリケートだ。思考に余計なノイズが混じるようでは困る」 「消し……去った……?」 「しかし、そうだな。こいつにも名は必要だろう。初の震動起動式魔法陣の成功体……そうだ、世界を震わす者、”シェイカー”と名付けよう。お前は”シェイカー”だ。良いな?」 「はい。マスター」 ”シェイカー”の抑揚も感情もない、ただ正確なだけの声は、昼下がりの庭の中、ひどくうつろに響いた。 俺はただ、立ちすくむだけだった。 |
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