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紅の隻眼 | ||
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第四章 | 風に、木々がざわめく。 森の中、静かなざわめきのみが耳を満たす。そのざわめきの中、かすかだが明らかに違う音がある。そこに、神経を集中させる。 そして、木々の隙間より飛び出す影。 こちらに既に発見されていると知るや、足下から『爆音』を響かせて加速する。その速度は、かすむほどに速い。 だが、迎撃できないほどではない。 「はあっ!!」 俺の剣撃は、ねらい違わず「軽機動参式」の胴を両断していた。 身長4フィート(約1.2メートル)ほどのサルに似た小柄なゴーレムは、二つに分かれて地に叩きつけられた。 老魔導師の城で暮らすようになって、早くも一月が経とうとしていた。こうしたゴーレムの実戦テストももう10回以上になる。こうしたテストは、だいたい2、3日に一度のペースで行われている。さすがに準備の都合上、毎日はできない。それに、もしそうなったら俺の身体が持たないだろう。 胸元には、今しがた「軽機動参式」につけられた爪痕が生々しく残っている。まだ血は止まっていない。 老魔導師のつくるゴーレムは、初めは能力は高いものの実用性は低いものばかりだった。しかし、それは徐々に、しかし確実に改善されていった。 初めて城に来たとき闘った「高機動壱式」は、直線的な突撃しかできなかった。次の「弐式」では高速移動の距離の調整が可能となり、「参式」となると左右のステップまで例の『爆音』(圧縮空気を噴出の音らしい)で高速にこなしてきた。最近闘った「四式」に至っては、腕の動きまで『爆音』で強化してきた。人間ではおよそ不可能な速力と破壊力の打ち込みを相手にするのは骨が折れた。 そして今闘った「軽機動参式」。こいつは、装甲を犠牲にする代わりに全体的な動作速度を向上していた。そのうえ腕にはワイヤーを装備し、このような森の中ではワイヤーを用いまさに縦横無尽に動く。その武器は両手に装備したかぎ爪。リーチは短いものの、その攻撃の速さはそれを補ってあまりある。 かつての俺だったら負けていたかも知れない。 そう、俺自身も実力を増していた。 老魔導師の造るゴーレムはどれも魔力で強化された装甲を有していた。これは、ただの打ち込みでは容易に破ることはできない。装甲の薄い「軽機動参式」にしても、先ほどのような一刀両断など容易にできることではない。 しかし、俺はその装甲をほぼ確実にうち破ることができた。 「どんなに強固なものであろうとも、確実に破壊できる瞬間は存在する」 それは、俺の剣の師匠の言葉だった。 いくら魔法で強化された装甲でも、わずかなゆがみ、あるいは魔法による強化の「ムラ」によって、その強度の低下した部分がある。 そして、戦闘のさなか、そこを起点に対象を破壊できる瞬間は確かに存在する。 もちろん、ただその「瞬間」を見つけただけで破壊できるわけではない。そこを狙う為の正確な動きが必要だし、なにより剣にこめる”気”が弱ければ意味がない。 今までも、剣では到底破壊できないはずの魔物をその「瞬間」を見いだすことで破壊することができた。だがそれは思い通りにいつでもできることではなく、偶然に頼ることが多かった。 しかしここ最近、かなりの確率でこの「瞬間」を見いだし、そして実際に「破壊」する事ができるようになっていた。これは格段の進歩と言っていい。それだけでもこの仕事を受けた価値はある。 そして、フィー。あの少女は……。 「ラングスーッ」 幼い声に目を向けると、こちらに向かって駆け寄る少女の姿があった。 走るのに邪魔な木の枝や下生えを、『髪』をつかって器用に押しのけて一直線に駆けて来る。 その手には、大きなバスケット。それだけ見れば、まるでピクニックに来た子供のようだ。しかしその中身は弁当ではない。 ゴーレムとの戦闘テスト中、基本的に最後まで回復系のアイテムを使わない取り決めになっている。そういうものの介入しない戦闘データを取りたいとのことだった。もちろん、緊急用に強力な回復アイテムは持たせてもらってはいるのだが、今回はそれを使うほどではない。 だからテストが終わると、こうしてフィーが治療用の道具を持ってきてくれるのだ。だが、バスケットで持ってくるは初めてだが……。 「おまたせーっ」 「おう」 「お弁当持ってきたよーっ」 「何でだーっ!?」 俺は思わず叫んでいた。なんとなく予想していたので、我ながら早い切り返しだった。 「なんでって……そろそろお昼の時間だから、ちょうどいいと思ったんだけど。まだ、早かったかな?」 「お前なあ……とりあえず治療用の薬を先にくれ」 「はーいっ」 そして、バスケットの中をごそごそと探り出した。 やがて取り出したのは、赤い塗り薬だった。鎧−−これも魔力強化された、ラハム作の鎧だ−−を外し、薬を塗る。すると瞬く間に血が止まり、痛みも和らいだ。やはりラハムの支給してくれる高級品は違う。 治療の間、フィーはいそいそと食事の支度をしていた。本当にここで弁当を食べるつもりらしい。血の臭いにつられて狼でも来ないか少し気にかかるが……まあ、こいつがいれば問題はあるまい。 フィーとはあれから闘うことはなく、同居人としてうまくやっている。今のように、老魔導師の命令で小間使い的な役割を担っていた。 小間使的と言うか、フィーは家事全般を行っていた。あの『髪』を使い、実にうまくこなしている。 例えば掃除。 ほうきを5本、ちりとりを5つ。そしてはたきを5つ『髪』で持ち、城中を練り歩くことによって掃除する。 ……はじめて見たときは魔物かと思った。 暇があればやっているらしく、古びた城のわりにほこりっぽさがなかったのはそのせいらしい。 出会った夜、本人は「戦闘しか得意なことがない」と言っていたが、実際にそんなことはなかった。 あの夜から、フィー自身それに気づくようになったらしい。 最近は自然に笑うようになってきた。出会ったときは不自然に感情を強調した笑みだったり、あるいは逆に人形のような笑みだったのが、最近では普通に笑うようになった。 確かに”髪”の能力は特殊だが、中身はもう普通の人間と変わらない。 そう思えるようになってきた。 「おまたせーっ」 フィーの声に、思考が中断される。 目の前には、思いのほか豪華なランチが広がっていた。 パンにサラダ、切り分けられたハム・チーズ。おまけにどうやって持ってきたのかシチューまである。それらが刺繍の入った小さなシートの上に広げられているのだから、いよいよピクニックのようだった。 「さあ、召し上がれ」 満面の笑顔で、そんなことを言ってくる。戦闘の直後とは思えない和んだ空気になってしまった。 まあ、気にしてもしょうがない。腹が減っているのは事実だ。 さっそく食べ始める。 やや傷が痛むものの構わず食べる。慣れたことだ。なにより、空腹が勝っていた。 フィーの料理の腕は悪くない。ランチのシチューはなかなかのものだった。まだ見たことはないが、料理も例によってあの『髪』を使っているらしい。まあ、今まで料理の中に髪の毛が入っているなんてこともなかったので、別に気にしたことはない。 俺が食べている間、フィーもいっしょに食事をしていた。老魔導師と二人で暮らしていた頃は、老魔導師が忙しく一人で食べる機会が多かったらしい。そのせいか、今のように俺とはなるべく一緒に食事をとろうとする。 ときおりフィーは、「おいしい?」などと聞いてくる。俺はその問いに、いつものように食べるのは中断せず頷くことで応えた。それでフィーはまた自分が食べることに専念する。そんなことが何度か繰り返される。 すこし、うっとおしい。でも、悪い気はしなかった。 やがて、食事を終える。 「ふう、ごちそうさま」 「ごちそうさま……あっ!?」 「なんだ、どうした?」 「デザート忘れた……」 言うが早いか、フィーは『髪』を八方に伸ばした。程なくして……。 「確かこの辺……」 目を閉じ、目に見えない場所を探るように……ちょうど、自分で耳掻きをしているとあんな感じだろうか。フィーは、真剣に探っていた。 「あ、あったっ!」 その声に応えるかのごとく、一斉に『髪』を戻す。戻ってきた『髪』の一房、その先端にはいくつもの野いちごがのっていた。 「さ、どうぞ」 そして、『髪』が実に器用に動き、空いた皿の上に野いちごを盛った。 老魔導師に聞いたところ、フィーの『髪』の一部は「感覚糸」と言って、周囲の状況を探ることができるらしい。単に触れて感じるだけではなく、目で見るかのように当たりを調べることができるらしい。『髪』はだいたい400フィート(120メートル)まで伸ばすことができるらしいので、その範囲でならこんな事も可能だ。 取れたての野いちごは、少し酸っぱかったがうまかった。 「おそまつさまでした」 フィーの言葉に、どこでそんな社交辞令を覚えたのだろうと思いながら、ポンポンと頭をなでてやる。 フィーの頭には、コブのようなわずかな盛り上がりがある。ここをなでると喜ぶ。ただここは敏感らしく、強くさわるといつかのように笑い出したりする。 だから、優しくなでる。 フィーは気持ち良さ気に目を細めた。 しばらくそうしている。そろそろ、薬によって傷口も塞がったようだ。 「……さて、そろそろ戻るか」 「うん」 俺が鎧をつけなおしている間に、フィーは食器の片づけと「軽機動参式」の回収をしていた。 「軽機動参式」の回収と言っても髪に絡ませるだけだ。フィーはただそれだけで運ぶ。ただ、パーツの取りこぼしがないように注意しているようだった。この残骸からも、戦闘データが取れるらしい。 客観的な戦闘データは、「インフォーマー」という偵察用のゴーレムが記録している。これは老魔導師ラハムのベストセラー商品だ。子供の頭ほどの大きさの、中央に目のような装置の付いたボール状のゴーレムで、魔力によって浮遊して移動する。音もほとんど立てないため隠密性は高く、戦場では偵察ように重宝されている。 「目のような装置」は実際眼のような機能を持っており、「装置」で写したものを、遠隔地の水晶球にリアルタイムに映し出すことができる。今回のはラハム自らがカスタマイズしており、その他の詳細なデータを取ることもできるらしい。もっとも、ここに来てから実物を見たことはない。たまに気配を感じることはあるが、決して姿を見せることはなかった。今頃はもう老魔導師のところにもどってデータを渡してでもいるのだろう。 「準備オッケーだよ」 バスケットを手に、そして後ろ髪に「軽機動参式」の残骸を絡みつかせ、フィーは言った。 「バスケットくらい持とうか?」 「いいよ。平気だよ」 確かに、フィーは腕力その他も強化されており、この程度の重量では問題なく動ける。でも、見た目は女の子だ。 「いいから渡せ」 強引にバスケットを奪う。正直、この少女に感情移入しすぎだと自覚はしている。人に造られた、『兵器』であるこの少女に。 しかし……。 フィーはちょっと困った顔をして、しかしすぐに笑顔に戻り、 「ありがとう」 と言った。 しかし俺にはもう、この少女を兵器として見ることはできなくなっていた。 |
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