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紅の隻眼

第三章


 あの少女と闘ってから半刻ほど経った頃。
 俺は連戦に疲れを感じ、ベッドでウトウトとしていた。思ったより快適だ。ベッドのシーツ自体、まるで数日中に洗ったかのように清潔だった。そこらの安宿よりずっとましだ。
 ふと窓から外を見やると、空にはもう月が顔を見せていた。
 中途半端な時間に惰眠をむさぼったため、目が冴えていた。
 何の気なしに廊下に出ると、どこからかかすかな音が聞こえた。
 耳を澄ます。
 何か、聞こえる。俺はその音に導かれるように廊下へ出た。音は上から響いていた。かすかに、静かに。
 それを辿るように、階段を上る。
 徐々に大きくなる音。昇るに連れ、それが人の声であり、おそらくは女の声であり、そして……どうやら歌であるらしいとわかった。そして、その源にたどり着く。
 そこは、城の中程の階。おそらくかつては式典ででもつかわれていただろう、外への広い張り出しがあった。

 月の光の降りそそぐそこで。
 あの少女が、唄い、そして踊っていた。

 黒髪が、舞う。
 時に少女の動きにつき従うように、時に少女を導く操り人形の操り糸のように。
 意志を持ち動き、意志に従い動き。
 時に月光を跳ね輝き、時に月を遮る影となり。

 黒髪が、舞う。

 黒髪の舞う中、少女は踊る。
 軽く、速く。鋭く、重く。
 ステップ。ターン。ジャンプ。
 その動きは時に月に照らされ、時に黒髪に隠れ………。
 ともすれば、月の光にとけ込むか。あるいは、髪の暗闇に消えてしまいそうな。
 そんなどこへでも行ってしまいそうな踊り。

 そして、歌。
 月の光にも負けぬぐらい透明に澄んだその声は、異国の言葉だった。
 切なく、儚く、どこか張りつめた歌。
 それが、響く。

 そして。
 少女の動きが止まる。
 こちらをじっと見る。
 大粒の瞳。月光を跳ね、輝く瞳。

「また、闘うの?」
 少女の声。次に満ちたのは……殺気。
 幻想が壊れた。

「ねえ、闘う?」
 少女の言葉は続く。その髪はうねり、広がる。
「闘わない。何の得にもならんからな」
 ぶっきらぼうに応える。「兵器」に愛想を振りまく義理はない。 その言葉に、少女はひどく残念そうな顔になる。まるでおもちゃを取り上げられた子供のような表情。同時に、ざわざわと広がろうとしていた髪も力なく地に落ちる。
「だいたいなんだって戦いを仕掛けたりしたんだ? ラハムに命令されたわけでもないんだろう?」
「だって、それが一番得意だから」
 少女はさも当然といったように言った。確かに、目の前の少女は『魔導兵器』だ。言っている内容は当たり前のことだが、その外見のためひどく違和感を覚える。
 少女の言葉は続く。
「新しい人が来て、嬉しかったから、一番得意なこと見せたんだ」
「そんな理由かよ」
「そんな理由」
 何が楽しいのか、少女は笑顔で応える。自分の得意なことを自慢げに語る子供の表情だ。無垢で、楽しげで、そして傲慢な表情。その顔にわけもなく、いらつく。
「闘うんじゃなくて、唄うか踊るかでもしろ」
「えっ?」
「今、おどってたろ。結構良かったと思うぞ。それに、歌もよくわからなかったが悪くない……闘うより、ずっとましだ」
 そんなことを言ってしまう。闘いが好きでこの仕事を受けた俺が、いったい何を言っているのか。
 そんな言葉に、少女は急にこちらへ向かって駆け出した。目の前で急停止。俺の顔を見上げ問いかける。
「ホント? ホントにそう思う?」
「嘘を言っても仕方ないだろう」
 その言葉に、一瞬嬉しそうな表情を見せ……しかし、すぐに落ち込んだように俯いてしまう。
「どうした? 俺は誉めてやったんだぞ?」
「うん……でもね。あれは、歌でも踊りでもないから」
「?」
「歌だと言ってくれたのは、呪文の詠唱。踊りだと言ってくれたのは、戦闘用の動作の組み合わせ」
 異国の歌に聞こえたのは、呪文だったのか。あの軽やかな、しかし無駄のない動きは、夕方の闘いに見せた動きだったのか。
「わたしは、それしか知らないから。本で、歌とか踊りとか、そう言うものがあるって事は知ってたけど……わたしにできることはそれだけだから」
 哀しげに、言う。
 何を悲しむというのか。こいつは、それだけを知っていれば充分の存在だろう。
 だが俺は……それが、なんだか気に入らなかった。
 だから、剣を抜いた。
「!」
 フィーが身構える。
「見てろよ」
 フィーを声で制し、俺は剣を振った。
 初めは普通の振り。
 徐々に、およそ実用的ではない動きを混ぜる。
 手首だけで剣を大振りする。あるいは、足下で剣を廻し、縄跳びのようにその上を跳ぶ。
 ぐるぐると剣を振り回し、右に左に回す。途中で不意に上に放り投げ、それを背を向けた手で受け止めたりする。
 フィーは、その滑稽な動きに目を奪われた。
 最後に、高く放り投げた剣を鞘で受け止めて、締めくくりとした。
 鞘に剣がおさまる澄んだ音が響く。
「どうだ?」
 俺が問うと、フィーは拍手でもって応えた。すこし、照れ臭い。
「まあ、こんなもんだ。金がどうしてもないときはこれで稼いだりもする」
「すごいっ、すごいっ!」
 小さな子供のように興奮し、フィーは拍手を続けた。
「全部、剣の技だ。実用的かどうかは別にして、な」
「へえ……」
「お前の歌や踊りだってそうだろう?」
「えっ?」
「お前は、何のために踊ってた?」
「……月が綺麗だと思ったから。見てるだけじゃなくて、何かしたかったから」
「何のために歌ってた?」
「体を動かすだけじゃなんだか物足りなかったから……」
 戸惑いながらも、フィーは俺の言葉に答えた。はっきりと、『意志』を持って。俺はフィーの頭の上にポンと手を置いた。
「だったら、お前がしていたのは歌と踊りだ」
「……どうして?」
「俺のさっきのアレ……みてて面白かっただろう?」
 こくりとうなずく。
「剣の技でも、どんな想いで何のためにやったかによって、違う。本来は闘う術だが、やり方によっては人を楽しませるものにもなる」

 月を見て、美しいと感じられる心があるならば……。

「俺は、さっきのお前を見て……闘っているようには見えなかった。歌って、踊ってるように見えた。だから……」

 その心をあらわすために何かをするのならば………。

「あれは、歌と踊りだ」
 俺は、そう断言していた。
 フィーは、驚いたように目を見張り、そして、
「うんっ……」
 そう、笑顔で答えたのだった。
「よしよし」
 俺はくしゃくしゃとフィーの頭をなでた。
「あははっ、くすぐったいよぉ」
 フィーは笑い出した。
「なんだ、頭をなでただけでくすぐったいなんて、変なヤツだな」
「あははは、やめてよぉ、あはは」
 月光の下、フィーの笑い声が響く。
 あの幻想的な空気はすっかり失われてしまったが、でも、これは悪くない……そう、思った。
 
 こうして、俺の魔導師の城での生活は始まったのだった。

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