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紅の隻眼 | ||
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第二章 | 10代前半だろうか。くりくりとした大きな瞳が占めるその顔は、若いと言うより幼いという方が適切だ。小柄な身体に不釣り合いなほど髪が長い。紐に結ばれるでもなく編まれてもいなく、ただ流された黒髪は足首にまで届く程に長い。その黒髪は、、夕日を受けまるで燃えるように紅く輝いていた。 服装は白いローブ……と言うより、ただ布を巻き付けただけにしか見えない簡素なものだった。ただ、洗いたてのような清潔感漂う白さと、それが照り返す夕日の紅がひどく鮮烈で印象的だった。 「魔導師ラハムの……孫、か?」 とりあえず、頭の中に浮かんだ考えの中で、もっとも無難でありえそうことをそのまま口に出した。その言葉に、少女は笑顔でもって応える。邪気のない……とても純粋で、透明な笑みだった。だから、その次に続いた言葉は理解しがたいものだった。 「闘おーっ」 少女は、あの笑顔のままそう言ったのだった。 表情と、その声の調子とその言葉の内容と。そして今いる場所と、目の前にいる少女の姿と。それぞれがバラバラに感じられ、俺はしばし困惑した。 しかし、その困惑もつかの間のものだ。 ざわざわと。 あの言葉と同時に、少女の髪は波打ちはじめたのだ。その一本一本が意志を持っているかのような、しかもそれらが統制されているかのような……複雑ででたらめなようで、しかし一つの意志を感じさせる動き。そして足に着くほどの長さだった髪は、見る間に伸びゆき、その動きでもって地面に広がる。 闘う意志を持った、目の前の存在。異質な能力。ただそれにだけ反応し、身体が自然に構えをとる。 戦いのための、構えを。 やはり、あの老魔導師はマイペースな人間だ。初日のこんな時間、しかもこんな姿の「魔導兵器」をけしかけるとはっ……! 気持ちの整理をする間もなく、俺は右に素早く動く。 唸りを上げ、左脇を黒いものが通り過ぎる。黒く、細長い……少女の髪だ。そのひとかたまりが俺を後ろから攻撃したのだ。 気づくと、少女の髪は俺の周りを覆うほどに広がっていた。いつの間に……そして、こいつの髪はどこまで伸びるのだろう。 「行けっ」 少女の声。あどけない子供の、友達と遊ぶときのようなかけ声。しかしそのあと起きたことは、そんな生やさしいものではなかった。 四方八方から来る髪。 時にはそれは矢のように突いてきて、時には鞭のように振り下ろされる。 それらが、あらゆる方向から、来る。 まるで五月雨のように連続した攻撃だ。複雑で多彩な髪の動きは、目だけで追えば惑わされる。風を切る音と、勘が頼りだ。 かろうじて、しのぐ。 しのぐうちに、やがてその攻撃が思ったより単調であることに気づく。 太く束ねた髪数本を叩きつける、威力を高めた攻撃。 細く束ねた髪数十本を四方八方から振り下ろす、数に任せた小威力の攻撃。 それらが交互に来るだけだ。前者はかわすことが容易で、後者はかわしきるのは難しいものの、受ける場所さえ間違えなければ大したものではない。また、どちらもねらいの読みやすい、単調な攻撃だった。 しかし、いつまでもかわしてばかりではらちが明かない。 細かい攻撃を受け、そして威力重視の攻撃を待つ。 剣を下段左脇に構える。 そして、太く束ねられた三本の髪の鞭が振り下ろされる。 タイミングを合わせ、目の前をなぐように剣を振る。 軌道の読めた髪の鞭三本を横殴りに打つ。剣の平で打ったそれらは、その質量の軽さから右に大きく吹き飛ばされる。 すぐに、髪で攻撃はできまい。 その一瞬に、踏み込む。 少女は驚いたように目を丸くした。 しかし、それもつかの間。にやりと笑うと、それに呼応するかのように足下から何本もの髪が吹きあがった。攻撃に使われず、少女の足下にわだかまっていた髪だ。 それらが眼前に広がり、薄い壁を造り出す。その壁は俺の目の前に立ちはだかり、少女の姿を隠した。 「ちっ!」 一旦止まる。進むか引くか、一瞬の躊躇。 唐突に髪の壁が消える。その先には、少女の姿があった。俺の、すぐ目の前に。 「!」 距離をとるための目くらましかと思ったが、逆に距離を詰めてくるとはっ………。しかも少女は、あろうことか殴りかかってきたのだった。 不意をつかれたこともあり、かわす暇はない。しかし、受けることはできる。反撃のチャンスはまだある。籠手で少女の拳を受け流し……。 しかし、嫌な予感を感じ、俺は素早く構えなおした。左手を柄に、右手を刀身に当て、腕一本ではなく身体全体で衝撃を受け止める態勢をとった。 刀身の平に当たる、少女の拳。 衝撃。 予想外に大きなそれは、俺の身体を吹き飛ばしていた。胸中で悲鳴を上げつつ、かろうじて足から着地、踏みこらえる。 予想を超えた衝撃だ。だが、予想外の事態で自分の選択肢を減らしていては、冒険者は生きてはいけない。 素早く構えをとり、備える。 しかし、俺の選択肢はこの時点で一つしかなかった。 すなわち、避けること。 眼前に迫るそれは、少女の髪によって投げつけられた昼の”人形”の残骸だった。その質量と勢いは、受けることも流すこともできそうにない。 右に跳ぼうとして……しかし、それは叶わない。左足に髪が絡みついていたのだ。 ”人形”の身体が迫る。 「なめるなあっ!!」 叫びつつ、剣を横なぎに、力一杯振る。 ワイルドスイング。 ”人形”を横方向から、斬ると言うより殴打。横合いからの衝撃に、”人形”はその軌道をそらし、地面にたたきつけられた。 さしもの”人形”も砕け、パーツが飛び散る。 目の前にまで跳ねるあがるいくつもの破片。その中の一つが目に留まる。”人形”の腕だ。 剣を振り切った状態から、今度は逆に振り戻す。ねらいは”人形”の腕。 剣の腹で打たれた”人形”の腕は、甲高い金属音を上げはねとばされた。その向かう先は少女、その頭だ。 この予想外の攻撃に、しかし、少女は髪を使い止めた。が、そのことによってこちらへの視界はふさがれたはずだ。 その間、右足に絡みつく髪を切り、動く。 素早く防御を外し、こちらを向く少女。しかしその眼前には”人形”の別のパーツがあった。時間差をおいて投げておいたものだ。 再び少女の視界が遮られる。 その間に、俺は少女に迫る。 そして、パーツを受け止めた髪ごと少女に斬撃を見舞う。 「雷撃!」 少女の声。俺はとっさに剣を手放す。 バチッという音共に、電光に絡め取られる剣。 雷撃の呪文!? こいつ、魔法までつかうのか!? 間をおかず、踏み込む。さすがに呪文がかわされると思っていなかったのか、少女は隙だらけだった。 他の武器を用意している暇はない。俺は、少女の腹に拳を放った。 少女は、その体躯にふさわしく俺の拳に吹き飛ぶ。しかし、手応えが妙だ。まるでゴムの固まりでも殴ったような妙な感触だ。その手応えに、大したダメージを与えられなかったと確信した。 吹き飛んだ少女を追う。 そして、起きあがろうとした少女の首筋に、ベルトに装備していた短剣を抜き放ち、突きつける。 「俺の勝ち……だな?」 とどめを刺すこともできた。だが、これ以上はやりたくない。『魔導兵器』とは言え、相手は少女の姿をしているのだ。 ……我ながら、甘いことだが。 その言葉に、少女は微笑んだ。 「へへへ、負けちゃった」 やはり、それは闘う前に見せたあの透明な笑みだった。少女は疲れてもいなければ、ダメージも受けていないように見えた。 短剣ごときで本当にとどめを刺せたのだろうか……? 周囲を未だうごめく髪の群を横目に、思う。 あのまま闘っていれば、こちらの方が危なかったかも知れない。 「まったく……あの魔導師には参るな……」 ため息を吐きながら、剣を拾う。刀身はともかく、柄に巻いていた滑り止めの布は焦げていた。あとで交換する必要があるだろう。 振り向くと、既に周囲を埋めていた髪の群は失せていた。 ただ、少女が立つのみ。その髪は腰にとどく程の長さまで縮んでいた。どういう仕組みか、伸縮自在らしい。その様に、疑問の言葉が漏れる。 「……お前はいったい、なんなんだ?」 「フィーはね、フィーって言うんだよ」 少女は応えた。妙な言い回しだ。 「あなたはなんなの?」 「なんなのって……ここで雇われた冒険者だ」 「そうじゃなくて、お名前」 「ラングスだ」 俺が名乗ると、少女は満面の笑顔でもって応えた。今度の笑顔は透明ではない。喜びに満ちた、普通の笑顔だった。これがほんの少し前まで戦いを繰り広げた相手の顔かと思うと、なんだか妙に感じられた。 ・ ・ ・ あらかじめ、部屋は決めてあった。街から持ってきた荷物を持ち、真っ直ぐ部屋に向かう。建物の構造把握は職業柄必須の技能だ。俺の頭の中にはこの城のだいたいの構造が出来上がっていた。 この城は、老魔導師の話によるとかつて領主の城だったらしい。とはいっても昔の話。それを買い取って改修したのがこの城だが、改修は地下に重点を置かれた。つまり、研究室の集中する階だ。なんでも魔術師の研究というものは、空気の安定した地下の方が向いているらしい。 しかし、地上階は放置された。ほぼかつてのままなのだろう。部屋によっては放逐された家具がそのまま残っている。俺が選んだのもそうした部屋の一つだった。ベッドがまともな状態で残っていたのが決め手だ。 部屋は少なくとも5年も放置されたとは思えないほど綺麗だった。家具・調度品こそ古びているものの、ほこり一つなかった。それほど大きくないとは言えこの規模の建物を掃除するのは大変な手間だろうが。 荷物を置き、とりあえず廊下に出たところで老魔導師と出会った。 「よう、2階の部屋をつかわせてもらうことにしたぜ」 「そうか」 老魔導師の答は相変わらず簡潔だ。このときは、それが何となく気に障った。だから俺は一言文句を言ってやりたくなった。 「それにしても人使いが荒いな。引っ越しの日にいきなりテストかよ」 「………なんのことだ?」 老魔導師の声には、純粋な疑問の響きしか感じ取れなかった。とぼけているようではない。 俺は、かいつまんで夕方の出来事を話した。 「ってわけだ。てっきりあんたの言う、テストだと思ったんだが、違うのか?」 「……違う。アレが勝手にやったことだ」 「あれ?」 「以前創り出したホムンクルス……人工生命体だ」 「ホム……人工生命体?」 「魔導兵器の実験用に造り出した」 「それがなんであんな女の子なんだ?」 「ホムンクルスは女性の方が技術的に安定して生み出せる。あれのベースとなっているのは、高名な女戦士の毛髪だ」 「髪……」 あの少女の長く伸びた髪を思い出した。髪からあんな少女を生み出すことができるとは……。 「初めてつくったホムンクルスだったから、色々といじってみた。もともと実験のためには戦闘力の高い個体を造る必要があったからな。……その結果、並の人間以上の戦闘能力を備えるようになったが、同時に普通の人間にない特別な能力を持つようになってしまった」 それがあの”髪”、か。 「実験につかうことができないが、それなりに金もかけたし処分するには惜しい。用があるときに適当に使って、それ以外の時は放置していたが……そうか、お前に戦いを挑んだか。やはり兵器としての属性は健在だったのだな」 「放置って……」 「とにかく、アレの存在は今回の実験とは関係ない」 「じゃあさっきのはただ働きかよ……」 俺は、ここに来て何度目かのため息を吐いたのだった。 |
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