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紅の隻眼

最終章



 
 左目を、開く。
 義眼「紅」がその機能を停止し、広げた視界に赤以外の様々な色が戻る。
 今まで感じていた様々な情報が失われ、急に視界が狭まったような印象を受ける。
 一息つくと、急激に疲労感が押し寄せてきた。
 そして、痛み。
 体中、”震式”の魔法を受けたところが痛む。特に左手がひどく痛む。炭化した場所はわずかだが、まだ焦げ臭い異臭を放つそこは激痛を訴えてきた。鎧もぼろぼろだ。
 思わず膝を突く。
 そのまま視線をしたに向けると足下には、少女が倒れている。
 フィーだ。
 少女は目を回している。その頭は、血で赤く染まっていた。
 俺の最後の突きは、フィーの頭頂部をかすめていた。そこには、フィーがなでられると喜んでいたコブ−−「感覚糸」の中枢があった。
 もしやと思っていたが、「紅」で「感覚糸」を直に見て確信が持てた。
 フィーにとってここは神経の集中するところだ。ここに何らかのダメージを与えることができれば止めることができるのではないか……そんなあやふやな考えで、俺は接近戦を挑んだのだった。
 もし、効果がなかったら……あるいは、そこが致命的な弱点で、フィーの命を奪うことになってしまったら……不安はあった。
 しかしフィーは今、苦しげだが確かに息をしている。少なくとも命に別状はないようだ。安堵の息が漏れる。
 力が抜け、今度こそ膝で支えることもできなくなり、情けなくしりもちをつく。
 その拍子に、ぼろぼろになった鎧から一つの箱がこぼれ落ちる。
 落ちた衝撃で、蓋が開く。
 箱は音楽が奏でだした。
 ……鎮魂歌だ。
 あのフィーの気に入っていたオルゴールだ。実は、これも奥の手の一つだった。このメロディを聴けば、”シェイカー”となってしまったフィーが元に戻るかも知れない……そんな馬鹿げたことを考えいていたのだ。
 思わず、苦笑する。

 ラハムに出した条件は、三つ。
 一つ目は、”シェイカー”に接近するためにゴーレムを貸すこと。
 二つ目は、”シェイカー”に対抗するための装備を貸し与えること。
 そして最後の一つは……。
「なあ、フィー」
 俺はまだ眠り続けるフィーに語りかける。
「俺はラハムと約束したんだ。もしお前を止めることができたら、報酬は思いのままって、な」
 鎮魂歌の響く中、ただ言葉を続ける。
「そうしたら、お前をもらおうと思うんだ。もらうって言っても、別に結婚するとかなじゃない。勘違いするなよ」
 笑う。傷が痛むが、無視をして笑う。
「いっしょに旅をしよう。世界の果てを目指す旅だ。お前となら、きっと……きっと辿り着けると思う」
 そして、言葉が止まる。……ラハムは、フィーの人格を消去したと言っていた。
 もう、戻すことは不可能かも知れない。
 あのフィーには、もう……会えないのかも知れない。
 でも、それならせめて……「魔導兵器」ではなくしてもらおう。零からはじめたっていい。俺も、零から始めるのだから。
「それにしても、遅いな……」
 ラハムは、この戦闘の様子を観察しているはずだ。そろそろ回収用のゴーレムが来てもいいはずだ。
 空を仰ぎ見る。
 巨木の枝はなぎ払われ、その先には青空が……。
「!?」
 俺は慌てて「紅」を発動させた。
 空の色がおかしかったからだ。
 そして見いだしたのは、空を埋めんばかりに浮かぶ無数の光球。
 周囲を見回す。
 数千フィートの距離を置いて、4体のゴーレムが配置されいている。
 見たことがある。
 広域殲滅用ゴーレム、「イレーザー」。
 4体で一定地域を囲み、その上空に結界を形成・特殊な光球を無数に生み出す。
 その光球は一つ一つの威力こそ低いが、他の光球との連鎖爆発によって威力を何乗にも増す。そして、その破壊の連鎖は一定地域を完全に「消滅」させる。
 欠点としては、あまりにも光球を作るのに時間がかかりすぎ、かつ4体のうち一体でも破壊されると結界が形成できなくなり光球を作れなくなってしまうことだ。そのため、運用には工夫が必要となる。
 今回も、フィーの移動速度と索敵能力から、役に立たない判断されていたはずだ。
 それが、何故っ……!
 そして、唐突に悟る。
 何故、俺の無謀とも言える申し出を、ラハムが受けたかを。
 足止めのためだ。
 「イレーザー」を使うため、フィーの注意を一定時間引いていればなんでも良かったのだろう。
 そういう……ことか……。
 「イレーザー」の光球の範囲は広い。今からではとても逃げ切れない。
「う……ん……」
 フィーの声。頭部の出血は早くも止まり、おだやかな表情だった。
 そして、思い出した。もう一つの奥の手を。
 懐から一枚の羊皮紙を取り出す。複雑な模様がびっしりと書き込まれたそれは、時間移動の巻物だ。
 ……これを使えば、助かるかも知れない……。
 しかし、この巻物では一人の人間しか未来に送れない。
 俺は……。



 光球がゆっくりと降ってくる。
 それは、地に降り立つと同時に連鎖爆発を起こし、周囲一帯を完全に破壊する。
 もう時間はない。
 俺は、時間移動の巻物を発動する準備を整えていた。
 それは簡単なことだ。ただ、時間移動する者の手に持たせ、呪文を唱えればいい。
 俺は、その巻物をフィーの左手に握らせていた。
 「紅」の力があれば、この状況下でも生き残れる予感があった。
 だが、フィーを守って切り抜けるのは無理だ。
 だから、フィーを未来に送る。運が良ければ助かるはずだ。
「そうだ。せっかくだからこれも持って行け」
 オルゴールの箱を閉じ、フィーの服のポケットにねじ込んだ。
「大事にしとけよ」
 そして、今と未来とを繋ぐ呪文を唱えた。
 それは少し哀しい響きの、まるで別れの言葉のようだった。
 いや、違う。呪文がどうとかじゃなく……俺がこれを、別れだと思っているんだ。フィーが何年後に飛ばされるかはわからない。もう、会えないかも知れない……。
 そして巻物がその魔力を解放する。フィーの身体がうっすらと蒼い光に包まれる。
「あ……」
 つぶやき。俺のじゃない。うっすらと目を開けて、フィーが言葉を漏らす。
「あ……」
 もう一度。今度は、右手を俺の方に伸ばす。あの日の夕暮れ、世界の果てに向けて伸ばしていた手を、俺の方に。
「また……会おうな……」
 呟くように告げる。
 そしてフィーの身体はゆっくりと消えた。
 しばらくその後を見つめる。後には何も残らない。
 そして俺は左目を閉じる。発動した「紅」で、頭上を見やる。
 そこには、絶望が広がっていた。
 いくら俺が「紅」の力で光球を斬ろうとも、連鎖爆発を防ぐことなど到底不可能だ。何故俺は、切り抜けられるような気がしていたのだろうか。
「ああ……そうか……」
 呟きつつ、剣を抜く。
「俺はあいつを……何にも代えて守りたかったんだな」
 それで自分の命を犠牲にすることもないだろう。苦笑が漏れる。
「でも……あいつにまた会おうとかかっこつけて言っちまったし……」
 剣を構える。頭上を睨む。
「死んでたまるかよっ!!」
 駆ける。なるべく破壊の中心から逃れるためだ。
「絶対生き残ってやるっ! 生きて生きて、世界の果てだろうとどこへだって行ってやるっ!!」
 降りそそぐ光球は、もう森の木々に触れそうなほど近くまで降りてくる。破壊の始まるときは、近い。
 駆ける。痛む身体にむち打ち、全力で走り続ける。
「ちくしょーーーーっ!!」
 そして、すべてが光に包まれた。



 結局、あれからどうなったかはわからない。
 気がつくと、目の前には−−確か、ソフィアとか言っただろうか−−前の冒険で助けた村娘がいた。
 俺はどうにかあの破壊を切り抜けたらしい。そのへんのことがあやふやで、どうにも思い出せない。
 とにかくぼろぼろの身体でこの村に辿りつき、そしてソフィアに介抱されたようだ。
 あれから、一週間も眠り続けていたらしい。
 消耗しきった俺は、しばらくソフィアの家で養生させてもらった。
 その間聞いた噂によると、ラハムはあの城を引き払ったらしい。おそらく、すべてが済んだと思ったのだろう。

 それから一年。
 まだフィーは戻らない。
 俺はあの村に居着き、フィーの帰りを待っている。あいつは元気で騒がしいヤツだから、きっと戻ってきたらすぐにわかるだろう。
 そうしたら、今度こそ……旅に出よう。

 世界の果てを目指す、冒険の旅に。





 
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