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紅の隻眼

第一章



 そこについたのは、昼を回ろうという時間だった。
 魔導師の住居は、街から遠く森の中にあった。左右に小高い丘を
臨み、その谷間を埋めるように建てられたその城は、古びてはいてもしっかりした作りで、手入れも為されているのか廃墟の趣はな
い。一言で言えば、歴史のある由緒ある建物と言ったところだろう
か。
 近くの村で聞いた話では、この城は元々かつてこの一帯を収めて
いた領主のものらしい。代々続いた名家で、見た目通りこの城は古
い歴史を持つらしい。
 二十年以上前、その領主はなにか大きな失態を犯したとかで放逐。
 新しい領主が来たもののもともと古いだけで村からも遠いこの城
に魅力は感じず、以来誰も住む者はなかった。その城を買い取り、
魔導師が住み始めたのが5年ほど前らしい。
 5年間、魔導師が何をしてきたかはわからない。
 ただ、『山が光って見えた』『恐ろしい怪物のうなり声が山から
聞こえた』といった噂だけは聞くことができた。しかしそういった
噂は魔法を扱うものがいればついて回るもので、別段珍しいことで
はない。それがただのデマである場合も、事実である場合も含めて、珍しくはない。

 馬から下り、装備を確認する。
 愛用の長剣を腰に差す。一度抜き、刀身を見る。鍛冶屋に出した
ばかりの刃は、陽の光を鈍く跳ね返していた。
 すでに装着している皮鎧はこのあいだの仕事前に購入したものだ
が、充分身体になじんでいる。違和感はない。
 軽く体を動かし。それらに異常がないのを確認する。魔導師の住
まいというのは何があるかわからない。また、いついかなる時も様々な状況に備えておくのは、戦士にとっても冒険者にとっても必須のことだ。

 城門の前へと歩む。

 門は固く閉ざされている。城門の脇には、小さな木槌と鐘。これ
で呼び出せということらしい。鐘に手を伸ばそうとして……。
 しかし、鐘を手に取る間もなく城門はゆっくりと開いた。
 その大きさ、古びた様子にも関わらず、開く動作はなめらかで、
音も大きくはなかった。
 開いた城門の先には、思っていたより広大な空間が広がっていた。
 城壁の中、城までには何もない広場が広がっている。城自体がそ
れほど大きくないため、その広さはより際だって感じられた。これ
だけ広ければ、銅像なりなんなりの装飾物の一つもあっておかしく
ないものだ。むしろ、ない方が不自然に感じられる。
 いや、何もないわけでもない。
 広場の中央に、誰か立っているのが見えた。
 俺は、その人影に向かい、門をくぐった。
 近づくにつれ、その人影の異様さが明らかになっていった。
 まず、二の腕と腿が極端に細い。まるで棒だ。それとは逆に、肘
から先の腕、膝から下は太い円筒形だ。胴体も樽のように丸い。そ
の手には槍を持っているようだが、これは普通のものだった。
 さらに近づく。
 ここまで来れば、もう明らかだった。円筒形の頭と、極端に細い
首を見るまでもなく、それは、7フィート(約2.1メートル)近
い大きさの人形とわかった。こんなものがわざわざおいてある理由
があるとすれば……。

「ガ……」

 軋むような声……いや、音を立てて、その”人形”は動き始めた。
 ”人形”は槍を構える。俺は剣を抜き放ち、構える。
 まだ、剣の間合いにも槍の間合いにも遠い。
 ゆっくりと、油断なく距離を詰める。

 不意に、爆音。

 ”人形”の足下からあがったはじけるような音は、その内容にふ
さわしく周りの土や雑草を吹き飛ばす。その音に押されるように、
”人形”はこちらに突進してきた。
「ちっ!」
 舌打ちしつつ、かわす。かわすことしかできなかった。風を巻き
俺の脇を通り過ぎる”人形”の速度は尋常ではなかった。まともに
ぶつかってはこちらがはじき飛ばされるだけだろう。
 通常、魔法で動く「ゴーレム」は、鈍重なのが常識だ。あれほど
高速に動き回るものは聞いたことがない。
 通り過ぎた”人形”は、その速度にも関わらずぴたりと安定して
立ち止まる。驚くほどなめらかな動作で、そして素早くこちらに振
り向く。再び槍を構え直し、腰を落とす。
 再び、爆音。
 やはり真っ直ぐに突っ込んで来た”人形”。だがどんなに速かろ
うと、軌道が読めればかわすのは容易い。俺は身をかわしつつ迎撃
の準備を整える。
 しかし”人形”は、あの速度の中にも関わらず俺の動きに合わせ
槍を振るった。
 やる……が、遅い。
 身を沈め、槍をかわす。かわすと同時に、剣を下から振り上げる。
 金属と金属のぶつかる甲高い音が響く。”人形”の身体は金属で
出来ているようだ。
 かまわず、振り抜く。切れ味より、たたきつける打撃力とそれに
応える耐久力を備えた剣は、”人形”に容赦ない打撃を与えた。
 高速に移動する中、突然別方向から加えられた力によって”人形
”は大きくバランスを崩す。まともな着地など出来ず、地面に激突。
 二転、三転。轟音を立て城の入り口近くの城壁にぶつかり、よう
やくその動きを止める。
 相当の衝撃がかかったはずだが、”人形”はまだ動きを止めな
い。ゆっくりとだが、起きあがろうとしている。しかし、その動き
は硬い。さすがにダメージをは小さくなかったようだ。
 だからといって起きあがるのを待つ義理などない。既に人形の 
正面にまわっていた俺は、”人形”の胸に突きを放つ。
 金属音。
 軋むようなその音は、鉄が鉄に食い込む音だ。一点に集中した突
きは、金属の胸に穴を穿っていた。
 ”人形”は断末魔の叫びの代わりに、大きく身を震わせた。自ら
の身体を貫く刃に手を伸ばそうとし……しかし触れることはかなわ
ず、その動きを止めた。
「さあて……」
 剣が刃こぼれしていなければいいが、などと思いながら剣を引き
抜く。
「これで、テストは合格かい? 魔導師さん」
 城の方を向きながら、問いかける。
 城の入り口前。そこには、一人の老人がいた。
 黒いローブ。足まで届きそうな白いひげ。深いしわの刻まれた顔。
 そして、その手に持つのはいくつかの宝石を埋め込まれた杖。
 魔導師の標準的な服装だ。おそらく、今回の依頼主と見て間違い
はないだろう。
「やるな」
 その老魔導師は、外見通りの嗄れた声で、短くそう答えた。
 抑揚に欠けたその言葉は、簡潔で意味は伝わるもののこちらの質
問の完全な答にはなっていなかった。だから俺は言葉を続けた。
「いきなり問答無用で採用テストをやるとは乱暴な話だな」
 あの”人形”は、おそらく依頼を受けに来た者の実力を試すため
置かれたものなのだろう。こんな風に試されること自体は珍しくな
い。もっとも、何の説明もなくあんなものをけしかけられたのは初
めてだったが。
 老魔導師はこちらの文句を気にした風もなく、倒れた”人形”の
そばまで歩く。そして注意深い視線で人形を観察し始めた。
「初めの斬撃では胴の強化装甲を破れていない……か。防呪は正常
に機能している……」
 ブツブツと、独り言を呟く。
「おい、俺の話を……」
「その剣……どんな呪文が仕込まれておる?」
「へ?」
 老魔導師は今度は俺の剣をじろじろ見はじめた。無遠慮な視線だ
った。
「ただの剣に見えるが……偽装……? それにしても魔力が感じら
れん……見事な……」
「いやあの……」
「見たことがない型じゃ。ルハムめが新しく作ったものか……?」
「これは、ただの剣だ」
「………なに?」
 ようやく俺の声に反応した。そのまま続ける。
「ただの剣だよ。だいたい、呪文をこめられた魔法剣なんて……あ
んな高いもの買えるわけないだろう?」
「それでどうやって高機動壱式の強化装甲を貫いた?」
「こうきど……って、あの人形か? 確かに硬かったが、一点に打
撃を集中すれば別に不可能じゃない」
 実際、そのぐらいのことが出来なければ生き残れない修羅場ぐら
いくぐり抜けてきた。
「ふむ……」
 考え込む老魔導師。再び会話が途切れてしまう。
「オイ、テストは合格なんだろう? 違うのか?」
いいかげんいらついてきた俺は、このマイペースな老人に再び問い
かける。
「いいだろう。来い」
 老魔導師は、やはり俺の質問に答えず歩き出してしまう。慌てて
俺は後を追った。



「ラハム?」
 老魔導師の名を告げられた俺は、思わずその名を繰り返し呼んで
いた。

 魔導師ラハム。

 剣を持つ稼業に就いているもので、この名を知らないものなどそ
うはいないだろう。
 そして、その名を知る者は、彼をこう評する。
 魔導兵器造りの稀代の天才、と。
 竜の炎にすら耐えるという防壁を生み出す盾。敵陣深く、高出力
の魔法を放ち続けるゴーレム。術者の魔力を高効率に増幅し、駆け
出しの魔術師であろうとも熟練の魔術師クラスの術を放てる、魔法
の杖………。
 その種類は多く、その質も安定して高い。ついでに言えばその分
値も張るのだが、価格以上の効果を確実に発揮するという。
 もっとも、慢性的に金のない俺にはあまり縁のないことではあっ
たが。
「そう、ラハムだ」
「あんたが……助手?」
「助手ではない。ゴーレムの実戦テストにつき合ってもらいたいだ
けだ」
「テスト……つまりさっきのようなことをやってくれって訳か」
 軽く、しかしはっきりとわかるようにうなづく。さっきから無駄
な言葉も大げさな身振りもない。えてして魔導師というものは己の
持つ技術を誇示したがるものだが、この老魔導師にそういった向き
は見られなかった。
「今まで対魔法戦闘用の装備をつくってきたが、今回近接戦闘用の
装備も開発することにした。そのため冒険者ギルドに近接戦闘能力
の高い者をよこすように依頼を出した」
「それはいいが……どっかの軍隊にでも頼めばいいだろう?」
「……軍隊に依頼すると言うことは、国に依頼すると言うことだ。
特定の国との癒着は避けたい。それにどこかの国に属する者では情
報漏洩に気をつかわねばならん……それも面倒だ」
「なるほど……でも俺も誰かにここのこと話すかも知れないぜ?」
「冒険者ギルドには、どこの国にも属さず秘密を漏らさぬ者という
条件で依頼を出している。破られた場合はギルドで責任をとるとの
ことだ」
 責任をとるという事は……最悪、”消される”という事か。ギル
ドはそういう部分では厳しい。依頼者の名前が匿名になっていたの
は、その辺の配慮か。思わずため息が漏れる。
「しばらく住み込みでテストにつき合って貰う。部屋は適当に選べ。実験器具がない部屋ならどこでもつかって構わん」
 魔導師の言葉に、俺は慌てる。
「ちょ、ちょっと待てっ! 俺はまだ受けるとは言っていないぞっ!」
「……断るつもりか?」
「依頼を受ける前に前に確認することがある」
老魔導師は、黙して待つ。
「命の危険はないか?」
「そこまではやらん。それに治療用の呪力を封じた道具はいくらで
もある。即死でなければまず蘇生は可能だ」
「期間はどれぐらいだ?」
「二ヶ月」
「その間の外出は?」
「テストのない日は許可するが、基本的には城にいてもらう。その
間の食事は保証する」
「ふむ……」
 考える。特に悪い条件はない。二ヶ月という期間は短くはない
が、闘うことは嫌いではない。稀代の天才の造る魔導兵器と闘うと
いうのは、魅力的に思えた。
「よしわかった、受けるぜ」
「わかった。よろしく頼む……」
 そこで、老魔導師の言葉は止まる。促すような視線。
「ラングス。ラングスだ、よろしくな」
 契約の成立だ。



 とりあえず、二ヶ月という長期に渡るため、街の宿に預けていた
荷物を引き上げる。といってもそんなに多いわけではない。馬車を
借りるまでもなく、来たときと同じく馬で充分だった。

 魔導師の城についたのは、日も暮れて山が赤み始める頃だった。
 城門まで来ると、どういう仕組みか城門はひとりでに開いた。や
はり古びた門とは思えないなめらかな動きだった。どうやら老魔導
師の手が入っているらしい。
 そのまま馬で乗り入れ……しかし、城門をくぐると俺はすぐに馬
を下りた。
 広場の中央に、また人影が見えたのだ。”人形”だろうか。それ
にしても、早速テストを始めようと言うのだろうか。
「人使いの荒いっ……」
 毒づきながら、剣を抜く。それにしても、今度のは随分と小さい。
さきほどの”人形”は7フィート(約2.1メートル)近くあった
が、今度のは5フィート(約1.5メートル)程しかない。それに、あれではまるで……。
 そして、その人影の目の前に来たとき、俺は自分の認識が間違い
ではなかったことを確信した。


 そこに立っていたのは、少女だったのだ。


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