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彼女は無双



 まず、俺の近況を知ってもらいたい。
 今、死にそうだ。

「〜〜〜〜〜〜っ!」

 声を出してそのことを伝えることもできない不幸を憂いながら、自分の頸動脈を今まさに決めようとする細い腕に必死にタップ。
 尻の下のアスファルトの冷たさに体温が近づいていくような恐怖を感じタップを加速。
 命がかかっている全力かつでも相手を怒らせない程度の力加減も考慮した上でぱんぱんと叩く。
 その必死の訴えが通じたのか、拘束が緩む。ぜーはーと空気を吸い込む。酸素のありがたみと首から上にちゃんと血が流れることの幸せを実感できる瞬間。

「どうです? まいりましたか?」

 声に振り向くと、最初に目に入ったのは黒髪。ふわりと舞うストレートの髪から香るシャンプーの香りに、クラリと来る。
 それもつかの間。目の前のそれは立ち上がる動作に遠のき、代わりに視界を占めるのは
まっしろでしなやかな脚。黒のハイソックス。そして革靴。
 スカートとハイソックスの間の白い危険領域が間近にあり、やっぱりクラクラする。

「……大丈夫ですか?」

 いつまでも立ち上がらない俺を心配するような声が上からかけられる。
 どちらかと言えば細い声。静かに響く、おしとやかな感じの女の子の声。
 見上げる視界にはいるのは、その声のイメージを裏切らない綺麗な顔。透き通るような白い肌。やや細面に墨を流したような黒髪を持つ、日本美人。
 ついでに言うと体型の方も純日本風というかぶっちゃけ胸は薄かったりする。でも鍛えてるだけあって身体のラインが綺麗で、着物とか似合うんだ、これが。

「達紀ちゃん、本当に大丈夫ですか?」

 うっかり見とれてしまっていた。
 俺は慌てて立ち上がる。

「大丈夫大丈夫……って、そんなに心配するなら初めっから頸動脈なんか絞めるな。あれは人を殺せる技だろう?」
「たっ……達紀ちゃんがいやらしい目で女の人を見るからですっ」

 言うと、ぷいっと顔を背けてしまう。
 子供っぽい仕草。それに、デスマス調の固いしゃべりなのにかたくなに俺のことを達紀ちゃんと呼ぶのもなんとも子供っぽくて恥ずかしいものがある。
 でも、なにより恥ずかしくて、照れ臭いと思ってしまう理由は……。

「………」

 かすかに紅く染まった頬。口を尖らせ、拗ねたようにそっぽを向く横顔。
 かわいい、と素直に思った。

「何をジロジロ見ているんですか?」

 急にこちらを振り向く瞳に思いっきり動揺する。
 慌てて辺りを見回すと、ちょうど通りかかるOL風のお姉さんがいた。

「ほら! あそこの綺麗なおねえさんがっ! あの揺れる胸が俺の視線をとらえて離さないのさっ!」
「達紀ちゃん! またーっ!」

 次の瞬間、視界から一人消え失せる。
 代わりに首筋に巻きつく細い腕。それは、背中にあたる感触のうれしさを意識する間もなく耐え難い苦痛をもたらしてくる。

「だから静那! 頸動脈を極めるのはやめれーっ!」

 すぐに声も出せなくなる。
 それは、そんないつもの……静那と俺の、学校の帰り道だった。





 俺には一人、幼なじみがいる。
 幼なじみ――静那(しずな)は、小さい頃はどちらかと言えば体の弱い方だった。
 ガキの頃は近所をかけずり回るのが楽しかった俺。近所に澄んでいた静那はよくついてきたものだったが、でも体力のなさゆえかすぐについて来れなくなった。
 最初の頃、俺は静那に合わせあまり遠出をしないようにしていた。女の子といっしょに遊ぶなんてはずかしかったけど、親から言われてしかたなく、といった感じだった。
 それを、なにかの弾みで静那が知ってしまった。

「達紀ちゃん……そんなのいやです。あわせなくていいです」

 きっぱりと静那は言った。
 当時俺もガキだ。むかついて、容赦なく引き離した。静那はついて来れなかったが、でもしばらくするとついてこれるようになった。なんていうか独特の走り方で、ゆったりした感じなのに妙に速かった。
 この時から静那は家で古武道を習っていたらしい。独特の走り方、というのもその古武道の歩法のひとつだったようだ。
 驚くべき事に……静那の家には”秘拳”とやらが伝わっていたのだ。前に一度、流派の名前を聞いたことがあったが、なんだか妙に面倒くさい名前で憶えられなかった。
 普通にそんな話を聞いたら、俺はまともに取り合わないだろう。だが、俺は体感してしまったのだ、それを。
 静那がそんな古武術を習っているなんて知ったのはつい最近のことだった。

「静那ー、入るぞーっ」

 ある日、静那に渡し忘れていた学校のプリントを家まで届けに来たとき。幼なじみの気安さから、部屋に入った。
 お約束のように、静那は着替え中だった。
 いや、実のところ頭の片隅ではその可能性を考えないでもなかった。でも静那とは幼なじみだ。女の子として意識するなんてこと、なくなっていた。向こうもそうだと思った。
 だからたとえそういう場面に遭遇しても笑って済むと思っていたのだ。
 だが、現実は想像を超えていた。
 下着姿の静那は本当に綺麗だった。
 抜けるように白い肌には染み一つなく、無駄な肉付きのない、それでもふっくらとした女性的な身体のラインに目を奪われた。
 あえて言うと……白の下着に黒のハイソックスだけ、という組み合わせも俺のツボにジャストミートだったということもあるだろう。
 その時初めて気がついた。俺が静那のことを女の子として意識していたことに。そして、幼なじみという距離の近さ故に、意識的にも無意識にもそのことを無視しようとしていたことに。
 でも、発覚した事実はそれだけじゃなかった。
 音はしなかった。気配もなかったように思う。

 気がつくと、静那は俺の懐にいた。

 まったく反応できなかった。静那のほっそりした両手が俺の胸に添えられるのをただ見るだけ。そのあと、爆裂にはじき飛ばされても、驚きより先に「どうして?」という疑問が先に立った。
 そう。静那は俺の懐に踏み込んで両手で打撃する――ただそれだけで俺のことを数メートルも吹っ飛ばしたのだ。
 そして疑問の次に来たのは驚きよりもまず痛み。身体の芯から衝撃に震え痛みが広がった。
 だから俺は最後に目にしたものを必死に反芻しながら痛みに耐えた。
 静那の綺麗な身体。想うことは一つ。

 ――あいつ、胸の谷間ってやっぱりできないんだなあ。

 その日から、静那を女の子として意識するようになってしまった。






「もう……達紀ちゃんはすぐに女の人をえっちな目で見るんですから」
「そ、そういう年頃なんだよっ」

 いつも、と言われるぐらいの頻度で、俺は静那に見とれてしまう。そのたびにごまかすために他の女の子を見ていたと嘘をつき……結果、さっきのような強烈にして痛烈なつっこみを受けてしまうのだ。
 ……いいかげん、身体が持たないような気がする。

「ほんと、ほかの女の子ばっかり……」
「静那……?」

 その一言をあとに、静那は歩みを早め前に行く。
 静那はほとんど足音を立てない。滑るような動きでいつの間にか移動していたりするので油断ならない。静那ウォッチャーの俺としては大変困りものだ。
 先を行く静那は、くるりと振りかえる。ふわりと舞う黒髪が綺麗だった。

「今日もおじいさま、いないんです。……家に、見に来ていただけますか?」

 そう、はにかむよう問いかけてきた。





 静那の家は大きい。純和風家屋で、廊下でかけっこできるぐらい大きかったりする。家自体もよく手入れされ、落ち着いた雰囲気は歴史の重みみたいなものを感じさせる。
 まさかそんな家に伝わっていたのが幻の秘拳なんてうさんくさいものだとは。
 そして……。

「何度来てもおどろくよなあ……」

 見回しつつ思う。
 板の間の部屋は、静那の家のおよそ中央にある、隠し道場。
 ここでは少々音を立てても外に漏れない工夫がしてあり、またその配置から家の中央にありながら簡単にはたどりつけなかったりする。かく言う俺も、小さい頃から何度も静那の家に遊びに来ていたのにこの場所のことは知らなかった。
 さすが幻の秘拳と言うだけのことはある。
 とかボンヤリしていると、戸の一つが開き静那が入ってくる。
 上は胴着、下は紺の袴。長い髪は束ねて一つにまとめて後ろへたらしている。凛とした、静那の胴着姿だ。

「じゃあ、始めます。変なところがあったら言ってください」

 ああ、と返事を返す。
 そして静那は演舞を始める。
 静那が古武道を習っていると発覚してからこの道場の場所を教えてもらった。
そして時折、師匠である静那の祖父が不在の時、演舞を見てくれるよう俺は誘われるのだった。
 断ったことはない。だって、演舞をしている時の静那は本当に綺麗だから。

 静かに、軽やかに。でも時に重く、そして深く。
 静那は動き続ける。途切れない動きの流れ。流麗。そんな一言が頭を占める。
 時折風の鳴る音は、静那の打撃の音だ。同時に踏み込む足に道場の床が重く鳴る。
 音はそれだけだ。ムダのない、静けさの中のリズム。
 照明は部屋の中で揺れるろうそくのみ。
 あえかなあかりの中、静那の影が、静かに揺れ、動き続ける。
 それが、小一時間も続く。

「どうでしたか?」

 息を整えながら静那が問いかけてくる。
 動いている最中は息の声など聞こえなかったが、それでも運動量は相当なものだ。
 息はやっぱり乱れるし、汗もびっしょりかいている。

「ああ、すごかった」

 いつもと同じ感想の一言を告げる。他に言えることがないのが悔しかった。静那は本当は悪い点とかを指摘して欲しいだろうに、素人の俺には言えることがない。
 ……まあ、そんな俺に頼む静那も静那だが、それだけ練習を欠かしたくないのだろう。
 静那はいつもこうして俺の感想を聞くと、シャワーを浴びると言って出ていく。俺はそのまま帰ることもあるし、夕飯をごちそうになることもある。
 が、今日は違った。
 静那はいきなり俺のすぐ隣に座ったのだ。

「静那?」
「疲れてしまいました」

 そう言って、頭を俺の方にもたれかけさせてくる。
 静那の汗のにおいが、甘く香る。男のだったら絶対そうは思わないのに、女の子の匂いって
特別に思えるのはなぜだろう。
 いやそれよりこの状況はいったい……!? こいつどうしたんだ?

「達紀ちゃん……わたしのこと、どう思います?」
「さっき言っただろ? すごかったよ。まあ素人目だけど、いつも通り演舞はすごかった。いつもお前のことをみてる俺の言うことだ、安心しろよ」

 なんだか様子のおかしい静那を元気づけるべく、そんなこと言ってみる。
 でもウソは一つも言っていない。静那はいつもどおりすごかったのだ。

「いつもお前のこと見てる……」

 なぜか俺の言葉を反芻する静那。

「ウソです」
「なにが?」
「達紀ちゃんは他の女の人を見てばかりです」

 拗ねたようにそんなことを言った。

「お、おまえなにをっ……!」
「わたし、本当は達紀ちゃんにこんなこと知られたくなかった……」

 そして、静那は深くため息を吐く。俺は黙ってそれを聞く。
 やがて、静那はぽつりぽつりと語り始めた。

「達紀ちゃんに追いつきたくて……それでおじいちゃんに相談したら古武術を教えてくれました。達紀ちゃんにおいて行かれなくなって嬉しくって一生懸命練習して……気がついたらすっかり強くなっていました」

 おじいちゃんにだまされたんです、と静那は口の中でこっそりと言う。聞こえてしまっているが。

「まさか一撃で達紀ちゃんを全治二週間にしてしまうぐらい強くなってる何て知りませんでした」
「あー、あれなー……」

 初めて静那が古武術の使い手だと知ったあの日。俺は肋骨にひびを入れてしまい全治二週間になってしまったのだ。
 まあそんな短期間で回復したのは静那の家提供の秘伝の湿布のおかげだったりするのだが。

「嫌われたと思ったけど、達紀ちゃんは変わらず優しくて……」

 あの日から静那を意識し始めて、でもとにかく現状維持と俺はケガのことを水に流して静那と接した。

「思い切って演舞を見せたらすごいって言ってくれて……」

 静那は俺の方を離れ、すすっと俺の脇から正面に回った。あいかわらず音のない謎の動きだった。

「でも、やっぱり……強い女の子は嫌いですか?」

 真っ向からそんなことを言った。

「そうですよね……瓦20枚を軽く割ったり、ブロック塀ぐらい掌底でかるくぶち破れてしまう女の子なんて、嫌いですよね……」

 そんなことも出来るのか? 知らなかった。背筋を冷たいものが通り過ぎる。
 静那は言うだけ言うと顔を伏せてしまう。
 こいつは……でも、そうか。そうなのか……。

「なあ、静那……」
「はい……」
「俺の目を見ろ」
「?」

 そして、静那はじっと俺の目を見る。
 俺も静那のことをじっと見つめる。
 恥ずかしい。好きな女の子の顔を見つめるのはひどく照れ臭いものがある。
 でも、ここはあえて耐える。
 すると静那の顔はみるみる紅くなり、そして目を逸らしてしまう。
 予想通りのリアクション。……いや、期待以上の反応だ。むちゃくちゃうれしいぞ、こんちくしょう。
 でもここでうれしさに飛び上がるわけにもいかない。おれは努めて冷静に問いかける。

「どうして目を逸らすんだ、静那?」
「だって、こんな近くで見つめ合うなんて……」
「恥ずかしい、だろ? そうなんだよ。好きな人のことはじっと見つめたいけど、それが相手に伝わるのはすげえ恥ずかしいんだ。お互い気持ちを確かめ合ってればいいけど、そうじゃなきゃ恥ずかしくてごまかしたくなるんだ」
「え……?」
「いつもお前のことを見てるんだ。でも、気づかれると恥ずかしいからごまかしてるんだ。他のものを見てたんだって、ごまかしてたんだ。恥ずかしいし……。それに、気持ちを伝えて拒絶されたらって思うと……恐いじゃないか。だからごまかしちまうんだよ」
「え、え……?」

 静那は混乱したように”え”の一言を繰り返す。
 そうだ。俺は今まで恥ずかしくて、そして気持ちが伝わってしまうのが恐くてごまかしてばかりいた。
 今見つめ合って、そして静那が目を逸らしたのも同じ理由。つまり、俺のことが好きだから……。
 ああ、やっぱり嬉しい。だから俺はその気持ちを言葉に変える。

「俺は静那の事が好きなんだ」
「えーっ!?」

 普段の物静かな静那なら絶対に出さない、すっとんきょうな声が隠し道場に響く。

「う、う、ウソでしょう? ウソですよね!?」
「ウソじゃない。本気。マジ」
「そ、それじゃ両思いと言うことですかっ!? そう言うことになってしまうんですかっ!?」
「お前自分の言ってることわかってるか?」

 俺の指摘に静那は赤かった頬をさらに赤くする。それを隠すように頬を両手で押さえるが、ムダだ。だって耳まで赤い。
 でも俺も人のことは言えない。きっと同じぐらい赤くなってしまっている。

「静那……俺も聞きたい」
「え……?」
「お前の気持ち、聞きたい……」
「え? え?」

 静那は俯き、でも顔を上げ、

「はい。達紀ちゃんのこと……好き……大好き……」

 そう。呟くような、小さな声で。でもハッキリと、言った。

「静那……」
「達紀ちゃん……」
「静那……!」

 あの日、静那をはじめておんなのことして意識した記憶が甦る。
 下着。黒のハイソックス。谷間の出来ない胸。
 そして今を意識する。
 二人っきり。防音の聞いた隠し道場。告白直後。汗に濡れた静那。
 もう、押さえられない! ああ! 俺はどうしてこんなおいしいシチュエーションでいままでなにもしなかったっ!?
 おもむろに静那の肩を抱く。がっしりと、力強く。

「達紀ちゃん……?」

 ゆっくりと、静那の唇に向けて近づいてゆく。静那は抵抗しない。そして……。
 コキッ、と小気味良い音がした。
 視界がいきなり横に90度まがった。
 身体は真っ直ぐなのに首だけ90度横に曲がった。すげえ奇妙な感覚。
 首をどうにか戻そうとした。が、まったく動かないっ!?

「うわ、首が、首がーっ!?」
「わわわわっ!? 達紀ちゃんごめーんっ!」

 静那が慌てて俺の首に手を添える。
 再びコキッ、と小気味良い音がして、視界が真っ直ぐに戻った。

「い、今なにが起きたんだ……?」
「ご、ごめんなさい。達紀ちゃんがえっちなことしようとするから反射的に……」
「え、えっちなことなんか……しようとしてないぞー?」
「う、ウソっぽいです、すごく。それに顔がすごくえっちでした……」

 そう言って上気させた顔をそむけ拗ねる静那の方がよっぽどエッチと言うか、そそると言うか。
 そんな静那を見ていて気づいたことが一つ。
 静那の肩に置いたはずの俺の手が見あたらない。

「おやあ……?」

 肩から手の先まで視線を辿らせる。俺の手はいつの間にかぶらんと垂れ下がっていた。
 動かそうと思っても動かない。ためしに揺らしてみたら手はぶらぶらと日常ありえない愉快な方向に揺れた。

「うわ、手が! 手がーっ!?」
「わわわわっ!? 達紀ちゃんごめーんっ!」

 コキッ、と小気味良い音をさせ、あっさりと骨をはめ直す静那。
 ……俺の身体、プラモ扱い。

「静那〜っ!」
「ご、ごめんなさい。つい、反射的に……」

 しゅんとする静那。

「でも達紀ちゃん……あれぐらいちゃんとかわしてよぉ……」
「無茶を言うな……」

 俺は静那の戦闘力をまだまだ甘く見ていたらしい。
 まさか気づかないうちに痛みもなく間接を外されてしまうとは……。

「あ、もしかして」

 そう言って、静那は突然俺の胸に飛び込んできた。

「し、静那!?」

 ひょ、ひょっとして……俺の方からやるとああいうことになるから自分からするつもりか!?
 静那は俺の胸に密着すると、背中の方に手を回してぎゅっと抱きしめてきた。
 そんな積極的な……ああ、ああ!

「あああああーーーっ!?」

 猛烈に締め付けられた。やばい。肋骨が猛烈な勢いで軋む。こ、殺されるっ!?
 と思った瞬間、静那は俺の身体を離れた。

「し、静那?」
「やっぱり……」

 その顔は失望の表情を浮かべていた。

「達紀ちゃん、鍛えないとダメ」
「え?」
「わたしも女の子だから、好きな男の子は思いっきり抱きしめたいんです……」

 照れながらそう言うことを言うのはたいへんかわいいけど……あんな力で抱きしめられたら死ぬかも知れませんよ?

「だから、達紀ちゃん! 明日からいっしょに修行しましょう!」

 そう言って手をさしのべる。
 邪気のない笑顔。静那の整った綺麗な顔が浮かべる、子供のように純粋な笑顔。
 そうだ。俺はこいつのことが好きなんだ。だったらこいつの為に強くなるのは……いい。強くなりたい。
 だから手を握り返す。
 これは誓い。静那と共にこれからも歩んでいくための、誓い。これから幸せになっていくための誓い。
 二人して手を握りあい、照れたように微笑みあって。
 そして。

 コキッ、と小気味良い音がした。

 5本の指がそれぞれ自分勝手に愉快な方向を向いていた。

「ま、また間接外されてるっ!? 指が、指がーっ!?」
「た、達紀ちゃんごめーんっ! 反射的につい……でもこれぐらいかわしてくださいっ」
「無茶言うなーっ!」

 でも、本当に幸せになるには……まだまだ時間がかかりそうな感じだった。

 了


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