SSトップへ

HPトップへ

前のページへ

黒髪の狂獣機外伝
蒼の魔手

Appendix



「そんなことがありましてね……」

 その少女は、目の前に座る黒髪の少女の髪を梳きながらそう言った。
 紅いショートヘアの、少女と呼ぶにはすこし大人びた娘だ。
 ややおだやかながら、その瞳はやや勝ち気な感がある。
 身に付けているのはたっぷりとし布地の、白に近い灰を基調とした色の服。その意匠は魔導師の纏うローブのようだが、動きやすいよう要所をまとめてあるため戦闘着のようにも見える。
 成長したルーネである。
 髪を梳かれている少女の名はフィー。
 長く美しい黒髪と大きなくりくりとした瞳の、見た目はごく普通の少女だ。
 しかしその少女は、かつて伝説に謡われた魔導師”ラハム”に作られた人ならざる者――魔導兵器である。その長い髪は自在に伸縮し、動かすこともできる。フィーは”髪”でもって魔法陣を描き、打撃を加えることで強大な魔力を生み出す”震式”という魔法を扱う。
 だが、フィーは兵器であるという自らの生い立ちにながされることなく、自分の意志で歩むことを選んだ。今はルーネと共に旅をしている。
 フィーはルーネの髪を梳く手に、気持ちよさそうに目を細めた。
 ルーネの言葉は続く。

「それで、わたしは自分の力をどう使うべきか考えるようになりました。そして、レイア様と……私のお師匠と出会って、力のちゃんとした使い方を学びました。そうしたら、あの少年が戻ってくるのを待ち切れなくって、冒険者として旅に出ることにしました」

 それに力になりたいとも思いましたしね、とルーネは続けた。
 魔力を扱うその腕は、今では自分の意志で完全に制御可能だ。かつてのようにただ集中した魔力をぶつけるのではない。腕の魔力を利用し空間に魔法陣を描き、呪文によって発動する”紋章起動式魔法”を使うことができる。
 精度の高い魔法を高速に発動させること、雷の魔法を好んで使うことから”雷光手”との異名で呼ばれていた。
 言いつつ、黒髪をまとめる。そろそろ最後の仕上げだ。

「ルーネは昔、髪長かったんだ?」
「ええ。でも……やっぱり冒険には邪魔になってしまいますから、切ってしまいました」

 ちらり、とルーネは自分の髪を見るように視線を動かす。
 かつてそれだけで視界に入った長い髪はもうない。わずかに寂しげに目を細める。
 
「その人とは、まだ会えないの?」

 フィーの問いに、ルーネは視線をフィーの方へと戻し、髪をまとめる動きを早めた。
 
「さて……どうなんでしょうね?」

 ルーネはフィーにと言うより自分に問いかけるように呟いた。

「その人はどうも鈍感みたいなんですよね。そのころと私もだいぶ変わったと思いますけど、どうも気づいていないみたいなんです。もし気づいていて言ってくれないんなら、それはそれでひどい話です」

 髪をまとめる手はさらに早まった。強く引かれ、フィーはわずかに眉をしかめる。
 その様に気づいたように、ルーネは作業の手をゆるめた。

「だから私は決めたんです。気づくまで、言ってあげないって。私は最初から気づいていたんだって、言ってやるんです」

 そう、いたずらっぽく笑いながら言った。

「はい、完成です」

 言いつつ、フィーに手鏡を渡す。フィーはそれをまるで宝物のように受け取ると、楽しそうに自分の髪型を確かめる。
 髪を幾筋もの三つ編みにまとめ、それを最後に後ろで結い上げた髪型だ。
 一筋一筋丹念に編み上げられた乱れのない三つ編みは、それだけで宝石のように綺麗だった。

「姉さんが髪をいじるのが好きで……気づくと、わたしもそうなっていたんですよね」

 楽しげなフィーの様を眺めていると、一人の青年がやってくる。
 ルーネ達と共に旅する剣士――ラルフだ。
 短く切り上げた黒髪、意志の強そうな瞳の青年だ。体の動きを阻害しないように手を加えられた独特な形のプレートメイルに身を包み、その腰には黒い柄に緑の宝珠をはめ込まれた長剣――黒の意力重圧剣”グランプレッシャー”と呼ばれる、”重圧”を操る魔剣を下げている。

「そろそろ行くぞ」

 言いつつ、未だ立ち上がらないルーネに手をさしのべる。
 ルーネはしばしその手を見つめてから、言った。

「わたしの手……」
「ん?」
「恐く……ないんですか?」
「”雷光手”の字名を持つお前の力を見くびる訳じゃないが……恐いとは思わない」
「どうしてですか?」

 まっすぐな瞳で、ルーネはラルフを見上げる。
 その真剣さに、ラルフはすこし驚いたように眉を上げ、しかし、
 
「だって、お前の手じゃないか」

 そう、あたりまえのように答えた。そしてルーネの返事を待たず、手を取り、引いて立ち上がらせる。
 ルーネは無愛想で強引なラルフの様に胸中でため息をつく。
 でも、悪い気はしていない。
 何年も剣を鍛え込んだ 堅い手。自分のそれ以上に危険な力を扱うその手を、ルーネは確かに暖かいと感じている。
 だから……。

「はいっ!」

 元気に答え、ルーネは立ち上がるのだった。 

 

前のページへ
SSトップへ

HPトップへ