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黒髪の狂獣機外伝 | ||
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第七章 | まだ、朝日の昇りきらない時間。 少年はそんな薄暗さの中、歩いていた。 背には黒い長剣と荷物の入ったずた袋を背負っている。 身に纏う皮鎧は、ワーウルフの一撃をうけ壊れた部分をなんとか直してあとがあり、ややいびつな形をしている。 その歩みが、町の外へとさしかかる。 丘の近くまで来たところで、少年は視線を上げる。 丘の上には大樹。 朝霧にぼんやりと浮かぶ大樹の脇に、かすかだが人影が見えた。 軽くため息を吐き、少年は町を出る道から丘を登る方へと歩みを変える。 丘を登る。いつも少年が眠っていた、大樹の根本。そこに。 「やっぱりいたのか」 少年が声をかけると、長い紅髪を揺らして少女はうなずいた。 「そろそろ来る頃だと思ってましたから」 そう、少女は――ルーネは答えたのだった。 ・ ・ ・ ワーウルフとの戦いの後、力つき倒れた二人を救ったのは村の捜索団だった。もしあのままの状態でいたら、命を落としてしまっていたかもしれない。 「大変でしたよねぇ……」 ため息混じりに言う。 少年は苦笑しつつルーネをみる。そのまなざしは、暖かい。 「他人事みたいに言うな」 「……実感が、湧かないんですよ」 そう言って、ルーネはくるりと朝日の方に振り向く。 山の間から昇る明るい光に、目を細めながら、言葉を続ける。 「東の森に行くなんてムチャをしたことも……。 ワーウルフと戦ったなんてことも……。 あなたが助けに来てくれたことも……。 すごく恐かったことも、すごく嬉しかったことも」 ルーネは少年の方に振り向く。その動きに髪が舞う。髪は陽光を跳ね輝く金の色をしている。光によって陰影が際だち、それは神秘的な雰囲気だった。 「みんなみんな、夢みたいです」 ルーネは微笑んで言葉を締めくくった。 少年はそんなルーネをぼんやりと見る。その視線に恥ずかしさを感じ、ルーネははにかむように言葉を続ける。 「でも、一番不思議だったのはジェフがいの一番に助けに来てくれたことですかね?」 「ああ、あいつか」 「そうです。驚きました……でも、感謝なんてしてあげません」 ”ワーウルフに噛まれたヤツを治すには東の森にある薬草を使えばいい”。そのジェフの言葉に偽りはなかった。 しかし、正確でもなかった。 特効薬は別に東の森にしかないわけではない。実際、ワーウルフの出現に伴い町にはその特効薬が取り寄せられていた。もっとも高価なもので、無一文に近い少年には手は出ないであろうものではあったが。 しかし、あの時点で少年の病はそれほど進んでいなかった。東の森に行くなどと言う危険を避ける手段はあったかもしれない。 「でも、あいつがいたから捜索団なんてものが来てくれたんだろう? おやじが町の名士らしいじゃないか」 「そうですね。確かにジェフのおかげで助かりました。それに、そんなことしてくれるなんて思ってもみませんでした」 ルーネはほう、と息をついた。 「本当に、周りが見えていなかったんですね……」 ・ ・ ・ ルーネは、自分の力故に疎まれていると思っていた。誰も助けてくれないと思った。だからこそ、一人で薬草を探しに行くなどと言う無謀な手段をとったのだった。 罪の意識を感じジェフが先頭を切って探してくれたのも、何人もの大人が一緒に探してくれたのも、ルーネからしてみれば思いもしないことだった。 あの後。東の森で気を失ってしまった。気がつくと家のベッドの上にいた。 アム姉さんがいた。ルーネが目を覚ますと人を呼んだ。 たくさんの人が来た。みんな一様に自分が目覚めたことを喜んでいるようだった。 自分の力を恐くないのかと言うと、笑い飛ばされた。 「知り合いの魔導師は酔った勢いでうちの酒瓶を棚ごとだめにしちまったぜ」 「お前も子供の頃、魔法の瓶を開けて馬小屋壊しちまって、馬が逃げ出してたいへんだったよなあ」 そんなことを言って、笑った。 ・ ・ ・ 「勝手に思いこんで、勝手に自分が嫌われてると思って……。確かに、嫌ってる人はいます。疎ましく思ってる人はいます。でも、そんな人ばっかりじゃなかったんです。肉屋のバストンさんも、パン屋のハンズさんも、お隣のミリアさんも……みんなみんな心配してくれました」 ルーネは、自分の手をじっと見つめた。朝日に照らされる中、うっすらと蒼く輝く両手。魔力を纏う自分の手を、見つめる。 「わたしは、周りのことを見ようとしていませんでした。それどころか、自分の力もよく見ようとはしませんでした。嫌だからと目を逸らして、何も出来ないと思いこんでそこから動こうとすらしませんでした」 俯いた顔を上げ、少年の顔を見ながら言葉を続ける。 「わたし、バカだったんですよ」 そう、言った。その表情は不安も迷いもなく、さっぱりとしたものだった。 「でも、今はそれがわかったんだろう? だったらいいじゃないか」 少年の手が伸び、くしゃっと頭をなでた。 髪を乱す手の感触は恥ずかしく思えたが、不快ではなかった。むしろ、どこか心地好く感じられた。 「……今でも、その力は嫌いか」 手を放し、少年は問いかける。 「大っ嫌いですよ」 ルーネはそう言い切った。 しかし、その表情は言葉ほどに厳しくはない。 「これはやっぱり、人を傷つける力です。自分の手からきっと一生離れない、いつもわたしにまとわりつく、嫌な嫌な力です。でも……」 微笑みながら、ルーネは言った。 「でも、好きになれると思うんです。自分が好きになれる使い方を、できるようになると思うんです」 「そうか……」 二人は、微笑みあった。 しばらく見つめ合ってから、真剣な顔をしてルーネは口を開いた。 「……本当に、行ってしまうんですか?」 「ああ」 少年は、背から剣を抜いた。 真っ黒なその剣。夜よりも深く、影よりも暗い闇の刀身。 「師匠は、かつて闇と戦っていた。何者も飲み込み押しつぶす、圧倒的な闇そのものと」 ルーネに語りかけるというよりは、その刀身に語りかけるように。刀身に語りかけると言うよりは、そのうちがわに秘める闇に語りかけるように。 少年の言葉は続く。 「俺は、師匠も勝てないんじゃないかと思った。思ってしまった。そして俺の意力剣は、闇に染まってしまった。俺は恐くなって、剣を手放してしまった。闇の中、俺の手は……」 剣を左手に移し、少年は何も持たない右手を空に掲げた。 「何も掴めなかったんだ」 虚空を掴む。 そこには、朝靄しかない。それすらも昇る朝日の光の中、すこしずつ消えていってしまうようだった。 「でも、今はこう思うんだ。師匠を圧倒したほどの力なら、師匠を捜すのに……師匠を助けるのに、役に立つんじゃないかって」 掴んだ腕をぐっと握りしめる。何もないその中に、大切な何かがあるかのように、強く強く握りしめる。 「だって俺がこうして生きてるんだ。もし師匠が負けたのなら、俺こうして無事でいられるはずはない。師匠は絶対どこかで生きている。そう思ったら……もう、行くしかないだろう?」 「そうですね……」 ルーネは寂しげに微笑んだ。 それを振り払うように少年は剣をひと薙ぎする。重い、風を切る音。 黒い剣を背のさやに収め、少年は足を丘の麓、街道へと向ける。 「じゃ……行くよ」 言いつつ、一歩踏み出す。 その踏みしめる音にはっとしたようにルーネは顔を上げる。 「待って下さい!」 声に、少年の歩みが止まる。 振り向く。 ルーネは俯いて、手を組んだりほどいたりしている。少年は、じっと待つ。 沈黙が、降りる。 ややあって、ルーネはようやく口を開いた。 「良かったら……その……わたしも、お師匠さんを探すのをお手伝いしましょうか?」 「あ?」 「だから……わたしも一緒に行こうかと言うんですっ」 俯いていた顔を上げ、少年に対し踏み出すようにルーネは言った。懇願と言うよりは、宣言のような強い口調だった。 その言葉に、少年は慌てる。 「ば、ばかやろう、そんなことできるか」 「わたしの力は役に立つでしょう?」 「そんな長い髪、邪魔になるだけだ」 そこで一旦ルーネの勢いが止まる。 自らの長い髪を指に絡ませながら、拗ねたように呟く。 「……切りましょうか?」 「な、何言ってるんだ? だいたい名前も知らないようなヤツと旅なんかできるか」 理不尽な言葉に、ルーネは頬をふくらませる。 「やっぱり、あなたから名乗ってはくれないのですか?」 「ああ」 「じゃ、仕方ないです。わたしから名乗ります。わたしの名前は……」 「待て」 少年は手を掲げてルーネの言葉を止めた。 「言わなくていい」 「そんなぁ」 「その調子だと言ったら本当についてきそうだしな。それに……そうだな、約束をしよう」 「約束?」 そうだ、と少年は頷いた。 「師匠を見つけたら、必ずまたこの町に来る。そうしたら、俺の方から名乗る」 「本当ですか?」 「ああ」 言うと、少年は無造作にルーネの手を握った。 「あっ……」 「約束する」 不意なことだったので、魔力がまだまとわりついたままだ。 初めて会ったときとは違う。 ワーウルフをも焼き尽くした雷を放つ、魔力の凶器だ。 「わたしの……手……」 「うん?」 「恐く……ないんですか?」 眉を寄せ、俯き見上げる視線で少年に問いかける。 少年の表情は微笑みだが、その視線は強い。 「そうだな……でも」 少し、少年は握る手の力を強めた。ルーネは、わずかな痛みと、心地よい手の温かさを強く感じた。 「お前の手だろう?」 「……はいっ!」 少年の言葉に、ルーネは元気に答える。 程なくして、少年の手が離れる。 ルーネの手はそれを追う動きをして、しかし途中で止まり、握る。 「じゃあ……今度こそ、行くよ」 「待ってます……待ってますから……!」 少年は振り向かない。ただ片手を上げてその言葉に答える。 少年の歩みは速い。どんどんと進んでしまう。ルーネは走り出したくなる自分を押さえて、少年が見えなくなるまでずっと丘の上に立っていた。 「でも、あんまり待たせないで下さいよ。待ちきれるかわかりませんよ……?」 ルーネは一言、そう呟いた。 了 |
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