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黒髪の狂獣機外伝 | ||
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第五章 | もう夕日も半分以上沈んだ、夜に近づいた時間。 うっそうとした、森の中。 町の東に位置するその深い森の中を、ルーネは駆けていた。 その服はいつもと異なり、厚手で頑丈な作業着のようなものだった。それもこの森の中での疾走でところどころがほつれている。 その髪は、かつては布できれいにまとめられていたのだろうが、激しい動きのためかぼろぼろに乱れている。 それらを、気にする余裕はなかった。 あたりからは荒い息が聞こえる。 時に近く、時に遠く……しかし決して自分から離れることなくついてくる荒い息づかいは、人ではなく獣のそれだった。 それが、複数。ルーネを取り囲むようにある。 その一つが止まる。 直後、木々を揺らし、下ばえの草をざわめかせルーネの前方に現れたものは、灰色の塊だった。 それは、全身を覆う灰色の獣毛の色だ。その上からでもわかる、たくましい身体。手の先には鋭い爪。狼の顔。口からのぞく、牙。 ワーウルフ……そう呼ばれる、人間と狼の間にある魔物だった。 ルーネはその魔物を前に、足を止めない。走りながら、頭上へ両手を掲げる。 祈るようなその姿。手には蒼い燐光がまとわりつき、それが手と手の間に集まり、固まる。その変化はまさに一瞬。 魔力は一つの形を取った。いびつな球体だ。それはとどまることなく変化し、ところどころが膨らんだり縮んだりを繰り返していた。 それを、そのまま目の前、ワーウルフへと叩きつける。 一瞬の後、轟音と共に小さな爆発が生じる。 響く音は雷鳴。爆発は、紫の光に彩られている。 小規模な落雷だ。 爆発の後、ワーウルフの姿はない。 そして、ルーネは爆発を避け走り抜ける。 その周囲にはやはり獣の息づかいがついてくる。数は、変じていない。 (どうしてこんなことになってしまったんでしょう……) 走りながら、ルーネは自分がこんな事になってしまうきっかけを思い出していた。 ・ ・ ・ 水くみに来たルーネの前に立ったのは、ジェフだった。 「なんの用ですか、ジェフ?」 ムッとしたようにルーネは訊ねた。 姉さんは何かに悩んでいるようで、少年は熱を出し倒れてしまった。そんな状況の中、いつもちょっかいをかけているジェフに愛想を振りまく理由も余裕もない。――もとより、好意的に接したことなどなかった相手だが。 そんなルーネの切迫した雰囲気にジェフはわずかながらたじろいたようだったが、すぐに傲岸な笑みを浮かべる。 「あいつ、いなくなってたぞ」 「え?」 「残念だったな」 ジェフは、にやにやといやらしい笑みを浮かべている。 ルーネはその様を見ながら、あきれたようにため息をついた。 「わざわざこんな早くからあの丘まで行って来たのですか?」 「あ、ああ。たまたま! たまたま用があったんだよ、近くに」 嘘をついているのは明らかな態度だった。わざわざ確かめた上で、わざわざルーネにそのことを告げに来たらしい。なぜそんなことをするのかはわからなかったが、気に入らない態度であることは確かだった。 「彼だったら昨晩は家に泊まりました」 そう、素っ気なく答えた。その言葉によるジェフの変化は面白いほどあからさまだった。 「えっ?」 その一言を残し、固まってしまった。 驚いたままで動きを止めるというのは滑稽な様だったが、急いでいるルーネにとっては煩わしいものでしかない。 「それで、今も家で寝ています。だから丘にいないのは当たり前です」 「え? え?」 ジェフはルーネの言葉にいちいち反応した。相当驚いているようだった。そんなジェフに、ルーネのいらつきは最高潮に達する。ついに、声を抑えていることが出来なくなった。 「どいてください! 彼が熱を出してしまったんですっ! 急いで水をくんでこなくちゃいけないんですよっ!」 「熱? そういやあいつ、腕に怪我をしていたよなあ?」 「ええ、そうですけど……」 「ひょっとして、ワーウルフにやられたんじゃないか?」 「どういうことです?」 「知ってるか……ワーウルフって感染するんだぜ……?」 「ほ、本当ですかっ!?」 「うそなんか言うかよ……なんだあいつ、本当にワーウルフに襲われたのか?」 ルーネはその言葉に押し黙ってしまう。確かに、少年は腕をワーウルフに傷つけられたと言っていた。 ジェフはいじわるな笑みを深めると、言葉を続ける。 「そうかそうか……そりゃあ大変だな。ワーウルフになるときは最初に熱が出るんだとよ。そしてだんだん体中に毛が生えてくるんだ。そうなるともう止まらない。毛むくじゃらになって、最後には……」 両手を上げ、ルーネに襲いかかるような格好をとる。 「牙が生えて、ワーウルフになっちまうっ! 獣の本能に負けて、身も心もばけものになっちまうんだぁっ!」 おどけたように、ジェフは言った。ジェフ本人はいじわるな冗談のつもりだったのだろう。 しかし、ルーネにとっては冗談ではすまなかった。 ルーネは、顔を真っ青にして、小刻みに震えていた。 乾いた音が響く。 ルーネの手から落ちた木製のバケツが落ちた音だ。 それはからからと軽い音を立て、道の端にぶつかるまで転がった。 「そんな……そんな……どうすればいいんですか……」 「お、おいルーネ?」 「やだ……そんなの……ダメです……」 「ど、どうしたんだよ……」 突然、弾かれたかのように顔を上げたルーネは、ジェフの胸ぐらを掴むと詰め寄った。 「どうすればいいんですかっ!?」 「お!?」 「どうすれば助かるんですかっ!? どうしたらいいんですかっ!?」 「ちょ、ちょっと待て……」 「まってなんかいられるわけがないでしょうっ! 早くっ! 早く教えてなさいっ!」 「わ、わかった……わかったから離せよ……」 その言葉に、ようやくルーネは手を離した。 大げさに息を吐き、ジェフは乱れた上着を整える。ルーネの催促する目に促され、ジェフは話し始めた。 「いいさ、教えてやる。ワーウルフに噛まれたヤツを治すには……東の森にある薬草を使えばいいらしい」 そして、薬草の特徴を詳しくを聞いたルーネは、家に戻るとすぐに出かける支度をした。 いつもの服ではなく、あまり着る機会のない頑丈さだけが取り柄の農作業用のつなぎを着た。髪はとにかく手近な布でまとめ、短剣やロープなど遠出をする最低限の準備をした。 東の森はそう遠くない。 日が暮れるまでには充分帰れるはずだった。ワーウルフが動くのはおもに夜だから、危険はないはずだった。 夢中になって薬草を探し、ようやく見つけることが出来た。ふと空を見上げると、日は傾きはじめていた。 早く帰ろうとしたところで、異様な気配を感じた。 ……危ない。そう、思った。 だがそれは遅かった。遅すぎた。 目の前に獣毛に覆われた、狼と人の形をとった魔物がいた。 話には聞いていた。知っているつもりだった。 しかし、あんなに牙が鋭いなんて知らなかった。あんなに恐ろしい瞳で睨んでくるなんて、知らなかった。 自分を狩るために、そんな怪物が目の前に立つことがあるなんて、思いもしなかった。 身体は勝手に動いた。 自然に手は祈りを掲げるかのごとく頭上に掲げられ、手と手の間にこれまでにない強さで魔力が集まった。 それを、夢中で叩きつけた。思いもかけないほどの速さで振られた腕の動きに、魔力の塊は一瞬にしてワーウルフに迫った。 轟音。雷の音。 自分の望んだ破壊は、雷という形を取っていた。 ふと、幼い日を思い出した。 暴風雨の中、激しく降りしきる雨の音すら圧する落雷の音と闇の中鮮烈に閃く雷光。 とても小さい頃だったと思う。あれは、いつのことだったろうか。 鼻を突く臭いが想像を中断させる。肉と獣毛のやける、ひどい臭いだった。 目の前に、ワーウルフが倒れていた。その胸元からは煙が上がっている。 自分のしたことを理解して、急に恐ろしくなった。 しかし、もっと恐ろしかったのは……。 目だった。 自分を睨む、怒りと憎しみと、そして残虐さに満ちた目。 胸元から煙をくすぶらせながらも起きあがろうとする、ワーウルフの獣の目だった。 ルーネは、後も見ずに逃げ出した。 ・ ・ ・ ――それから、ずっと逃げ続けている。 いくら走っても少しも引き離せない。ピッタリと付いてくる。こちらから攻撃を仕掛けても一時的に距離を置くだけだ。なにもしなければしないで、先ほどのように姿を見せてくる。そして、魔法を放つと、すぐに逃げてしまう。 初めは町に近づくよう逃げようとしていたが、そうすると決まってワーウルフが現れ阻まれる。なんとか町に向かおうとするうちに、自分がいまどこにいるかもわからなくなっていた。 ……ルーネにも、ようやくわかり始めていた。 奴らは、狩りを楽しんでいる。 自分をたっぷりといたぶってから狩るつもりだ。 だが、それだけではない。奴らがすぐ襲ってこない理由の一つに、ルーネの魔法を警戒していることがあるだろう。もし自分に魔力を纏う両手がなかったら、たちまち襲われて逃げることすらできなかったかもしれない。 自分の嫌いな力に頼るしかない……そんな状況はたまらなかった。 しかし、今は自分の魔力を纏う両手が頼もしく感じるのも事実だった。こんな状況で恐慌に陥らなかったのもこの力があったことが大きい。 「お前……本当に、その力が嫌なのか?」 少年の言葉を思い出す。自分は本当にこの力が嫌いだったのだろうか? 自分は、力から目を背けていただけなのではないかのか。逃げていただけなのではないのか。好きとか嫌いとか、そんなことを言える程にこの力について考えたことは……あっただろうか? 「力は、なにがあるかではなく、どうあるかが大切だ。力は、何が与えられたかではなく、何を得ようとするかが大事だ」 姉さんも言っていた、少年の言葉を思い出す。 どうあるか。 今、嫌いな力は自分を守るためにある。 何を得ようとするか。 助かりたい。そして、少年を助けたい。 力がどうあるかは関係ない。 今やるべき事があり、そのための意志がある。 どんな力があるかではない。何をしたいか。それが大切なのではないか。 駆ける前に、再びワーウルフが姿を現す。 「わたしはっ……!」 腕を掲げ、魔力を集める。 自分のもっとも強いと思う力をイメージする。強く強く、想う。 手の中に集まる、魔力という力。たしかな、力があるという手応え。 それを、全力で目の前の怪物に叩きつける。 「絶対、あの人を助けますっ!!」 しかし、ワーウルフは高速に迫る雷球をかわす。今度は、逃げない。前に進むことをやめない。 今度こそ、仕留めるつもりらしい。 真っ直ぐにルーネへと迫ってくる。 とてつもなく速い、人を越えた獣の動き。並の人間では見失ってもおかしくない速さだった。 しかし、ルーネはワーウルフをしっかりと目に捉えていた。 再び手に力を集める。強さよりも速さを重視。固まりきらない魔力の塊を叩きつける。 炸裂音。 その衝撃に押さえれるように後ろに跳びすさるルーネに、肉の焼ける嫌な臭いと耳を塞ぎたくなるワーウルフの苦鳴が追いすがる。 次の攻撃を仕掛けようとし両手を掲げ……その動きを止める。視界の隅につかの間認めた木の葉。その落ちてくる元を確認するように、見上げた。 視界を埋めたのは、木の上から降りてくる大きな影。もう一匹のワーウルフだった。 身体ごと振り下ろされる爪をさらに後ろに跳びすさることでかろじてかわす。目の前を、鋭い爪が空を裂き通り過ぎる。風に、前髪が乱される。 ワーウルフは地に降り立つと、落下の衝撃などないかのように間髪入れずかぎ爪を振るった。 横薙ぎの一撃。ルーネは反射的身を伏せる。 頭上を、重さと速さを伴った風が通り過ぎる。動きに遅れた髪の何本かが持っていかれた。 前転して距離を置き、体勢を立て直そうとする――が、それも叶わない。 目の前にはさらに新たなワーウルフが迫っていた。低い姿勢で駆け、ルーネに向かい一直線に突っ込んでくる。 前にいくことはできない。後ろに下がっても逃げ切れないだろう。左右にかわそうにも、かがんだ今の態勢ではろくに動けない。 でも、まだだ。ルーネはあきらめたくなかった。 両手を広げ、目の前にかざす。 背一杯魔力を込める。手のひらの中に、魔力が固く形を為していくのを感じる。 そこに、突進力を加えたワーウルフの爪が迫る。 ガラスを割るような、高く澄んだ音が響く。 手の中が爆発がしたかのような凄まじい衝撃に、吹き飛ばされた。 どん、と木にぶつかり、ようやく止まる。衝撃に、息が詰まる。 せき込みながら、手に目をやる。ほとんど無傷だった。半ば無意識につくりだした魔力の盾は、ワーウルフの攻撃を辛うじて止めていた。 背中が痛んだ。だが、まだ止まるわけにはいかない。立ち上がろうとする。 しかし。 立ち上がろうと顔を上げたルーネの前にはワーウルフが立ちふさがっている。 ルーネには獣の表情などわからない。 しかし、目の前に立つワーウルフが怒りの表情であることはわかった。 血走った瞳で牙をむきだし、のどの奥で低く唸りを上げている。 その右手は血に濡れている。おそらく先ほど魔力の盾で防いだときに傷ついたのだろう。 その後ろで、ゆっくりと、最初に魔法を直撃させたワーウルフが起きあがる。 空から襲ってきたワーウルフも近づいてきている。 手を掲げ、魔力を束ねようとする。 どう考えてもワーウルフの爪の方が速い。それでも、諦めたくなかった。 ざん、と言う音。 肉を断つその音は、初めは自分の身体からしたのだと思った。 違った。 目の前のワーウルフが咆吼を上げている。 胸を袈裟懸けに斬られ、黒い血しぶきを上げながら、咆吼を上げている。 わずかに視線を降ろす。 そこには、ショートソードを振り抜いた人影があった。 ルーネのよく知る、剣士がいた。 「あなたはっ……!?」 「おおおおおっ!!」 少年は、雄叫びを上げてワーウルフに二度目の斬撃を繰り出す。 しかし、先ほどのケガは見た目より浅かったのか……ワーウルフは、血をまき散らしながらも木々の間へと跳びすさる。 他のワーウルフももういない。まさか、逃げたのではないはずだ。少年の出現に警戒して、一旦引いただけだろう。 だが今この瞬間、ルーネにとってそのことは気にならないことだった。 目の前に少年がいる。 いつものように皮鎧を着込み、背には黒い柄に緑の宝珠がはめ込まれた長剣を背負っている。 その手にはワーウルフの血を滴らせているショートソード。 ここにいるはずのない少年が、いる。 言葉を紡ごうとして、しかし何も言うことが出来ずぱくぱくと口を動かした。 少年は、そんなルーネをじっと見る。 そのせいでルーネは余計に何を言えばいいのかわからなくなり、ことさらに口をぱくぱくとさせるのだった。 「このバカっ……!」 少年は、吐き捨ているように言った。 「バッ、バカとはなんですか……」 ようやく言葉が出た。 涙が出そうになった。 しかし、こらえる。こらえて、立ち上がる。今はまだ安心している場合ではない。なにより……。 「大丈夫なんですか?」 「今はおさまってる。大丈夫だ」 少年は強く言いきった。だが、その顔は汗でびっしょりだった。息遣いも荒く、顔色も良くない。 「どっちがバカですか……」 口の中で小さくつぶやく。 「よく……がんばったな」 「え、ええ……」 いつも素っ気ない少年がそんな言葉をかけてきたのは意外だった。 しかしルーネにとってもっとも意外だったのは、自分が今まで戦えていたと言うことだ。 ルーネはろくにケンカもしたことはない。魔法にしても、使えると言うことは知っていたし何度か試したこともある。だが、その程度だ。ワーウルフに対して使ったような強い魔法は今日が初めて使う。それを、並の人間など遙かに上回る動きのワーウルフに対して使い、今まで生き残っているなんて……本当に、奇跡のようだ。 つかの間思考に捕らわれるルーネを、少年は叱咤する。 「油断するな。あいつらはすぐに来るぞ」 「えっ……でも、さっき……」 先ほど、一匹は魔法の盾により爪を傷つけ、一匹は少年によって切り裂かれた。もしかするとこのまま引いてくれるかもしれない――ルーネは甘いと想いながらもそんな期待を抱いてすらいた。 「ワーウルフの再生能力を甘く見るなよ……あの程度の傷、すぐに回復させてやってくるぞっ……!」 唐突に、少年はショートソードを構えた。そのまま前へと駆ける。 そこに、茂みからワーウルフが現れる。 自分の接近が読まれ、動揺するワーウルフに少年はショートソードを叩きつける。 ワーウルフは、自らの手でもって防いだ。固い獣毛と筋肉に阻まれ、剣は骨まで達していない。 少年は剣を引こうとする。しかし、動かない。ワーウルフは自らの強靱な筋肉でもって少年の剣の動きを止めていた。 笑うはずのない狼の双眸が、笑みを浮かべたように見えた。例えようもなく、邪悪な笑みを。 「くそっ!」 対する少年の判断は早かった。 少年は、ショートソードを手放すと、ワーウルフの腕をしたから蹴り上げた。腕を刃と蹴り、二つで挟み込むことになった。衝撃と刀自体の重みにより、ショートソードはワーウルフの腕により深く潜り込む。 骨の折れる乾いた音と、肉の裂ける濡れた音が響く。 ショートソードは衝撃に跳ね上がり、宙に飛んだ。 そして、ワーウルフの腕はほとんどちぎれかかっていた。 絶叫。 しかしその痛みは、ワーウルフに停滞ではなく進行を与えた。血走った目で残った腕を振り上げる。その怒りに燃える瞳は、その爪の鋭さは、何者をも引き裂かずにいられないように見えた。 対する少年は、素手だ。 かぎ爪が振り下ろされようとしたとき。 少年の背後から何かが飛んでくる。球状のそれは、一瞬でワーウルフの胸に着弾し、雷をまき散らした。 「ガアアアアアアッ!」 ワーウルフはうめき声を上げながら、衝撃を殺さず後ろに下がり、そのまま茂みの中に消える。 少年が振り向くと、そこにはルーネの姿――魔法を放ったルーネの姿があった。 「や……やりましたね」 ルーネは息も絶え絶えに言った。 逃げ走り続けたこと、慣れない魔法の連続使用、少年の登場……いくつもの日常とかけ離れた出来事は、ルーネを疲労させ、そしてそれは限界に近づきつつあった。 (今まではなんとかなりましたけど……もう何発も放てないかも知れません) とにかく息を整えようとするルーネに、少年はぽつりと話しかけた。 「お前、使うようになったんだな」 「え? あ……」 魔法のことを言っていると気づき、ルーネは蒼い魔力の光をまとう自分の両手を見た。 「嫌いな力だったんじゃないのか?」 「え?」 「怖かったんじゃないのか?」 「それは……」 「どうして今……そんな力を平気でつかえるんだ?」 少年は、静かに。そんなことを聞いてきた。 少年に表情はない。何を考えているのか、どうしてそんなことをこんなときに聞くのか……ルーネにはわからなかった。 「な……何を言っているんですか……?」 戸惑うルーネを、少年はただまっすぐに見つめた。 その静かな様子に、理不尽な問いに、ルーネはかっとなった。 「たしかにこれはっ! 一番嫌いな力の、一番嫌な使い方ですっ!」 顔を伏せ、地に向かって言葉を叩きつけるように叫ぶ。 手を、握り締める。強く強く、そのままつぶれてしまえと言わんばかりに握りこむ。 しかし……すぐにルーネは力を緩めた。 「でも、力はなにがあるかではなくてどうあるかだって……あなたがっ! あなたが言ったじゃないですかっ! わたし……ようやくわかりました。どんな力があるかじゃなくて、なにをしたいかが大事だったんです。わたしはっ……」 あってから一週間ほどしかたっていない。 自分一人しかいられない場所に、二人でいてくれた人。 初めて、自分の手を握ってくれた他人。 ただ、それだけだった。それでも。それでも……。 ルーネは顔を上げた。 「わたしは、あなたのことを助けたかったんです……」 悲しいわけではないのに、涙が出そうになった。でも泣くことが嫌で、悔しく思えて、こらえた。 「そう……か」 少年はそう答えた。静かな答だった。少年に表情はない。だが、どこか安心したような、そんな顔だった。 「俺も恐れてばっかりじゃだめだよな……」 少年は構えた。未だ足下に転がるショートソードではない。背にしたあの黒い柄に手をかけ、構えていた。 「みせてやるよ、俺の”意力剣”……俺の、”最も強いと思ってしまった”力のかたちを……」 柄本の緑の宝珠が輝きはじめた。 そして、ルーネの前に初めて……その刀身が、姿を現した。 続く |
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