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黒髪の狂獣機外伝 | ||
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第四章 | 「ここか……?」 ルーネに連れられて少年がやってきたのは、町の端にある店だった。 扉の上にぶら下げられた木製の看板には蔓草をあしらった飾りに縁取られ、その中央には文字が彫り込まれている。「アム・クローシズ」。そう、読めた。洋服屋であるらしかった。 「こっちに来てください」 気軽な様子のルーネに促され、店の脇へとまわる。そこには勝手口があり、ルーネはその扉を既に開いていた。 「姉さん、ただいまーっ」 「おかえりなさい」 呼びかけに、一人の女性が姿を現した。 ルーネとは違う、輝くような金髪を肩口までたらしている。女性らしい柔らかい物腰に、柔和な笑みを浮かべていた。 「いらっしゃい。私はアム。この娘の姉よ。あなたはのお名前は?」 問いに、少年は押し黙ったまま何も答えなかった。 アムは怪訝そうに少年を見る。少年は、それでも無言。仕方なく、ルーネの方に向き直る。 「ね、この子の名前はなんて言うの、ル……」 「姉さん!」 ルーネは慌てたように制止の声を上げた。そのあまりの鋭さに、アムは驚き目をしばたたかせた。 「ど、どうしたの?」 「この人の前ではわたしの名前を呼ばないで下さい!」 「……どうして?」 「この人が名乗らない限りわたしは名乗らないことに決めたんですっ!」 「へぇ……」 そして、アムは少年へと目を向ける。 「君も名前を言ってくれないのはそういう理由なの?」 「ああ。俺も名乗らないことに決めた」 「どうして?」 「その方が面白そうだからだ」 と、言葉とは逆に、つまらなそうにそっぽを向きながら答えた。 「変なの」 アムは一言呟いた。 が、ルーネは少年の言葉に一言では気がおさまらなかった。 「どうして名乗ってくれないんですかっ!?」 「別に必要ないだろ」 「いいじゃないですかっ」 「じゃあ自分から名乗れ」 少年はにべもない。 ルーネはルーネで意地になってしまい名乗ることが出来ないでいた。困り果て、アムに視線を向ける。 「姉さぁん……」 「自分で解決なさい」 「う〜」 不満そうなルーネに、アムは面白そうに笑いながら 「さあさ、こんな所にいつまでもいないで。あがりなさい。今日はごちそうよ」 そう、二人を迎えた。 少年は、その笑顔に少し戸惑うようにしながら、戸口をくぐった。 ・ ・ ・ 「ごちそうさまでした」 食事を終えたルーネは、満足そうに言った。 アムは静かな、しかし暖かい笑みでその言葉を受ける。 少年も食べ終えていたが、無言。 「ごちそうさまぐらいいったらどうですか?」 「ああ……ごちそうさま」 台所を兼ねた居間。その中央にある小さなテーブルを囲み、三人は食後のけだるい時間を過ごしていた。 少年は所在なさげにしている。 食事中、会話はルーネとアムがするばかりで、少年はときおり質問を振られ、それにただ答えるだけだった。 そんな少年を覗き込むように顔を向け、ルーネは声をかけた。 「おいしかったですか?」 「……こんなまともなものを食べるのは久しぶりだ」 「まともなものって……普段は何を食べているんですか?」 「たまに、狩りに出て野ウサギを捕ったりしていた。毛皮は売って小銭を稼いだが、まあそんなもんだな」 少年は、穏やかに答えた。 ルーネも楽しげだ。 そこに、アムが声をかける。 「すっかりなかよしさんなのね」 「べ、別にそうでもないですよ」 ……お互いの、名前も知りませんし。 ルーネはそっと、心の中でつけ加える。 どうしてあのとき「自分からは名乗らない」などという、わけのわからない意地を張ってしまったのだろうか。 一度そうしてしまってからはそのままだった。丘で会うときはいつも二人きりだったため、名前がわからないことが不自由もなかった。だから、あまり気にしていなかったこともある。 だが、こうして三人で話して改めて思う。 このままでいいのだろうか、と。 つまらないことで相手の名前を知ることも出来ないなんて馬鹿馬鹿しいとも思う。 でも……それはそれとして、自分から名乗るのはやっぱりしゃくに障る。 そんなことをぼんやりと思う間に、アムはルーネにではなく少年に話を向けていた。 「どう? 今日のこの娘の髪は?」 「どうって……」 急に振られた話題に、少年は戸惑う。 「この娘の髪って綺麗だから、いじり甲斐があるのよね」 その言葉にうながされ、少年はルーネの髪に視線を向けた。 すう、と伸びる長い紅髪は、薄暗いランプの明かり中でも透き通るかのように美しい。耳元に編まれた細い三つ編みも愛らしい印象を与えていた。 そんな様を、少年はなんとなく見つめた。 すると、ルーネは俯いてしまう。少年もなんだか気まずく、そして気恥ずかしくなり視線を逸らした。 それを知ってか知らずか、アムの言葉は続く。 「髪型変えてもあなたが気づかないって言うからいつも気合い入れてセットしてあげてるんだけど……」 「姉さんっ!」 ルーネは立ち上がると声を上げた。 「どうしたの?」 「えとあの……そろそろ食器片づけましょうっ! いつまでもおいとくのも何ですしっ!」 言いつつ、せかせかと食器を重ねはじめた。 食器は、かすかに蒼く輝いていた。 ルーネの手。そこから、蒼い魔力の光が漏れ出ている。その光が食器に移っているのだった。 アムはルーネの手に自分の手を重ね、片づけをそっと止める。 「少し落ち着きなさい」 「え? あ……」 言われ、ようやく自分の”手”に気づき、慌てて手を引っ込める。先ほどまでの勢いはどこへやら、目に見えてしゅんと落ち込んでしまっている。 アムはやれやれ軽くため息を吐きながら、 「片づけは私がやるから、ルーネはハンズさんのところに行ってパンを買ってきてくれない?」 「え? こんな時間に?」 「明日の朝のパンが足りないのよ」 「え……でも、まだ残ってたと思いますけど……」 「いつもなら足りるんだけど、姉さんうっかりしちゃってね。……明日の朝は彼の分もあるのよね」 少年の方に目を向けつつ、アムは言った。 「お、俺は泊まるなんて一言も……」 「ね、お願い」 少年の声を遮るような、ルーネに向けたアムの懇願。 ルーネはニッコリと微笑むと 「仕方ないですね! じゃ、行ってきますっ!」 少年が止める間もなく、外に出ていってしまった。 「まったく……」 少年の困ったような呟きを聞き、ルーネはクスリと笑う。 勝手口を閉めたところで、ふと立ち止まる。 気になったが、立ち聞きはいけないことだと思いなおし、すぐに駆け出す。 「なんで姉さん、剣の事なんて聞いてるんでしょう?」 そんなことを呟きながら、ハンズさんの家へと急いだ。 ・ ・ ・ 「ただいまーっ」 元気な声と共に、ルーネが戻ってきた。 「ちょっと遅くなっちゃいました。ハンズさんたら、”かわいいから特別だぞぉ。あとアムさんによろしく”なんて言ちゃって……ってあれ?」 ルーネは、居間を見回した。 アムがいる。 テーブルの近くに、ぼうっと佇んでいる。 しかし、少年の姿はなかい。 「あの人はどこですか?」 キョロキョロと、部屋を見回す。 見回しても、やはりいない。 そんなルーネに、アムは目を向けることもなくただ立っていた。 「……姉さん?」 怪訝そうに、声をかける。それでも答えない。もう一度呼びかけても同じ。 「姉さんっ!」 業を煮やし、大声で呼びかけた。 「ル、ルーネ? お、お帰りなさい。いつからそこに?」 「姉さん! わたしの名前を呼ばないで下さい! あの人が聞いていたらどうするんですか?」 ルーネは慌てて辺りを見回す。 「あの子なら、先に部屋に通しておきました」 「そうなんですか。……でも部屋って?」 「兄さんの部屋よ」 「え? あの部屋は兄さんが帰ってくるまで使わないようにするんじゃ……」 「……別に、いいのよ」 ため息混じりに、椅子を引き腰を下ろした。 ルーネは心配そうにアムへと駆け寄る。 「どうしたんですか? さっきも大声で呼ぶまで気づかないし……なにかあったんですか?」 心配そうに覗き込む。真っ直ぐで、真剣な瞳。本当に心配している目だ。 その目を辛そうな目で一瞬見て、アムは目を逸らしながら 「お願い……少し、一人で考えさせて。明日……明日きっと話すから」 そう言った。 釈然としなかったが、ルーネはその場は一人にした方がいいと思い、居間を後にした。 廊下の突き当たり、その脇に兄さんの部屋……少年の今夜泊まる部屋がある。 コンコン、とノックをすると、「何だ」という無愛想な声が聞こえた。 扉を開く。 中は薄暗かった。と言うより、明かりがついていなかった。部屋を照らすのは窓からの月明かりのみだった。 殺風景な部屋だった。 かつて兄さんが住んでいたと言う部屋は、ベッドに机と最低限の物しかない。目を引く物と言えば部屋の隅にある数本の木刀ぐらいだ。 ルーネは兄についてほとんど知らない。 剣を修行していたという兄は、ルーネが物心付く前に旅立ってしまった。冒険者として旅立つために自分の持ち物の大半を処分――と言うか、旅立つための資金に換えてしまったため、ほとんど物がない殺風景な部屋だけが残った。 冒険に出て以来、兄は帰ったことがない。だから、ルーネは兄がどんな人物であるかほとんど知らなかった。 よく見ると、ベッドの中央が盛り上がっている。 少年は、もう床についていた。 「あ、ごめんなさい。もう寝るところだったんですか」 少年は答えない。だが、ノックしたとき声が聞こえた。眠ってはいないはずだ。 薄暗さに目が慣れてくると、床に何かがおいてあるのが目についた。 月光を鈍く跳ね返すそれは、少年の身につけていた皮鎧であるようだった。無造作に転がっている。 「あらあら、いけませんよ……」 言いつつ、ルーネは部屋に足を踏み入れ、拾い上げる。想像していたより重い。そして……。 「うわ、クサ……」 鎧は異臭を放っていた。思えば、少年は会ってからずっとこの鎧をつけていた。脱いだところは見たことがない。旅をしてきたことを考えると、相当長い間着ていたのかもしれない。 ……洗ったことはあるんでしょうか? どちらにせよ、綺麗にしないといけない。だが、鎧の洗濯の仕方など思いつかない。困った。 そんなつまらないことを考えながら、ルーネはとりあえず部屋の隅に鎧をおいた。 そして、しばし迷う。 姉さんのことを聞くべきだろうか、と。 姉さんが急にあんな風に落ち込んでしまったのは、少年が関係しているのだろう。 しかし、姉さんは明日話すと言っていた。だから少年に聞くのはいけないことのように思えた。それ以前に、この頑固な少年は答えてくれるのか怪しいとも思う。 「おい」 急に、少年が声を発した。つかの間物思いに没頭していたルーネは、驚きあわてて少年に向き直った。 「な、何ですか?」 少年は、頭まで布団をかぶっている。そのため、どんな表情をしているか見えない。 「お前は……お前の兄のこと知っているか?」 「……ほとんど知りません。わたしが物心つく前に旅立ってしまいましたから」 「そうか……」 そのまま、黙ってしまう。 いつもと違い、ひどく弱々しい声だった。 そのことが気になり、ルーネは声をかける。 「あの……」 少年は答えない。 「もう、眠ってしまったのですか……?」 呼びかけに、やはり少年は答えなかった。 仕方なく、ルーネは部屋を後にした。 ・ ・ ・ 翌朝。 ルーネがいつものように居間に向かうと、アムの姿はなかった。 どうしたのだろうと思いながら、とりあえず少年の部屋に向かう。 そこには、アムの姿があった。 「姉さん……?」 少年はまだベッドの中だ。 荒い息をつき、その顔にはびっしりと汗をかいている。 「どうしたんですか?」 「熱をだしたみたいなの」 少年の汗をふき取りながら、アムは答えた。 アムの表情には、昨日のような暗さは見えなかった。ルーネはそのことに少しだけ安心する。 当面気をつけなくてはならないのは、少年の方だ。 「どうですか……?」 「だいぶ無理してたみたいだから……きっと疲れが出たらのね……」 「ど、どうしましょう」 動揺するルーネに、アムは優しく声をかける。 「大丈夫……あなたは水をくんできてくれる? 姉さんはこの子の様子を見ているから」 「はい……」 言われると、すぐに行動する。とにかく、何かをしたかった。昨日の夜からもやもやしていた。とにかく、何かをしたかったのだ。 木製の水くみを手に、勝手口から外へ出る。 この辺で共用の井戸までには少し歩かなくてはならない。 正直、ルーネは水くみが嫌いだった。朝の井戸は多くの人々が集まる。特殊な力を持つ自分を疎む物は多い。だから人の集まるところはあまり好きではなかった。 でも、いまはそんなことはどうでもいい。 急いで駆け出す。 しかしそれも少しで終わる。 道の先に、会いたくない人物を見かけたからだ。 「ジェフ……」 ルーネは、目の前に立つ背の高い少年の名を、うんざりと呟いた。 続く |
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