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黒髪の狂獣機外伝 | ||
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第二章 | 「あ、いますね……」 ルーネが少年と出会った翌日の昼下がり。 村はずれの丘の上。よく晴れ、春の穏やかな風の中、ルーネはふたたびこの場所に来ていた。 丘の上の木の下。 たき火の後。その脇で、少年は横たわっている。 ルーネは、結い上げた髪を揺らしながらそろそろとそちらに近づく。 「う〜……」 少年の声に、ルーネはびくりと歩みを止める。しばし待つが、少年は動く気配を見せない。ゆっくりと近づく。 仰向けに横たわった少年は、目を閉じていた。……眠っているようだ。 ルーネは音を立てずに近づく。起きる気配はない。 少年は、眠っていながら鎧を外していなかった。 使い込まれた鎧だった。ところどころ傷つき、そのたびに手を加えているような、そんないびつな形をしていた。ブーツもぼろぼろで少年が長いこと旅をしていたことを感じさせた。 ただ、傍らに置かれた長剣だけが違った。 鞘におさまった長剣は、昨日少年が背につけていたものだ。それだけは綺麗だった。厚い革製の鞘はまだ真新しく、黒い柄もまた綺麗に磨き上げられていた。そして、柄に埋め込まれた宝珠は陽光に鈍く輝いている。その色はすこし濁ったように見えて、ルーネにはなにか不吉に感じられた。 ふと、その顔が目に留まった。短く切りそろえた髪。意志の強そうな眉。しかし、その表情は苦しげに歪んでいた。暖かな陽気のなかなのに汗をかいている。息も、少し荒い。 何事かと見ると、左腕に巻いた布が目に入る。飾りにしては無骨すぎるそれは赤黒く汚れている。傷口を止血するため布を巻いているようだ。 「傷が痛むんでしょうか……?」 スカートのポケットから布きれを出して汗をふき取る。起こさないように静かに、そっと。 少年の表情は、わずかながら和らいだ。 ルーネはほっと一息つき、腰を下ろした。 その時、乾いた音が響く。 座るとき、燃えさしの一つを踏んでしまったらしい。音は思いのほか大きかった。少年の目を覚ますほどに。 「ん……」 一声うめくと、少年は目をしばたたかせ身体を起こした。きょろきょろと辺りを見回すと、すぐそばに座るルーネと目があった。 「……だれだ、お前は?」 「わたしはル……」 名前を答えようとして、ルーネは口ごもる。昨日のやりとりを思い出したのだ。 「あなたみたいに失礼な人に名乗る名前はありません……どうしても聞きたければ、まず自分から名乗ってください」 「ああ、昨日のヤツか……なんか印象が違うんでわかんなかった」 「わかります? 似合います?」 ルーネはそう言いながら、頭を振る。結い上げられた髪が揺れる。 昨日と異なり、ルーネの髪は頭の後ろでリボン――という程飾り気のない、白い布――で、ちょうど馬のしっぽのように結い上げられていた。 ルーネの着ている服は飾り気のない質素なものだ。しかし、その結い上げた髪と顔立ちの美しさもあり、華やかな印象があった。 「眠れたのはいいが、素人が近づくのもわからないなんてなあ……」 その華やかさに気づかないように、少年はため息混じりに呟く。 ルーネは、むっとして抗議の声を上げた。 「ちょっと! 無視しないでください!」 「あ? 何がだ?」 「髪! この髪がどうかと聞いてるんです!」 「知るか……長い髪なんて邪魔なだけだ」 「そんな言い方っ……」 そこでルーネは言葉を止め、腕を組み考え込む。少年は寝起きでまだはっきりしないのか、そんな少女の様をぼんやりと眺めた。 「……ひょっとして、短い方が好みなんですか?」 「まあ短い方が手間がかからないからいいかな……」 そこでふと、言葉を止める。ようやく目が覚め、少年は自分がなんだかよくわからない会話をしていることに気づいた。まず、状況を知らなくてはならない。目の前の相手は誰かはわかっている。わからないのは……。 「いったい何しに来たんだ?」 「お昼時ですからあなたがいなくなってるかと思いまして。今のうちから場所をキープしとこうかな、なんて」 「夕方まで居座るつもりだったのかよ」 少年は、呆れたように呟いた。 「眠ってるのは計算外でした……と言うより、ここに泊まってるんですか? なんでこんなところに」 「どうだっていいだろう……って……」 目を向けると、ルーネはじっと少年を見ていた。真剣で、わずかに怒りを感じさせる視線はどうやらにらみを利かせているつもりらしい。あとに決して引かないと言う目だ。 「……答えなきゃテコでも動かないって顔だな」 「ここはわたしの大事な場所です。ちゃんと答をもらわなければ納得できません」 「お前なあ……だいたい、俺のことが恐くないのか?」 昨日のことを思い出す。昨日の夕方。二人で夕日が完全に沈むまで景色を眺めた後、ルーネは何も言わず帰った。 だから、二度と来ないと思っていた。それが今こうして、しかもこんなに気安く話しかけてきている。不可解だった。 少年は、睨むルーネに目を向ける。 「昨日は、泣き出したよな」 いじわるに、言う。ルーネは目を伏せた。少年はぎょっとなる。また泣き出してしまうかと思ったのだ。 しかしルーネはしっかりとした声で答える。 「確かに恐かったですよ……でも」 伏せた目を上げる。少年の目を見据え、 「わたし、男の人に初めて手を握られました」 「は?」 予想外の一言に、少年は素で疑問の声を出した。ぐるぐると、頭の中を妙な思考が巡る。 少年の混乱を知ってか知らずか、ルーネはそのまま言葉を続けた。 「なんだか、安心できました。悪い人じゃないんだなって。だから、今はそんなに恐くないです」 「お前、そんなことでなあっ……」 「私の手を握ってくれる人なんて、いませんでしたから……」 呟くように言い、視線を落とす。その先には、蒼い魔力の光を纏う手があった。両手が、魔力を纏っている。 「お前のそれ……なんなんだ?」 「わかりません……物心ついたときからこうなんです。手や足を動かすのと同じくらい簡単に、自由に使えます。こうして大きくすることも出来ますし……」 言葉と共に、魔力の光が強く大きくなる。 「調整もけっこうできます」 左手の魔力の光が大きくなり、反対に右手の魔力の光は小さくなった。 しばらくその状態が続くと、今度は逆に右手の魔力の光が大きく、左手の魔力の光が小さくなる。 「うまく”固める”と、火を起こしたりつむじ風を出したり出来ます。でも、あんまり使いません。普通に暮らす分には必要ありませんから。だから、普段はこうして消しているのですが……」 瞬く間に、手から魔力の光が消える。 「でも、完全に消すことは難しいんです。ちょっと気を抜くと、魔力が漏れてしまうんです」 言葉の通り、ルーネの両手は目を凝らせばわかる――魔力の光が手にまとわりついている。弱く、薄く……でもなくなりはしていない。 「こんな手に触れてくれるのは、今までアン姉さんしかいませんでした……」 沈黙が降りる。 少年は困ったように頭をかいていた。 その沈黙を破ったのはルーネだった。 「わたしからも聞きます。……あなたは、”これ”が恐くないのですか?」 「恐い? なんでだ?」 「だって……これは魔法なんですよ? 人を傷つけてしまう、恐ろしい力なんですよ……」 その言葉に、少年は口をゆがめた。笑みの形だ。見下した、バカにしたような表情だ。 「な、なにがおかしいんですか?」 「はっ! 人を傷つける? お前の手にそんなことができるもんかっ!」 「なんですって!?」 少年は、両の手でルーネの両手をそれぞれ取った。 少年の手も魔力に包まれる。しかし、少年は動じない。まるで恐れていない。 ルーネは、ごつごつとした感触を感じた。少年の手は岩のように固い。何年も剣を持ち、鍛え込んだ手だ。ルーネの手とそれほど変わらない大きさなのに、包み込まれるような力強さがあった。 「いいかっ!? 魔法って言うのは積み重ねられた技法だ。術者が明確な意志を持って手順を持って初めて発動する。それを威力と精度を高め為に、何年も修行してやっと使えるようになるものだ。お前の”手”みたいにただ”あるだけ”の魔法なんて、全然恐くないねっ! お前の言う”固めた”状態なら少しは注意しなきゃならんだろうけど、それでもお前みたいなのが使うんならちっとも恐くないっ!」 そう、言い切った。ルーネはその言葉に、握られた手の感触にぼうっとしていた。少年は、そんなルーネを見て我に返る。ぱっと手を離し、 「だから、恐いなんてあるもんかっ」 そっぽを向きながら、そう呟いた。 「そんなこと、初めて言われました……」 「まあ、なんて言うか、な。師匠が言ってたよ。 ”力は、なにがあるかではなく、どうあるかが大切だ。力は、何が与えられたかではなく、何を得ようとするかが大事だ”ってな」 「師匠?」 少年の言葉を、ルーネが聞きとがめた。それに、その言葉は……どこかで、聞いたことある。 「喋りすぎちまったな」 少年は、後悔したように呟いた。 「あなたの師匠って、どんな人なんです?」 「なんでお前に教えなきゃならないんだよ」 「女の子の恥ずかしい秘密を聞いておいて自分は何もしないなんて許されないですよ?」 「なっ!?」 妙な言い方をされ、少年はたじろいた。顔もわずかに赤い。こうした言い方には免疫がないようだった。 「おしえてくださいよぉ」 言いつつ、ルーネは身を乗り出してきた。 ふわりと風に乗り、少年はかぎ慣れない臭いを感じた。どこか甘いそれは少女からくるもののようだ。 少年は妙に落ち着かないものを感じた。そのことに戸惑う間にも、少女は自分に身を寄せてくる。 「あ、あんまり近づくんじゃないっ」 「教えてくれるまで離れませんよっ!」 「わかった! 話してやるから離れろっ! うっとおしい」 「はいっ」 にこにこしながらちょこんと少年の前に座る。嬉しそうに微笑み、その瞳は好奇心で輝いている。 その様を見て少年は盛大にため息を吐いた。 「なんだんだよこいつは……」 「さあ話してくださいっ」 「はあ……いいか、俺の師匠はな……世界一の剣士だ」 少年は、言い切った。迷いも何もない、自信に満ちた一言だった。 「光の双剣を操る、最強の剣士だ。もうサイクロプスだろうとグリフォンだろうとばったばったと一刀両断! 師匠にかかったらドラゴンだって敵じゃないぜっ!」 一つ目の巨人サイクロプスは、並以上の剣士5人でようやく対等に戦える相手だ。鷲の頭と翼、ライオンの体を持ち空を駆けるグリフォンは、地を這う剣士にはそうそう太刀打ちできる相手ではない。一刀両断など、よほど熟練した戦士でも無理だ。 だが、そういった常識を越える剣士は存在する。 この世界には、魔剣というものがある。 火の魔法、水の魔法……様々な魔力を秘めたそれら魔剣は、力あるものが使えば魔導師ですら不可能な奇跡を生み出すという。 魔法という強力な攻撃手段が存在しながらも剣の扱いを生業とする者が絶えなかったのは、魔法を使うのに特殊な才能を要すると言うばかりではなかった。 しかし、強力な魔剣を扱えるものなどほんの一握りだ。 サイクロプスやグリフォンはともかく、半ば伝説に近いドラゴンまで引き合いに出しては信憑性は低い。 「すごいですねぇ……」 しかし、ルーネは感心していた。少年の師匠の話はまるでおとぎばなしのようだ。 だがしかし、ルーネにとって今の状況こそ夢のようだった。自分の手を恐れないものがいる。血のつながりもないのに、ただ自分を恐れ以外の目で見てくれる人がいる。それが嬉しかった。 だから、疑うことなどしなかった。 そんなルーネに、少年は満足そうに笑みを浮かべた。子供のような、無邪気で自信に満ちた笑顔だった。 「その人の事が好きなんですね」 「師匠は俺が一番尊敬する人だよ」 「その人は、今どこにいるんですか?」 ルーネの問いに、少年は顔を伏せる。一転して暗い表情をつくる。 「……わからない」 少年は、ぽつりと言った。 「そうなんですか?」 「一緒に旅していたんだ。でも……はぐれて……それで、ここで待ってる。師匠はこの町で生まれたんだって聞いた。だから、きっとここに帰ってくる。そうしたら一番に見つけられるように、この丘の上で待ってるんだ」 確かに、この丘の上からなら町へと続く道を一望することができる。待つのには良い場所だろう。 「そう……じゃあここは、あなたにとっても大切な場所なんですね」 ルーネは、ゆっくりとかみしめるように呟いた。 街道の続く先を見る。ずっと先から、誰かがやってくるのを見ようとするかのように、ずっとずっと先を、見る。 少年の方を向き、にこりと微笑む。 「でしたら、わたしはここにあなたがいることを許してあげます」 そう、自信たっぷりに言った。 その態度を少年はいぶかしく思う。 「なんだ、それは」 「いいじゃないですか。許してあげると言っているんだから、素直に喜んでください」 微笑みながらルーネは言う。 邪気のない、真っ直ぐな微笑みだった。 「なんでお前が許すなんて言ってるんだ? お前じゃなくて俺の方が許すって言えるはずだろう」 「じゃあ、許してくれるんですねっ!?」 「え? おお」 少年は、本当は「俺の方が強いんだからな」と続けるつもりだった。単純に、力関係をはっきりさせようとしただけのつもりだった。 しかし、ルーネの言葉に反射的に承諾してしまっていた。 「良かったです! 来るたびにケンカするのも何ですからね」 そう満面の笑みでいうものだから、少年は本当に何も言えなくなってしまった。 穏やかな昼下がり。 少し奇妙で、しかしどこか暖かなものを、少年と少女は感じていた。 続く |
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