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黒髪の狂獣機 | ||
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第十章「黒髪の狂獣機」 | ラルフとルーネは暗い森の中を駆けていた。 先行するルーネの魔法の明かりに、先ほどから断続的に響く攻撃魔法の音を頼りに駆けていた。 それを頼りにするしかなかった。 この、魔力を妨害する雨の中では。 「しかし、死に際にこんな雨降らせてどういうつもりなんだっ!」 駆けながら、ラルフは怒鳴る。 ”グランプレッシャー”を使った疲労からもだいぶ回復し、その足取りは速い。 「わかりませんよっ……はあっ……誤動作したんじゃありませんかっ……!?」 ルーネの方はまだ回復しきっていない。息が荒い。しかし、それでもかけ続ける。 ルーネが黒い狂獣機の残骸を調べてわかったことは、それが「自滅することを前提に造られていた」らしいこと、そして魔力の感知を妨害する雨を降らす魔法を持っていたことだ。 この雨がどうして戦闘中に使われず、そして今降っているかはわからなかった。しかしそれは、平時なら魔力を辿れば居場所の分かるフィーの探索を困難なものとしていた。 音のみを頼りに、駆ける。 そして、そこにたどり着いた。 そこは、森が開けた小さな広場だった。 黒く、でこぼこに荒れた土。その上には土の黒さとも違う黒が細く長く幾条も散らばっていた。 髪だ。 その髪の中央。 広場のまん中にフィーは立っていた。 降りしきる雨の中、それを避けるそぶりもなく、ただ立ちつくしていた。 振りかぶる。 その前には、”震式”紋章。 躊躇いなく、拳を叩きつける。 異音。そして衝撃波の魔法が走る。 その先には一本の木があった。 そして、幾条もフィーの”髪”が絡みついている。 激突。 しかし、木の折れる音も葉の落ちる音も響かない。 ただ粘着質な音が響く。 木は折れることはなく、ただ溶けるように崩れ地に落ちた。木に絡みついていた”髪”も、共に地に落ちる。 倒れ込んだ木は異様なことに一瞬にして地に溶け、地面と見分けがつかなくなった。 そこに、再び衝撃波の魔法が炸裂。 やはり粘り着くような音。そして、土が跳ねる。 跳ねた土は散らばらず、形を為した。 それは、人の形をしていた。 右手に刃を持ち、左手には先端が鋭利に尖った鞭を持っている。 色は黒とも茶とも判然とせず、その間を常に変化し続けていた。 人型は右手の刃を振るい、自らの身体に絡みつく”髪”を切断する。同時に左手の鞭をフィーへと繰り出す。 しかし、そこに再びフィーの衝撃波の魔法。 何もかもはねとばされ、今度は燃える茂みに落ちる。 その人型は、今度は炎に溶けた。 しかし、地に落ちていた”髪”はすぐにその炎にも絡みついた。 そこにまた衝撃波の魔法。 炎ではない炎のような塊は、為す術もなく吹き飛ばされた。 「なんだ、あいつは? フィーはなんだってあんなやつと戦ってるんだ?」 「狂獣機……」 ルーネは呆然と呟いた。ラルフはその言葉を聞きとがめる。 「狂獣機? あれも、そうなのか?」 「違います」 ルーネはかぶりを振って否定した。雨に濡れ、頬に張り付く赤毛が振りほどかれるほどの強い動作だった。 「あれこそが、狂獣機なのです」 ラルフは、ルーネの言葉を計りかねて疑問の表情を浮かべた。 ルーネは独り言のようにその理由を語り出す。 「わかりませんか? この森、この炎、この煙……そしてこの、魔力の感知を邪魔する雨! 全て、あの狂獣機を隠すためです。あの狂獣機がその能力を最大限に発揮するためのものなのです!」 ルーネは、まるで吐き捨てるかのように言った。語ることも汚らわしい――そんな口調だった。 「あの黒い魔導兵器は、この状況を造り出すためだけに造られた……ただそれだけのものに過ぎなかったんですよ!」 「なっ……!?」 ラルフは絶句した。 ルーネは、街の一つも壊滅しかねない強大な破壊力をもった魔導兵器……それが、あんな擬態を続けるわけのわからないもののための、ただの前座に過ぎなかったと言うのだ。 敵を倒す前に自滅しかねない強力な砲撃。そして遠距離戦を阻害してしまう、魔力の感知を乱すこの雨。 確かに、それなら説明はつく。 自滅してしまってもかまわない。勝つ必要などはないのだから。 破壊された後にこの雨が降り出したのも、初めからそう造られていたと言うだけなのだろう。 この状況をつくりだせさえすれば、それで良かったのだ。 この森の炎も煙も土も木も、あの狂獣機を有利にする。まして魔力で感知することすら出来ないと言うのなら、存在を知ることすら困難だろう。今のフィーのように”髪”で常に触れ続けなければすぐに見失ってしまうに違いない。 だが、だがしかし。ただそのためだけに黒の魔導兵器を造ったとしたら、それはまるで……。 「狂っています」 ラルフの考えを代弁するようにルーネは呟く。 「”狂獣機”というのは”狂った獣のように戦う魔導兵器”のことだと思っていましたが……。 造った人間の方が狂っていたからついた名としか思えません」 ラルフはその言葉に何も言えなかった。 その間にも、フィーと狂獣機の戦いは続いていた。 フィーの魔法は正確だった。 本来”震式”は、「打撃によって発動させる」という特徴から不安定なものだ。しかし今、フィーは正確に的確に魔法を放ち続けている。 それこそ機械のように。 それこそ、魔導兵器のように。 狂獣機はもう土にも木にも、火の形にもならなかった。 もはやその力すら失ったのか、黒か茶か判然としないいびつな人型のまま、フィーの放つ衝撃波の魔法を受け続けていた。 しかし、それでもまだ立ち続けている。 その脚には未だ力を溜め、一瞬の隙を待っている。 もしフィーがもっと強力な魔法を放つため間を置いたら、一瞬にして間合いを詰め、その手の刃で切り裂こうと、その手の鞭で貫こうと待ちかまえているのだ。 しかし、フィーはそれを知っているかのように、ひたすらに強くはないが安定して放ち続けることのできる衝撃波の魔法をうち続けていた。 それが唐突に止まった。 チャンスとばかりに狂獣機が駆ける。 しかし、魔法を受け続けたその身体は鈍い。 狂獣機を前に、フィーは大きく振りかぶる。その前には大きな”震動式起動紋章”――”震式”の魔法陣がある。 異音。歪む空間。 放たれたのは炎の魔法。 炎の魔法は、そのあまりの魔力故にその本質を表出する。 炎は、鳥の形を取った。 大きく羽ばたき、狂獣機に迫る。 狂獣機は刃を振りかぶり、炎の鳥に叩きつける。 刃は炎を切り裂けない。触れたそばから溶け、消えていった。 炎の鳥は狂獣機を包み、あとかたもなく消滅させた。 ・ ・ ・ 「フィーはね、思い出したんだよ」 フィーは、ゆっくりと語りだした。 雨は止み、辺りを月光が照らし出している。 しかし、フィーの表情は見えなかった。 伏せた顔は、伸ばしたままの”髪”に隠れて観ることが出来ない。だから、それはまるで独り言のようだった。 「フィーはね、人をものを何もかもを壊すためにつくられた兵器なんだよ。空間を歪めて破壊の力を生み出すことから、”シェイカー”と名付けられた”魔導兵器”」 ラルフは、手の剣を下げ、ただ真剣な瞳でフィーを見つめる。 ルーネもまた無言のままフィーの言葉を聞いていた。 フィーの言葉には抑揚がない。ただ言葉を並べているだけ……そんな語り方だった。 「そして初めてのテストで……」 そして、言葉が止まる。 単調な語りの、一時の停滞。 「狂ってしまったの」 フィーは、顔を上げた。 その目は泣きはらし、赤く染まっている。 その言葉と共に、フィーの身体は小刻みに震えた。 「狂って……何もかもが憎いという気持ちだけ残って……こんな気持ちにしたマスターが憎くて……マスターを倒すために、邪魔になるもの全てを破壊して……そんなわたしを止めに来てくれた大切な人−−ラングスまでも傷つけてっ……!」 震えが大きくなる。 それを押さえるように拳を握り、言葉に力を込め……押さえきれない感情を吐露する。 「そのあと、どうなったかはよく覚えてないけど……きっとラングスが止めてくれたんだよ。だからわたしはこうしてここにいる。 ……もうラングスのいないここにっ……この時代にっ……」 フィーの語りは、徐々に怒りから悲しみへ、そしてあきらめの響きへと変わっていった。 ラルフはその言葉を聞きながら、手が白くなるほど剣を強く握りしめていた。 何かを、抑えるように。 「あの狂獣機はきっと、マスターがわたしを殺すために造ったものだよ……ううん。狂獣機っていうのはきっとフィーのこと。きっとマスターがそう名付けたんだ。 ……こんなことなら抵抗するんじゃなかった……ラングスもいない、こんな場所で生き残ったって仕方ないのに……」 ラルフはため息を吐き、一度剣を握る力を抜く。そして……。 「それで?」 と、問うた。 「え?」 突然のぞんざいな問いに、フィーはオウム返しに答えた。 ルーネもラルフの意図が読めず、眉をしかめている。 「それでお前はどうする? 自分が狂獣機だった……それで、どうするつもりなんだ?」 「どうするって……」 「狂獣機の名の通り、狂った獣のように戦ってみるか? だったら……」 ラルフは、黒剣”グランプレッシャー”を構えた。 その構えに一分の隙もない。本気の構えだ。 そして、柄本の緑の宝珠は強い緑の輝きを放っていた――強い、意志の光を。 「相手になってやる」 「ラルフッ!」 ラルフのあまりな言葉に、ルーネが抗議の声を上げる。 ラルフは手でルーネを制しつつ、言葉を続けた。 「何をするのも自由だ。……自分の意志で、一歩踏み出せ」 ラルフはフィーに一歩を踏み出すことを迫った。 ――”導きの塔”の時と、同じように。 だが、状況が違う。 問われた意味が違う。 フィーは思う。 あの時は、祭りの中だった。皆楽しそうに笑顔を溢れさせていた。 それが自分のせいで壊されてしまった。 だから逃げ出した。 ――いや、違う。 逃げたのではない。戦うために街を出た。それは、魔導兵器としての本能だったのだろうか。 それも、違う。ただ……ただ、失いたくなかった。 初めて訪れた街。たくさんの人。たくさんの笑顔。洋服屋のおじさん。一緒に導きの塔で並んだ商人達。ルーネ。ラルフ。 みんな暖かかった。自分が暖かいと思ったものを、失いたくなかった。 でも、戦ううちにもうそれは自分から去ってしまったと思った。 だから、ラルフとルーネが来たときは驚いた。 なくなったと思っていたものは、なくなっていなかった。 「わたしは……」 最大の”震式”を制御できたのも、ラルフとルーネがいたからだ失いたくなかったからだ。守りたかったからだ。一緒にいたかったからだ。 「わたしは、ラルフといたい。ルーネといたい。戦うなんてやだよ……」 首を激しく左右に振る。髪にまとわりついていた水滴と涙とが一緒くたになって飛び散る。 「何度も言わせるな。お前は難しく考えすぎなんだよ」 ラルフはそこで、剣を下げた。 その表情はおだやかだった。 「悩むことなんかない。迷うことなんかない。お前はとっくに一歩を踏み出してる」 剣を地に突き立て、両腕を広げた。 「だから……来い」 その言葉を合図に、フィーは一歩を踏み出し……そのまま駆けた。駆けると同時に、”髪”の大半が消失する。 残ったのは、腰に届く程の長さのみ……フィーの本来の髪の長さ。それは、戦闘態勢を解いたと言うことだ。 そのままフィーはラルフの胸に飛び込んだ。 大声で泣く。 子供のように、ただただ声を上げ、泣いた。 ルーネは、瞳に涙を浮かべ二人を見ていた。 月光が、優しく三人を照らし出していた。 |
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