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黒髪の狂獣機 | ||
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第九章「戦いの跡」 | ルーネの考えた方法は、きわめて単純なものだった。 黒い狂獣機の防御体は魔法を強引に爆炎へと”変換”するものだ。しかし、その”変換”には魔法を分解するプロセスが必要となる。 だから、分解を許さないほど魔法の収束度を高めれば、あの”防御体”は意味をなさなくなる。 一人での戦いの間、ルーネは”防御体”に阻まれない魔法を放つことに成功していた。しかし、それでも狂獣機の強力な拡散紋章を備えた装甲を破ることはできなかった。絶対的な魔力が足りなかったのだ。 だから、フィーの”震式”を利用することを考えた。 ”震式”で膨大な魔力を発生させ、それを凝縮して叩きつける。 ただ、それだけだった。 ・ ・ ・ 「我ながら、とんでもないことをしてしまいましたね……」 ルーネは、辺りを見回しながら呟いた。 ”破壊の白”の生みだした爆風は、周りの燃え尽きかけた木々と燃えさかる炎の大半を吹き飛ばしていた。もはや森とは言えないほど辺りの様子は変貌してしまっている。 でこぼこに荒れた黒土。その上にぽつぽつと立つ、葉の一枚も残さない木々。まるで荒野だ。 その有様を月から隠すかのように黒雲は空を覆い、そしてその破壊を流し去るように大粒の雨が降っている。 あの爆発の後。 フィーの髪による防御と、辛うじて発動させたルーネの防御魔法によって三人は大きな怪我を負うこともなかった。 そして狂獣機の存在を確認するために、 月すら隠れた暗闇の中――まだ燃えくすぶる炎とルーネの生みだした魔法の光球のみを明かりとし、三人はその破壊の跡を歩いていた。 「まったくだな」 光球を追うように前を進むラルフが、ルーネのつぶやきに答える。 「それにしても、随分都合良く雨が降ったもんだな」 「そうですね……」 ルーネは空を見上げた。 降りしきる大粒の雨。空は、黒い雲によって覆われていた。 雨は、衝撃波がおさまると同時に降り始めた。 雷の柱は遠く空まで届き、周囲の雲を吹き飛ばしたはずだ。しかし今空を覆うのはどんよりとした一面の雨雲だった。 「雨雲が雷が呼ぶように、 雷が雨雲を呼んだとでも言うのでしょうか……?」 そんなことをぼんやりと考えているた。 と、きゅっ、と手を握られる感触に視線を落とす。 「大丈夫……かな?」 そこには、少し不安げな、でもその不安に負けていない――そんな表情をしたフィーがいた。 フィーはルーネと手を繋いで歩いている。フィーの手からは、わずかだがふるえが伝わってきた。 ルーネは「手を繋ぐ」という行為が苦手だ。 片手を封じられると言うことはルーネにとってそのまま戦力の低下に繋がる。それに、ルーネにとりこの”手”は戦いに有利な道具というだけではない。物心ついたときから手にまとわりつく魔力は、時としてルーネを苦しめることもあった。だから、他人の手に直に触れることなど滅多にない。 しかし今は……かすかに震えながら、それでも前を歩むことをやめないこの少女を、少しでも支えたいと思った。その想いが、手を繋ぐことへの忌避感に勝っていた。 「……あったぞ」 ラルフの声に、ルーネは視線を上げた。 そこには、黒い巨大な鉄塊――黒の狂獣機が横たわっていた。 着弾したのは左胸の辺りらしい。丸い大きな胴体はその左半分がほとんどなくなっている。 丸い胴体の脇から突き出ている脚はどれも折れ、砕け、用をなさなくなっていた。 熱を持っているのか、その一つ一つがうっすらと白煙を上げている。 「魔力は感じないよ」 フィーが二房の髪を、まるで蟻の触覚のように立てながら言った。 その髪は、”感覚糸”と呼ばれるもので、周囲の魔力や生き物の気配といった物を感知することができる。 かつてそれはもっとずっと長く、そして多方向に伸ばすことが出来た。しかし今は1フィートほどの長さしか伸びず、二房にわけることしか出来ない。頭の刀傷がその原因のようだが、フィーはその傷に覚えがなかった。 フィーの言葉に、ルーネも頷いた。 見た目通り、活動を停止している。もう動き出すことはなさそうだ。 「よく残っていたな。俺はてっきり残骸も見つけられないかと思っていた」 ”破壊の白”の炸裂した瞬間を思い出しながら、ラルフは呟いた。 「……威力を絞りすぎました」 「なに?」 「あの防御体に吸収されないよう、魔力の収束度を高めたのですが……その結果、予想以上に威力が高まって貫通してしまったようです。あの光の柱が出来たのは狂獣機のずっと後ろ……」 そして、狂獣機の向こうを指さした。 その先は、魔法の光球の届く範囲では何も見えなかった。もともと衝撃波に吹き飛ばされ木々はほとんど残っていなかったが、ルーネの指さした先には本当に何ひとつ残っていなかった。 ラルフは狂獣機に視線を戻した。 「それでこれ、か……」 狂獣機の表面はあちこちが歪んでいた。金属らしいその装甲は、まるで溶岩にでもあぶられたかのようにあちこちが溶け崩れている。 「いえ……先ほども言いましたように、魔力の収束度は高めてありました。魔法が当たった場所以外はこんな風に破壊されるはずはありません」 「じゃあこれはどういうことなんだ?」 ルーネはもう震えのおさまったフィーの手をほどき、狂獣機の残骸に歩み寄った。近づき、よく見てみる。 「あの狂獣機の放った砲撃は、異常なほどの威力でした。しかもそれをあんなに連発して……そんなことをすれば、撃った方も無事で済まなくて当然です」 「なんだよ……じゃあこいつは、自滅覚悟で戦っていたというのか?」 「言われてみると妙ですね……」 そこで言葉を切り、ルーネは俯き考え込んだ。 話し込む二人から離れ、フィーはゆっくりと息を吐いた。安堵のため息だ。 目の前に横たわる、黒い狂獣機。 一人では倒せないと思った。 でも、三人で力を合わせたら――たった一発の魔法で全てが終わってしまった。 「未来に一歩を踏み出すのは自分の意志でしかできない。 でも、未来へは、誰かと一緒に歩んだっていい……」 フィーは、ラルフのくれた言葉を小さく反芻した。 口に出しただけで何かが満たされるような気がした。 雨は冷たかったが、フィーの心は温かだった。 ふと。 立てていた感覚糸がぴくりと動いた。 何か音を「感じた」ような気がする。耳には届かない、かすかな音。 音のした方に目を向ける。が、なにもない。衝撃波に荒れた土と、それでもなんとか踏みとどまった木々があるだけだ。 なにもない。しかし”感覚糸”は、かすかではあるがなにかの存在を未だ伝えてきている。 首を傾げていると……。 喉元に衝撃を感じ、視野が暗転した ・ ・ ・ 「この狂獣機、最後になにか魔法を使った形跡があります」 「なんの魔法だ?」 「わかりません……大気に作用する魔法のようですが……」 ラルフは何か気配を感じ後ろを振り向いた。 フィーの立っていた場所だ。しかしそこには誰もいない。 「フィー?」 ラルフの呼びかけに応える者はいなかった。 ・ ・ ・ フィーは何が起きているのかわからなかった。 無意識に展開した”髪”に何かがぶつかり、そのまま首に絡みついた。そして宙を飛ぶかのようにそれに引きずられている。あまりに突然のことで反応ができなかった。 ”感覚糸”以外の”髪”の感覚は鈍い。しかしそれでも感覚はあり、それは首にまとわりつくものが鋭利な刃物のようであると告げていた。 状況を理解して、戦慄した。 何が何だかわからないが、自分は今命の危機にある。フィーはとにかく”髪”で自分を引きずるものに触れようとした。 「きゃん!」 何をする間もなく、唐突に首まわりの圧力が消え、濡れた地面に投げ出され、フィーは悲鳴を上げた。 冷たくぬるぬるとした濡れた土の感触に顔をしかめつつ、顔を上げる。 そこは森の中だった。 木々が鬱そうと繁っていることから、”破壊の白”の炸裂した場所から随分と離れているらしい。わずかな間のはずだったが、思った以上に移動していたようだ。 あたりには雨の中まだ消えない炎がいくつも燃えている。その炎がぼんやりとした薄明かりとなっていた。しかし月も隠れ、焼ける木々の煙のため視野はひどく悪い。 「ここ、どこ……?」 ぼんやりと近くで燃える炎を眺めた。 ゆらゆらと揺れる炎。 その一つが急に勢いを増し、フィーの方へと降りかかってきた。 あわてて身を引く。 しかし、炎は追いすがる。 それは既に尋常な炎の動きではなかった。 炎は、刃の形をしていた。 「!」 かわしきれず、フィーは左腕を浅く斬られた。見た目は炎だったが、斬られた傷跡は焼けてはいなかった。 「なんなのよっ!?」 叫びつつも”震式”を編み上げ、拳を叩きつける。放たれた氷の魔法は、燃え盛る炎を一瞬にして消し去り、辺りの木々までも凍り付かせた。 フィーは”感覚糸”を立てた。今の魔法で何かを倒したという手応えはなかった。 まだなにか、いる。 ”感覚糸”は伸ばす範囲こそ狭まったが、その機能は健在だ。距離を限定し感度を高めれば、かなり細かいところまで知覚することができる。それこそ、風のながれ一つ、雨粒ひとつに至るまで……。 「つっ!」 痛みを感じ、右手を引いた。手のひらを見ると、小さく赤い珠が一つ浮いている。 血だ。 なにかが手の甲から手の平までを貫通したのだ。 フィーは油断していたわけではない。今も、その手に触れようとした雫一滴すら知覚していた。つまり、「雫としか感じられなかった雫ではないもの」がフィーの手を貫通した――そういうことになる。 「なに……なんなの……?」 混乱し、後ずさる。背にとん、と何かが当たる。 慌てて振り向くと、それはただの木だった。わずかに安堵する。 前触れもなく、身体が後ろへ跳びすさった。 一瞬前までフィーの立っていた位置を、何かが通り過ぎた。 それは、木から生えた木の皮そっくりの――刃の形をした何かだった。 「え? え?」 目の間にある刃と、自分の身体が勝手に動いたことに混乱する。 刃は、そのまま地に吸い込まれるように消えた。 わけもわからず数歩後ずさる。 脚にわずかな痛み。 今度は泥の刃だった。 そして、一方的な攻撃が始まった。 眼前をよぎる黒煙は無数の黒い針を伴っていた。 飛び散る火の粉が髪に触れるやいなや燃え上がり、藪へ逃げ込めば周りの草木全てが刃となって襲い来る。 止まる暇はない。 目に映るもの全てが、息つく暇もなく襲ってくる。 木も炎も雨も空も土も、なにもかもが襲ってくる。 ラルフもいない。ルーネもいない。 誰も助けてくれる者はおらず、そしてまわりは敵だらけだ。 目に見えるものすべてが刃に思えた。耳に聞こえる音の全てが攻撃の予兆に思えた。 自分の立っている大地すらも確かではない。いつ刃となり襲い来るかわからないのだ。 自分の息をするのすら恐ろしい。吸い込んだ空気が襲ってくるような気さえした。 悲鳴を上げることも出来ない。 そんな暇はなく、そしてなにより―― 狂ってしまいそうなぐらい、恐ろしい。 「狂うわけないよ……」 ふと、口が言葉を紡ぎだした。 自分の口から漏れた、静かな声。 フィーは心では混乱し、しかし身体は声と同じく静かに動き、木の枝の刃を紙一重でかわしていた。 (あれ……おかしいな……) 呟いたつもりだったが、声にはならなかった。 そのまま、身体は立ちすくむ。肩幅に足を開き、膝をやや曲げ、そして手はだらりと下がる。 「だってわたしは……」 出すつもりのない言葉はまだ続く。 ”髪”が一瞬にして震式を編み上がた。一抱えもある大きさのそれに対し、身体は無駄のない動きで両拳を叩きつけた。 「もうとっくに……」 異音。歪む空間。 それに、何かがぶつかる。歪んだ空間越しに見えるのは、木か葉か泥か……いずれにしろ、刃であるようだった。 「狂ってしまっているんだから」 そして生じた魔法は衝撃波。 それは周りの木も炎も煙も……目に映るもあらゆるものを揺さぶり、かき乱した。 |
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