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黒髪の狂獣機

第八章「破壊の白」



 
 それは、後悔していたかもしれない。
 それは限界を迎えつつあった。
 強力な破壊力をもつ、魔力の光を放つ両の腕。強い力。強すぎる力。

 圧倒的な破壊力と引き換えに、放つものすらただでは済まさない力。

 放出時に発生する膨大な魔力はそれの巨体を破壊する。
 全身に執拗なまでに彫られた魔力を拡散する紋章。これは本来、防御よりむしろこの魔力を受け流すためのものだった。
 だがそれでもすべてを流しきれるわけではない。装甲は焼け、溶け、拡散紋章もその機能を徐々に失いつつあった。
 
 しかし、それでも。
 それは、満足していたのかもしれない。
 自分の生まれた目的を達しつつあったから。
 
 それは歩みつづける。
 四本の足を休まず、動かしつづける。
 首をめぐらし、空を仰ぎ、探しつづける。
 
 嘆くように。求めるように。
 それは、狂獣機は、咆哮をあげた。
 




 
「フィー、それではお願いします」

 ルーネの指示に、フィーは髪を伸ばす。
 燃え盛る森の中、そこだけ切り取られたようにできた小さな広場。
 広場の中、フィーの”髪”がざわざわと広がる。その”髪”の伸びる様はとどまるところを知らず、たちまち広場を埋め尽くすような量となった。そのうねる様は、湖面のざわめきにも似ていた。
 業火に照らされながらも、”髪”の生み出す波はあくまで黒い。
 そして、その波は混沌とした広がる動きから規則性をもった流れへと移る。

 伸び、絡み合い、ひとつの形を描き出す。
 描かれるのは、円。外円と内円の間に、複雑に絡みつくようにいくつもの紋章を刻み込まれた魔方陣――”震式”だ。

 大きい。

 半径20フィート(約6メートル)ほどもある魔方陣。
 フィーに制御できる、最大の大きさの”震式”だった。
 
 完成に一息つくフィーが、ひとつの音に注意を引かれる。
 狂獣機の咆哮。
 炎に揺れる森を圧するかのような強い響き。
 まだ近くはない。しかし、安心できるほど遠くもない大きさの響きだ。
 
「あまり時間はないですね。ラルフ、準備はいいですか?」
「OKだ……俺も、この”グランプレッシャー”もな」

 そして、柄元に緑の宝珠が埋め込まれた黒い長剣を構える。
 剣の名は、意力重圧剣「グランプレッシャー」。
 意志の力を無限の重圧へと変える魔剣。
 その刀身にまとわりつく黒い粒子は、触れたものに”重さ”を与える。岩も魔物も、魔力にすら作用する”重圧”は、巻き込んだあらゆるものを地に落とし、叩き潰す。
 
「さて……」
 
 呟きつつ、”グランプレッシャー”を大上段に構える。
 柄本の緑の宝珠が輝き、ぶわりとその刀身の周りに黒い粒子が舞う。触れたもの全てに重圧を与える魔力の粒子だ。
 粒子の放出と共に、刀身自体も重みを増す。ラルフは構える腕に力を込めた。
 
 再び、狂獣機の咆哮。
 先ほどより大きくなっている。確実に距離が縮まっている。そろそろ砲撃の射程圏内に入るかもしれない。
 時間は、ない。
 
「いくぜっ!!」

 叫びとともに黒剣を振り下ろす。
 その瞬間、重圧を与える黒い粒子が消える。そのすべてが刀身に吸い込まれ、黒剣はその漆黒さを増す。
 黒い剣は、そのまま黒い重圧の固まりへと転じた。
 黒く、ひたすらに重い”塊”が、”震式”の中心へと叩きつけられる。
 円の中心。なにもないただの地面を、その重撃は叩き壊さずにはいられないように思えた。
 しかし、剣はそこで止まる。
 重さも衝撃も消えてしまったかと思える一瞬。
 予想された地を割る音も、それと共に響く衝撃もない。
 一瞬の、ただ静かな時間。
 それは、確かに一瞬と言うべきわずかな静寂だった。
 
 紋章を描く”髪”がざわめく。まるで本来あるべきだった衝撃が広がるかのように、波紋のように”震式”を構成する”髪”は波うった。

 震えざわめく”髪”たちが奏でたのは、異音。

 深く重く遠く、ただただ響く独特な音。

 そして、歪み始める。
 ”髪”が、その描く”震式"が、そしてそれらの包み込む空間すべてが歪む。その歪みに押しやられるように、ラルフは”震式”の外へと跳んだ。
 着地し、その場に膝を折る。全力での”重撃”は、体に大きな疲労を残していた。手に持つ”グランプレッシャー”は、もはや刀身の黒さも重さも減じ、柄元の宝玉の輝きも弱めていた。
 
 跪くラルフの前で、”震式”の変化は続く。
 
 歪み、異音を響かせ、ただそこにあるだけで異質であると主張するように空間は変化しつづける。
 そのなかで、髪がさざめくように動く。
 うねり、からみ、そして形をなそうとする。
 その動きは、普段なら一瞬で終わる。しかし今は、ゆっくりとしか形をなそうとしない。
 ”震式”の大きさは、フィーにとって限界に近いものだ。容易に制御できるものではない。
 フィーは必死に”震式”の生みだした空間と、そのなかで魔法陣をなそうとする”髪”を制御する。
 いつも当たり前のように操れるそれらは、今度ばかりは容易なものではなかった。

 今まで、”震式”の制御に失敗したことはない。

 だから、もし”震式”が自分の意思から離れたら、どうなるかわからない。

 ただ消えるだけなのか。

 膨大な魔力が暴走するのか。

 あるいは、法則を書き換えられた空間が辺りの空間をも巻き込んで予想もつかない暴走を始めるのか。

 何も、わからない。

 フィーにとって、わからないと言うことは恐ろしいことだった。
 今、わからないことが多い。
 なぜ、あの”狂獣機”が自分を襲うのか。
 なぜ、自分はそれと戦うことを当然のように考えているのか。
 
 そもそも、自分は何なのか。
 
 ”魔導兵器”として造られたことは知っている。
 しかし、自分が戦う理由は知らない。それが与えられたのかすら思い出せない。戦う目的もない”魔導兵器”などあり得るのだろうか? それならば、自分は何なのだろうか。
 
 なにもわからない。それでも、立ち止まれない。進まなくてはならない。それが恐い。恐ろしい。

 だが。

 すぐ近くにラルフがいる。
 振り向かなくてもわかる。自分を案じ、見守ってくれている。その暖かさを感じる。
 傍らにはルーネがいる。
 フィーのことを信じ、”震式”の完成を待ってくれている。
 二人が、いる。
 だから、大丈夫だと思った。
 
「ああああああああああっ!」

 ただ、叫ぶ。
 意味のない、しかし力を込めた叫び。自分の中にある、形のない強い意志を外に出すために、声を張り上げる。
 ”震式”に歪む空間から光が溢れる。
 ただただ白い光の奔流。

 そのなかに、それは生まれた。

 それはただの球だった。
 直径10フィート(約3メートル)ほどの、白い球。
 光のように見えて、しかし辺りのものを何ひとつ照らすことのない、ただただ白い塊。 それは、”魔法”という方向性を与えられていない純粋な力の塊……魔力の塊だった。
 魔力の塊が生まれると同時に、あふれ出ていた光は消え、ざわめいていた”髪”も力無く地に落ちる。そして、地にうねっていた”髪”は次々と消えていった。
 フィーは力を使い果たしてへたり込んだ。その髪はもう腰に届くほどの長さしかなかった。
 その前に立つように、ルーネは前へと歩み出た。
 
「上出来です……」

 ルーネが緊張した面持ちでつぶやいた。”雷光手”として名をはせる彼女にとっても、今目の前にある、これほどまでに純粋で強力な魔力の塊ははじめてみるものだった。
 両手を肩の高さに水平に伸ばす。
 深く息を吸い、ゆっくりと吐き、集中力を高める。
 燐光を放つ手は、徐々にその輝きを変えていった。
 指先に、蒼い光が集まる。集まった光は密度を増し、強さを増し、濃度を増し――そして最後には形を為した。

 ルーネの左右十指から伸びる1フィート(約30センチ)ほどのそれは、爪。魔力が結晶化するまでに凝縮された、魔力の爪――”魔爪”だった。

「いきますっ!」

 踏み込む。
 膨大な魔力に圧迫感を感じながら、それでも目の前の白い塊に踏み出す。
 腕を振るう。繰り出すは”魔爪”。その向かう先は魔力の塊。
 
 魔力の塊に触れた”魔爪”は、甲高い音を立て白い球面に軌跡を残した。

 一瞬の間もおかず、二撃目。間髪入れず、三撃目。
 ”雷光手”の名にふさわしく、繰り出される爪撃は閃くように速い。
 ”魔爪”がたたき込まれるたびに、魔力の塊にはいくつもの線が刻み込まれる。組合わさった線は法則と力を持った紋章――”魔力”にその役割を与える魔法陣だった。
 ルーネは一心不乱に”魔爪”を振るい続ける。
 純粋な魔力というものは本来このような形では存在し得ない。すぐに拡散し、あらゆるものに溶け込んでしまう。こうして塊として存在しているのも、そのけた外れな密度と純度と、なにより総量ゆえだ。
 しかし、それでも時間の経過と共に拡散は進行している。
 だが、この大魔力はルーネにとって簡単に扱える量ではない。
 時間もなく、そしていつ暴走してもおかしくない魔力を前に、ルーネは必死に”魔爪”を叩きつける。
 
 激しい動きと木々の燃える炎の熱さに、汗が飛び散る。
 その表情は真剣そのものだった。

 その様は舞うようだ。
 そのゆらめく紅い髪は炎のようだ。
 そして刻み込まれる紋章は、まるで彫刻のようだった。
 
 その舞を妨げるように咆哮が響く。
 そして、圧倒的な力が迫る気配に、ラルフは目を向ける。
 その前には、蒼い光。狂獣機の放った砲撃が迫ってくる。
 
「ルーネ、来るぞっ!」

 言いつつラルフは立ち上がり、”グランプレッシャー”を構えた。まだ体は重い。もともと二人がかりでかろうじて止めたものだ。ラルフ一人では止められないだろう。
 対してルーネは、
 
「やああっ!!」

 叫び、倒れ込むように”魔爪”を叩きつける。
 その一振りで最後の紋章を描く。

 白い魔力の塊は、その表面にびっしりと紋章を彫り込まれていた。
 それはすでにただの魔力ではなく、意志を込められ力を定められた”魔法”そのものだった。

 
「行きなさい、”破壊の白”……」


 精魂尽き果てるように倒れこむルーネの上を通り過ぎ、魔法の球は一直線に進む。

 進み行く魔力の球はその形を変えた。
 前部がすぼまり、後部はそのままに平らに形を変えていく。
 円錐だ。
 フィーが生みだし、ルーネが形作った魔法は円錐の形を取った。
 ただ進み、貫くためだけの形。それだけのための、シンプルな形状だった。
 
 その先に、”狂獣機”の放った破壊の光が迫る。

 そして、激突した。

 いや、それは激突とすら言えなかったかもしれない。
 魔力の円錐は、その進行をまるで変えなかった。速度も方向もその輝きも、何一つ減じることなくただ進む。
 対して”狂獣機”の砲撃は、まるで風に吹き散らされる泡のように弾かれ飛び散った。
 吹き散らされた破壊の魔力はは周囲にいくつもの爆発を生む。燃え落ちようとしていた木々が吹き飛ばされ、地がえぐられる。
 それも、魔力の円錐が進むのにまるで影響を及ぼさない。
 次に迎え撃ったのは”銀のコマ”。魔力を強制的に爆炎に変換する防御体だ。
 5つの銀のコマは底面を向け、魔力の円錐に触れ……。
 
 そして、消えた。
 音すら残さず、蒸発した。
 触れただけで吸収どころか受け止めることも出来ず、消滅した。

 ”狂獣機”は逃げようとする。
 4対の脚に取り付けられた圧縮空気のジェットは、その巨体を高速に移動させ回避を可能とするはずだった。
 しかし、幾度となく放った砲撃に”狂獣機”の身体は限界を迎えつつあった。
 その急激な挙動に左脚の一本が耐えきれず、砕ける。
 バランスが崩れ、その身を傾ぐ”狂獣機”に魔力の円錐が迫る。
 右肩口に触れる。
 魔力を拡散する装甲も役に立たない。
 魔力の円錐は、紙を破るように容易く貫通した。

 そして、それは炸裂した。
 
 天を貫くような巨大な光の柱が生まれた。
 昼になったかと思うほどの巨大な光量によって、紅に染まっていた森は一瞬白く変わった。

 轟音。

 空を割るようなその音は雷の音。”震式”の魔力球にルーネが刻み込んだのは、自分がもっとも得意とする雷の魔法の紋章だった。
 光の柱が生まれたのは一瞬。
 そしてその柱の存在した場所を中心に、波のように巨大な衝撃が広がる。地をえぐり木々を吹き飛ばす衝撃が、ラルフ達に迫る。
 
 ルーネはまだ膝をつき、荒い息を吐いている。
 その後ろのフィーのも、腰を落としたをついたままだ。
 その前に、黒剣を構えたラルフが立つ。
 
「防ぎきれるか……?」
 
 迫り来る衝撃そのものを”重撃”で叩きつぶすことが出来れば助かるかもしれない。
 再びグランプレッシャーの緑の宝珠に光が灯る。しかしそれは先ほどと比して弱い。迫り来る衝撃波に、その光はあまりにも弱かった。
 
「フィーッ!」

 ルーネの叫び。フィーは残った力を振り絞り”髪”を展開する。
 三人を包み込むように広がる。衝撃から、守るために。
 三人は身を寄せ合い、衝撃に備えた。
 

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