SSトップへ

HPトップへ

前のページへ

次のページへ

黒髪の狂獣機

第七章「黒と赤の森」



 
 森は燃えていた。
 月夜の下、天を焦がすように上がる炎は時と共に勢いを増す。
 その一角。
 そこで、炎とは違う光が生じていた。
 
「いけぇっ!!」

 フィーの叫びと共に発動した”震式”は、巨大な氷の固まりを生みだしていた。その鋭角的に尖った氷は、炎の森を一直線に飛ぶ。
 その先に現れたのは拳大の円錐――5つの”銀のコマ”だ。それらは一斉に底面を氷の弾へと向ける。
 しかし直前で氷は無数のつぶてに分かれる。
 ”銀のコマ”はそのいくつかを受け止め、その魔力を爆炎と別方向へ吐き出し、無効化する。しかし大半を防ぎきれず通過を許してしまう。
 その先には10フィート(約3メートル)に達する、巨大な黒い金属の固まりがあった。
 小山のような巨大な体。腕は二本。丸太のように太い腕は、魔力を強力な蒼い光として放つ砲門としての機能と持つ。それを支える、虫のような4本の脚は、圧縮空気を噴出することによって巨体に高い機動性を持たせる。

 黒い巨大な……ただ戦うための、魔導兵器。

 いくつもの氷弾が直撃する。激しい雨のように連続する打音。氷弾は、直撃した物をその冷気でもって凍りつかせる。
 しかし、氷弾は黒い装甲の上で散った。全身にびっしりと彫られた強力な魔力拡散の紋章が、魔法を散らせ無効化したのだ。
 フィーは二撃目を放とうとして……跳んだ。
 直後、フィーのいた場所を黒い魔導兵器の放った魔力光が貫き、爆発が生じた。
 直撃は避けたものの、その爆圧にフィーの軽い体は吹き飛ばされた。
 
 フィーは攻めあぐねいていた。
 強力な一撃は”銀のコマ”によって阻まれ、今のような数に任せた小威力の攻撃は効果を発揮しない。かといって、連続攻撃をする余裕はない。
 
 炎の中、黒くうごめく小山のような怪物。

 フィーはその姿にどことなく見覚えがあった。自らの造物主がつくったいくつもの戦闘用ゴーレム。戦い、殺し、壊すためだけにつくられた無数の戦鬼。それらに似ているように思えた。
 ルーネの言葉を思い出す。
 「ラハム」のつくった魔導兵器の呼び名を。
 
「狂獣機……」

 フィーは、呟いた。呟きは、出してから確信に近いと感じられた。
 しかし、呟く暇すら与えないと言うのか、次の魔法の砲撃が来る。
 ただ突き進むだけで進路上の木を消し去り、その範囲から逃れた木々を燃え上がらせながら迫り来る強力な魔力の光に対して、フィーは”震式”を発動させた。
 渾身の力を込めた拳によって異音と空間の歪みが生じ、強大な魔力が発生する。
 そして生まれたのは光の盾。
 しかし、光を込めた魔力の盾は、迫り来る破壊の光を防ぐことは出来ない。一瞬のうちに、風に吹き散らされる泡のように消しさられる。
 それでも速度が落ち、わずかながら軌道も逸れた。その機を逃さず、フィーは身体を投げ出すように跳び、かろうじて直撃を避ける。
 だが、それに伴う爆発と衝撃はかわしきれない。
 そのまま、止まることが出来ず吹き飛ばされる。
 地面に激突する瞬間、かろうじて”髪”をクッションとして衝撃を逃がし、間髪入れず体勢を立て直す。
 すぐに駆け出したその後を、砲撃が追う。

 跳んだ。

 燃えさかり、しかしまだ焼け落ちていない木に”髪”をかけ、引くことで高く跳んだ。
 木々の上まで跳ぶ。そのぐらい跳ばなくてはかわしきれないほど大きく強力な砲撃だ。
 森を越え、夜空に身を躍らせる。
 跳躍の頂点。一瞬の無重力感。
 視界には絨毯のように広がる森の木々。そのところどころに魔力の砲撃によって生まれた谷間と、そして燃えさかる炎がある。
 そんななか、炎も森の木々も存在しない場所があった。
 森を割りそびえ立つ城。
 月にに照らされ炎に照らされ、ただ影のみを際だたせ在る城。
 フィーがかつて暮らしていた城だ。

「もう、誰もいない城……」

 フィーは理解していた。
 魔導兵器としてつくられ、そして”感覚糸”という鋭敏な感覚器を持つフィーにとって、かつて暮らした城がどれほどの時を刻んだかがわからないはずはない。

 いや、わかっていた。
 でもわかりたくなかった。目をそらしたかった。
 城が、長い……とても永い時が過ぎていることを。
 普通の人間の一生より、何倍も永い時を過ごしたという事実を。

「ラングスも、もういない……!」

 髪を引く。
 かろうじて燃え尽きなかった木を引き、落下を加速する。
 だが、次の砲撃は予想していたより早かった。
 頭上をかすめるように通り過ぎる砲撃は、強い衝撃をフィーに与えた。
 押されるように落下速度を増し、地面に叩きつけられる。
 
「はっ……!」

 ”髪”をあらかじめクッションとしていたものの、予想以上の速度に衝撃を吸収しきれなかった。肺の空気が絞り出され、一瞬息が出来なくなる。
 すぐに動こうとしたが、身体が思ったように動かない。
 そこへ、狂獣機の砲撃が来た。
 まだ、抵抗できないわけではない。だが、今から防御しても、ほとんど間に合わない。
 今を凌いだとしても、勝てるあてはない。

「もう、いいかもしれない……」

 フィーは目を閉じて待った。
 迫り来る絶対の破壊を、ただ待つ。
 しかし、その破壊の前に来たのは、まだ出会ったばかりなのに懐かしいと思う声だった。
 
「そびえ立て光の壁!」

 凛とした高い声が響く。
 続いて、一瞬の衝撃音。
 突き抜ける、破壊の音。
 
「堰き止めろ、氷の壁!」
 
 また、声。
 ずんと言う重い音と、氷の張りつめる音。
 そして、それが砕かれる音。
 
「砕き散らせ、雷の弾っ!」

 今度は胸に響く雷鳴。
 すさまじい衝撃音。
 それすらも突き破る破壊の音。
 
「潰れろっ!!」

 朗々と声が響く。
 今度は男の声だった。
 強い……とても、強い声。
 何かとてつもなく重い物が落ちたかのような重音。
 そして、地鳴りのような震えが大地を走る。
 身体に響く衝撃に、フィーはうっすらと目を開いた。

 そこには、黒い長剣を持った戦士がいた。
 身体の動きを阻害しないよう手を加えられた、独特な形のプレートメイルをつけた青年。
 黒い長剣を地面に叩きつけるかのような姿勢で止まっていた。
 その地面は、大きく陥没していた。バチバチと、蒼い光がいくつかうねっている。
 
 そして、その隣には手に蒼い燐光をまとう魔導師がいた。
 紅いショートヘア。身にまとうのは、たっぷりした布地を要所でまとめ、動き易さと防御力を兼ね備えた戦闘着だ。

 ラルフとルーネだった。
 フィーは、きょとんと二人を見た。
 
「思った以上に強烈ですね。
 私の魔法を三発放っても止められないなんてっ……!」
「”重撃”でかろうじて潰せたが……そう何度もできないぞ、これは」

 フィーは座り込んだまま、目をぱちくりさせていた。
 目の前の陥没した大地に目を奪われている。
 その中で、未だ蒼い光がうねり、はじけ、しかし徐々にそれも少なくなっている。
 狂獣機の放った砲撃を、この二人は止めたのだ。
 フィーは信じられない思いだった。
 
「フィー、大丈夫か?」

 フィーは、あまりのことに応えることが出来なかった。
 狂獣機の砲撃を止めたことも、今ここに二人がいることも、フィーの理解も想像も超えることだった。
 
「戦える状態ではないようですね……ラルフ、とにかくフィーを連れてここを離れてください」
「すまん……キツイと思うが、時間を稼いでくれ」
「誰に言ってるんです? ……どうせなら、”倒せ”と言ってくださいっ!」

 そして、ルーネは燐光まとう指で魔法陣を描きはじめた。
 ラルフはフィーを抱きかかえ、走る。
 フィーはラルフの腕の中で揺られながら、わけもわからず、しかし……何か暖かいものを感じていた。



 森の一角。
 沢の流れるそこは、かろうじて火の手から逃れていた。
 岩の間を抜ける小さな水の流れる音は、ひどく静かに響いた。
 
「ここまで来れば大丈夫だろう……立てるか?」

 言いつつ、ラルフはフィーを降ろした。
 フィーは立とうとするがそのままぺたんとしりもちをついてしまう。身体に異常はない。しかし、気が抜けてしまっていた。
 
「……大丈夫か?」

 フィーの腕をとり、ラルフは丁寧に身体を調べはじめた。
 鍛え込み剣を握り続けたその手は、固い。だが丁寧なその動き安心感を与える物だった。
 時折「痛くないか」と問うラルフに、フィーは首を横に振って応えた。
 魔導兵器としてつくられたフィーは、普通の人間よりだいぶ丈夫に出来ている。あの激しい戦闘の中で、傷らしい傷はなかった。
 落ち着くと、フィーは自分の姿が気に掛かった。
 薄桃色のワンピースは、ところどころが焼けこげ、破れている。泥とすすにまみれ、元は薄桃色だったとは思えないほど汚れていた。
 このワンピースはルーネが最初に買ってくれた服だった。
 リンドの街の古着屋でルーネが値切りに値切り、根負けした店の主人が「まあこれだけ似合ってるんならおまけしてやるよ」と笑って売ってくれた服だった。
 その時の笑顔が、とても気恥ずかしく……でも、嬉しく感じられたのをフィーは思い出していた。
 
「ごめんなさい……」
「ん? なんのことだ?」

 ラルフが顔を上げる。
 フィーは、ふと思う。
 自分は何について謝っているのだろうか。
 ”導きの塔”の行列にいた、陽気な商人達。その笑顔を奪ってしまったことだろうか。
 それとも今こうしてラルフに迷惑をかけてしまったことだろうか。
 あるいは、今も戦っているルーネに対してだろうか。
 
「ごめんなさい……」

 消え入るような声で、フィーは同じ言葉を繰り返した。
 しかし、その声はラルフに届かなかった。
 遠く、いくつもの破壊音が響いている。
 一つは狂獣機の砲撃の音。
 もう一つ、響くのは雷鳴……おそらく、ルーネの放つ魔法の音だろう。
 
「一対一で戦っているとは思えない有様だな……」

 呟きながら、ラルフは立ち上がった。

「見たところこれと言った怪我はないようだが……立てるか?」

 うなずき、フィーは立ち上がった。足下はしっかりしている。休息とも言えないようなわずかな時間だったが、思ったより回復しているように思えた。不思議と、「何とかなる」――そんな気分になっていた。
 
「ありがとう。もう大丈夫」

 フィーは笑顔で応えた。

「それにしても……あれは何なんだ?」
「たぶん……マスターが作ったもの。だから……”狂獣機”なんだと思う」
「あれが……”ラハム”のつくった”狂獣機”だって言うのか?」

 フィーは静かに頷いた。
 
「確かにあの無茶な破壊力は”狂獣機”と呼ぶに相応しそうだが……でも、あれがそうだとして、なんでお前あんなものに狙われているんだ?」

 フィーはかぶりを振った。
 
「わからない……でも、あいつは倒さないとずっと追ってくる……そんな気がするの」

 フィーは、髪を拡げた。なんの抵抗もなく、自分の思い通りに伸び、動き、広がる。
 それは全力で戦えると言うことだ。
 
「だから、ラルフとルーネはもういいよ。
 ……あとは、ひとりでやる」
「おいおい、何を言ってるんだ?」
「ひとりで……戦うの」

 フィーは、強く言った。
 
「あんな化け物を一人で相手にするって言うのか?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないだろう? さっきだって危ないところだったじゃないか」
「ひとりで戦うのっ!!
 わたしには戦うことしかないものっ!
 他には何にもないっ! 何にも残ってないっ!!」
 
 そこで、荒い息を吐いた。
 わずかな会話で、こんなことで疲れるはずのない魔導兵器のフィーは、しかし息を荒げていた。
 顔を伏せ、荒い息を吐き出す。
 そして、顔を伏せたまま言葉を紡ぐ。
 
「それに……未来は自分の足で踏み出さなきゃいけないんでしょう? ……ひとりで歩いて行かなきゃ行けないんでしょう……」

 顔を上げる。
 
「だったら……わたしはひとりで戦う……!」

 顔を上げた先に、言葉の先に。思いがけないほど近くに、ラルフが立っていた。
 フィーが驚く暇もなくラルフの手が動き、がしっと、固くフィーの頭を掴む。
 先ほど優しく触れてくれた手は、今度は恐ろしく固いものに感じられた。
 その手は、掴むだけではなくフィーの頭を激しく左右に揺さぶった。
 
「あわあわ」

 予想外の出来事にフィーは何も出来ず、ただ頭を振られるままだった。
 
「お前はどうしてそう考えが足りないんだ?」

 手を止め、そして、フィーの顔を覗き込んだ。
 
「いいか? 確かに未来に一歩を踏み出すのは自分の意志でしかできない。でも、な」

 ラルフは、にっこりと笑った。
 フィーは、ラルフの笑顔を見るのが初めてに感じられた。こんな、優しく力強い笑顔は、初めて見たと思った。

「別に、その先は……未来へは、誰かと一緒に歩んだっていいだろう?」

 その言葉に。
 その、ただの一言に。フィーの心は、暖かく満たされていた。

「そうですよ」

 木々の間を抜け、走り込んできたルーネの一声だ。
 ルーネはフィーのそばまで走り込み、そしてフィーを抱き上げた。

「もちろん、私も一緒に行きますよ」

 フィーは、ルーネの息づかいが荒いことに気づいた。見れば汗びっしょりだし、激しい戦闘の後であることが伺えた。しかし、フィーを抱く手の力は強く、その強さにフィーはとても安心できるものを感じた。
 
「ルーネ……無事か?」
「かろうじて、ですけどね……なんとか引き離しはしましたが、見つかってしまうのは時間の問題です。
 ……正直あの砲撃から逃げ切るのは難しいですね」
「戦う、か」

 ラルフの周りの空気が変わった。
 今までの、フィーのよく知るラルフのそれではなく、戦闘を前にした戦士の空気だ。
 ルーネはフィーを降ろした。荒い息を整える。
 フィーは二人を見上げ、不安げに呟いた。
 
「でも、どうしよう? あいつには……あの狂獣機には魔法が効かないよ?」
「狂獣機?」

 ルーネの問いに、ラルフは「そうらしい」と頷いた。
 
「あれが伝説の狂獣機……というわけですか。なるほど」

 ルーネはどこか楽しそうに呟いた。

「しかし、魔法が効かないのか……」
「本体は拡散魔法の紋章の固まり……おまけに魔法を吸収して爆発に”変換”する防御体を5つも連れています。魔法であの防護を破るのは不可能に近いですね」
「不可能に近い……ってことは、無理ではないってことか?」

 その問いに、ルーネはにこりと笑った。

「そうですね。三人の力を合わせれば、そんなに難しくはないかもしれないですよ」

 自信たっぷりに言うルーネに、ラルフはにやりと笑って応えた。
 そのやりとりを、フィーは不思議そうに見上げていた。
 どうしてこの人達は、あんな怪物と戦おうと言うときにこんなに落ち着いているのかと。
 
 その時、辺りを高く重い音が響く。
 それが狂獣機の咆吼であることを、フィーは知っている。
 しかしそれを、少しも恐ろしいと感じなかった。
 それもまた、不思議なことだった。


 

前のページへ

次のページへ

SSトップへ

HPトップへ