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黒髪の狂獣機 | ||
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第五章「導きの塔」 | 貿易の中継点として繁栄するリンドの街。 日も暮れかかる時、しかしこの町には商人達の歩みとは異なるにぎわいがあった。 荷馬車や人々の通行のため広くつくられた大通りは、平常のあわただしい流れではなく、多くの人々のゆったりとした人の流れによって埋め尽くされていた。 人通りの多さに劣らず道の脇を占領し、競うように軒を並べる様々な出店。この人出を見込んだ酒や簡単な軽食を振る舞う店が多い。しかし少し道を行けば年代ものの骨董がずらりと並び、角を曲がれば最新の機械細工を並んでいたりと、様々だ。 街のいくつもの道々で生まれる喧噪。 今日は、リンドの街で年に一度行われる祭りの日だった。 そして、その祭りの中心が”導きの塔”である。 街の中央にそびえるその塔からは、長い行列が街の端に届かんばかりの長さで伸びていた。 「今年はどんなお告げをもらえるんだろうね」 「俺はお告げの通り去年は西に行って儲けたぜ」 「ほう……俺は北で鉄を仕入れて失敗したが……お告げの意味を勘違いしちまったかな」 その行列の多くを占めるのは、商人達だ。毎年一度だけ解放される”導きの塔”では、未来に対する啓示を受けられると言われている。縁起を担いで毎年この”導きの塔”で”お告げ”を聞いていく商人は多い。 その中に、一人。 周りの商人達の半分にも満たない背丈の、長い黒髪を二本の三つ編みに編み上げた少女がいた。 その身にまとう薄桃色のワンピースは、シンプルなデザインながら少女の黒髪を映えさせていた。 「……ねぇ、ラルフぅ、まだぁ?」 少女……フィーは、不満そうにラルフを見上げた。 「そう言われてもな……」 ラルフは、困ったように頭をかいた。 祭りと言うことで、身につけているのは平服だ。少し見ただけではその辺の町民と変わらない。だが、護身用にと各所に隠し武器を装備していたりする。 「お待たせしました」 そう言ってやって来たのは赤毛の少女ルーネだ。 こちらも冒険用の装備ではなく、赤茶を基調としたやや大人しめのデザインのワンピースを身につけている。 その両手は薄手の白い手袋に包まれており、そして今は大きな紙袋を抱え込むようにして持っていた。 「はい……適当に買い出してきたからつまんでください」 「わぁ、ありがとうルーネ」 フィーが嬉しそうに紙袋の中をあさり始める。 「ありがとな……でも、別にわざわざ他の所に買いに行く必要何かあるのか?」 紙袋の中に手を伸ばしつつ、ラルフは訊ねた。 行列を見込んでか、近くには軽食系の出店が多い。それこそ手の届く位置に店が出ているため、わざわざ買い出しに行く必要はないように思えた。 「あまいです、ラルフ」 ルーネは人差し指をたてると軽く左右に振った。 「ここは場所がいいです。はっきり言って良すぎます。そのため値段が高かったり、あまつさえ質が低かったりすることさえあるのですっ!」 ルーネの口調は徐々に熱を帯び、その声は少しずつ大きくなっていった。 「より良いものをより安く手に入れるには、自分の目と耳で情報を得て! 自分の足でもって手に入れなければならないのですっ! これはもう基本中の基本ですっ!!」 言いつつ、ぐっと拳を握ってみたりする。 周りの列に並ぶ連中――おそらく商人だろう――から小規模な拍手があがった。 ルーネは照れて顔を伏せた。 どっ、と、笑いが起きる。 苦笑しつつフィーの方を見るラルフを迎えたのは、フィーの満面の笑顔だった。 「楽しいね、ラルフ」 「ああ……そうだな」 「みんなも、とっても楽しそう」 「一人あんまり楽しくなさそうだけどな……」 ついでに言えば、周りの出店の主人も渋い顔をしているが、とラルフは心の中でつけ加えた。 しかしそれでも、みんな楽しげではあった。ラルフは、最近この一帯が豊作だったことを思い出した。そしてこれからその収穫で稼ごうという商人も活気に溢れている。四日前の夜、大雨が降ったために延期すら危ぶまれていた祭りも例年以上に盛り上がっている。 「私はね……」 唐突にフィーは切り出した。 「前に、とても悲しいことがあったと思うの……でも、ぼんやりして思い出せないの。たぶん、”兵器”として調整された頃のことなんだと思うけど、よくわからないんだ」 フィーは一旦言葉を切る。話ながら俯いてしまった顔を上げる。 「忘れて、忘れたらどうしても思い出したくないぐらい、悲しい哀しいことだったと思うの。もし思い出したら、こうして笑うことが出来ないくらい……きっと、哀しいことだと思うの。だから……」 言いつつ、空を見上げる。 雲一つない星空。大きな、円い月。 「だから、思い出せなくて、いいんだと思う」 フィーは、笑顔でそう言った。 それを聞くと、ラルフはフィーの頭をガシリと掴むと左右に揺さぶった。 「あわあわ」 「なに小難しいこと言ってるんだ、お前は」 フィーの頭を揺らすのをやめ、今度は逆に固定する。そして、ラルフはフィーの顔を覗き込んだ。 「いいか、過去は無くならない」 そして、フィーの頭から手を離し、その胸のまん中を指さした。 「今まで生きて、様々なものを積み重ねて来た結果が”ここ”にある。今お前がここにいて、こうして話している……それが、その証だ」 胸をこづくラルフの指を、フィーは不思議そうに眺める。 「悲しかったというのなら、その悲しかったことだって今のお前をつくる一部だ。 ”生きる”って言うのは、”生き続ける”ことだ。続きなんだから、その前がないことなんてない。……だから、忘れた方が良かったなんて言うな。今のお前があるのは、今まで生きてきたからなんだぞ」 「……うん……」 頷きながら、フィーは考え込む。 そして、 「ねぇ、ラルフ……」 「ん?」 「過去は……必ず思い出さなきゃならないのかな? どんなに哀しいことでも、嫌なことでも……思い出さなきゃいけないのかな?」 「さぁな……だが、過去を乗り越えるにしろ、過去を忘れるにしろ、過去から……逃げるにしろ……」 そこで、一旦言葉を切る。息を深く吸い、意志を込めて次の言葉を放つ。 「それは、自分で決めろ。たまたま忘れたからって、それで”良かった”なんてことにするな。……俺が言いたいのはそれだけだ」 「うん……」 フィーは、俯いて考えこみはじめた。 ラルフは、そんなフィーを見守るように見つめた。 「どうしたんですか、フィーは」 「ああ……ちょっとな……それよりお前こそなにやってたんだ?」 「……商人にならないかと誘われてました」 「あ?」 「”あんたには見込みがありそうだ”とか、”うちの息子と結婚して店を継いでくれないか”とか……」 「はははっ」 「笑い事じゃないですよぉ、私は魔導師ですって言ってもそれならそれで次の街まで護衛でもしてくれないかって……」 「おいおい、それは受けても良かったんじゃないのか? この街を出るときはそういう仕事を受けようと思っていたんだが……」 「いやですよ、はずかしい……みんな冗談で言ってるんですよ。その場のノリというか……それより、フィーはどうしたんですか?」 「ちょっと……大事なことを考えさせている。しばらくほっといてやってくれ」 「?……わかりました……」 ・ ・ ・ 「これが……導きの塔……」 ようやくたどり着いた導きの塔の入り口で、フィーは感嘆の声を上げた。 そう、大きなものではない。華美でもない。入り口の両側に受付兼護衛の兵士を配したその入り口は、あまり装飾もなくむしろ質素とさえ言えた。しかし、300年近くもリンドの街の中心にそびえ続け、毎年様々な人々に未来の啓示を与えたその塔は、ただそれだけで圧倒されるような存在感があった。 「思ったより列の進みが速かったですね」 「塔に入ったら”紅の導宝珠”に触れて終わりだからな。そんなに時間がかかるものでもないさ」 ルーネの疑問に答えたラルフは、ルーネに向き直る。 「さて……じゃ行って来い」 「え? 一緒に入るんじゃないの?」 「俺は一度は行ったことがあるから別にもういい。ルーネは……」 「私は、こういうのはあまり信じませんので……行かないでおきます」 「そういうことだ。さ、行って来い」 促すラルフの言葉に、しかしフィーは答えない。 足下を見つめ、一歩も踏み出そうとしない。 「……どうした?」 「恐いの」 フィーは短く一言そう言った。 「恐くてたまらないの。ここがどこなのかもよくわからない。住んでたところは知らない間にすっかり変わってたっ! 知ってる人はいなくなってたっ! ……今までのことがわからない。全然、わからない……」 フィーはそこで言葉を止めた。俯きかけて、そしてすぐに顔を上げ言葉を続ける。 「それなのに、今、未来のことだけがわかろうとしている……これからどうするかだけがわかってしまう。それが、恐いの、不安なの……」 必死に、そうしないと何かに押しつぶされてしまうかのように懸命にフィーは言葉を続けた。 「だから……一緒に来てよ」 フィーがすがりつくような目でラルフを、ルーネを見つめた。その瞳は潤んでいる。涙が、今にもこぼれそうだ。 しかしラルフは静かに頭を振った。 「未来は、生きていれば誰にでもやってくる。でも未来へ向けて、どこへどう歩いていくかは、誰でもない。自分で決めるしかない。それは他の誰かに決めてもらうものじゃない。最後には一人で決めなくてはならないことだ。だから……」 ラルフは、フィーの肩に手を置いた。そして、フィーの瞳を見つめ、言う。 「自分の意志で、一歩踏み出せ」 フィーは、顔を上げた。 ラルフの手を、身体を押しのけ、塔の中を真っ直ぐに見る。 自分の未来があるというそこを、ただじっと見る。 ゆっくりと、左足を上げた。そして、ためらうように下げる。 俯き、足下を見つめる。そして、その視線を再び前へ。進むべき、その先へ。 次に上げたのは右足。今度は速い。前へ、足を進める。 そして、踏みしめる。 一歩を、踏み出した。 二歩目はためらわず、三歩目は間をおかず、そして真っ直ぐと歩き出した。 ラルフはそれを見て微笑んだ。そのまま、塔に背を向け歩く。 人々のごった返す、塔を囲む広場の端に身を置く。 後から追いついたルーネが声をかけた。 「今日は随分と説教臭いんですね」 「まあな」 「あんな小さい娘に、随分きついこと言うんですね」 「まあ、な……」 ラルフは、深く息を吸い、ゆっくりとはいた。そして言葉を続ける。 「俺は確かに、この”導きの塔”であの娘を守ると約束した。でも、まだ守るに値するかどうかは見ていない。俺は、自分がどこに歩むか決められもしないヤツを守ろうとは思わない」 「それで……例えばもしあの娘が塔に入らないと言い出したらどうするつもりだったんですか? 唯一の手がかりがなくなりますよ?」 「その時は……見捨てた。守る価値なんてない」 「うそ」 そう言って、ルーネは笑った。 その様に、ラルフはなぜかどきりと感じて目をそらした。ルーネの笑顔がいつもと異なるように見えたからだ。 「あなたはきっとそれでもあの娘の面倒を見るつもりだったんでしょう?」 「さて、どうだろうな……」 「……本当、昔から変わらないんですから……」 その言葉を聞きとがめ、ラルフはルーネに向き直った。 そして、気づく。 ルーネの唇が、いつもより紅い。紅を引いているようだ。 そのまま、何とはなしに視線を降ろした。 見慣れないルーネがいた。 彼女はいつも、冒険用の装備を身につけていた。魔導師にしては身体能力に優れ、その動きを阻害しないようつくられた衣服は余裕がある。 だから、今ルーネが身につけているワンピースのように身体の線は出ない。大人しめなデザインではあるが、呼吸と共に静かに上下するふくよかな胸元も、なだらかにくびれた腰も、思っていた細い腕も、冒険用の装備では隠されていたものだった。さらさらとした赤いショートヘアも、思えばいつもより手入れをされているようだった。 「あ、あんまりじろじろ見ないでください」 ラルフの視線に気づき、ルーネが隠すように自らの身体を抱く。 「いや、ち、違う。その……いつもとちがうな、と思ってな……」 「あっ……あなたと出会ってからずっと冒険ばっかりじゃないですか」 そうだった。ラルフは、ルーネとのコンビを組んで以来立て続けにギルドから仕事を受けた。剣士と魔導師という能力の相性の良さ、そしてルーネ自身の能力の高さから冒険が楽しくてたまらなかったのだ。思えば、こうしてのんびりと時間を過ごすのは初めてかもしれない。 「私だって女の子です。祭りの日ぐらい、ちょっとくらいおしゃれしますよ……」 そうして、頬を赤らめ俯くルーネは、ラルフにとって初めての存在だった。 そのまま、二人とも黙ってしまう。 その間も塔の周りの雑踏は流れ、時間が過ぎていく。 何となく気まずい空気のままに。 それを破ろうと二人して同時に口を開こうとして……。 轟音に遮られた。 見上げると、青白い光が見えた。一直線に伸びるそれは、導きの塔の最上階をかすめていた。 光自体の放つ轟音と、塔とぶつかり合う衝撃音が響き渡る。 「フィーッ!?」 ラルフの叫びを、あたりの喧噪と崩れ行く塔の破砕音がうち消した。 |
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