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黒髪の狂獣機 | ||
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第四章「セキガンの遺したもの」 | 「わあああっ……」 フィーの声が響く。 リンドの街、その入り口。 「すごいすごい、ひとがいっぱいっ!」 「おい、あんまりはしゃぎすぎるなよ」 ラルフはたしなめる。 しかし、フィーはその言葉が聞こえないかのように駆け出す。 数え切れない人の歩みを受け平らにすり減った街路。 フィーは勢いよく駆けだし、その勢いのまま転んだ。 「ふええ、痛いよう……」 「何をやってるんだお前は……」 「だって、動きにくいんだよぉ……」 愚痴りながら、自分の二本のおさげを見る。 綺麗に編まれ、白い小さなリボンを結びつけられたそれは外見こそかわいいもののフィーの”髪”を封じるものだ。 フィーは自らの”髪”を普段から長く伸ばしている。そのため、それが封じられた今はバランスがうまくとれず、今のように転ぶこともあるのだった。 「街に入るまでに5回も転んだんですから、そろそろ慣れてください」 言いつつ、手をさしのべるルーネ。言葉の内容とは裏腹に、その口調は柔らかく優しい。 その手を包むのは白い手袋。日常用の、洞窟探索時につけるものより薄手のものだ。 手を借りて、フィーは立ち上がる。 「とにかく、邪魔にならないように道の脇に」 街の入り口と言うことで、人の通りは多い。 近くにはそれを見込んでいくつもの出店が出ている。 フィーはルーネに手を引かれ、店の間にある裏路地の入り口まで移動する。 いくつもの声と、いくつもの足音。雑多な喧噪は、活気という名の合奏を奏でていた。 「わたし、こんなにたくさんの人見るの初めて……」 そんな人々の様を、フィーは目を輝かせて見ていた。 「リンドの街は、商業の街ですから。街の中央に、”導きの塔”がありまして……」 フィーは、ラルフの指さす方を見た。そこには天高くそびえる白い尖塔がある。 「あの中には”紅の導宝珠”という宝石が収められています。その名の通り人を導く効果があると言われています。その宝珠が目印になって交易の中継点になっていき、この街は商業の街になったそうです」 フィーは感心したようにルーネの説明を聞いていた。ルーネは気をよくし、言葉を続ける。 「あの宝珠には面白いいわくがあるんです。 ……300年もの昔、全てを見通すという紅の魔眼をもち”セキガン”と呼ばれた冒険者がいました。かなりメジャーな方で、絵本なんかも出てるんですよ。 世界中を冒険したというその大冒険者が初めて旅だったのがこの街で、その時おさめていったのが”紅の導宝珠”なんです」 フィーは塔を見つめた。 「ねぇ、あの塔に行けばラングスに会えるの?」 「それはわからんが……どっちにしろ行くのは明日だな」 フィーの言葉に、ラルフが答える。 どうして、とフィーは首を傾げる。 「普段はあの塔は立入禁止になっている。でも、明日”セキガン”が旅だった日を記念した祭りがあるんだ。その時、あの塔の中にはいることができる」 「そして、”紅の導宝珠”に触れることが出来ます。”紅の導宝珠”に触れたものは、”未来の啓示”を授かると言われています」 「未来……」 ルーネの言葉に、フィーは空を仰いだ。蒼く澄み、いくつものちぎれた雲を抱える空。そのなかに何か見いだそうとするかのようにフィーは目を凝らしていた。 「さて……」 ルーネが手をパンと合わせた。 「ここでこうしていても仕方ありません。今日はとりあえず暇と言うことで……」 そして、フィーの方を見てにっこりと微笑む。なにかを感じ、フィーはじわりと後ずさった。それをとどめるようにルーネはフィーの手をぎゅっと握る。 「フィーの服を買いに行きます。……ラルフ、先に宿に戻っていてください」 そのままフィーを引きずるように歩き出す。フィーは困惑したようにずるずると引っ張られていった。 ラルフはその様にぱたぱたと手を振った。フィーは引きずられながらも律儀に手を振り返す。それを見て苦笑しつつ、 「……動くなら、早い方がいいか」 そして、フィー達とは別の方に歩きだした。 ・ ・ ・ ラルフが宿に戻ったのは、夜も更けはじめた頃だった。 自分の荷物を部屋に置くと、隣のルーネの部屋に向かう。 ドアを軽く3回ノック。わずかな間をおき、もう2回ノック。 扉越しに「どうぞ」という声と鍵を外す音を聞き、ラルフは部屋へと入った。 「お帰りなさい。遅かったですね」 「まあ、ちょっとな……」 言いつつ、部屋を見回す。 探すものは、ベッドのまん中を占有していた。長い黒髪を三つ編みに編み、リボンでまとめた小柄な少女はフィーだった。安らかな寝息を立て眠っている。 「……もう寝てるのか」 「初めての街で疲れたみたいですよ」 そう言いながら、ルーネは床に腰を下ろした。その上には大きな敷布が敷かれており、何着もの服がきれいに畳まれている。部屋をぼんやりと照らす、唯一の照明であるランプも床に置かれている。 どうやら服の整理中だったようだ。 「なんだ。こんな時間に整理か?」 質問に、ルーネはにっこりとした微笑みで答えた。 そのあまりに嬉しげな笑みに、ラルフは意図が読めず後ずさった。 「ねぇ、これかわいいと思いませんかっ?」 突然、ルーネは畳んでいた服を広げた。ワンピースだ。 赤を基調としたそのワンピースはやや地味なものの、造りはしっかりしておりかわいくまとめられていた。 ただ、ルーネには小さい。フィーの服のようだ。 「はい……フィーはかわいいので何でも似合いますから、困ってしまいました。なんとか絞り込んだのですが……」 「はあ……」 「でも手持ちのお金はそんなにありませんでしたし……でも幸いここは商業の街。20店ほど回っていいお値段の服をたくさん買えました」 「何をやってたんだ、お前は……」 そして、フィーの方を見る。その様はひどく静かで、眠りは深いように見える。 (……疲れたんだろうな) ラルフは、フィーに同情した。 「ラルフは、こんな時間まで何をしていたんですか?」 「”ラングス”というヤツについて調べていた」 ルーネの眼が真剣みを帯びた。 「どうだったんですか?」 「結論から言えば……今この街にそんな名前のヤツはいない」 「いない……そんなにすぐに結論を出せるんですか?」 リンドの街は、商業の街と言うことで人の出入りが激しい。人捜しとなればそう簡単にできるものではなく、一日やそこらで調べきれるものではない。 「いや……まず間違いないだろう。”セキガン”については知っているな?」 「ええ……有名な冒険者ですから」 ルーネはその名前について思い出した。 右目に全てを見通すという紅の魔眼をもち、その剣技はあらゆるものを断ったという。300年前このリンドの街から出発し、数々の冒険をしたという。その逸話は多く、そのあまりの多さからどこまでが本当かわからない。しかし、少なくともそれだけ名が知れ渡るほどの冒険者なのは間違いないと言われていた。 「その”セキガン”の名が”ラングス”なんだそうだ」 「え?」 「一般には”セキガン”という字名で知れているが、その本名は”ラングス”らしい……この街では有名な名前だからな。仮にそんな名前のやつが来たらすぐに知れ渡る。少なくともここ数年、”ラングス”という名を名乗ったヤツはこの街に来ていない」 ラルフは、一息つくと話を続けた。 「”ラハム”についても調べてみた。少なくともギルドの方にはそんな魔導師の登録はないらしい。あの城もここ数十年誰かに使用されたという記録は残ってない。 ……もっとも、有名な魔導師だって言うからその名を騙ったというヤツはいてもおかしくないし、そんなヤツは登録なんてしないだろう。城にしても別に毎年調べていたというわけでもないだろうから、誰かが使ったという可能性は否定できない。こっちの方はまだ調べる必要があるだろうな」 ラルフは部屋の隅に置いてある椅子に座った。近くには机があり、簡単な書き物が出来るようになっている。 ルーネは黙考。そして、口を開いた。 「……”狂獣機ラハム”がその猛威を振るっていたのは約300年前。”セキガン”ラングスが活躍していたのも約300年前。この一致は何なんでしょう?」 ルーネは、フィーの告げた二つの名の共通点を挙げた。伝説の冒険者と伝説の魔導師……共通点のないように思える二者の関係は、単純にその存在した年代だった。 「なにが言いたいんだ?」 「フィーが……もし、300年前に存在していたとしたら?」 「そんなことありえないだろう? それとも、フィーは300年間も眠っていたって言うのか?」 ルーネはかぶりを振った。 「それはないでしょう。魔族ならともかく、いくら”魔導生物”といってもフィーはかなり人間に近い……300年の時は越えられません。たとえ体が耐え切ったとしても、眠った状態ですら精神が持ちません。 もし本当に300年間眠っていたのなら、今とは比較にならないほど記憶を失っているはずです」 沈黙が降りた。 その沈黙を破ったのはやはりルーネだった。 「考えられる可能性は二つ」 ルーネが二本、指を立てた。薄暗いランプの明かりによって二本の指は長い影を伸ばす。 ラルフには、それがなにか不吉なものに感じられた。 「フィーが偽りの記憶を持っていること。300年はともかくとして長期間眠らされたことにより記憶に異常が発生する可能性はあります。もうひとつの可能性として、フィーを造ったマスターが意図的にこのような記憶を与えた、ということも考えられます。……もっともこれは、あまりにその意図が不明確で可能性を論じることもできませんが」 「……もう一つは?」 「フィーが”時間を超えた”」 ルーネは、ある種の確信を込めた声で言った。 「これならつじつまは合います。フィーは本当に伝説の”セキガン”や”狂獣機”の時代を生き、そして、時間を超えて現代まで来たのです」 「そんなことが可能なのか?」 「太古にはそんな魔法も存在したといいます。普通だったら考えるのもばかばかしいことですが、、あの二つの伝説の関係者だというのなら何があってもおかしくありません」 軽くため息を吐き、ルーネは一旦言葉を止めた。 ラルフは、視線を下に落としルーネの言葉の意味を考えていた。 「……根拠は?」 「この娘は、現在存在しない強力な魔法を使い、そしてほとんど知られていないはずの”セキガン”の名を知っていました」 「それだけか?」 「それだけです……でも、この娘についてわかっているのもそれだけなんです」 ルーネは立ち上がり、ベッドの方へと歩いた。フィーはいつのまにか寝返りを打っていて、すこし毛布をはだけていた。それを、かけ直す。 「私は……私達は、この娘になにをしてあげられるのでしょうか?」 「そいつに……なにかしてやりたいと思うのか?」 きょとんと、ルーネはラルフの方を見た。ラルフは頭をかきながら、 「いや……俺は”啓示”があったからそいつの面倒を見るわけだが……お前はどうしてなんだ?」 「かわいいじゃないですか」 「は?」 「この娘、かわいいじゃないですか。それだけで充分です」 「そーゆーもんか?」 「そーゆーものです……それに、おもしろい娘ですしね……」 言いつつ、フィーの三つ編みをいじる。 フィーは、もぞもぞと動く。フィーの髪には感覚がある。封じられた状態とは言え、それは健在のようだ。 その様がおかしくて、ルーネはクスクスと笑った。 ラルフは、その様をみつつため息を吐いた。 「とにかく、明日……”導きの塔”で何が起こるか、だな……」 |
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