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黒髪の狂獣機 | ||
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第三章「封印の黒髪」 | 「はい、とれたよ」 そう言いながら、伸ばしたフィーの"髪"がするすると戻ってくる。 その先にはいくつもの木の実。 「ありがとう」 礼を言いながら、ラルフは受け取った。 「ルーネも、はい」 「ありがとうございます」 ルーネも受け取る。 赤く熟した実はうまそうだ。ラルフはさっそくかぶりついた。 「もうすぐ、リンドの街に着くな」 そう語りかけるラルフに対して、ルーネは答えない。 フィーの方をじっと見て、手の中の木の実を食べ始めようともしていなかった。 「どうしたんだ? 食べないのか?」 疑問に思い問うラルフに対して、ルーネは思案。 そして、無邪気に木の実をかじるフィーに目を向け、 「なんとかしないといけませんね……」 そうつぶやいた。 ラルフはそのことについて疑問に思いながら、木の実をもうひとかじりした。 フィーを見る。 昨日戦ったのが嘘のように、フィーはラルフ達になついていた。それは、ラルフが「ラングス」という自分の知る名前をだしたことが大きい。そのことによって、フィーはあっさりと警戒を解いた。それに、ルーネが気を許したこともある。彼女はフィーの”髪"の封印を解き、 「女の子は身支度をきちんとしないと行けません」 と、水の魔法を使って戦いにより汚れ傷ついた体を洗い、ぼろぼろのフィーの服に代わり自分の予備をフィーに着せた。フィーは大喜びだったし、ルーネもそんなフィーを見て微笑んでいた。 そして、古城をあとにしリンドの街へと出発したのだった。 フィーは今、紺の上着を貫頭衣のようにまとっている。サイズは合わなかっためだぶだぶだが、ベルトや紐をつかって要所を縛り、動きづらくなならないようまとめてある。大きすぎるすそはひざ上まできているが、かえってスカートようで似合っている。靴がフィーのもともとはいていた戦闘用のブーツのためややごついく、違和感はあるものの見栄えは悪くない。 全体的に、活発な雰囲気のあるフィーに似合っていると言える。 視線に気がついたのかフィーが振り向く。 長い髪を揺らし、元気がいっぱいつまった笑顔を向けた。 「充分かわいいと思うが」 「……何を言ってるんですか、あなたは」 ラルフはごほんとわざとらしくせきこんだ。不思議そうに見上げているフィーから目をそらし、もう一度せきこんでから口を開く。 「なんとかって何をだ?」 「フィーの”髪”ですよ」 ・ ・ ・ 空には、乱れた雲がいくつも浮かんでいた。 ラルフは暇つぶしにその形を何かに見立てようとしたが、うまくいかなかった。 首をめぐらす。 街へ向かう道を少し外れた、森の中のちょっとした広場。 視線の先は、広場の中央。真上から暖かな日差しを受けるそこで、ルーネとフィーは腰を下ろしていた。 フィーの後ろにいるルーネが腕を動かすたびに、フィーはくすぐったげにじたばたと足を動かしていた。 「くすぐったいよぉ」 「じっとしていてください」 ルーネの手には櫛。 フィーの髪を梳いているのだった。 「フィー、あなたの”髪”を封印します」 ルーネはそう言った。 理由は街で目立ちすぎるためだった。 とにかく、フィーは”髪"をよく使う。 先ほどの木の実を髪で取るばかりではない。森では進むのに邪魔な草木は髪で押しのける。速く駆けようとするときも前方のなにかに”髪"を引っ掛け、それを引くことで加速する。 そんな風に、それこそ手足のように日常的に”髪”を使う。 人目のない山道の中では問題なかったが、町の中では不必要に目を引いてしまうだろう。 そこで、確実な封印をなすため封印のためにまず髪型を整えようというのだが……。 「ほら、じっとしていてください」 「でもぉ、くすぐったいよぉ……」 「”髪”を動かすから櫛が引っかかってくすぐったいのです。ほら、力を抜いて……」 「うん……」 フィーが脱力すると、ルーネの櫛は抵抗なくとおるようになった。 抵抗なく櫛がとおる黒髪は陽光を跳ねて輝き、さらさらとした流れは清流を思わせる。 フィーは目を細めて櫛が"髪"を流れる感触を楽しんだ。”髪”にはある程度触覚がある。こうして整えられるのは初めてであり、それはフィーにとって心地よいものだった。 ルーネもいままで苦労していた髪梳きがうまくいくようになり、楽しげな様子だ。 「どうして女ってのはああ髪をいじるのが好きかね……」 女二人の楽しげな様を横目に、ラルフはため息混じりの愚痴をもらした。 ”髪”を封印することに賛成はしたが、思ったより時間を取られている。別にさほど急いでいるわけでもないので困ることもないのだが、少し退屈だった。 やがて、髪を梳き終えたのかルーネの動きが変わる。 フィーの長い髪を大きく二つに分ける。片方をさらに三つに分け、それらを交互に巻きつけるように編み上げる。三つ編みを編んでいるのだ。 そこで、ラルフは気づいた。 「手袋はしなくていいのか?」 ルーネは素手でフィーの髪を結っていた。 ルーネは魔力のこもる手を持っている。そのため無駄な魔力を放出しないよう、魔力を封印する効果のある手袋を普段から身に着けていた。特に洞窟探索時などは、魔力の浪費をおさえ魔物をむやみにひきつけないために強固な封印効果を持った分厚い手袋を装備する。 それを、今はしていない。 「この位の作業なら、魔力を漏らさずにできます。それに……」 そこでいったん言葉を切る。感触を確かめるようにフィーの髪をなでながら、 「この子の髪はとても触り心地がいいですから、手袋ごしではもったいないです」 と言い、微笑んだ。 そして、髪を結い上げることを続けた。 フィーは不快さと気持ちよさの入り混じったような、複雑な表情を浮かべている。 フィーにとって、”髪”は手足と同じだ。それを束縛されるのだから気分がいいはずがない。反面、自分の”髪”に他人の手がやさしく触れて、整えられ編み上げられていくのは初めてであり、その感触はただ心地よいというだけではなく暖かなものに感じられた。 それゆえの表情だった。 そのことをなんとなく察したラルフは、気を紛らわしてやろうとフィーに話し掛ける。 「ところで、フィー」 「なぁに?」 微妙な表情のままフィーは答えた。 答えはしたものの、三つ編みを編むルーネが気になって仕方ないらしい。見えるはずもない背後を覗こうとするかのように視線が泳いでいる。 「これまでのお前の話を整理しようと思う。間違っていたら訂正してくれ」 道すがらフィーのことについて聞いていたが、どうもフィーの話し方は断片的でわき道にそれがちだった。さきほども話の途中で木の実に注意がいってしまい、中断してしまった。 ラルフは、ちょうどいい機会なのでまとめておこうと思ったのだった。 「う、うん」 うなずいて返事をしようとして後ろ髪を引かれ、フィーは中途半端な返事を返した。髪を結うルーネが「だめですよ」と軽くたしなめる。 「お前はかつてあの城でラハムという魔導師に”造られた”」 「うん」 「その後は数度の戦闘テストを経て、あとはほっとかれた」 「そのころは”震式”を使えなかったんだけど……なんか”対人用ゴーレムのテストに使うには強くなりすぎた”って言ってた」 「造ることに熱中しすぎて当初の目的を忘れてしまう……研究者にはありがちなことです」 ルーネが口を挟んだ。 楽しそうに三つ編みを編んでいるお前に人のことを言えるのか、と突っ込もうとしてラルフは自粛した。話が進まない。 「で、お前の代わりに”ラングス”って言う剣士がやってきた」 フィーは、うなずいて返事をしようとしてまた後ろ髪を引かれた。こんどはルーネに「これ」としかられた。 「そいつがラハムの造る”魔導兵器”と戦闘テストを繰り返して、お前はその世話をしていた、と」 「ラングス、すっごく強かったんだよっ」 フィーは満面の笑顔で語った。 その笑顔は純粋で、真っ直ぐで、そして何より溢れんばかりの”好意”を感じさせるものだった。 なんとなく面白くないものを感じながらラルフは話を続けた。 「そいつが来てから、お前は”震式”を使うための”改造”を受けたんだな」 「うん。フィーの”髪”があれば”震式”をうまく使えるって。でも、フィーはいやだったんだよ、”改造”。なんか、自分が自分じゃなくなっちゃう気がして……ラングスにもなかなか会えなかったし、すごく不安だった……」 「そして……」 そこでラルフは一旦言葉を止め、フィーを見つめた。 「その後のことは憶えていない、と」 「うん……多分実戦テストとかやったと思うんだけど、よくわかんないんだ……気がついたら服がぼろぼろで、お城の近くを歩いてたんだ……」 「そこに俺達が出くわしたってわけか……」 「いきなり魔法打たれてビックリした」 「あれは仕方なかったんです。子供の姿で惑わす魔物は多いですし……」 ルーネは気まずげに言い訳をし、口ごもった。そして、 「ごめんなさいね……」 「いいよ。だってルーネ優しいもん」 謝るルーネに、フィーは笑顔で返した。 「それにしても、戻ってきたらお城の中がすごく散らかっててビックリした。まるで何年も誰もいなかったみたいだったの」 「……あなたは眠らされていたのではないですか?」 「眠る?」 「たぶん実戦テストが終わってデータを取り終えて……しばらく必要なくなったので眠らされていたのでしょう。それで何らかの理由で起きた……長期間の睡眠で記憶が混濁するのはよくあることです。 実戦テストについて憶えていないのはたぶんそのせいでしょう」 「そうなのかなあ…… 」 フィーは腕組みをしてうんうんうなった。 そして、 「でも、ラングスに会えばきっとわかるよっ!」 と、大きく頷いた。そして、何の抵抗もなくうなずけたことに気づき、気まずげに振り返った。 そこにはルーネの顔。特に表情と言えるものはうかべていなかったが、しかしフィーにすこし冷たく感じられた。 「左の三つ編みは編み終えました。これから右に取りかかろうとしたところでした。次は……」 ルーネは満面の微笑みをうかべて 「あんまり動かないでくださいね」 そう、念を押した。 フィーはシュンとしてラルフの方を向いた。 ラルフは苦笑しながら、 「まあ、会えるかどうかは知らないが、とりあえず”導きの塔”に行けば何かわかるだろう」 「”導きの塔”?」 「リンドの街の中央にある塔でな……そのてっぺんに”紅の導宝珠”っていうでっかい宝石があるんだ。それに触れると、未来が啓示されると言われている」 「未来……?」 フィーは下を向き考えこみはじめた。 ラルフは怪訝そうにフィーの顔を覗き込んだ。その目はとても真剣で、そしてどこか……哀しげだった。 「フィー?」 「ん? なに?」 そして顔を上げたフィーの表情は先ほどまでと変わらないものだった。今の表情が嘘のように無邪気で、何の悩みもないように見えた。 「はい、おしまい」 そこに、ルーネの声。 三つ編みが編みあがったのだ。 「もう動いていいですよ」 その声に、フィーは立ち上がった。 その髪は、二本の三つ編みに編み上げられていた。三つ編みの先には小さな白いリボンが結びつけられている。 「ずいぶん手早いな」 「今度はフィーが動きませんでしたからね」 「いや、そうじゃなくて……おまえ髪短いのに随分手慣れたもんだな」 「……昔は伸ばしていたんですよ」 ラルフとルーネの会話のさなか、フィーは三つ編みに確かめるように触れた後、うんとうなった。 「うう、動かないよぉ」 「そのリボンで封印してますから。でも、本気で動かそうと思ったら解ける弱い封印にしてあります」 「そうなの?」 「ええ。なにかあって危ないと思ったら、ためらわず封印を破ってしまってください。でも、だからといって無闇に”髪”を使おうとしてはダメですよ」 フィーは「はぁい」と答えた くるくると左右に身体を揺らし、揺れる三つ編みを楽しむ。いつもは自分の意志で動く”髪”が、身体の動きのみで揺れるのが新鮮で、そのことを楽しんでいた。 「さて、それじゃあ」 そんなフィーを見ながら、ラルフは立ち上がった。 「行くか、リンドの街に」 そして歩き始めた。 ルーネはゆっくりと立ち上がり後に続き、続いて髪に夢中で気づくのが気づくのが遅れたフィーが慌ててついてくる。 リンドの街は、もうすぐだった。 |
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