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黒髪の狂獣機 | ||
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第二章「少女の”震式”」 | 「終わりました」 そう言いながら、ルーネは戻ってきた。その手に付けた手袋からはわずかに蒼い燐光が漏れている。 「ご苦労さま。……結界の強さは?」 「中の下で張ってきました。死霊程度なら進入することはできません。それ以上の力を持つ魔物なら、結界を破るときに察知できます」 「そうか……で、あの娘は?」 もう夜の帳が降り始めた、古城の一室。一階の、おそらくは兵士の詰め所として使われていたらしい部屋だった。荒廃した城の中で比較的破損が少なかったこと、またいざというとき脱出が容易な一階であるということから、ラルフとルーネはここで野営することにした。 床に置かれたカンテラにぼんやりと照らされる中、ラルフの視線の先には夕刻に戦った少女が横たわっている。 毛布に包まれ、安らかな寝息を立て眠っている。 その頭にはなぜか白い大きなリボンがつけられており、長い髪がひとまとめにされていた。 「……頭に刀傷がありました。そこに石ころが当たったのが気を失う直接の原因のようです。もっともその傷はずっと前に血が止まっています。今も眠りつづけているのは、恐らく……」 少女は安らかに気持ちよさそうな寝息を立てていた。その表情もおだやかだ。 「疲労のためでしょう」 ルーネは少女の眠る脇に目をやる。そこには、少女が身につけていた服が置いてあった。布地の大半は強靭な材質で、要所を皮や金具で補強してある。どうやら戦闘用の衣服であるようだった。 しかしその衣服はところどころほつれ、あるいは焦げ、ぼろぼろになっていた。 「一戦交えたあとだったってわけか……」 「それであれほどの呪文を連続で放つことができるのですから、かなり高度な技術で作られた”魔導生物”と言えます」 「……”魔導生物”?」 「先ほど”手”で触れて、心臓部に”魔力核”の存在を確認しました……人間ではありませんよ」 ”魔力核”……それは完成された魔法技術のひとつだ。大気に満ちる魔力を吸収し蓄えることができるそれは、魔法で動くものの動力源として使われる。ゴーレムやマジックアイテムに用いられるもので、人間に、それも心臓のある場所に埋め込まれるなどということはない。 そして、その”魔力核”を生命力の源とする人為的に作られた存在を”魔導生物”と呼ぶ。 「そうか……」 ラルフは嘆息する。 「衣服を除けば、持ち物はこれだけでした」 ルーネの手にあるのは、少し古びた木製のオルゴールだった。気の材質や造りからすると、どうやら安物のようではあるが、そのわりには彫られた装飾の造りは丁寧だった。 ラルフは、何の気なしにオルゴールの蓋を開けてみた。 流れ出したメロディは、どこか哀しげな響きを持っていた。 「鎮魂歌……でしょうか……?」 オルゴールの音に耳を傾けていると、ラルフは急に気配が生じるのを感じた。 バタバタと音を立てながら走ってくるのは、眠っていたはずの少女だった。毛布を身体に巻き付けて、走り込んでくる。 敵意は感じられない。なにより、本当にただ子供が走っているような隙だらけの動きにかえって虚をつかれていた。 少女はラルフの元まで来るとオルゴールをひったくり、そのまま懐に抱え込んでその場に座り込む。 抱きかかえたときに蓋が閉じたのか、オルゴールのメロディは止まる。唐突に生じた小さな喧噪も止まった。 「これは……わたしの……」 恨みがましそうに見上げる少女の目は、わずかに涙で潤んでいる。「おもちゃをとられそうになった子供」……そう表現するしかない表情だった。 「別に取ったりしない」 すでに手袋から取りだした”手”で魔法陣を描こうとするルーネを手で止めながら、ラルフは答えた。 少女は、ラルフを見上げながら問うた。 「あなたは……だれ……?」 「それはどちらかというとこっちからしたい質問だが……まあ先に名乗るのが礼儀というものだろうな。おれはラルフ。こっちはルーネ」 「フィーはね、フィーって言うんだよ」 その口調は外見通りの子供のもので、戦いで見せた冴えはまるで感じられなかった。そのギャップに、臨戦態勢に入っていたルーネはしばし戸惑う。 ラルフは会話を続ける。 「君は……なんなんだ?」 その問いに、フィーは首を傾げるだけだった。ラルフは質問の方向を変えることにする。 「それじゃ……君はどうしてあんなところにいたんだ?」 「フィーはね、帰ってきたの」 「帰ってきた?」 「それでね、マスターやラングスを探したんだけど、いないの。城もちょっといなかっただけなのにぜんぜん変わってるし……」 フィーの言うことはどうも要領を得なかった。そんな中、ルーネはひとつの言葉を聞きとがめた。 「マスター? マスターとは誰なのですか?」 「え?」 「あなたのマスターの名前を教えてください」 「えっと……ラハム」 フィーは、短く一言で答えた。しかしその一言は驚愕で持ってルーネに受け取られた。 「ラハム!? あなたを造ったのは、”狂獣機ラハム”だと言うのですかっ!?」 「なんだその”狂獣機”ってのは?」 「かつて……300年ほど前でしたか。ラハムという魔導師がいました。魔導兵器造りの天才と賞された彼は、あるときを境に作風を変えました」 「作風?」 「ラハムはそれまでも優れた魔導兵器をつくっていました。しかし新たに作り始めた魔導兵器は、より強大な戦闘力、より旺盛な戦闘意思を持ち……そしてなにより、敵味方かまわず何者をも滅ぼしかねない凶悪な破壊力を持つことから、ついた呼び名が”狂獣機”……」 「………」 「最近まで半ば伝説として語られていましたが、3年ほど前に”狂獣機”と思われる魔導兵器が発見されまして、実在が確認されました」 「それじゃ……こいつがその狂獣機のひとつってことになるのか?」 ラルフは首をめぐらし、少女のほうに目をやった。ぽかんとあどけない顔でこっちをみる様は、とても”狂獣機”という言葉のイメージと結びつかない。そもそも、その様子は今の話を理解したかどうかも怪しく思えた。 「でも、あの魔力を考えますと……」 そう言いながらも、ルーネも自信なさげだ。そこで、ぽんと手を打ち、 「そう言えば、あの魔法は何だったんですか?」 「魔法?」 「夕方に見せた、あの魔法陣を叩いて発動させた魔法です」 「あれはね……」 フィーはそこで言葉を切った。そして不思議そうに背後を見る。しばらく見ていたと思うと、今度は反対側に首をめぐらしまた背後を見る。それが済むとまた反対がわに首をめぐらし……そんなことを数度繰り返す。 「……何をしているんですか?」 「”髪”が、動かないの」 少女は自分の髪を見るために後ろを見たようだった。しかし結い上げられた髪は首の動きにしたがって向いたほうの逆に移動するのだから、いつまでたっても見ることができなかった。 ルーネは疲れたようにため息をついた。そんな中、少女はようやく手で触れるということを思いつき、自分の頭に手をやっていた。 「あ! なんか結ばれてる……ほ、ほどけないっ!?」 「あなたの髪は危険なので封印させていただきました……力ではほどけませんよ」 うんうんとうなりながらフィーはリボンを引っ張るが、どうしても外れないようだった。しばらくリボンと格闘していたが、あきらめた。 「別に実演してくれなくても、話してくれれば……」 その言葉が途中で止まる。フィーの動き出した髪、リボンで縛られていないもみ上げの髪を見て、言葉をとめた。 (あんなところも動かせるんですね……) フィーはわずかな髪でで小さな魔法陣を描いた。二重円と、その間に複雑な文様が刻まれた魔法陣だ。 「震動式起動紋章……通称、”震式”」 フィーの口調が変わっていた。さきほどまでの子供っぽい口調とは異なり、声はそのまましゃべり方だけがひどく淡々と、無機質になっていた。 ラルフは、ルーネが少女のことを魔導生物と言っていたことを思い出した。単一の目的のために造られる、生物というより機械に近いもの……魔導生物。 フィーは、指先で編み上げた魔法陣をぴんとはじいた。深く響く”異音”が生じ、魔法陣ごと空間がゆがむ。 「打撃を与えることによって震動を生じ空間を歪ませる。法則までも歪んだ空間を、魔法増幅度の極端に高い空間に書き換える」 ルーネは、その空間の中で魔力が急速に高まるのを感じた。いや、高まるという表現は正確ではない。段階を経ずししていきなり上昇したその魔力は、まるで無から有が生じたかのようだ。 ゆらゆらと揺らめく空間の中、”髪”は再び動き出し、形をなそうとした。 「空間内に外部から干渉することはできないため、内部に残した”髪"によって魔法陣を再構築・発動させる」 言葉とともに、歪んだ空間のなかで”髪”が動く。それは歪んだ空間の中ですら規則性を主張する形……魔法陣だ。 空間の歪みが消え、代わりに炎が生じた。 ごうと音を立て地面に垂直に立つ炎の塔。その高さは、天井にまでつきそうだった。 カンテラのみで照らされた薄暗い部屋が、一瞬だが昼のように明るくなる。 「これが……”震式”だよ」 へへへ、と笑いながら、フィーは締めくくった。その口調は子供のそれに戻っていた。 「……すごいもんだな」 「ムチャクチャです……」 前者は魔法に関する知識の少ないラルフの感想で、後者は魔導師であるルーネの意見だ。 ルーネの見立てでは、今の”震式”の発動に要した魔力はせいぜいマッチ程度の火が起こせるぐらいのものだった。それで今の”炎の塔”である。ルーネも魔法を増幅する手段はいくつか知っていたが、こんな無茶なものは初めてだった。 フィーは無邪気に笑う。 そして……急にその笑顔がかげった。 「あ……」 つぶやきとともに、フィーの体が傾いだ。止まることができず、そのまま倒れこむ。床に激突する寸前、ルーネが抱きとめた。 「まだ、疲れがとれていないようですね……無理をしないで休んでください」 「でも……そうだ、こんなことしてらんない」 フィーはルーネの身体を押しのけ、自分の力で立ち上がろうとした。しかし、まるで力が入らない。 「いるはずだもの、探さないと……」 うわごとのようにつぶやくフィーに、ラルフは、 「お前のことはラングスから頼まれている」 静かに、そう告げた。その言葉に、フィーは驚いたように目を見開いた。 「だから、今日のところは休め」 コクリとうなづき、フィーはそのまま目を閉じた。 騒がしい時間は終わり、再び部屋を静寂が満たす。 「なんだか、すっかり毒気を抜かれてしまいました。私たちは夕方戦ったのは本当にこの娘だったのですか?」 「そうだな。俺も少し驚いた」 「そうですか? あなたはこの娘のことを知っているようでしたが」 倒れたフィーの毛布を眠るのに苦しくないよう整えながら、ルーネは不満げに聞いた。 「まあ知っていたといえばそう言えるのかな……」 「そろそろ、ちゃんと話してください」 仕方ないな、とため息混じりに呟きながら、ラルフは重い口を開いた。 「……いま俺たちが宿を取っているリンドの街の、”導きの塔”は知っているよな?」 「ええ……」 「8年前、そこで啓示を受けたんだよ」 「はあ……」 ルーネはあきれたようにつぶやきをもらした。彼女の知っている限りでは、リンドの街の"導きの塔”は「あまり当てにならない」ということだったからだ。 ラルフはそっぽを向いて言葉を続ける。 「啓示の中で、ラングスって名乗る剣士らしいやつがさ、”8年後近くの古城で少女と出会う。その子を守ってほしい。そしてこの塔まで導いてほしい”……そんなことを言うんだ。俺はそのときそれを引き受けちまってな。……約束した以上は、守んないとだめだろ?」 「律儀ですね」 「そういうわけでもない」 「律儀ですよぉ」 ルーネはくすくすと楽しそうに笑う。 「なんか話をそらすから、何かと思ったら照れてたんですねっ」 「俺のどこが照れてるっ!」 叫ぶラルフの口に、「しっ」とルーネは指を当てた。 「いけません。お姫様が起きてしまいますよ?」 「……お前なんか俺のことバカにしてないか?」 「そんなことありませんよぉ。ただ……」 「ただ?」 「8年も前の、女の子を守るっていう約束を果たそうだなんて……素敵だなあって思いまして」 ラルフの顔が、薄暗い中でもそれとわかるほど赤くなった。それを見てルーネはくすくすと笑う。 「ああもう、俺は寝るからお前先に見張りしろよっ」 「はぁい」 まだくすくすと笑うルーネの声を聞きながら、ラルフは面白くなさそうに部屋の隅に横たわったのだった。 |
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