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黒髪の狂獣機 | ||
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第一章「夕日の古城」 | 「本当に……なにもありませんね……」 そう、ルーネは呟いた。 手にもったたいまつによって、古ぼけた石壁の通路とルーネ自身の姿が映し出される。 燃えるような赤毛のショートヘア、整った顔立ち。衣服は、たっぷりとした厚手の布を要所で動きやすいようにとめた、簡素だが強靭なものだ。華奢な体つきにはすこしばかり似合わないが、不思議となじんでいる雰囲気がある。 ただ、その中で、不釣合いなほど大きい蒼い手袋が違和感をかもし出す。その大きさは手袋はむしろ籠手といった方が近く、実際短剣程度なら防げそうなほど頑丈そうに見えた。 ルーネは、手にしたたいまつを掲げた。 照らし出されたものは、石畳と散らばる破片。どれも古びており、時間の経過を感じさせる。 先ほどの言葉どおり、意味あるものはないように思えた。 その照らす先に、ルーネが声をかけた相手がいた。 「そうだな。ただ古びているだけで、本当に何もないところだ」 太く、しかし意外と通る声で答えたのは、少年と言うには大人びて、青年と言うには若い男だった。 筋肉質だが、無駄のない絞り込まれた体つきをしており、その隙のない所作はその男が戦いに身を置くものであることを感じさせた。 腰につり下げた剣に、動きやすくするため調整されたプレートメイルからもそれは連想される。 青年は、通路の脇から通じる階段を上りはじめた。ルーネはその先に続きながら、質問を続ける。 「ラルフ……何のためにこんな所に来たんですか?」 その言葉に、男−−−ラルフはピタリと足を止めた。何かを考えるように辺りを見回した後、鼻をかきながら一言。 「まあ、なんとなく」 「なんとなく……?」 「特に理由と言うほどのものはないな」 それ以上の質問を振り払うようにラルフは歩き始める。しかし、ルーネの追求は終わらない。 「特に理由もなく……ギルドからも探索し尽くされたと報告の入っている、こんなつまらない古城に来たというのですか?」 「どうせ祭りまで暇だろう? いいじゃないか、あんまりのんびりしていると冒険者としての勘が狂う」 「こんななにもない所を歩いたって狂いますっ」 「冒険者が挑戦する前に諦めるようなこと言うな」 「屁理屈を言って……。 もしかして、なにか隠そうとしていませんか?」 ルーネとラルフは、冒険者ギルドで受けた仕事でチームを組んで以来の仲だった。ラルフは剣士、そしてルーネは魔導師だ。 能力的にお互いの欠点を補えること、そして実力がお互い見合うと感じられたこと……なにより、ルーネが共に行くことを希望したことにより、二人は共に旅をするようになった。 それから二ヶ月になる。 どちらかと言えば刹那的にものを考えるラルフに、先を考えるルーネが文句をいうのは既に「良くあること」になっていた。 ルーネはだんだん突っ込みに加減や遠慮というものがなくなってきた気がする。もっとも、そういう相手だから気兼ねなく旅ができると思い、同行することにしたのだが−−−そんなことを考えながら、ラルフはため息を吐いた。やがて、階段を上りきる。 そこで、さらに言い募ろうとするルーネの機先を制するように、口を開く。 「隠すって……なにをだ?」 「わからないから聞いているんです。やましいことがないのなら正直に答えてください」 「お前なあ……まあいいか。ここに来たのは、まあ……くだらないことだ。 古い約束……とでも言えばいいか」 「約束……?」 「馬鹿馬鹿しい話だからこれ以上は言わない」 それで話を打ち切り、ラルフは通路の先へと歩を速めた。慌てて追うルーネからは、ラルフの背ばかりでその先は見えない。 だから、階段が終わったとき。 思わず、足を止めた。 薄暗かった城内を抜け、唐突に目に飛び込んできたのは紅。夕日の朱だった。 階段の先は、城のベランダへと続いていたのだった。 城は山に囲まれた位置にある。 紅く色づいた木々……そしてそれらによって燃えるように紅い山々。 紅い夕日に照らされて生み出される朱と黒のコントラストは圧倒的なまでの迫力だった。 「綺麗……」 その光景の美しさに、ルーネは感嘆の言葉を漏らした。 そして急にもじもじし出すと 「もしかして、これを私に見せるために……?」 とはにかむように問うた。 「あー、もう夕方になってたんだな」 なにも考えていない一言に、ルーネは思わず肩を落とした。 「そして……そうか、本当にここにいるわけだ」 その言葉に、はっとなりラルフの向く方を見た。 その先は城のベランダの隅、空と城とを阻む背の低い壁の上。 そこには、何者かが座っていた。 夕日が逆光になり、こちらからは影しか見えない。 長い髪を無造作に散らばせ膝を抱えるように座るその人影は、その体躯の小ささもありどうやら少女であるようだった。 「こんな所にあんな女の子が……」 その声に気づいたのだろうか。少女は、こちらを振り向いた。影のみだが、動きと気配でルーネには何となくそう感じられた。 そして。 その動きに呼応するように長い髪がなびく。 初めは風に揺れているのかと思った。 しかし夕日に照らされるベランダには風などなく、そして意志を持つかのようにたゆたうような動きは風で生まれるものではない。 「魔物っ!?」 ルーネは即座に行動に移った。 両手の大きすぎる籠手を腰の両脇におく。 かちりと金属的な音がし、籠手は腰のベルトに固定された。そこから引き抜かれた白くたおやかな手は、淡い蒼色の燐光に包まれていた。 その蒼は、夕日の朱の中でなおその個性をまるで減じることなく、それ故に涼やかな色でありながらどこか毒々しい輝きを持っていた。 「待てっ!」 ラルフの制止の声。 しかし、ルーネは無視。燐光を放つ五指をひらめかせる。 指の動きによって飛び散った蒼い光は、手の平大の精緻にして精妙な模様を形作った。 それは見るものが見ればすぐにわかる、力ある紋章。魔力を引き出し、形とする魔法陣だった。 両手十指の動きにより、魔法陣は一瞬にして4つ描かれた。 「ゆけ、炎の子らっ!」 ルーネの声と共に魔法陣が光を放つ。 そこから現れたのは炎。4つの魔法陣から生まれた4つの炎は、わずかに空間に漂ったかと思うと次の瞬間には矢の速さでもって少女へと向かう。 その速度に、未だ立ち上がってもいない少女にはかわす術などないように思われた。 しかし、炎を迎え撃つものがあった。 風を切る音。 それは少女の髪だった。 鞭のようにしなり、鞭以上の速度と鋭さでもって叩きつけられた髪は、あろうことか魔法の炎を打ち落とした。 地に落ちた炎は石畳をしばらく焦がし、消えた。 「なっ……?」 自分の魔法が簡単に迎撃されたことに驚きつつ、しかしルーネは冷静に反応する。 次に彼女の為したことは両手で紋章を描くことだった。 両手で抱えるほどの大きさの魔法陣。 「貫け、雷の槍っ!」 轟音とともに魔法陣から飛び出したのは雷の奔流だった。 老朽化したベランダの石畳をその衝撃でもってびりびりと震わし、少女へと迫る。 外壁より降り立ち石畳に立つ少女に、逃げ場はない。 そして、少女は逃げることなど考えていないようだった。 迫り来る雷に対し、少女は拳を振りかぶった。 無意味な行為に見えるその前に、数房の少女の髪が集まる。 それらは互いに混じり、うねり……一瞬にして一つの形を編み上げた。 二重円とその間に複雑ないくつもの紋章を持つそれは、魔法陣だった。 少女はその魔法陣の中央に、振りかぶった拳を叩きつける。 円の中心には何も描かれていない。 しかし少女の拳はその何もない空間で止まった。 確かな衝撃を加えて。 そして生じたのはまず、音。 ひどく胸に響く、深く重い”異音”。 次に、歪み。 その”異音”に呼応するかのように二重円の髪の魔法陣は、まるで海の底の海草のようにゆらゆらと正体なく揺らめく。 魔法陣の中は空間の歪みで満たされていた。 歪みの中から、一つの法則性が生まれる。まるで確かな形のない歪みのなかで、少女の髪は一つの規則性を持った形をなそうとしていた。 魔法陣。 歪みの中、それでも規則的な形を主張するそれは魔法陣だった。 そして現れたのは巨大な光の盾。 雷の槍は光の盾に真っ向からぶつかる。 衝突点から強烈な光が溢れ、雷の奔流は次々とぶつかりそして……。 そして、消えた。 盾も雷も消えた。 その後に残されたのは、新たな魔法陣。 激突のさなか、少女の髪によって再び編み上げられた魔法陣だった。 既に少女は振りかぶっている。そして、躊躇なく拳を叩きつけた。 再び生まれる異音と歪み。 そしてその中から生じたのは、雷の奔流だった。それはすぐに形をなした。 咆吼を上げ空をかけるそれは、龍の形をとっていた。 龍の向かう先はルーネ。 ルーネもまた既に魔法陣を描いている。しかし、まだ完成はしていない。 (間に合いませんか……っ!?) 圧倒的な速度と光量で迫る雷の龍に対し、それでもルーネは魔法陣を完成すべく手を動かす。 その視界を、唐突に黒が通り過ぎた。 ただ通り過ぎただけで巨大な質量を感じさせるその黒は、次の瞬間轟音を生みだした。 魔法陣を描く手を止め、ルーネはすぐ傍らにつくラルフを見た。 ラルフは剣を振り抜いた姿勢で佇んでいた。 その手に持つ剣は、刀身も柄も黒い。冷え冷えとしたその漆黒の輝きの中、ただ柄本に埋め込まれた宝珠のみが緑色の淡い燐光を放っていた。 その剣の振り抜けた先には、一つの破壊が広がっていた。 3フィート(約1メートル弱)の範囲で陥没した石畳。 まるで大岩でも落ちてきたかのようなその破壊の中に、バチバチと音を立ているのは雷の残滓だった。 ただの剣の一振りで起きる破壊ではない。 まるでそこで、雷の龍が巨大な何かに踏みつぶされたかのような有様だった。 「援護しろ」 否定を許さない、断固とした口調。 ルーネの返事を待たず、ラルフは剣をひっさげ少女へと駆けだした。 ルーネは知っていた。まだ二ヶ月のつきあいだが、こうした口調の時ラルフには何か考えがあり、それがこうした状況で常に正しいことを。 それは信頼と呼べるものかもしれない。 だから、彼女は出来ることをする。 魔力のこもった指を、まるで空をひっかくかのように振る。 その一振りの間にどのような技量を込めたのか……腕の一振りの軌跡に、三つの精緻な魔法陣が描かれていた。 「舞え、氷の精たち……」 静かな呼びかけに、三つの魔法陣からそれぞれ拳大の氷の結晶が飛び出し、ラルフの後を追うように飛んでいった。 駆けるラルフの正面……少女は、再び目の前に魔法陣を編み上げていた。同時に、ラルフを迎撃するかのように数条の髪の鞭を繰り出す。 ラルフは、かまわず一直線に少女を目指す。髪の鞭が迫り……そして、ルーネの繰り出した氷の精とぶつかった。 魔法の炎を打ち落とした髪は、氷の魔法もまた打ち落とせるはずだ……あるいは少女はそう考え、その魔法を無視したのかもしれない。 しかし、髪と接触した氷の精は一瞬にして広がり、少女の髪の多くを凍り付かせ、地に落とした。 少女の髪はルーネの魔法を寄せ付けなかった。しかし、その周りの空気は別だ。氷の魔法によって凍らされ、結果動きを奪われたのだった。 急に生じた重みに少女の姿勢が傾ぐ。 その間に、ラルフは少女の目の前に迫る。 しかし、まだ魔法陣は健在だ。 ラルフの間合いに入る寸前、なんとか魔法陣を殴りつけ、発動させることに成功した。 再び響く異音。 生まれた歪みは再び魔力を生みだし、魔法という形で放とうとして……。 「潰れろっ!!」 ラルフの叫び。その声と共に振り下ろされる黒い剣は、刀身よりずっと深く黒い闇を靄のようにまとっていた。 振り下ろされた刀身は、そのまま少女の生みだした魔法陣にぶつかり……。 ラルフの叫びの通り、潰された。 まるで紙細工を力任せに殴りつけたかのように、何の抵抗もなく乱暴に押しつぶされた。生まれかけた魔法も、歪んだ空間も、魔法陣も、何もかもが簡単に潰されていた。 斬撃はそこで終わらない。 床まで振り下ろされた剣は、ずんという重い衝撃を床に伝えた。 何百年の時を耐え続けてきたベランダの石畳が、その重さに震えた。 石畳は割れ、その衝撃で破片が飛び散る。その一つが少女の頭に当たり、 「あっ……」 一声もらし、少女はその場に力無く倒れ込んだ。 衝撃がおさまったとき、その場を支配するのは静寂だった。 ラルフはいぶかしげに倒れた少女を見ている。 ルーネは油断なく、いつでも魔法陣を描けるように身構えていた。 あれほど強力な魔法を放った相手が、まさか小石一つで倒れたとは思えなかった。 そして、静寂を破ったのは二人の予想したとおり少女だった。 しかし、その内容は二人が考えていたものではなかった。 「すー……」 少女の口から漏れたのは、どう聴いても寝息としか思えない気の抜けた呼吸音だった。 「こいつは一体何なんだ……?」 ラルフの疑問の声に、答えるものはいない。夕日もその問いから逃げるように、ただ静かに沈んでいった。 |
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