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超鋼機装
ダークスティール


第九話 すべてを出し尽くして




『あれをやるのか……』

 ウィルストーンを通して武上の声と、そして緊張が伝わる。
 それは強敵を前にした戦闘のためもあるだろう。しかしなにより、これからやることへの緊張が強い。
 かつてあきのは話の上でその方法は伝えた。それが今までやったことの組み合わせに過ぎず、しかし今までのどんな攻撃をも凌駕する強力なもの。しかしまだ試したことはない。その暇はなかった。
 しかし強力な再生力と攻撃力を見せつけるヒュドラに対して、他に選択肢はない。

『できるのか?』
「できます……いえ、やりますっ!」

 あきのは必要なくなったリボンと包装紙、そして紙の小箱を背のデイバッグに詰め込むと、力強く言った。
 口のはしについた茶色い粉はココアパウダーだ。
 想いを込めて作り上げてチョコレートは、今戦う力になろうとしている。

「いきますよっ……!」

 伝わる意志の強さに武上はぐっと構える。

『脚部サスペンション強化。脚部装甲増強』

 ウィルストーンからの声と共に、背部を中心に全身に配置されていた余剰装甲の一部が脚部に集中する。衝撃を緩和するサスペンションが増強。一つ一つの機構の強さも増す。両脚が二回りは太くなった。
 ヒュドラの九つの首が上がり、武上を見据える。

『腰部フレーム強化。可動範囲の一部固定及び装甲強化』

 今まで動き易さを重視され構築されていた腰回りががっちりと固められる。これから必要なのは柔軟な動きではなく安定した動作。そのための強化。
 ずるり、と。尾を緩やかに揺らしヒュドラが武上に対し正面に向き直る。

『腕部機構再構築。拳撃機構『インパクト・ナックル』、強化』

 両手が打撃の機構に組み上がる。通常の『インパクト・ナックル』より太く、力強く構築される機構。
 ヒュドラの九つの首が下がり、前傾姿勢をとる。そして、蛇独特の滑らかで、しかし素早い動き。滑らかなカーブを描きつつ、武上に一気に迫る。

『胸部装甲強化。頭部装甲強化』

 腰回りと同様に、動き易さより防御力を重視した装甲に形を変える。
 全身の機構が装甲が、より正確に精密に精細に繊細に、なにより強靱に再構築された。

『三秒間の限定発動に設定。――機構発動』

 ヒュドラはもはや目前に迫っている。九つの蛇の頭が二股に分かれた舌を出し入れしながら、かみ砕き引きちぎり破壊するべく、鉄の鬼へと迫る。
 対する武上はただ両拳を腰に構え、

「ヴァニシング・ラッシュ!!」

 叫ぶ――いや、咆吼する。

 刹那、爆ぜた。

 迫る九つの蛇の頭が一斉にそれぞれ別方向に弾け飛んだ。突進の力すら関係無く吹き飛ばされたその様は、なにかに衝突したと言うよりまるで爆発に巻き込まれたかのようだった。弾け飛んだ様に相応しく蛇の頭は砕け緑の血をまき散らす。
 しかし炎はない。煙はない。ただ、爆発のような打撃音が響く。
 そしてその響きは止まらない。
 その音に押されるようにヒュドラの巨体が後ろへと下がる。押されるたびに鱗は弾け肉は裂け血が飛び散る。
 早くも再生した首の一つが事態を認識しようと首を巡らす。
 弾け飛んだ。
 今度は三つの首。それも同じ運命を辿る。
 そうする間にも巨体は押され、公園に配置された遊具の一つ、ジャングルジムに背を着きようやく止まる。
 そこで首の一つが見いだした。
 霞むほどの速さで無数に打撃を放つ黒い鬼の姿を。インパクト・ナックルを視認できないほどに連続して打撃を放つ武上信也の姿を。
 再生した五つの首が攻撃しようとした。
 それは許されない。鋼の拳が全てを吹き飛ばす。首は弾け飛んだ。
 再び再生した三つの首が連撃を止めるべく防御に回る。
 それは許されない。圧倒的な破壊の連続は防ぐどころかその前に首を砕き散らす。
 骨をのばし、肉を増殖させ再生しようとした。
 それは許されない。鋼の拳の衝撃波が増殖する肉も骨も吹き飛ばす。
 逃げようとした。
 それは許されない。鋼の拳の連撃はそんな暇を与えない。
 許されない。許されない。攻撃も防御も再生も逃避も、なにもかもが許されない。
 いや、一つだけ許されたことがある。
 破壊。
 このとき許されるのは、ただただ破壊、破壊、破壊。
 それはもはや連打という言葉すら当てはまらない破壊の連鎖。範囲内全てに滅びしかもたらさない、破壊の空間と呼ぶべきものがそこにはあった。
 連続する打撃の音は、その間隔のあまりの短さ故に多重の単音が連なる。それは人にとらえられるリズムにはなりえず、一つの音としか感じられない。ただただ破壊のみを訴える、武骨で無垢なただの音。
 無論そんな常識を越えたインパクト・ナックルの連射に武上の機構でも耐えられるはずがない。10発放つ間もなくシリンダーは砕け、装甲は歪みスプリングは金属疲労を迎え亀裂を生じる。
 だが、打撃は止まらない。
 砕けたシリンダーも、歪んだ装甲も、割れたスプリングも。使い物にならなくなった瞬間にはじけ飛ぶ。次の瞬間には武上の蔵する鋼から新たな機構が構築される。
 そんなことがわずか一瞬の間に何十回と繰り返される。
 その様はまるでマシンガンのようだ。薬莢のように使えなくなったパーツを排出しながら、止まることを知らずに続けられる破壊。
 なにもかも許さず、なにもかもを破壊し消滅へと導く連撃。そのためには自壊さえ辞さない絶えず緩まず淀みなく続く破壊の極限――『ヴァニシング・ラッシュ』
 それを支えるのは二人の意志。
 武上信也は、ただ懸命に破壊を制御する。強く意識し制御する。
 目の前の敵の全ての攻撃を迎撃し、敵の全ての動きを封じ、なにより敵の全てを破壊すべく、懸命に制御する。均衡が崩れれば自身を破壊しかねない破壊の連鎖を必死に制御する。
 守屋あきのはただ懸命に機構を制御する。強く意識し制御する。
 全ては基本。短時間に一気に力を送り、制御。間断無い機構構築を制御。そして破壊の連鎖を支える。一つでもミスすれば武上を破壊しかねない凶暴な破壊の連鎖を必死に制御する。
 それらを可能とするのは二人の意志であったが、その源となったのはあきのが作り上げたチョコレート。それに込められた想いが、この爆発的な絶対の破壊を支える。
 永遠にも続くと思えたそれも、しかし実際にはわずかな時間で終わる。
 三秒。時間にして、わずか三秒。
 破壊の単音はその源を失い、余韻を長く伸ばす。
 次に訪れたのは荒い息の音。それ以外はまったくの無音。ただ静寂の中、全身に汗をかき荒く息を吐く武上信也の出す音しかない。その身に鋼の装甲はなく、顔と上半身は素肌を晒している。残ったのは常に体の中に骨と同化させている、機構を最低限機構として機能させる鉄のみ。他は全て使い切っていた。
 彼を中心に散らばるのは、ヴァニシング・ラッシュのさなか使い物にならなかった鉄くず、無数の残骸。
 そして、それらの前には……何もなかった。
 ヒュドラが背にしていたジャングルジムは無くなっていた。全てインパクト・ナックルの打撃と衝撃波で砕け散り消え去っていた。吸収する余裕はなかった。
 そして、ヒュドラは跡形もなかった。
 肉も、骨も。全て認識不可能なまでに砕け散っていた。
 血の一滴すら残さず、消滅と言っても差し支えないまでに砕かれていた。どんなに再生能力があろうと、その元となるものすら破壊されてはどうしようもない。
 ヒュドラは、消えた。断末魔を出すこともなく痕跡すら残せず初めから何もなかったかのように、圧倒的な破壊の前に消えた。
 武上は、俯きただ荒い息を吐く。それを強引に整えようとする。重く感じ地面に引かれる身体を強引に引き起こし、叫ぶ。

「あきのっ!」

 ふらつきながら、身体を引きずるように。それでも武上は、走り出した。





 夜の公園を武上は駆ける。

「あきのっ!」

 『ヴァニシング・ラッシュ』の発動中、二人の意志はウィルストーンを通して確かに繋がっていた。
 しかしその終了と同時にそれは唐突に途切れてしまった。
 今までにそんなことはなかった。
 意識を集中すればあきののウィルストーンの所在は分かる。しかしいつもに比べてその反応は弱い。今までで一番弱い。

「あきのっ……!」

 最低限の鉄は身体の内に残っている。しかしそれを機能させるための力は足りず、今の武上は常人以下の身体能力しかなかった。体内の機構は今やただの重しでしかない。
 それでも必死に走る。
 やがてたどり着いたのは公園の中央。噴水のある広場だった。
 そこにあきのはいた。
 噴水の近く、武上からは背しか見えないと

 ……小さな背中だ……。

 しかしこの小さな少女が『ヴァニシング・ラッシュ』を支えた。今までの自分の戦いを支えてきた。
 そのことを意識すると、武上の胸に今まで感じたことのない感覚が生じた。それは胸を締め付ける、切とした痛み。
 だが、同時に安堵感を感じていた。矛盾した感覚。不快ではない、不可思議な感覚。
 それを意識しながら前へと進む。もう、手も届く距離にあきのがいる。

「あきの……」
「来ないでくださいっ!」

 伸ばした手とかけた声を拒絶され、動きが止まる。

「あきの……?」
「と、途中でいなくなったのは謝ります。……でも敵を倒したのは確認しましたし今日はもう解散と言うことでいいですよね?」

 背を向けたままあきのは言葉をまくし立てた。
 その様子に武上は違和感を覚える。あきのはいつも話しかけてくるときはこちらを見ていた。どこか挑むような、真っ直ぐな瞳。ウィルストーンでの会話でもいつもいつも明確な意志が感じられた。
 今はそれがない。その事実が、武上を不安にさせた。ヒュドラと相対したときよりも、『ヴァニシング・ラッシュ』を発動させる前よりも、武上を不安にさせた。

 ……まさか、なにかあったのか……?

 『ヴァニシング・ラッシュ』は確かにあきのの言うとおり基本の組み合わせだ。しかしそのための制御は比較にならないほど困難なものだった。わずか三秒の、破壊の極限。それは極度の集中を要した。今までの戦いとまるで違った。武上自身、今までにない疲労感を覚えている。あきのの身に何かがあったとしても不思議ではない。

 その時。地面に落ちるものがあった。

 それはちいさなもの。地面に落ちて、小さく広がる。暗がりだから色は分からない。ただ、黒っぽい。

 ……血!?

 思った瞬間、武上は動いた。今までにない切迫とした思いがあった。両手であきのの肩を掴むと、強引に振り返らせた。

「ちょっ……!?」

 振り返らせたもの、あきのは俯いていた。まるで顔を合わせたくないと言うようなそぶり。それがまた武上を不安にさせる。
 ぽたり、と。また一粒落ちるものがあった。それはあきのの顔から落ちているようだった。

「あきのっ!」

 強く声をかけると、あきのはゆっくりこわごわと顔を上げた。
 月光を跳ね返すメガネ。その奥の瞳は潤んでいた。泣きそうな顔だった。だが、涙がこぼれるほどではない。先ほどまで落ちていたものは、涙ではないようだった。
 月明かりに照らされるあきのの色白の顔。
 それを赤く染めるスジがあった。それは鼻から続いて唇の手前で無理矢理ふき取ったように乱れた跡。
 色は赤。血の赤。鼻の穴から続くそれ。

 あきのは、鼻血を出していた。

「あ、あきの? いったい……」
「見ないでくださいっ!」

 言うと、顔を背ける。

「ちょっと集中しすぎて鼻血が出ただけです。……恥ずかしいから見られたくなかったのに……!」

 あきのは『ヴァニシング・ラッシュ』発動のためにチョコレートを一気に食べた。それだけならまだしも、そのあとは極度の精神の集中。
 その結果、鼻血を出してしまったのだ。
 未だ肩を掴まれたままで、顔を背けることしかできないあきのは頬を赤く染めてむくれる。

「ほんと、武上先輩っていじわるです。無神経です。デリカシーがないです。どうして女の子のはずかしいところを無理矢理見ようとするんですかっ? だいたい……」

 照れ隠しにまくし立てた言葉は最後まで続けることができなかった。
 武上があきのを抱きしめたからだ。

「た、武上先輩……?」

 武上は答えない。ただ強く。疲れた身体で、でも精一杯強く。ただただ抱きしめる。
 
「鼻血がついちゃいますよ……?」

 武上は動かない。あきのは突然のことに目を白黒させながら、でも意識せずゆるやかな笑みを浮かべた。



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