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超鋼機装
ダークスティール


第八話 その夜に




 はぁっ、と息を吐いた。
 吐いた息は冷たい空気の中で、まるで触れそうなぐらいはっきりと白く染まった。
 2月14日――バレンタインデーの夜。
 街灯の明かりもあるが、月も明るい。冷たい空気の中、二つの光に照らされ道を左右から覆う家々の壁もアスファルトも冷たく輝いていた。
 
「……寒いですね」
「そうだな」

 ……この人は吐く息まで鋭いんですね……
 
 隣を歩く武上を見てあきのは思った。武上の息はなんだか勢いがあって、白さもそれほどじゃない。あきのの吐く息は量が多くて白さも濃い。あきのはなんだか武上のそうした細かい動きまで気になって仕方がなかった。
 
 ……この人はわたしのことをそんなに気にしているわけではないでしょうけど……
 
 いつもの夜の定時パトロール。もうすっかり慣れてしまった日常の出来事。
 だが、違う。いつもとは違う。何もかもが違うはずなのだ
 今日はバレンタインデー。それも夜。しかも二人っきり。着ているのはジーンズにジャンバーという色気のない格好だが、そのなかにはいつもよりドキドキしているハートがおさまっている。背中のデイバッグにだって、いつもの”補給用”の食べ物だけじゃなくて、リボンで綺麗に飾られた箱――チョコレートのおさめられた箱が入っているのだ。
 いつもと異なる自分のことなんて武上は気づかないだろう。あきのはそう思っている。
 一方の武上は、どこかぼんやりとしたあきのを見て問いかける。

「大丈夫か? どこかに入って暖まるか?」
「だ、大丈夫です」

 慌てて否定する。
 どうも、思いこみが強くなってしまっているとあきのは自省する。別に武上はあきののことを考えていないわけではない。女の子であるあきのの身体のことはいつも気にしてくれている。本来こうして夜の街をパトロールするのも、初めは一人で行うと言っていた。しかし、あきのが自分から一緒に行くと言いだしたのだ。
 近ければ危険も伴う。しかし距離は近い方が力を伝えやすい。”ウィルストーン”の力は意志に依存する。そしてその意志は感覚によって左右される。「力を伝えやすい」というイメージがそのまま力の伝導率に関わってくるのだ。だから距離は近い方がいい。あまり遠いと機構構築自体困難にすら思えた。
 それに闇雲に戦う武上のサポートをする意味もある。戦う場所を把握して的確な指示を送るためには武上から送られる映像情報だけでは不十分だ。それに普段から実際に歩いて気をつけていなければ効率よく鉄を吸収することの出来る場所も把握できない。
 でも、と。あきのは思う。それより大事な理由があるはずだ。ぼんやりと、でもはっきりとあるはずのもの。
 それは……。
 
 ……なんなんでしょう?
 
 答を求めるように、隣を歩く武上の顔を見上げる。
 強い意志を秘めた真っ直ぐな瞳。
 精悍な顔。
 冬の寒さも、夜の冷たさも。この鉄のように強いこのひとを揺るがすことなんて出来ないとあきのには思えた。
 強いけれども、欠点がないわけではない。戦うことにためらわず退かないけれど、それ以外のことにはほとんど気が回らない。
 だからあきのは、自分が役に立てることが嬉しかった。
 でも、とあきのは思う。どんどん考える。
 とにかく武上信也という人間は変なところで鈍いのだ。今日がバレンタインデーだと言うことにも気づいていないに違いない。今だってなにも気にせず歩いている。あきのの顔も林檎のように赤くなっているのに。寒さのせいもあるけどそれだけじゃない。いつもの三割増しくらい赤いはずなのだ。普通の男の子なら気づくだろう。
 自分が教えなくてはならない。だから、チョコを渡すのはこうして武上信也という人間に関わったものの義務なのだ。
 義理チョコならぬ義務チョコ。
 ん、それだから渡さなくてはならない。なにしろ義務なのだから。
 でも、それなら……どうやって渡そう……?
 
 あきのの思考はいつもここで止まってしまう。
 奏恵と話したのを思い出す。さんざんからかわれたけど、結論は……。
 
 ……別に、考えすぎず渡せばいいんですよね……

 気づくと場所はちょうど自然公園の前だった。綺麗な公園だ。確か噴水もあった。こんな場所でこんな時間にチョコレートを渡したらロマンチックでいいかも知れない。
 そんなことを思うあきのの両肩に固い手を置かれる。
 見上げると、武上の真剣な顔があった。
 
「え?」

 白い息と共に声が漏れた。それは心と同じく不安に揺れた。
 確かにチョコレートは渡そうとした。でもこんな急な展開は違うはずだ。
 ずるいずるい。自分はいろいろ考えているのに、この人は考えもなしにこんな強引な手段でことを進めようと言うのか。本当にずるい。
 戸惑う間もなく身体を引かれる。
 抱きしめられた。
 感触は、固い。無駄な脂肪がほとんどなく、鍛えられ引き締まった武上の身体は固く、たくましい。
 
「た、武上先輩っ!?」

 直後、浮遊感。
 跳んだ。
 五メートルの距離をひとっとび。常人が、それも一人の人間を抱えては不可能な距離の跳躍だ。
 瞬間の中、武上が普段から骨と同化させ隠し持っている機構を駆動させたことを理解した。
 その背後からいくつもの破壊音。
 武上は手を離し、あきのを護るように背後へと向き直る。
 小山のような影があった。
 それが、すぐに立ち上がった。
 街灯の明かりを跳ね返す巨躯は、途中から分かれる。その先にはそれぞれ蛇の頭。一つ一つが人の頭を丸飲み出来そうなほどに大きい。
 起きあがる動きに伴いバラバラとアスファルトに跳ねるのは、その巨躯が飛び込んだとき砕けた壁の破片だ。公園から飛び出した巨躯は、道路側の家の壁を砕いていた。
 そしてそれは立ち上がる。完全に立ち上がったそれは、優に三メートルに達する。そびえ立つ九つの頭を持つ蛇。自然には有り得ない生き物――魔物。
 
「あきの!」

 突然のことにあきのは反応できない。今日はこんな日じゃなかったはずだ。いつも以上に巨大な魔物。それも蛇の化け物。あんな恐ろしい魔物が出るなんて、おかしい……。
 
「!」

 風を切るいくつもの音。続いて石の砕ける音が続く。
 魔物がその尾で跳ね飛ばした石を、武上が防いだ音だ。身体中に隠し持つ鉄を腕部に集中して防いでいた。

「あ……」
「あきの! とにかくここを離れろっ! 俺は反対側……公園の北口に向かうっ!!」
「は、はいっ……!」

 反射的に駆け出す。
 武上は受け止めた破片の一つを持つと、
 
「こっちだっ!」

 魔物に投げつけると、公園の中へと飛び込んだ。






 あきのは公園の外側に沿って駆けていた。
 混乱する思考をどうにか落ち着かせ、とにかく現状の把握に努める。
 あきのの頭の中にこの10数日間で把握した街の地図が展開される。現在位置は自然公園の近く。この公園は夜あまり人がいない。夜の公園はカップルのたまり場になることもあるが、2月で寒さの本番であることに加え最近の「謎の器物破損事件」のウワサの影響もあり、人はほとんどいないはずだ。
 確か北口にはいつも不法駐車される車があるはずだ。武上はそこに向かうつもりらしい。
 
 ……ちゃんとわたしの作戦、聞いていてくれたんですね……
 
 いつもこの公園を通りかけるときは武上に話していたことだった。
 「そうか」としか答えないので本当にちゃんと聞いてくれていたのかよくわからなかった。いざ戦いの時になるとあきのの方が先に指示を出すから武上が理解している必要も無いように思えた。
 でも、ちゃんと聞いてくれていた。それはあきのにとって素直に嬉しいことだった。しかし……。
 
「それなのにわたしは……!」

 右手首内側に意識を集中すると、武上の視角と感覚が伝わってくる。体内の鉄とその組み上げる機構も感じ取れる。
 たった今、街灯の一つを吸収したところだった。まだ全身を鋼で包むのには全然足りない。そして蛇の魔物は近くまで迫っている。
 
「機構構築っ!」

 まずは脚部の機構を強化。武上の速度が増す。これなら無事公園の端まで辿り着けるだろう。そこはもし車がなかったとしても鉄棒などの遊具がある。全て吸収するには車より散らばっている分時間がかかりそうだが、量は何とかなるはずだ。
 安堵の息を吐き……それを途中で止めた。
 
「なにを安心しているんですか……!」

 ぐっと手を握る。手は拳を形作り、指先は手のひらに食い込む。痛いくらいに、強く。 

「わたしはなにを浮かれていたんですかっ……!」

 悔恨に言葉をはく。
 魔物が出る。それは分かっていた。
 だからそれと戦うために、誰も傷つけないために夜の街をパトロールをしていたはずだ。バレンタインデーの夜だから……そんな言い訳であきのは自分ごまかせなかった。
 客観的に見ればあきのはミスと言うほどのことをしていない。最初の魔物の攻撃にこそ反応が遅れたものの、そのあとの対応は的確だった。特に街の地理を把握し武上を導いたことは特筆に値する。
 それでもあきのは自分が許せなかった。
 うかれて、油断して、そんな気持ちで必死に戦う武上を汚してしまったように思えて……たまらなかった。
 やがてあきのは武上が指示した場所にたどり着く。公園の端、入った方から反対側の出入り口へと至った。そこには果たして……車はあった。
 同時に走り込んできた武上が、車にぶつかるように接触し、即座に吸収する。
 あきのは背負うデイバッグからあんぱんを取り出し、袋を開ける。その動作は慣れによる無駄のなさと早さがあった。
 呑み込むようにあんぱんを一気に食べる。
 右手首のウィルストーンに意識を集中。食べたカロリーをエネルギーとして送る。
 
「機構構築!」
「機構装身!」

 あきのと武上の声が重なる。
 同時にあきのは柵を飛び越え、
 視線の先には鋼の鬼がいた。
 戦うための機構を完全に組み上げた、武上信也の姿があった。
 その前に対峙するのは鎌首をもたげた九つの首を持つ巨大な蛇の魔物。
 その姿を見てあきのはおもいつくものがあった。

『これからあの魔物をヒュドラと呼称します』

 ウィルストーンを通し、武上に意志を送る。そうしながら戦闘に巻き込まれないよう移動する。
 
『ヒュドラ……?』
『概観するとそう見えます。もし本当に”ヒュドラ”という魔物と同じ能力を持つとしたら……やっかいかも知れません』
『どうする?』
『まずは様子を見ますか……機構構築!』
「拳撃機構……」

 武上の両手の機構が組み上がる。打撃のための強力な機構が組み上がる。
 その武上に、九つの首が迫る。頭上から一斉に振り落ちる蛇の首はまるで雪崩のようだ。
 それをくぐるように、武上は踏み込む。
 
「インパクトナックルッ!」

 九つの首の根本、胴体に当たるそこに拳をたたき込む。
 爆発のような衝撃波に、ヒュドラの巨躯がわずかだが浮き上がる。
 が、それだけだ。強靱なうろこと柔軟にして強固な筋肉は、破壊には至らない。だが手応えはあった。ノーダメージではなかったはずだ。内臓のいくつかは砕いたはず……。

「ぐっ!」

 背後からの衝撃に武上は苦痛の声を漏らす。ヒュドラの首の一本が武上の背を強かに打った。その衝撃に背部の装甲がわずかだが歪む。 次は左手。二本の首が左手をくわえ込む。
 そのまま、上へと持ち上げた。
 フル装備で300キロを超える武上の身体がつり上げられた。そこに3つの首が激突する。
 
「うあっ!!」

 武上の身体が吹き飛ばされ、立木にぶつかる。それでも止まることが出来ず立木は折れる。三本目の木でようやく止まることが出来た。
 
「武上先輩っ!」
「大丈夫だ……」
「”基礎フレーム”に損傷は……!?」
「ない。回復を頼む」

 基礎フレーム。
 機構装身した武上の身体の中核を為すそれは、武上の本来の肉体そのものと言える。そこからウィルストーンの力を伝達し、機構に力を送る。
 そこを破損すれば機構装身を解いたとしても身体に傷が残る。また、破損した部位は通常より大幅に力を減じる。あきのの力で修復することも可能だが、そのためには通常の機構より数倍のカロリーと時間を要する。
 あきのは力を送り込み、衝撃に歪んだ外装を修復する。
 その間にもヒュドラは武上へと迫る。
 
「胴体部のダメージはあまり影響していないらしいな……」

 迫るヒュドラを見据えながら、武上はゆっくりと立ち上がる。早くも装甲は全てが修復されていた。
 拳を構え、踏み出す。

「身体に打ち込んでも効かないなら……」

 駆ける。鉄の大重量の身体を疾駆させ、地響きと共にヒュドラへ迫る。
 
「首を一本ずつ潰すっ!」

 振り下ろされる数本の首。それを武上はギリギリでかわす。眼前に落ちた首を標的にする。
 
「インパクト・ナックル!」

 首の中程に右のインパクト・ナックルをたたき込む。確かな手応え。骨は砕いた。血も溢れ、筋肉はずたずたになっただろう。普通なら充分な破壊。だが、この相手には足りない。
 もう一発。同じ箇所に左のインパクトナックルをたたき込んだ。
 二度の衝撃に、人の胴ほどもあるヒュドラの首がちぎれた。
 ちぎれとんだ首は一瞬にして緑の煙となり、消えた。
 だが……。
 
「!?」

 血が溢れ肉が溢れ、それらが絡み合い首の形を為す。それも一瞬のこと。瞬く間もなく肉の塊をびっしりと鱗が覆い、一呼吸する間に元通り――インパクトナックルによってちぎられる前の姿となっていた。
 あきのは悪い予想が当たったことに舌打ちした。
 ヒュドラ。
 ギリシア神話に伝えられるその魔物は、再生能力でもってヘラクレスを苦しめた。ヘラクレスはその首を跳ねた後ひとつひとつ焼いて潰したと言われる。
 だが、近くに火はない。しかもこの再生能力は異常だった。これでは首をはねてから火で焼く時間すらないかもしれない。しかもこんなに強力では、火で焼いたところで再生してしまいそうだった。
 
 




 公園の一角。街灯の上に立ち、その戦いを見上げるものがいた。
 
「そうだね……。その魔物は、今までキミ達が戦ってきた中で紛れもなく最強。どうする? こんなところで負ける? 君達は、そんなものなのかな?」

 不安定な足場の上、まるで鉄の街灯に吸いつくようにしっかりと立つ影は細身。
 
「見せて、見せてよ。力を! もっともっと強い力をさあっ!」

 高く響くその声は、少女の声だった。




 あきのは想起する。
 厳密に制御され、短時間に一気に送られる力。間断無い機構構築。破壊の連鎖。そして……。
 武上に一度語ったことのある機構。これならば……これならば、倒せるかも知れない。あの強力な再生力を越えて勝てるかも知れない。
 でも、そのためには強力な力が必要。なにより、意志の力が必要だ。
 あきのはデイバッグを肩から降ろし、前に
 茶色の紙袋。そこから取り出されたのは、ピンクのリボンでラッピングされた薄桃色の箱。その中には、おそらく過去最高傑作のチョコレートが入っている。
 武上に渡すはずだったバレンタインチョコレート。

「そうですね……それしかありませんよね……」

 振り払うようにリボンを解く。
 再び戦いの場に目を向ける。
 
「武上先輩! アレをやりますっ!」

 ウィルストーンによる会話ではなく、自らの声でもって、あきのは宣言した。




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